結婚騒動大波乱?!








ある晴れた秋の日、凄まじい絶叫が茶州州城に木霊した。







一体何よあの女はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!







突如、卓袱台返しならぬ執務机返しをした秀麗に、その場に居た静蘭達は全員後ろに後ずさった。
と言うか、何故あんなにも重く大きい執務机を引っ繰り返せる?!


「お――お嬢様。一体何が」


「何もかにもないわよ!!あれ、あれを見て!!」


秀麗は陣取っていた窓の前を静蘭に譲り――と言うか、引っ張って強引に窓の外を覗かせた。
すると、下の方から楽しそうな声が聞えて来る。見ると、そこには少女が二人連れ立って歩いていた。
その内の一人が知り合いである事を知ると、静蘭は顔に優しげな笑みを浮かべた。その少女の名は蒼麗。
今から数日前に秀麗達の元にやって来た、渦巻き眼鏡と三つ編みにした髪が特徴的な優しく聡明な女の子であった。
そんな蒼麗との最初の出会いは、遡る事今から1年前の秋。邸の前で行き倒れていたのを見つけた事だった。
その時は、まさか後にあんな大騒動が起きるとは思わなかったが……。そして、もう二度と会えないと思った別れから
数ヶ月経った数日前に、蒼麗は約束どおり会いに来てくれた。共に笑い、泣き、戦った大切な仲間。
秀麗達は蒼麗が大好きだった。そう――特に、秀麗は蒼麗が同性と仲良くするのに嫉妬する位。


「ってか、あの女は何?!私を捨てて別の人に乗り換えたの?!」


「姫さん?!」


「秀麗さん?!」


「紅州牧?!」


上から、燕青、影月、そして悠舜の順に驚きの声を上げた。



今、一体なんと?!



「くっ!こうしては居られないわ!別れさせなきゃ!!お母さんはあんな子との交際は認めないのよ!!」


そのまま、とうっ!!と窓に足をかけて飛び出して行こうとする秀麗を慌てて静蘭が止める。


「お嬢様、止めて下さい!!此処は3階です。普通に死にます。普通に逝きます!!」



しかし結局の所――蒼麗が戻ってきて「何してるんですか?」と、キョトンとした顔で聞くまで、
静蘭達の必死な努力も虚しく秀麗は収まらなかったのだった(合掌)










「楊 明華と言います」


蒼麗と共にやって来た少女は優雅に挨拶した。その美しさに、男性陣は思わず見惚れた。
これ程の美少女は後宮にも数少ない筈だ。しかも少女はまだ蒼麗と同じ――12,3位。
きっとこの先成長するにつれて、その美貌は更に磨きを掛けるだろう。
しかも、その儚げでオドオドとした様が何とも男の庇護欲を掻き立てる。


「私の友達なんですvv」


「そうなの〜〜、凄く綺麗な子ねぇ」


秀麗は笑顔で言った。――が、その笑顔は静蘭達の背筋をゾッとさせた。完全に嫉妬している。
しかも明華の美貌にではなく、蒼麗との親密度の高さに。なのに、そこに明華は油を注ぐ。
人見知りなのだろうか?蒼麗の後ろにそっと隠れる。ぴったりとくっ付きながら。
ボォッ!!と言う、何かが激しく燃え盛る音を、その場に居た蒼麗以外の全員が確かに聞いた。


「実は……秀麗さんにお願いがあるんです」


「何かしら?!」


鬼神から、聖母の様な表情に変化した秀麗の顔に、静蘭達は更に後ろに退く。恐い、恐過ぎた。
特に秀麗の様に、余り人に嫉妬したりとかしない性質の人が嫉妬すると、此処まで恐ろしいと言うのが痛い程解る位に。


