第一話 勤労少女の名は?(笑)





「有難うvvとてもいい買い物が出来たわvv」


渡された見事な花束を見て、その女性客は満足げに微笑んだ。
そして、その花束を製作したアルバイトの少女に向ってとびっきりの言葉をかける。


「今度は私の結婚式の時のブーケをお願いするわね」


その言葉に、少女――蒼麗は嬉しくて今まで以上に笑顔を浮かべた。
この花屋のアルバイトをして5年目になるが、こうして喜んでくれて、更には直々に指名してくれるのは、いつ聞いても嬉しく思う。


「有難う御座いますvvその時にはお客様にとって大切な日を彩れる様な素晴らしいブーケを製作致しますね」

「ええ、頼むわね。じゃあvv」

「はい、どうもありがとう御座いました〜〜vv」


女性客を送り出す明るく元気な声が、人々の賑わう店内に響き渡っていった。





「はい、蒼麗ちゃん。今月の分の給料だよ」


お店の閉店後、片付けも途中だった蒼麗に店長である茉莉が給料の入った袋を手渡す。
しかも、その日溜まりの様な温かく優しい蒼麗が大好きな笑顔を浮かべながらというオマケ付きだ。


「有難う御座います!」


元気よくお礼を言いながら、給料袋を手に取る蒼麗に茉莉は口を開く。


「今回は春休みと言う事もあって土日も含めて毎日仕事してくれたからね。いつもよりも大目に入れといてるよ」


そうして、茉莉は更に優しい笑みを浮かべた。
祖父の代から成り立っているこの花屋を女で一つで盛り立て、今では商店街の姉御的存在とまで言われる茉莉。
そんな彼女のその姉御スマイルには多くの女性達が虜となり心奪われる。
実際、茉莉の笑顔を見るため、また少しでもお近づきになる為にこの店に来る人も多い。
しかも、アルバイトも募集すればあっという間に希望者がくるという凄さ。それだけで茉莉の偉大さが分かるだろう。


因みに、自分もそんな茉莉を慕う人の一人だ。
時には厳しく、けれどそれ以上の優しさで色々な事を教えてくれた茉莉はアルバイト先の店主の前に、先生であり、姉のようなものだった。
敬慕を抱くのは当然の流れと言えよう。だから、ここ数週間学校も休みという事もあり、何時もよりも多く一緒にいられるのは嬉しかった。


とはいえ、それも今日で最後だが・・・。


「確か、明日からだったよね、学校の新学期」

その言葉に、蒼麗は頷いた。今までは学校が休みだったと言うことで、通常よりも長くここでバイトをしていた。
しかし、明日からはアルバイト時間は大幅に激減してしまう。
元々、今までは学校が無かったが故に、空いた時間の殆どをアルバイトに費やしてこれたのだ。
しかし、そんな春休みも今日―4月5日で終わり、明日から新学期が始まるとなるとそうは行かなくなる。


「って、ほらほら!そんな悲しそうな顔をしなさんな。後でもう少ししたら時給もまた上げてあげるから。―ーにしても、明日からは
とうとう蒼麗ちゃんも中学生なのかい……ほんと、月日が流れるのは早いもんだわ」


昔を懐かしむ様に笑う茉莉に、蒼麗は照れたように頬をかいた。


「そうですね……っていっても、中身はまだまだ子供なんですが」


明日からは中学1年生。その数ヵ月後には誕生日を迎えて13歳になる予定だが、はっきりいって私自身としては大きく成長したような感は感じられない。
寧ろ、まだまだ小学生でも通りそうな気がする。あ、それならまだまだ子供料金でいけるかも。
と、そんな悪巧みをしていると、茉莉がくすくすと笑った。


「そんな事を言えるのも今のうちだよ。その内、驚くほどに成長してしまうからね。ま、男に比べれば微々たる物だろうけど」


小学生のうちは小さい子が多い男の子。しかし、中学、高校になるにつれて一気に成長を始めていく。


「あははははは、そうですね〜vv」

「さてと、あんまり遅くなってもあれだしね。後片付けはいいから早く帰りな」

「え?で、でも」

「それに、今日は別のアルバイト先の給料も出るんだろう?全く、此処のアルバイトに来る前は新聞配達をし、此処のアルバイト終了後には
弁当屋で夜10時までアルバイト。その後は家に帰ってから内職………あんた本当にタフだわ」

「う、だ、だってお金を少しでも稼がなきゃうち凄くやばいんですっ」


何せ、自分は貧乏どん底という苦学生なのだ。
勿論学校のお金だって奨学金やらテストでの特典に頼っており、生活費に到ってはアルバイトで稼ぐしか得る方法はない。
すると、茉莉は苦笑いをして口を開いた。


