人の恋路を邪魔する奴の末路(笑)




「ほう………落ちこぼれと言うからにはどれほどのものと思っていたが……これはなかなか」


田舎出身。一般人出身。
特に高い能力を有しているわけでもなく、美しさも十人並み。
財産もなければ有力な親族も後ろ盾もない。
権力を持つ――または欲する男であればまず選ばないような女性が凪国の王妃だと聞いた時は心底幻滅した。


しかし、遠くで一人花畑の中で歌っている王妃はなんと可愛らしい事か


美貌は噂通りの十人並み。
宿る力も殆ど感じられず、どう見てもただの一般人かそれ以下である。


だが、それにも関わらずこれほど惹き付けられるのは何故だろうか?


少し可愛がってやるのもいいだろうか


大戦前より遙かに少なくなったとはいえ、貴族では未だに恋愛ゲームが嗜まれている


夫や妻が居ても他の者と遊ぶ者などざらに居た


特に、身分や地位の高いものは




――恋愛と結婚は別――




その暗黙のルールは未だ確かに存在するのだ


一歩踏み出し、ゆっくりと王妃に近づいていく


そんな自分に気付かず、歌い続ける王妃


凪国の王妃に手を出したともなれば本来は大事だが、あの王妃ならば大丈夫だろう


噂では、同情から王が王妃にしたと言う


美しい美姫でも代わりに献上すればすぐに王の興味などそれる


王の興味がそれた王妃に手を出して咎める者などいやしない


それに、王妃自身恥ずかしくてそんな事を口に出せないだろう



そう――何も問題はない


「あの――誰ですか?」


自分に気付いた王妃がキョトンと見上げる。
その仕草がまるで子犬のようで可愛らしい。


獲物に舌なめずりする狼のようにペロリと唇を舐めた




その時だった。



ドンッという衝撃と共に、目の前が真っ暗になった。





「?萩波、その人お友達?」
「いえ、真っ赤な他人ですよ」

心外な、とばかりに萩波は微笑む。
足下でしっかりとその男を踏みつけながら。

「ってか、突然倒れてしまったけど大丈夫かな?」

気付けばすぐ側まで来ていた見知らぬ男。
自分を見つめていたからには、自分に用があったのだろう。
身なりからして、高位の存在である事はすぐに伺えた。
しかし、自国ならまだしも、他国の貴族を全て覚えているわけはなく、初対面の相手ともなれば、一体何の用があるのかと思った。


が、その相手は何の用か言う前に倒れてしまった。
代わりに、後ろから現れたのは夫である萩波だった。


「すいませんね、この方どうやら夢遊病の気があるらしくて」
「そうなの?」
「ええ、そうですよ。ああ、さっきこの方を探していた方々が居ましたからすぐに引き取りに来るでしょうね。って事で行きますか」
「え?!その人達が来るまで側に居た方が」
「いえ、下手に動かしたら危ないのでこのままにしておきましょう」
「え、でも――きゃっ!」


さっさと果竪を抱き上げ萩波はその場を後にする。



一人残された男。

そこに、現れたのは朱詩だった。

「全く馬鹿な男だよねぇ」

ようやくここの王との会談が終った萩波は、紹介された美しい美姫達との挨拶もそこそこにさっさと妻を捜し出した。

美姫達はここの王の娘達。
正妃は無理だとしても、凪国国王の側妃ともなればこの国は多くの恵みを得られるだろう。

いや――


「欲と言うものはどこまでも深くなるからねぇ」


仮にも王の娘達。それなりの矜持があるだろう。
そればかりか、ここの娘達は国民達からも疎まれるほどの高慢な者達だ。

自分達こそが正妃に相応しいとして、正妃である果竪を害するかも知れない。
そんな者達をわざわざ懐に入れる萩波ではないし、そもそも果竪以外の相手に興味など抱くはずもない。


「自分の位に感謝するんだね」

それに加え、この馬鹿が果竪に手を出そうとした。

この国の宰相の親族だという男。
下手に手を下せば外交問題になるという事で命が助かったのだ。


だが、男の地位も今後は失墜するだろう。


何せ国自体が失墜するのだから――


「さてと、リストを渡しますか」


この国の王も愚王の極み。
しかし、幸にも愚王の親族にはそこそこまともなのも多い事から、たぶん王権はそちらに移ることだろう。


だが――


「こんな面倒なことしなくったって、国を盗ってしまえば楽なのになぁ」


領土も民も増えて良いこと尽くし。
しかし、萩波はそれをしない。
戦がどれほど悲しい事か知っているから。
王族同士の諍いで巻き込まれる民達の不幸と怒りを知っているから。


だから――


その原因となっている相手をピンポイントで萩波は仕留める。
一族全て連座などはしない。
悪いのは本人であって周りではない。その周りも悪いのならばそれ相応の措置をとるが、そうでない場合はわざわざ手を出しはしない。


そうして、国が混乱しないように裏から手を回す。

今度こそ、国を、民を思う人物を王に就任させる為に


「本当に面倒だよね〜」


そう呟きながら、朱詩はこの男の部下達が来るまでそこに居続けたのだった。