「実はですね、楊 明華ちゃんの事についてなんです」



蒼麗の説明が終った瞬間、秀麗の叫びが室に響いた。





「な、な、何ですってぇぇぇぇぇぇ?!恋人の居る楊 明華ちゃんに横恋慕した男が、実は権力や財力をかなり持つ
家の息子で、それらを使って嫌がる明華ちゃんに結婚を迫ったですってぇぇ?!」




それは、秀麗の最も嫌いなタイプの男だ。もう絶滅させたい位に。


「いえ、違います。迫った所で終らず、既に婚儀は1週間後に迫ってます」


つまり、恋人が居ると断る明華を手に入れるべくあらゆる手を使い、強引に婚儀に漕ぎ付けたと言う事だ。
秀麗の中に怒りの炎がメラメラと燃え盛る。


「そ、それで如何するの?!」

「このままでは結婚するしかないと思います。明華ちゃんの家は大きな商家で、恋人の方もそれと
同等の家の人ですが、横恋慕した相手の方が、完全に格は上です。と言うか貴族ですから」


「そんな……許せない!!」


秀麗の中の正義感に火がつく。静蘭達は次に秀麗が言う台詞が痛い程解った。


「何とかしましょう!!」


やっぱり……。しかし、何とかすると言っても如何するのか?相手は貴族だ。これには流石に秀麗も唸る。


「う〜〜ん……どうやって諦めさせたら良いのかしら」


「一番良いのは、闇討ちして埋める事ですね」


「あ――そうそう……って、へ?」



速攻で、その場に居た全員が声のした方を見た。すると先程まで誰も居なかった筈の窓の淵に、秀麗達が
聞き間違いであって欲しいと心底願った声の持ち主である二人は、願いも虚しく優雅に腰を掛けていた。
驚きを露にする秀麗達の様子に、絶世の美貌を持つ二人――緑髪の髪と爽やかな容姿が印象的な青年―緑翠と、
青味がかった銀髪と優しげな容姿を持つ青年―銀河は楽しそうに笑う。その笑みだけで、一体どれ程の老若男女に
黄色い声を上げさせて失神させられるだろう。しかし、明華を除いた此処に居る全員が、その美貌の主達の性格が
いかに鬼畜であるのかを知っている。最初は騙されたが、そう何度も騙されはしない。



「りょ、緑ちゃん、銀ちゃん……帰ってたの?」



二人は蒼麗の、これまた鬼畜な許婚から勅命を受けた蒼麗の護衛だった。しかし、今は確か許婚の下に
定期連絡に行っていた筈。何故此処に居る?!


「青輝様が早く戻れと言われたので」


銀河の言葉に、なんて余計な事を、と蒼麗は許婚を心の中で罵った。


「それで先程の事ですけど、やはり此処は証拠隠滅も兼ねて夜に殺るのが良いと思います」


にっこりと笑う緑翠。いや、それ、笑って言う台詞じゃないから!!


「ふふふ……嫌な顔をされていますが、他に良い方法が?残り期間は1週間なのでしょう?」


丁寧な口調だが、ズバッと痛い所を抉る銀河。優しげな容貌も加わり、更にその言葉の皮肉さが際立つ。
しかし、その攻撃相手は蒼麗ではない。秀麗達だ。緑翠と銀河にとって、この世界の者達が蒼麗に近付く事は
心の其処から嫌なのだ。


「うん、そうだけど……でも、監禁していた花嫁が居なければ、婚儀は永久に行われない」


蒼麗の言葉に、明華以外の全員が視線を向ける。……監禁?