「まあ、そうだねぇ……周囲に反対されてるにも関わらず家を出てきちまったんだもんねぇ」

「あはははははは(汗)」


汗をダラダラと流しながら蒼麗は乾いた笑いを零した。
茉莉の言うとおり、自分は周囲の反対を押し切って家を出た。つまり、現在家出中の身なのだ。
お陰で、家からの仕送りは全くといって良いほどない。けど、それは仕方ない事だ。それが家を出る為の取り決めだったから。
逆に言えば、家に戻れば自分は全てに恵まれる生活に戻れるだろう――。そう、家に戻りさえすれば……。


「――ま、あんまり深くは突っ込まないけど、でもこの先学年が上がる事にどんどんと勉強の方も大変になってくからね。
少しでも家から出して貰えるならばそっちの方がいいと思うよ。確かに、あんたの通う学校はエスカレーター式ではあるけど」

「そ、そうですね……」

「だと思うよ――って、もう6時になっちまったのかい。そういえば、今日は日和見スーパーで色々と特売をやってると言ってたっけ」

「ええ?!」


それは寝耳に水だ。


「隠れ特売だから、大々的にはチラシとか配ってなかったけど、確か午後7時から始まって、12時で終わる筈だったから早めに」

「お疲れ様でした!」


話はまだ途中。けれど、特売という言葉の誘惑には勝てず、蒼麗は猛スピードで片付けの最終チェックを終えて自分の荷物を手に取る。
勤労苦学生で学校の寮で一人暮らし。親からの仕送りは殆どなし。そんな蒼麗にとって特売とは正に命の源。


そんな私の様子に、茉莉はケラケラと楽しそうに笑う


「急ぐのもいいけど、車には気をつけるんだよ」

「はい、それではっ」


その言葉と共に、私は外へと飛び出していったのだった。







目的地となるスーパーはアルバイト先から距離にして300メートルほど先の駅に近い場所にあった。
そこまでの道を全力疾走で駆け抜けつつ、けれど途中別のアルバイト先でしっかり給料を貰いながら
どうにかスーパーへと辿り着く事が出来た。
そして特売の声が響き渡る大賑わいの店内に入るや否や、意気揚々と買い物籠を手に安い食品を手にとっていく。


が・・・



ガシっ!


お目当ての見切り品を見つけて手を伸ばしたその瞬間、突如向かいから伸びてきた手に手首をつかまれる。


「きゃっ?!」


突然の事に小さな悲鳴をあげてしまった。
それでもすぐに顔を上げ――心底驚いた。

そこに居たのは、場違いなほどに気品を漂わせた超が付くほどの儚げな美少女たる容姿を持つ・・・・・私の知り合い。


「ひ、聖?!」


「見つけましたわよ蒼麗っ!!」


そう言うと、私の手首を掴む手にさらに力をこめてくる。


彼女の名は瑯 聖。
私の親友にして、一緒の学校に通うクラスメイト。但し、平凡街道一直線の私とは違ってかなりの有名人でもあった。
というのも、誰もを虜にする儚げ且つ清楚可憐な美貌と抜群のスタイルを始め、学園一の才媛として名高いばかりか、多くの信望者を持つ自他共に認める
学園の女王なのだ。また生徒会長もしており、性格も明るく優しく面倒見も良く、おかげで人気は現在も鰻登りの一途を辿っている。
その上、名家出身のお嬢様でもある事から、容姿、才能、財力、家柄と4拍子揃った聖を懸想する男の子は数知れない。
同性からも大人気で、「お姉様になって!」という同性からの熱い告白も数知れずである。それこそ、聖とお近づきになるべくものすごいバトルが行われる。

因みに、それによって毎回被害を受けるのは聖本人ではなく、実は私だったりする。


「ってかどうして此処に居るの?!」


私は疑問に思っていた事を聞いた。
というのも、本来であれば今此処に聖がいる筈がなかったからである。

では何処にいる筈なのかと聞かれれば、それは勿論どこぞのホテルのレストランに決まっている。

聖に煩く付きまとっていた男の子が嫌味ったらしく私に自分は聖とデートだ、だから邪魔するなやらなんやらとわざわざ牽制にまで来ていたのだから。
といっても、聖とは親友の間柄でしかない自分にまるで恋敵のように嫌味や嘲笑、罵倒してくる相手にはホトホト辟易気味であったので話半分に聞いており、
詳しいことまではあまり知らなかった。
だが、あの聖がデートを許可したなんてよほどこの男の子は優れているのか、それともしつこいのかという感想は失礼ながら抱かせてもらった。


すると、聖はフンッと長い髪を掻き揚げ、吐き捨てるように口を開いた。


「何を言いたいのか大体察しはつきますわね。けど、私があんな男とデートするなんて世界が滅亡しても有得ない事ですわよ」

「え、でも」

「蒼麗。貴方は大切な事を忘れてますわよ。そもそも私には婚約者がいる身ですのよ?なのに、他の男とデートだなんてあの人に失礼ですっ」


そんな聖の言葉に蒼麗は気圧されるように頷いた。聖には彼女よりも4歳ほど年上の許婚が居る。それも、相思相愛の。
はっきり言ってスッゴク素敵な人である聖の許婚。彼ほどの素敵な人はそう中々いないだろう。
当然、今回デートに誘ってきた男など足元にも及ばない。いや、そもそも比べるほうが間違ってる。激しく失礼だ。
うん、確かに考えてみればそんなにも素敵な許嫁がいるのに他の男とデートしたなんて考えるのはそれ自体が間違っているだろう。
例え、どれだけ相手の男がしつこくても。ってか、聖ならボディーブローの一つや二つかまして黙らせるに違いない。


