大根&カボチャのハロウィンの夜



今日はハロウィン。

夜には、窓辺に置いた目鼻口をくりぬいたカボチャに火を灯す。


ここ凪国王都でも、多くのカボチャが民家に飾られていた。
まだ昼間という事で灯は灯ってないが、夜にもなれば幻想的な光景を創り出すだろう。



「そう、カボチャならね」

凪国国王の影――茨戯は目の前にあるそれをマジマジと見た。


目と鼻、口がくりぬかれた



大根を




ムダに芸術性が高く、繊細かつ緻密な加工は素晴らしいの一言だった――大根だけど。


「何これ」
「勿論今日の主役のかぼちゃ――だとありきたりだから大根のランタン」

ありきたりって何だよ。

「しかも見事に中まできちんと空洞にして」

「火を灯すんだから当然よ!」

「ってか、ハロウィンはカボチャだから」
「私は常に流行の最先端を行くのよ」

ああいえばこう言う。

果竪のこの口のまわりっぷりからして、絶対口から生まれてきたに違いない。

「大根大根♪」

ウキウキ、ルンルン、ランラン。


周りに音符が飛んでいるような浮かれ具合で新たな大根ランタンの制作に移る。


まじありえねぇ。

思わず男口調に心の中で戻る。
しかし、果竪は幸せそうな笑顔を浮かべていて、これ以上ツッコむ事は憚られた。


なので


「アタシも一緒に作ろうかしら」

「いいよ〜」


一緒に居るだけで幸せになれそうな雰囲気と笑顔。
なので、一緒に居て分けてもらうのもいいだろう。


そうして二人で大根ランタンを制作する。
が、大根の肉質が原因なのか何なのか、茨戯の作る大根ランタンは中身が上手くくりぬけない。


気付けば日が落ち、作り始めてから数時間経過していたが、それすら茨戯は気付かないほど茨戯はのめり込んでいった。


くっ――!

この凪国はおろか、炎水界では炎水家当主の直属の影に次ぐ能力者と名高いこのアタシがっ!!


心の中で密かに闘志を燃やしながら、茨戯は大根ランタンの完成に命をかける。

「大根ランタンが完成したら、次は設置作業だから!」



城中の窓辺に灯すの――


茨戯はその光景を思い描いてみた。


王宮中の窓辺で幻想的な輝きを放つ大根ランタン――


「間抜けだわ」

「間抜けって何よ!最高でしょ!」

「どうしましょう!明日から大根王宮って呼ばれるじゃない」

その言葉に、「どうしよう!」と幸せ全開で夢見る瞳の果竪。
それとは裏腹に、額を抑えて思わず泣きそうになる茨戯。


そして、それを遠くから恐る恐る見守る官吏武官達。


彼らも自分達の王妃と影というツーショットには気付いていたが、恐すぎて何も言えなかった。


ただ一人を除いては――


「茨戯、へったくそ」
「ムキぃ!うっさいわね!私はあんたみたいに大根だけは上手く彫れる技術なんて持ってないのよ!」


再び作業を開始した果竪は茨戯の不格好大根ランタンを指さし付きで指摘する。

「ああもう!こうするんだって!!」

果竪が茨戯から大根を奪うと、自分の彫刻刀でカリカリと彫っていく。

「こうでしょう?ここをこうして、こう!どう?!」

「………なるほど」

二人で一つの大根を覗き込むような姿勢で大根ランタンの作成方法を話合う。
気付かなかったが、二人の位置は二人が気付かないままどんどん近づいていった。


そして――


コン――と、果竪と茨戯の額が軽くぶつかる。


「……何………してるんですか?」


おどろおどろしい美声。
地獄の門番さえ裸足で逃げ出すような声音に、果竪が茨城に抱きつく。
そして振り返ってみれば、そこに居たのは

「しゅ、萩波?」


相変わらずの美しさを称えた夫がにこやかに立っていた。
その後ろには、宰相以下御付の者達が数人居た。
皆、顔を引きつらせている。彼らは武人としても一流。大戦を潜り抜けてきた猛者揃いだというのに、そんな彼らさえ脅えさせるほどの怒気が王から放たれていた。

「な、何?」

私、何かした?!


夫から妄執に近いまでの執着を受けている事に全く気付いていない果竪は、一人オロオロとする。

一方、茨戯はと言うと


あ、死ぬ――


宰相達同様大戦を潜り抜けた猛者であり、何度も死に近い場所を渡り歩いてきた経験を持つにも関わらず、本気でそう思った。


本気を出せば、自分達を軽く潰せる実力の持ち主である王。
文武共に恐ろしく秀で、政治・軍事共に高く通じている。
それ故に、炎水家当主夫妻の信頼も厚く、炎水家の王宮に入ることを許されている数少ない選ばれた存在。


短い人生だったわ――


茨戯は潔く覚悟した。


「果竪――」

「な、何?」

茨戯に抱きついたまま果竪は答える。
あまりにパニックになり過ぎて、今の自分の状態になど考えすら及ばない。

「今日はハロウィンですね」

「う、うん」

「確か、ハロウィンの夜には子供も大人も仮装して街を練り歩きますよね?」

「そ、そうだね」

「そして子供達は近所の扉を叩いては、おかしをねだりますよね?――こう言いながら」

萩波はにこやかに微笑みながら、果竪の前に立つ。


「Trick or Treat――と」


果竪はようやく気付いた。
逃げだそうとするが、上手く行かない。

「こう言われて逃げ出せるのは、おかしを渡した場合ですよね?」

確かにそうだ。
けれど、果竪には渡せるおかしなどない。
作ろうとは思ってたけど、ずっと大根ランタン作りに没頭していたのだ。
しかし果竪は諦めなかった。

「あ、ああああのそのぉ!それって夜っ!」

まだ日も落ちてないし――と抵抗する果竪の耳元で、萩波が囁いた。

「もう夜ですが」

その言葉に、果竪はようやく既に日が落ちている事に気付いた。


「で、お菓子は?」
「ない、です」


大根なら沢山あるが、この夫がそれを望むわけがない。


「じゃあ仕方ありませんね。悪戯させて頂きましょうか」


果竪が悲鳴をあげて飛び退こうとするが、がっしりとした腕に捕らえられる。
酷く優美で女性的な美貌の持ち主である夫。
しかし毎日欠かさず鍛錬を行っているその体は、中性的ながらも無駄な贅肉のない、それこそ武官垂涎ものの肉体を持っている。


ポコポコと叩くが、鍛えられた体はビクともしない。


詐欺だ――


果竪はこの後自分に起きる未来を想像し、エグエグと泣きだした。
しかしもう遅い。




その日、ハロウィンは大盛況を迎えた。
子供達は悪戯と引き替えにお菓子を得、大人達も仮装に身を包み街を練り歩く。
それは夜遅くまで続き、人々は大いにハロウィンを楽しんだのだった。



唯一人を除いては――



次の日、王から美味しいお菓子や美しい衣装、普通の女性ならば諸手を挙げて喜びそうな品物の数々が果竪の元へと届けられた。


が、しばらく果竪の機嫌は戻らなかったという――