「あ―あはははvv実は……その、式の間まで逃げない様に監禁されていた明華ちゃんを――見張りを
殴り倒して連れて来ちゃったんですvv」







「な、何いいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ?!」








流石は蒼麗様vvと感心する緑翠と銀河以外の全員が叫んだ。



「つ、連れて来たって!!」



「悪いのは向うです。明華ちゃんと遊ぼうとした所、「邪魔だ、どけ、餓鬼!!」って言って、秀麗さんの家に
居候してるって解ったら「は!!あんな男に媚び得る為だけに官吏になった娼婦の州牧の所に居るなんて
育ちが知れるな!さっさと帰れ。高貴な花嫁が穢れる」って言ったんです。だから――って、静蘭さん、緑ちゃん、
銀ちゃん、皆さんは一体何処へ?」


其々に刀を持ち、スタスタと室の扉に向かう3人に、蒼麗は声を掛けた。


「気にしないで下さい。唯、そのお嬢様を馬鹿にした奴らを殺ってくるだけです」


「ちょっ!待て、静蘭落ち着け!!」


「サバ読み、今回だけは手伝うぞ」


「あはははは、緑翠さん達の手助けがあれば百人力ですね。でも、私は静蘭です」


サバ読みと自分を呼ぶ緑翠に、静蘭は額に青筋を浮かべる。しかし刀を抜いた所で、自分は軽く負かされるので
必死に我慢した。緑翠も銀河も、はっきり言って燕青よりも強い。


「銀ちゃん、緑ちゃん、そんな事しないで!私は大丈夫よ。本当に子供だし」


「蒼麗様。貴方様は立派な淑女ですよ。って事で」


「結婚しないわよ」


「何故です!!我が主の何処が置きに召さないんですか!!」



「私はまだ12歳よ!!結婚できるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



何故か知らないが、許婚の側近達には少しでも早く結婚をと求められ、また両親や許婚の家族、
そして幼馴染達とその家族達にまで「結婚、結婚、結婚」と言われる蒼麗はきっぱりと断った。
唯でさえ仲が不安定なあの許婚と、12歳で結婚なんてしたくない。


「くっ……一体如何すれば……」


「私の事はいいから、今は明華ちゃんの事です」


嘆く緑翠にきっぱりと言い切ると、蒼麗は考えを巡らせる。何だか少し離れた所では、燕青と影月が必死に
暴走して行こうとする静蘭を止めているが、取り敢えず気にしないで置こう。


「蒼麗……」


不安そうに見詰めてくる明華に、蒼麗は安心させる様に笑った。家族の為、恋人の為、そして周りに迷惑を
掛けない様にと自ら犠牲になろうとしていた明華を、自分は外に連れ出して来てしまった。
今頃、貴族の子息はカンカンだろう。動くのならば早くしなければ。


「此処はやっぱり……」


「「「「「「やっぱり?」」」」」」


「相手の弱みを握って脅すとか」


「と言う事で、私は早速弱みを握りに」


行って来ます〜〜と、蒼麗はそのまま室から出様としたが、秀麗に腕を掴れて止められる。


「蒼麗ちゃんが行かなくても、そう言う事なら絶好の相手が居るわ」


は?と目を丸くする周りを他所に、秀麗はサラサラと料紙に何事かを書いていく。


「よし、出来た。蒼麗ちゃん、これを送ってくれないかな?」


「え?あ、はい。解りました」


蒼麗は、自分の持つ巾着から付箋の束を取り出した。片方の先に糊がついたそれを一枚手にとり、
秀麗はとある者達の名前を書いていく。書き終わると、それを手紙に張った。すると、如何だろう?
秀麗の手からそれは浮かび上がり、あっと言う間にその姿を消した。