「そ、そうか・・・・うん、そうだね。私が馬鹿だった、うん。と、それでどうして此処に?」


聖が許嫁以外の人とデートしていない事は分かった。が、それ以前にどうして此処にいるのか?
そもそも聖も蒼麗と同じ寮生とはいえ、蒼麗の所とは違い3食きちんと出る寮に住んでいるし、家財道具を始めとして、必要なものは殆ど揃っていた。
一方、蒼麗の住まう寮は学校内にある寮の中でもかなりランクが低く、食事に関しては朝しか出なかった。
その為、自炊を強いられており、当然買い物は欠かせない。

しかし、お金も高い分欲しいものは殆ど手に入る寮に入っている聖ならば、学校の外――それもかなり離れた此処まで買い物に来る必要はない。
でなくても、聖の居る寮には1階部分に比較的大きめのコンビニも設置されている。何か欲しければそこで買えばいいのだ。


すると、聖は何馬鹿な質問してるのと言わんばかりの表情を浮かべる。


「どうしてもこうしても、蒼麗の家に行ったら誰もいなかったから探しに来ましたのよ」

「は?」

あれ?今日って会う約束してたっけ?

「えっと・・・今日は約束してなかった気が」

「ええ、勿論約束なんてしてませんわ。けど、だからといって会いに行ってはダメという規則もありませんし、私が何時会いにいこうと構いませんでしょう?
なのに、せっかく行ってみれば誰もいない。暫く待っても帰ってこない。近所に話を聞けば近頃は毎日夜遅くまでバイト!!こんな夜遅い時間までバイトだなんて
本当に蒼麗は危機感がなさすぎですわっ!!しかも毎日暗い夜道を歩きで帰っているとまで聞いた時には思わず卒倒しそうになりましたわよっ」


正しく怒り心頭。その形のよい頭から二本の鋭い角が今にも生えてきそうな様子の聖に、蒼麗はしばし固まった。
勿論怖いからという事も当然あった。普段は物静かで穏やかともいうべき聖だが、本気で怒るととても怖いことはこの数十年で身にしみて分かっている。
今まで本気で切れた事は片手の指で収まるほどだが、一度切れてしまえば周囲を焦土と化すまで怒りが収まることはなかった。
しかも下手に潜在能力が高い分、余計に始末が悪かった。


が――そんな聖への恐れと同時に私の中に渦巻くものがあった。



そう・・・・・



・・・・・・誰が、危ないって?



「・・・・・って・・・危ないのは私じゃなくて!!寧ろ聖の方でしょうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

突如店内一杯に響き渡った蒼麗の叫び声に周囲の客達が弾かれる様に一斉に振り返った。
が、何やら見てはいけないものを感じたのかすぐに視線をそらしていく。
そんな周囲を余所に、怒鳴りつけられた聖が心外だといわんばかりに目をむいて怒鳴り返す。


「なっ?!私の何処が危ないって言うの?!」


「危ないでしょうが!言っとくけど、そもそも私みたいなのより聖みたいな超美少女を好む変質者の方が多いんだよ?!
それこそこんな夜遅くに聖みたいに触れれば消えそうにさえ思えるほどの清純可憐な美少女が歩いていたら――」


「そ、蒼麗?」


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!もう私は緑ちゃんに顔を合わせられないっ」


聖にもし何かあれば、聖の許婚たる彼には二度と顔なんて合わせられない!!

いや、それこそ地の果てまで追いかけられて報復されてしまうだろう!!


「お願いだから、私よりも聖の方が危ないってことをいい加減に理解してよっ!!幾ら、統治がきっちりしててここの都市の治安はいいとは言え、
聖みたいな美少女がのほほんと歩いていたら何が起きるのか解らないのよっ?!」


「自分の身ぐらい自分で守れますわっ!」


胸を張って言い切るその姿はいっそアッパレとも言えるだろう。が、だからといって納得は出来ない。
そして辿る平行線。蒼麗も頑固だが、聖も相当な頑固者だった。
その容姿はまるで朝日に濡れた朝露のように儚く清らかなのに、内に宿る真の強さはダイヤモンドなど遙かに及ばないほどに堅い。
だから、一度言い争いになればどちらも中々引かずに延長戦にもつれ込む事が多いのである。


しかし・・・・・


再び周囲からの視線が此方に集まってくる。
それもそうだ。片や儚げな超絶美少女、片や何処にでもいるような少女。
端から見れば蒼麗が聖を苛めているようにも見えかねない(実際、そう見られることが多い)状況に、好奇心が大いにくすぐられるのだろう。
先程とは違い、背中にいくつもの視線が突き刺さってくるのは錯覚ではないたろう。



