大根と王妃







ある日、美しい女性に連れられ一人の少年が私の村に移り住んできた。
母親に似た優美な美貌、柔らかい物腰を持った少年は誰をも虜にした。
異性の感心を浚い、同性からも尊敬された彼は当然その小さな村では終らなかった。


誰よりも優秀だった彼は先の大戦にて功績を挙げ、一国の王に封じられる。

彼の名は萩波

先の大戦にて現天帝達に追従して功績を挙げた事により、凪国国王に封じられた現国王として君臨する





天帝直属の側近である12王家が一つ炎水家
その領地に位置する中でも10本の指に入る広さを持つ我が国――凪国は非常に栄えていた。
珍しい鉱石が数多に取れ、その結果として財政も豊かな事も原因だろう。
一番の要因は心ある官吏達が賢君と名高い王の下、民達の為に奔走し力を尽くした事。
そしてそれに伴う民達との信頼関係の結果である事は間違いない。
その結果、最初は荒れ果てていた領地の殆どが豊かさを取り戻し、民達の生活は安定した。

特に、賢君と名高い王の功績は偉大だった

また、誰よりも強く美しく優しい彼は賢君と名高い最も民達、官吏達からの尊敬と敬愛を一身に浴びている

が、そんな名高い国王は現在大いなる悩みを抱えていた





凪国と隣国の故郷付近に位置するのは小さな屋敷。
そこには、一人の少女が住んでいた。
彼女は何時ものように農作業服に身を包み、クワを持って自慢の畑へと赴いた。

そして歓声を上げる。

「きゃあぁぁぁぁぁぁvv大根の収穫の頃合い最高じゃないvv」

産まれも育ちも農家であり、将来の夢は農夫のお嫁さん。
そんな彼女にとって畑は正しく自分の聖地だった。

数ヶ月前に植えた大根の種は見事に白く輝く大根へと昇華していたのだった。

「大根大根♪ああ!今日はもう大収穫祭だわっ!!」

他にも人参や玉葱、キャベツに白菜、トマト、胡瓜と色々と植えており、収穫祭は連日続くだろう。

それを夢見つつ、今始まる大根収穫祭に少女は畑へと駆け出した。

「お待ち下さい」

そんな声が聞こえたかと思うと体が宙を飛ぶ。
足かけされたと気づいた時には畑の中に突っ込んでいた。

「果竪様、先程王宮から連絡がありました。もうすこしで――って、何畑で泳いでるんですか?
泳ぐのは水の中だけにして下さいませ」
「誰のせいだと思ってるのよっ!!」

見事に畑の土とお友達になった(もともと畑は親友)少女――果竪は自分に足かけした相手に怒鳴りつけた。

そんな相手は超絶美女。
名を明燐といい、今年17歳のお年頃である。
因みに、彼女の夫になろうとする者達が常に列をなし、その長さは数百キロにも及ぶとか及ばないとか。

また同性にも人気が高く、彼女に近づこうとする者達は後を絶たない。
にも関わらず、なぜだか私の後をくっついてまわる明燐。
おかげで、明燐に近づこうとする人達から果竪は謂われのない嫉妬と憎悪を抱かれている。

この前など、屋敷を襲撃されかけたし。

なのに当の本人は何処吹く風。
そう、今と同じように

「さあさあ、早く着換えなくては先に着いてしまいますわよ?」
「私は体調不良なので会えないって伝えて」
「いやです」
「いや?!無理じゃなくていや?!あんた仮にも私付きの侍女長じゃないっ」
「側仕えだからこそ主が間違った方向に行くのを防がなくてはならないのです。さあ着換えましょう」
「だからいやだって」
「緑が多くなりましたわねこの畑」

はっ?!このままじゃ畑が燃やされる!!

うふふふふと白皙の美貌に笑顔を浮かべてはいるが、その手に持っているマッチは明らかにやる気だ。
このまま駄々をこねれば絶対やる。明燐はそういう奴だ。

「戻って着換えますわね?」
「はい」

長いものに巻かれるときも必要だ







美しく整えられた室内。
その中央に位置する大きな天蓋付きのベットを前に、部屋に入ってきた彼らは姿勢を正した。
彼らは今、大いなる使命を背負っている。
今まで自分達と同じくその使命を背負い、誰一人として果たせなかった使命。
それが果たせるかどうかは自分達の力に掛かっている。

天蓋から垂れ下がる布が侍女達によって今大きく開かれ、ベットに横たわる存在の姿が露わとなった。

使者の中でも最も高位たる青年が一歩前に進み出てその場に傅いた。

「ご寝所に立ち入ることを許可して頂き恐悦至極に存じます」
「此方こそ、わざわざ王都からの来訪嬉しく思います」

使者達にベットに横たわる果竪はにっこりと微笑んだ。
ベットの隣には明燐と、数人の侍女達が静かに並んでいる。

「今回はどのようなご用件で参られたのですか?まさかあの人に何かあったのでは」

果竪の言葉に使者が首を振った。

「そのような事はありませんっ!!あの方に何かあるなど絶対にあり得ないことです。その、私達が今回ここに来たのは前回と同様」
「ああ、王宮に戻れという事ですか?」
「そ、その・・端的に言うと・・そうなります」