「一日もしたら来ると思うわ」




そして待つ事一日。秀麗の呼び出しの手紙で呼び出された二人は来た。


「翔琳、曜春、お久しぶり」


”茶州の禿鷹”の二人を呼びつけた秀麗はにっこりと微笑んだ。


「これはこれは、秀麗殿。緊急の用があると聞いたのだが」


「ええ。実はね、ある事をして貰いたいの」


秀麗は完結に明華の事を話していく。終った時には、二人は怒りを露にしていた。


「嫌がる女子にその様な無理強いを!!」


「お頭、こういう時こそ僕達の出番ですよ!!」


「わかっておる!!つまり、我等にその不届き者を懲らしめろと言う事だな?」


意気込む二人。しかし、そんな二人に秀麗は――


「違うの。二人にはその貴族の子息や両親に張り付いて、弱みを握って欲しいのよ」


「「―――――は?」」


驚きに思わず目を丸くする二人に、黙っていた静蘭達は溜息をついた。



「姫さん、段々別の道に逸れていくな」


「まあ、今回のは相手も悪いだろう。と言うか、お嬢様を娼婦呼ばわりなどっ」



押えていた怒りが再び込上げて来る。


「でも、弱みで脅すのは――」


「何を甘っちょろい事を言っているんだ。影月」


「え?あ、緑翠さん?」


「お前は本当に甘すぎだな。――お前が思っている程、相手は甘くないぞ。あの貴族、元から裏でかなりの事を
しているからな」


「え?それは如何いう――」


「だから、前茶家亡き後の麻薬栽培や人身売買の総元締めなんだよ、あの貴族は」


途端、その場が静まり返った。


「それは、本当ですか?」


悠舜が静かに聴いた。


「ああ。この前も何人か売られてたぞ。って、そんな顔するな。一応、買い取った奴を半殺しにして、売られた奴らは
安全な場所に逃がしといた。でも、あんなのは全体の内のほんの少しだ。犠牲者はもっと居る。
早めに手を打った方がいい」



「そんな……」



秀麗が驚きに両手で口を覆う。


「蒼麗様もその事に気が付かれていたのでしょう?だから、わざわざ明華を此処に連れてきた」


「え?」


秀麗は如何言う事?と蒼麗を見る。


「貴方様は本来、他人を巻き込まない方だ。なのに、明華を此処に連れて来て、身の上話をして協力を求めた。
それはつまり――その裏にある犯罪組織の撲滅を自らが行う為には、現在奴等が血眼で捜す明華を安全な場所に
匿う必要が出て、その為の場所が必要となったからだ。撲滅する間、御自分で守る事が出来ないから」


「そ、そうだったの?」


「そうですよ。更に付け加えれば、貴方達に話した明華の結婚話も、自分が裏で動き覇家自体を捕縛に追い込めば、
それらは自然と立ち消えに成る。最初から蒼麗様が貴方達に求めたのは匿う事だけ。それ以外、いやそれ以上の事で
巻き込むつもりは全く無かった」


「蒼麗ちゃん……」


「……御免なさい」


だから、弱みを握りに行くと言って速攻で覇家を潰しに行こうとした。少しでも迷惑を掛けない為に。


「でも、見方を変えればそれだけ信頼されていたと言えますけどね。此処に預ければ安心だと」


銀河は面白く無さそうに言った。頼まれたのが自分達でないのが悔しいのだろう。そう思うと、秀麗達も嬉しくなる。
蒼麗の事に関して、自分達と銀河達は常に反目しあっていた。
しかし、それ以上に自分達を巻き込みたくないと言う気遣いが心に温かく染込んで行く。
そうだった。蒼麗は1年前も自分達を巻き込まない為に動いてくれた。


「確かに蒼麗さんらしいですね。でも――それだったら明華さんを先に逃がすのは止めて置いた方が
良かったのではないでしょうか?」


「静蘭?!」


「確かに、強引に結婚させられそうになって監禁されていましたが、その時点では結婚まで1週間と言う期間があった。
その間に私達が相手の証拠を掴み、全ての準備が整ってから明華さんを救い出した方が――相手は花嫁が逃げて
血眼になって探している筈です。下手をすれば――」