このままではやばい。とてつもなくやばい。
それは、聖も思ったのだろう。二人で視線を交わす。



「一時・・・・・・」


「中断ですわね」



思いは一致した。
そしてその瞬間、蒼麗達は急いで買い物かごを持ってレジへと並んでいき、一刻も早くこの場から立ち去るべく料金精算を待ったのだった。










時刻も午後11時を回った頃。
聖と二人、ようやく自分達が住まう寮のある市立天桜学園の校門に辿り着いた。
後は、この校門を入って暫く歩いていけば学生寮やお店などが密集する居住区エリアの中にある自分の寮へと戻れる。

但し、聖は学校に比較的近い場所にある最も設備の整った裕福な『玉華寮』に、私は学校から比較的遠い場所にあるうえ
苦学生達が多く入る『九楽寮』という寮に入寮している為、当然ながら途中で別れることになる。

・・・が、今夜は聖の強い要望によって私の部屋にお泊まりするのが決まっているので、このまま寮まで一緒にいく事になっていた。

それもこれも、スーパーでの言い争いの決着をつけようとして歩きながら話していた時に私が言いくるめられてしまった事が原因である。
何故かは知らないが、聖はこうして度々私の部屋に泊まりたがる。はっきりいって、聖の部屋の方がよほど入り浸りたい部屋だというのに。
もしかして自分の部屋が広すぎる為の反動だろうか?お嬢様が考える事はよく分からない。



まあ、そんなこんなで夜も煌々と辺りを照らす白い電灯の明かりの下を通り、二人は蒼麗の住まう寮へと急いだ。


「急がないとね。それに明日は入学式があるし」

そんな忙しいにも関わらず、聖が泊まりに来るが。
しかし、聖本人はそんな事は全く気にしていないらしく、のんびりとした面持ちで口を開いた。

「そうね。――って、そういえば明日の入学式にはご両親様は来られるの?」


聖の何気ない質問。勿論、聖の方は来るらしい。





「えっと……うん、私の方は……」


「……あっ――……そ……っか」


聡すぎる聖はそれだけで気付いたらしい。馬鹿な質問をしたとばかりに手で口を覆い、すまなそうに目を伏せる。
って、そこまで気にしなくてしなくていいのに。


「あ〜〜気にしないで。ってか、これは私の自業自得だもの。双子の姉妹だっていうのに、私が家族の反対を押し切って妹とは
違う学校に通っててさ、うん、それがそもそもの原因だからねぇ」


蒼麗には双子の妹がいる。可愛くて愛しくて堪らない愛するたった一人の妹。
そんな妹は、蒼麗とは別の――この都市にある他の学校に通っていた。


そしてその学校は、蒼麗の通う学校の入学式の日程と同じ日に入学式が行われる。



つまり、だ。


「両親には妹の入学式に行って欲しいとお願いしたの」


どちらか片方にしか出席できないと言うことなのだ。
勿論、片親ずつ出席するという方法もあるが、あの妹の晴れの姿を両親共に間近で見たいだろう。
それこそ揃って妹の入学式に出席したい筈だ。


「蒼麗」

「ん?私の事なら気にしないで?元々、仕事でお忙しい中せっかく来て下さるんだもの。私みたいな10人並で何の魅力も才能もない落ちこぼれの娘の入学式よりも、
妹みたいに可愛くて綺麗で才能に満ち溢れた優秀な娘の入学式の方に出席するのがいいと思うの。ってか絶対に出席したい筈だよ!なんといってもあの子の晴れの姿なのよ」


物心つく前からか、ついた頃からかは解らないが、気付けば落ち零れと言われてきた日々。

何をやっても駄目だった。
ドジでドンくさくて鈍間でぶきっちょで、周囲の熱意とは裏腹に自分は特にこれといった才能も見せなかった。何時も失敗ばかりで平均にさえ届かない。
それどころか、せっかく貰った母からの美貌も中身が伴っていないばかりに、所詮は見掛け倒しとばかりに姿形だけと言われては馬鹿にされた。


が、妹――私と血を分けたあの妹は違った。
自分とそっくりな母譲りの美しい容姿と同じ背丈をだけを除けば、それこそ全くといっていいほど正反対だった。
太陽の光を編みこんだかの様な金髪に澄み切った色違いの瞳、すっきりとした鼻梁の下には誘う様に濡れた薔薇の唇といった母譲りの絶世の美貌。
加えて、その肌は極上の絹の様な手触りを持った白く肝斑一つない肌であり、しなやかに伸びた手足は肉感的ながらもほっそりとしたものであった。
また、年齢に似合わない豊満ながらも強力な磁力を持った蠱惑的な肢体は、男女問わず情欲、本能を激しく刺激する代物である。
だが、例えどれほど外見が凄くても中に伴うものがなければそれは唯の容れ物にしか過ぎないだろう。