使者が言い淀む。
その隙を突いて果竪は言い放った。

「申し訳ありませんが、今回も戻れないと伝えて下さい。先日また体調を崩してしまって・・このとおり、ベットから起き上がるのも一苦労ですの」
「な、ならばそれこそ王宮へお戻り下さいっ!!腕の良い医師が揃っておりますっ」
「まあ頼もしい!けれどそれでは余計に迷惑をかけてしまいます。それに、私のように度々体調を崩す妻などあの方に相応しいとは思えませんわ。やはり」

が、その続きを言う事はできなかった。
続きを制するように立ち上がった使者の長。
彼は口早に述べる。

「す、すいません用を思い出しましたっ!!き、今日はこれにて失礼します!!また来週窺いますのでどうか養生下さいませ」

そう言うと、使者は残りの使者達を促し部屋を出て行った。
後には、果竪と明燐達だけが残された。

「上手く逃げられましたわね?」
「ちっ・・どうあっても続きを言わせない気ね?」

これまで何度も「私のような病弱はあの人の妻に相応しくない。だからこのまま私をここに置いて別の女性を新たな妻に迎えるように頼んでくれないか?」と言おうとして失敗する。
途中までは言えるが、どの使者も最後まで言わせないで逃げ帰ってしまう。
まるでそれを言わせてしまえば全てが終わると言わんばかりに。

「けれど、それも当然の事だと思いますわ」
「明燐」
「この国の王――凪国国王の唯一の妻である王妃がこのような田舎に留まり、更には別の女性を王妃として娶れ等普通は言いませんもの。それが成れば一大スキャンダル、国の不祥事ですわ」

明燐がにっこりと笑った。

「ねぇそうでしょう?凪国国王の正妃――果竪后」

友人の顔が悪魔に見えた。

そう――私はこの国の王妃。

賢君と名高い現国王――萩波の唯一の妻である。
しかも、本来であれば王宮にて王の隣に座する存在であるにも関わらず、王都から遠くはなれたこの田舎の屋敷に留まり続ける王妃失格の王妃だった。








自分はごく平凡な少女だった
生まれも育ちも田舎の小さな村。
そこで慎ましく暮らす農家の家に生まれた。
将来の夢は農夫のお嫁さん。
夫と仲良く農作業し、子供を生み育て楽しく温かい家庭を築く事を夢見る平凡極まりない女の子だった。


まかり間違っても一国――それも大国の王妃になんぞなる気なんてなかったのだ。


そんな果竪が王妃になった理由はたまたまだった

たまたま、愛した人が優秀で

愛した人が順調に出世して

愛した人が国王になった

その時に果竪が妻だったから

成り行きで王妃になっただけなのだ

つまりそのまま王妃の座に据えられたのである

人は言う

運が良かったからだと

ただ愛した人がたまたま王になって、その時妻だった自分がそのまま王妃の座に据えられただけ
本当に凄いのは夫だ

自分はたまたまだ
たまたま王妃になってしまっただけの存在
身分も地位もない
他者を圧倒する能力なんて何一つ無い

そんな何の取り柄も価値もない自分を王妃と認めない者達は多い

特に、もともと王妃の座を狙っていた姫君達
彼女達の視線は酷く侮蔑的で嘲りに満ちていた
自分の縁者である娘を王の正妃に、側室に据えようとする者達に到ってはその何倍も視線は鋭い
勿論嫌味嘲笑罵倒は何時ものこと
でも、彼女たちの言い分も分る
たまたま王妃になってしまった自分
夫が国王になったからそれに伴って正妃の座に据えられただけの自分
身分も地位も兼ねそろえた美しい美姫として名高い自分達よりも劣る娘が最高位の座につくのが許せないのだろう
それに、そもそも本来なら離縁されていてもおかしくなかった

大出世を遂げて夫は国王になった
けれど、夫の後ろ盾になるべき彼の一族はいない
夫は天涯孤独の身だった
そんな夫を王として支援するならばやはり有力な後ろ盾を持つ姫君と結婚した方がいい
勿論、正妻としてだ
そうなれば私は当然離縁されるだろう
実際、権力目当てに婚約者を捨てたり妻を離縁したりする男は結構居るらしい
悲しい事だが、それが現実だ
また、王ともなれば側室だって欲しいままだ

中には愛してはいるが身分的な事情で愛する人を側室
にしたり、ただ楽しむ女性を側室につけたり、有力な後ろ盾を増やすべく側室を選んだりするという

女と見れば片っ端から手を着けて囲う男だっているという話だ

自分の場合は側室としてひっかかれば良い方だ

娘を正妃の座につけたい者達は妻の座に居たいのなら側室になればいいという
それが身分のない娘に相応しいと

側室の座につけたい者達はその地位すらお前には分不相応だという
それどころか、さっさと出て行けと言われた事すらあった

国王となった夫には高貴な姫君こそ相応しい


私は容姿も十人並みだし、とりわけ賢いわけでもない。
出身は田舎の農家、それも本当にその日暮らしであり、財産なども全くなかった。
これからの彼の将来に、何のメリットももたらさないはずだ。