「確かに、貴方の言うとおりだ。でも、それでは遅い」


「遅い?」


「そうだよ、それも明華個人に関割る事だ。確かに、あんた達に預け様としたのは、蒼麗様には相手を潰す為に
という理由もあった。でも、それ以上にある理由から明華を一番安全な場所である州府に匿って貰いたかったんだ。
奴等に直に見つからない様に。それは、周りの者達の命の安全の確保に繋がる。もし、蒼麗様が明華を無理やり
連れ連れてこなければ――まず間違いなく、相手の恋人だっけ?そいつ、邪魔だとか言う理由で今頃殺されてた
だろうからな。と言うか、既に蒼麗様が明華を連れだした時、殺される寸前だった」


「夏深っ!!」


明華は叫び――気を失った。慌てて蒼麗が支えた事で床との激突はさけられたが……完全に体から力が抜けている。
蒼麗は取り敢えず、近くの椅子に寝かせた。


「そ、そんな……なんて奴なの?!」


「まあ、花嫁が自分を愛さず別の男を愛しているのが許せない。その相手を消せば自分の物になると思うのは
理解出来ないでもないが……」


緑翠は面白そうに言う。不謹慎だと言いたいが、たぶん軽く無視されるだろう。


「……ねぇ、緑ちゃん。その他の、恋人の家族の人達とかは?――その人達もやっぱり」


「ええ。ご推測の通り、あいつ等の手の中です。でも、生きてますよ。殺されかけた恋人もね。蒼麗様が明華を
連れ出した事により、明華を誘き出す人質として利用する価値が出ましたんで。それもこれも、蒼麗様が見付り難く
安全な州府に連れて来たからでしょうね。でも、あいつ等も……明華の家族まで殺そうとしなくても良いとは思いますが」


「明華ちゃんのっ、か、家族までも?!ど、如何して」


「邪魔だからですよ。明華の家族は、明華を手に入れる際に散々渋った挙句、今も断固反対しているそうです。
何でも明華の両親は、娘には元々明華の恋人と結婚して欲しかったそうですよ。これでは完全な邪魔者でしょう。
元々、あちらにしては明華だけ手に入れたいんです。その家族なんて余計な付属品にしか過ぎません」


「そんな……」


「それに、時間は余りありません。あちらも結構頭にきています。後もって2,3日が限界でしょう」


それ以上過ぎたら、例え人質の価値があっても、奴らは容赦なく殺すと緑翠は言った。
全く、何て奴らだ。そして、明華も災難だ。とんでもない奴に好かれてしまっている。


「とにかく、時間が無いわ!早く、何とかしなきゃ!!」


「秀麗さん!そっちは私が」


「これは茶州の官吏である私達の仕事よ。安心して任せて。必ず一網打尽にするわ」


秀麗の言葉に、静蘭達も頷いた。こうなっては、何が何でも明華の結婚を阻止し、貴族の子息達を捕まえなければ!!
明華の家族や恋人、そして人身売買されている人達の為にも。











期日まで後2日。秀麗達は徹夜で問題の貴族の悪行を洗い出し、証拠を探し出す。
そしてその過程で、美少女―明華を手に入れようとしている貴族の子息――覇 芳紀についても色々と
知る事が出来た。この坊ちゃん。親以上の阿呆だった。とは言うものの、見目は悪くなく寧ろ美青年で、
頭もそれなりにいい。年齢的にも16歳と明華に釣合っている。また、家自体も貴族の中でもかなり上に位置する
正真正銘の名家だ。しかし、その性格は破綻していた。欲しい物は手段を選ばず手に入れようとし、
何か事があれば直ぐに親の権力で揉消しに掛かる。典型的な馬鹿貴族の息子の類だ。
はっきり言って、もし自分が妻にと望まれたら絶対に蹴り返すと秀麗は思った。そして、それは男性陣も同じだったらしく、
もし自分が女ならば絶対に嫌だと言う思いがありありとその背中から伺えた。所詮、皆嫌な種類は似ているのだ。
そこに男女の差は無い。