しかし、妹の場合は内から溢れんばかりの気品と、華やかながらも清純可憐な雰囲気、そして時折見せる妖艶な仕草と匂い立つ様な色香が
その入れ物たる美貌に魂を吹きいれ、完璧なものとしていた。お陰で、妹は其処にいるだけで場を変える圧倒的な存在感を持つと共に、
誰もが振り向きその美しさに息をするのを忘れるほど魅入らせ虜にしてしまう力を持っていたのであった。


はっきりいって、地味で平凡な自分と二人並べば、誰もが妹に我先にと声をかけるのは明白だろうし、実際にそんな事は数え切れないほどあった。
そう――傍に居ても、誰も蒼麗を目には留めなかったし、仲間に入れて欲しくて話しかければ邪魔者扱いされるのは何時もの事であった。
とは言え、妹が凄いのはそんな外見に纏わる物だけではなかった。その能力も非常に凄かった。
聡明で打てば響くような機知な上、頭脳明晰、抜群な運動神経、歌舞音曲にも優れ、その他多くの才能に恵まれていた。
また、彼女はまるで薄紙が水を吸い込むように教えられた事を吸収していき、教師達を心底驚かせるのが常であった。
誰もが言う。彼女に出来ない事なんてないのだと。


それほどに、双子の妹は優秀さを極めていたのであった。



しかも――



(あの子の周りには常に人が集まる)



その圧倒的な存在感と、両親譲りの絶対的なカリスマ性、そして人を魅了し惹き付けて止まないその魅力と内に秘める才能の数々は多くの人達を集める。
良い人も悪い人も。けれど、妹は他の幼馴染達と同じく人を見る目に長けていて、その中から自分に役立つもの、必要なものだけをより分ける事が出来る。
が、それをしなくても悪い人よりも良い人の方が多く集まってくる。皆、その妹が放つ神々しい光に引き寄せられるのだ。


それは、両親達や幼馴染達も同じで――。


妹同様絶世レベルの美男美女にしてあるゆる才能に恵まれただけではなく、強大な潜在能力と絶対的なカリスマ性、
圧倒的な存在感、そして人を惹き付け統べる才能を持った、文武両道なる聡明で優秀な両親や弟、幼馴染一家達を思い出し、余計に気が重くなった。



何の才能もない自分。自分だけが異分子である。



逆に言えば、自分さえいなければ家族や幼馴染一家が揃った時、その美は完璧なものとなるだろう。


そう――自分はいらない。


妹が、家族が、幼馴染達が大好きだからこそ――傍に居てはならない。



「そ、蒼麗……」


「そりゃあ寂しくないといえば嘘になるよ。でもね、今の私には大切なクラスメイト達がいるものvvそして・・・・・・大好きな親友もvv」


そうして蒼麗は大好きな親友である聖に飛びつく。
すると予想していなかったのか、聖の体は何時もと違って大きくよろめいてしまい、危うく二人とも倒れそうになった。


「うわっ!とっ」


よろめくなんて予想してなかった蒼麗は内心かなり慌てた。
というのも、端から見れば華奢で可憐な美少女にしかみえない聖ではあるが、実は知ってていたからだ。


聖がかなりの武闘派なのを。


確かに一見すれば、無駄な贅肉のないその肢体は女性らしい丸みに満ちている上、非常に柔らかく抱き心地も抜群!
それこそ異性同性問わず一度ならず何度でも抱きしめたいと思う魅惑の体つきをしている。
しかしその実、毎日欠かすことのない武術の鍛錬、密かに出場している武術大会で上位入賞しているほどの強さを持つ聖の体は
実は筋肉もほどよくついている。なのに、それでも尚同性でさえため息をつく女性美に溢れた見事なスタイルを維持している聖の体は
もはや国宝級といってもいいだろう。因みに、そういう人達を他にも身近に知っているが、あっちはもはや完全無欠、
この世の物とは思えない美貌とスタイルの持ち主達であり、比べること自体が間違ってる。
寧ろ、あんな人外魔境と比べるのは聖に失礼だ。


と――その時。聖に異変が起きた。


「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!」

「ひ、聖っ?!」


突然震えだしたかと思うと、悲鳴を上げてその場にうずくまってしまった聖に慌てて自分もしゃがみこんだ。
が、大丈夫かと声をかけても彼女はひたすら悲鳴を上げるだけ。


「ひ、聖?」


一体どうしたのかともう一度問いかけようとしたその時。


その星降るような声が聞こえてきた。



「お姉様vv」



まるで歌う様なその声は、眩暈さえ覚える美しき音色。
どんな楽器よりも、どんな歌姫よりも美しいと、一度聞けば決して忘れられない麻薬よりも強い習慣性を持つ美声。
そんな――魅惑の美声でもってお姉様と・・・・・その声はお姉様と言葉を紡いだ。


背後にせまった気配もあわせてまさかという気持ちでゆっくりと後ろを振り返る。


そして――いた。



先ほど話題に上っていた――瓜二つの容姿と同じ背丈以外は全く正反対の清純可憐ながらも華やかな雰囲気を纏った
美しく聡明なる私の双子の妹――蒼花が。


反射的に声にならない悲鳴が私の口からあがる。


(ど、どうして此処に居るのっ?!)