他の姫君であれば与えられるものを私は与えられない。

そして全てが場違いな今の暮らしと娘を王妃にしたい者達と姫君達の嫌がらせに果竪の心労はピークに達した

そんな日々に疲れてしまったとしても誰も何も言えないだろう

王妃としての生活に疲れて逃げ回るのも致し方ない事だろう


田舎の隅でひっそりと暮らしたかった


だから、この屋敷に来た時に決めたのだ


王妃を辞めようと


例えそれが夫との離縁だとしても


夫のこれからの幸せを考えればきっと耐えられるから

その為には、二度と王宮にも社交界にも戻るつもりはなかった


そうして最初の帰還命令を断った自分

もぎ取った数週間の静養の為の滞在はほどなく数ヶ月にも及び、
何時しか王都では王妃は静養ではなく王に遠ざけられたのだと噂された

王と王妃の仲は非常に悪いのだと

いや、王は王妃の卑しさが嫌になったのだと

新たな王妃を探しているのだと人々は噂した


そして昨年の春

風の便りで王が愛妾を持った事を知った


『あなたが居てくれればそれだけでいい』

そう言った夫はもう何処にもいない


そしてそれこそが私の望み





使者達が帰った後、果竪は素早く農作業服へと着替えた。
そして自分が制作したクワを手に、籠を背負って自分の心の聖地とも言うべき畑へと走った。

王都からの使者達のせいで数時間延期されてしまったのは残念だが、
きっと愛しの大根達は自分を待ってくれている。

ああ、待ってて愛しい私の大根達!!

「いま行くわ私の白い宝石達っvv」
「何が白い宝石ですか大根に対して」
「私が心血注いだブリ大根予定たるわが子同然の大根に対してなんて言い草するのよっ!!」
「普通わが子はブリ大根にしませんし、そもそも食べません」

畑へと急ぐ私の隣を同じスピードで走る明燐。
彼女に夢を抱く男性陣が見れば見なかったことにしようと思う光景がそこにあった。
が、こんなのはいつもの事。

「ってか、使者が帰ったらすぐさま畑ですか。仮にもこの国の王妃が農作業服で大根収穫。ふぅ……世も末ですわ」
「何言うのよっ!!大根の何が悪いの?!人参だったらいいの?!」
「だからそもそも王妃が農作業なんてしません」
「農作業こそ私の仕事よっ!そもそも私は五穀豊穣を司る神族の血統なんだからっ」

勿論その中でも下っ端ではあるが、紛れも無い実りを司る一族である。
五穀豊穣を司る者として農作業をする事はむしろ当然の事だろう。

「それは分っていますが、でも今果竪がしなければならない事は王妃としての仕事です」
「王妃として五穀豊穣してるんじゃん」
「王妃として王の下に戻られる事こそ最大の仕事だと思いますが」
「あ、壁高い高いってか無理乗り越えられないギブアップ」
「壊せばいいです」
「せめて迂回したらとか言えないの?!ってか無理!!壊す前にめり込むわっ」
「大丈夫ですわvvきっと両手を広げて受け入れてくださるでしょう王は」
「ふっ!その前に何処かの美姫でも投げ込むから大丈夫」
「その姫君は見事に地面とお友達になられるでしょうね」

ため息をつく明燐の呟きは聞かなかったことにした。
というか、そもそもあの夫にはお気に入りの愛妾がいるのだからそっちを抱いてればいいし。

「それより今は大根よ!!ああ愛しの大根!!今日の夕飯は白く輝くブリ大根よっ!!」
「白いって事は味が染みてないですねきっと」
「一言多いわっ」

何かにつけて余計な事(案外的確な突っ込み)を言う明燐にそう言うと、果竪は目前に迫った畑へと突っ走った。

もう少し、もう少しで白く輝く大根に会えるっ!!

しかしそんな願いは脆くも崩れ去った。




「・・・・・・・・ない」
「あらあら」

あれだけ自己主張していた丸々と太った白い大根達。
それは今、一つも残っていなかった。
こげ茶色の土だけがそこにある。
大根の緑の葉も、白い部分も何も無い。
いったい愛しいわが子達は何処に言ったのか?

まさか家出?!

それとも誘拐?!

ミュージシャンの夢をかなえる為の単身上京?!

私捨てられた??!!!


「私の大根・・・・・」


バタン


「きゃあ!!果竪?!果竪しっかりしてっ!!」

ショックのあまりその場に倒れ付した果竪に明燐が慌てて駆け寄った。
後日、実は大根は全て屋敷の調理人達が気を利かして一番いい時期を逃さないように抜いて野菜室に保管してくれていたのだが、それを知る由もない果竪は使者への建前ではなく本当に寝込んでしまう。
しかも熱は39度。医師さえ驚くそのショック熱は1週間も続く事となった。


が、その結果、宰相にどやされて大急ぎで新たに王妃を連れ戻すべく編制されやってきた使者達を一目で納得させられる事となった。その為か、明燐から調理人達へのお咎めはなかったとか。






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