余りの驚きに声帯がマヒしてしまったのか声が出ず、それは心の中の叫びとなる。


どうして?どうして此処に!


何故こんな所に妹がいるのか?いや、そもそもこんな時間に出歩いているのか?


しかし、やはり声は出ず、口がパクパクと動かされるのみ。
もどかしさだけが心にこみ上げる。


ああ、もうっ!



その時である。




ふわりと夜風に靡いた蒼花の輝く黄金の髪の美しさに、思いがけず目を奪われる。




あ――・・・・・・




それは気まぐれに吹いた夜風に髪が靡いただけ――というありふれたものな筈なのに、驚くほど優雅で息を呑む美しさだった。


そして気付く。


この暗い中、月の光を浴びて静かに立っているだけというのに、蒼花の姿は驚くほど神秘的であり、そんな彼女を中心にこの場が
華麗且つ幻想的な光景へと変化していくのを。
ああ、まただ。それは昔からの事だった。蒼花が居れば、どんな場所でも美しく見える。
逆に蒼花がその場から去れば、そこは全ての色と命を失った荒れ果てた場所よりも荒廃した場所だと感じられた。

実際、蒼花が此処にいるだけで、今この場の大地は潤い、空気が透き通っていっていた。
また夜空に輝く星はよりいっそうその光を増し、周囲の木々は生き生きと、蕾を閉じていた花々は一斉に美しさを競って咲き誇る。
まるで蒼花の訪れを歓迎しているかのように、少しでもその美しさが目に留まるように、この場の全てのものが蒼花の来訪と滞在に最大の敬意を示すのである。



と、気付けば蒼花がすぐ間近にまで迫っていた。足音さえ感じさせない優雅な足取りは、まるで舞を舞っているかのようである。


「お姉様、どうなされたの?そんな――幽霊でも見た様なお顔をされて」

「え、えっと………」


たじろぐ自分に蒼花がにじり寄る。そんな中、先ほどの妹に関する評価で一つだけ抜けていた事を思い出した。
はっきりいって、何でも出来る完璧な妹。そこに、欠けているのは何も無かった。
何故なら、どんな事だって彼女はその高い能力と努力で乗り越えていくから。


だが――それでも、この妹には一つだけ問題があった。

それは、誰もがさじを投げ、決して治せないと言われる問題。



と言うのは




「久しぶりに会えたんだからもっと激しくスキンシップするべきですわお姉様ぁぁvv」


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



双子の妹――蒼花は玉響く声で姉への愛を叫ぶとそのまま片足で強く地面をけり、こっちに飛びかかってくる。


何時もは避け切るのだが、今回は近すぎたせいでそれも叶わない。


「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


そんな断末魔と共に、妹をひっつかせたまま後ろにひっくり返っていった。


「あんvvお姉様ってば何時も何時も可愛いんだから/////それにしても、何時もながらとても芳しい匂いねvvそれに、この白い肌もとても甘そうで」


ひぃぃぃぃぃぃ!と叫ぶがお構いなし。


そう――蒼花の問題と言うのは――その双子の姉への度を越した異常とも言える愛着と、シスコンっぷりであったのだった。


「ってか放しなさいっ!!」

「お姉様vvそんなに照れなくてもいいのよ?寧ろもっと激しくしなくちゃ!!」

「死んでもいや!!」

「酷い!――でも、そんな風に冷たい所も大好きよっ」


何でもかんでも自分の良い方に考えていくポジティブ思考。しかし、それも行き過ぎれば厄介なものとしかならない。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!誰か助けてっ」

「ふっ――無駄よ、お姉様!どれだけ抵抗しようと泣き叫ぼうと快楽に打ち震えようとこの周囲にはどんな些細な音も漏らさない
防音結界が張ってあるのっ!つまり此処でダイナマイトが爆発して地形が変わろうとも結界を解かない限り誰も気付かないって事よ、
お〜ほほほほほほほほっ!」

「ちょっ!何その快楽って!ってか、ちょっと待ちなさい!!じゃぁこれだけ騒いでても今まで誰も来なかったっていうのはっ」

「全て私が張った防音結界のお陰よっ!」


勝ち誇ったように言う蒼花に、蒼麗は頭を抱えたくなった。
確かに可笑しいとは思っていた。此処の学校は蒼花の通う学校よりはランクが低いとはいえ、夜の警備は敷地に学生寮がある事からも
万全なものである。故に、普通此処まで叫んでいれば警備員が慌ててかけつけるだろう。なのに、今まで誰一人として駆けつけない。


「クスクスvvそれに誰か駆けつけたとしても、私とお姉様の媚態を見せるつもりは無いわvv半径10メートルまで迫った所で、バンっ!よvv」


その時、カチャッという音が上方から聞こえた。


「へ?」


今の音は何だ?と背後の大樹を見上げてみれば――


「やっほうvv」


自分の幼馴染の一人にして、蒼花の護衛の一人である青年がライフルを前方に構えて其処にはいた。


「蒼花ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


あんた自分の護衛をなんて事にっ!


「はっ!まさか他の人もっ」

「いないわよ、此処には彼一人」


蒼花には彼女を守る10人前後の護衛が居る。それらは全て幼馴染で構成され、鉄壁の守りを強いていた。
どんな暗殺者だってその守りを掻い潜る事は出来ないだろう。それに、護衛になっていない他の幼馴染達も、蒼花を守るべく動くのだから絶対に無理だ。
両親とは深い信頼と絆と愛情で結ばれ、苦楽を共にし、今では夫々が家庭を持った――現在でも化け物じみた強大な力と能力、
切れすぎる頭脳とその他多くの才を開花させている親友達。その数、12家族+5家族。
その人達の子供達である幼馴染達は両親には及ばないものの、その才能と能力を受け継ぎ、それはそれは最強という名に相応しい
優秀さと能力を持っているのであった。それこそ、大人など両親達を除けば勝てるものなどいないという位に。


しかし、そんな幼馴染達に何故かは知らないが心の女神と崇め奉られている(←能力、美貌、その他殆ど負けず劣らずなのに)蒼花は、
それに付け込む様に自分のやる事に引き込んでいる。勿論、向こうは大乗り気。しかし、わざわざやろうと言って引き込むのはどういう事よ!
と蒼麗は思った。まあ、彼らは自分達でやった事の後始末は自分でつけるしし責任だって取る。全てを人任せにする奴とは比べ物に
ならないほどの責任感と潔さを持っている。
が、だからと言って



「学校のど真ん中でライフルもって何狙撃準備してるのよっ」

「準備じゃないっ!もう完了してるっ」


蒼麗の言葉に反論する幼馴染の一人。


「そういう問題じゃないっ!とにかく降りなさいっ」

「降りろって」


護衛でもある幼馴染は守り主である蒼花に問いかける。
すると、蒼花はクスクスと笑いながら了承した。


「相変わらず蒼麗は怒りっぽいんだなぁ」


ケラケラと笑いながら木から軽やかに降り立った幼馴染に、蒼麗は駆け寄ってその胸倉を掴んだ。って、彼は蒼麗よりも三つも年上だというのに。


「誰が怒らしてるのよっ」


「あははは――俺達?」


何で疑問形になるのか……。


「もう、いいからさっさと結界を解いて家に帰りなさいっ!明日は聖華学園の中等部でも入学式でしょう?」



この都市では、二つのエスカレーター式名門校がある。
一つは、蒼麗が通うこの市立天桜学園。そしてもう一つは蒼花達が通う私立聖華学園である。
共に、この都市が創設されて以来続く歴史のある名門校で、多くの優秀な卒業生達を輩出してきた功績を持つ。
正に、能力を同じにした一卵性双生児のような存在。
唯一違うのは、私立聖華学園の方が、良家の子息令嬢や金銭的余裕のある家の子供達の割合、
そして能力が高く優秀な生徒達が多く、更には沢山の優秀な結果を多く残していると言う事だろう。
また、蒼花達もそれに名を連ねている。はっきり言って、学校側や周囲には隠しているものの、蒼花や蒼麗の実家は地位も身分も
権威も財力も、そして能力すらも全てにおいて他とはレベルが違うのだから。それどころか、比べ物にもならない。

そんな蒼花達が通う聖華学園の中等部の入学式は明日に迫っていた。それは、天桜学園の中等部の入学式と同じ日で――。


「お父さんやお母さんも蒼花の晴れの日をとても楽しみにしてるのよ?なのに、もし早く帰らなかった事に疲れて明日遅刻でもしたらどうなるか」


それも、落ちこぼれの娘の所に居たせいで……



蒼麗は目の前が真っ暗になる思いだった。両親は例え心の中で思っていたとしても、蒼麗には落ちこぼれとは言わない。
しかし、それは両親が聡明で子供達には優し過ぎる心を持つが故に、幾ら落ちこぼれの駄目娘とはいえ、そうはっきりと
面と向って言う事は出来ないからだと思う。だからこそ、申し訳なく思う。
そして、両親の大自慢の娘である蒼花をすぐにでも帰宅させなければならない。


が、頭を抱える蒼麗に対して、蒼花はにんまりと笑った。


「うふふふふvv大丈夫よ、お姉様vvこの私が遅刻なんてする筈無いじゃない」


「でも、徹夜すると髪や肌に影響が来るわ。そんなに素敵な髪と肌なのに」


光り輝く艶めいた髪はさらさらと流れ、染み一つ、黒子一つない白磁のような滑らかな極上の肌は芳しい芳香さえ放つ。
はっきり言って何処で遺伝子を間違えたのだろうかというほどに、蒼麗とは似ても似つかない。
が、遺伝子を間違えたのは自分唯一人であろう。何故なら、蒼花は母に良く似ているからだ。とは言え、父も非常に美しく、
その容姿は弟に受け継がれている。自分は、顔だけ母のを受け継ぎ、蒼花とは瓜二つだが、それだけ。
まあ、冬場でも水仕事し、アルバイトをしまくっているせいで徹夜も結構あるから仕方ないとは言え、此処まで違うと何だかとても悲しくなる。
他の幼馴染達も、男の子も女の子も皆、絶世の美男美女である夫々の両親の容姿をひいていると言うのに……。


と、蒼花が姉の頬を白く滑らかな手で両側から挟みこむ。


「まあvvお姉様、私の肌や髪なんてお姉様の美しいお姿に比べればすぐに霞んでしまいますわvv」

「蒼花……お世辞でも嬉しいわ」

「お世辞ではないわ!だって、本当に綺麗なんですものvv確かに、手は荒れ果てているけれど、これはお姉様が頑張って
仕事をした事によるものでしょう?その年で両親に頼らず自分の事は自分でする。必要なお金だってアルバイトをして稼ぐ。
それは本当に凄いことよ?誰だって真似できるものではないわ」

「蒼花……」

「でもね、お姉様はまだまだお父様やお母様に甘えていても言いと思うの。だって、お姉様は家を出てから――
いえ、出る前から殆ど我侭を言われなかったもの」

「あ……」


一緒にいて欲しい。誕生日には帰ってきて欲しい。


何時も離れて暮らす家族に何度そう言いたかったか……しかし、決してそれを言う事は無かった。
だって、知っていたから。自分とは反対に両親や幼馴染一家達に囲まれ、その愛情を一身に受けていた妹が背負ってしまった
苦しみを知っていたから。そして――両親達の苦しみと悲しみと絶望を知っていたから。


「お姉様は自分を卑下にしすぎよ?誰もがお姉様を愛しているし、愛するわ」


「蒼花……」

「本当はね――お姉様にある事を伝える為にここに来たのよ、私」


蒼花はくすくすと笑った。


「あること?」

「ええ、とっても――楽しい事。でも、お姉様を見ているうちに此処で伝えてしまっては楽しみが半減してしまうと思ったから、
伝えるのはやめるわ」

「はい?」

「明日になれば解るわvvきっと、お姉様もとても喜んでくださると思うの」

「蒼花?」


一体何を伝えに来たのかと問おうとする蒼麗を無視し、蒼花は自分の腕時計を見る。


「あら、もうこんな時間だわ。ま、1,2日程度の徹夜なんて私には問題ではないけれど、残った明日の準備の為にも帰らなくてわね」

「え、あの」

「ふふふvvお姉様、明日は楽しみにしていてねvv心に残る一日にしてあげる」


ゾクリとする様な艶めいた声色でソッと囁く。
そうして、蒼花はスタスタと少し離れた場所で未だに震えている聖に近づいていった。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」

「聖」


降り掛かるのは、誰もが聞惚れるような玉響の如き声。が、その声の持ち主の気配に聖は大きくビクついた。


「は、はいっ」

「ってことだから、私達は先に帰るから――貴方はお姉様をしっかりと家にまで送り届けるのよ?」



もし、お姉様に何かあったらどうなるか解っているでしょうね?



そんな言葉が、聖が顔を上げて見上げた月下の麗人の微笑みから痛いほどに伺い知る事が出来た。
ってか、もし蒼麗に何かあれば自分は髪の毛一本残さずこの世から消されるであろう。聖は首を大きく縦に振った。


「そう――いい子ね。私、頭のいい子は好きよvv」



そうして、蒼麗は聖の髪を一房掴み口付けた。その色香溢れる行為に、聖が頬を紅く染める。


「でもね――もし次――」


蒼花は笑顔のまま聖の耳元で囁いた。




「次、お姉様に抱きつかれようものならば
半殺しにするから




見られてた?!




聖は蒼麗に抱きつかれたシーンを完全に見られていた事を悟った。


「勿論、解ったわね?次回は、
は・ん・ご・ろ・し


続く、地獄の其処から這いずり上がって来る魔物の咆哮の如き声色での脅し文句。いや、蒼花ならば絶対にやる。
この、姉の為ならば火の中水の中のシスコン女王であるこの妹ならば――


「ぎ、御意――蒼花様」


何とか、その言葉だけが出る。


我が主が守りし姫君には決して逆らえない。例え、その身分や地位、財力、権威などの付属品がなくとも。
それほどまでの威圧感が蒼花からは漂う。逆らえば完膚なきまでに叩き潰されるであろう。蒼麗とは違い、刃向かうものには一切の容赦はしない。
顔色変えずに相手を叩き潰す怜悧冷徹冷酷非道な本性と、誰をも魅了し惹き付け、心からの忠誠を誓わせてしまう絶対的なカリスマ性を持った少女。


「それじゃあね」


そうして、蒼花は蒼麗の方を見る。瞬間、殺気と威圧感は消えうせ



「お姉様、明日は楽しみにしててねvv」



年相応の少女らしい、愛らしく可愛らしい雰囲気を纏い、明るい声で別れの挨拶をしたのだった。









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