「はぁ……明華ちゃん、本当に可愛そうだわ」



こんな男に好かれるなんて。しかも、絶対に相手は明華の容姿目当てだ。調査結果では、かなりの女好きで妾が
何人もいるそうだ。はっきり言って、ふざけんな!!まあ、貴族とかは妾を持つ者が多いのも事実だが――それでも
自分の目が黒い内は、こんな馬鹿息子はのさばらせない。秀麗は心に強く誓う。別に好きあっているのならば良いが、
この男に嫁いだら絶対に泣かされるのは目に見えている。蒼麗を取られた事で明華には嫉妬していたが、
それでもこの様な理由がある事が解ってからは、秀麗は心から同情していた。何とかしてやりたい、と。
その思いは、秀麗の処理速度を更に上昇させていく。


「秀麗殿、色々と証拠とやらになりそうな物を持ってきたが」


駆け回っていた翔琳、曜春が窓から入ってきて、机の上に色々と物を載せていく。
何やら、色々と訳の解らない物もあるが――その一つに、秀麗は目を留めた。これは!!


「翔琳君、曜春君、ありがとう!!これは役に立つわ」


訳の解らない物の中に入っていた三冊の書物。それは――覇家の裏帳簿と、人身売買に関しての書類、
そして麻薬の売買についての顧客名簿だった。其々の書物にはきちんと覇家の印が押してあり、
これは決定的な証拠となる。しかし、緑翠と銀河は「如何かな?」と言う不敵な笑みを浮かべる。


「まだ、何か足りないんですか?」


「まあね。一つ言わせて貰えば、取り囲む兵士は多い方がいい。何でも、結構強い暗殺集団を雇っているらしい。
下手したら全員皆殺しになるんじゃないか?」


「な、何ですって?!」


「しかも、相手も往生際が悪い奴らですし……どんな手を使ってでも逃げると思いますね」


くすくすと、その美貌を更に際立たせる艶やかな笑みを浮かべる二人は心底楽しそうだった。


「秀麗さん、大丈夫です。その剣の達人は私が相手をします」


「それはいけません!!危険です、蒼麗様!」


「でも緑ちゃん。元はといえば、私が巻き込んだ様な物だもの。明華ちゃんだって私が無理やり連れて来て……
ああ、本当に私は順序が逆ね」


「いいえ、蒼麗様の判断は良かったのです。でなければ、今頃は恋人や家族は闇に葬られていました」


「そうよ、緑翠さんの言う通りよ。蒼麗ちゃんの判断は正しかったわ」


秀麗も頷いた。本当にその通りだった。蒼麗が連れ出した事で、人質としての価値が付き、恋人達は生かされている。
調べさせた所、明華の家族も恋人の家も、その貴族の雇った者達が夜の内に押し込み、家人達を含めて連れ去って
自分達の屋敷の地下に幽閉しているとの事だ。その用意周到さからして、始めから恋人は婚儀前、家族は婚儀後に
殺すつもりだった事は明らかである。そして、もし蒼麗が明華を連れ出して真相を話さなければ、明華の恋人も家族も
秘密裏に殺され、その存在を消されていた。しかも事件自体が揉消される為、その存在は最後まで明らかに
ならなかっただろう。不幸中の幸いである。


「でも……せめてその時に覇家を潰していれば……それは、私のせいです。でなければ、家族の人達にまで
その魔手は伸びなかった」


とにかく、明華を先に逃がす事が大切だと、戸惑う明華を連れて逃げたが……やはり、あの時点で自分が
直接乗り込めば良かったかも知れない。後悔が溢れていく。


「蒼麗様。その様に御自分をお責めにならないで下さい。大丈夫です。家族も恋人も、あんな馬鹿に
殺されるほど軟ではないでしょう」


そして、いざとなれば自分達が行く。銀河は懐から有る物を取り出し、秀麗達に投げ渡した。
それを受け取った秀麗達は、その書類の内容の重要さに絶句した。


「こ、これは……」


「その貴族と繋がり人身売買の協力者達と買取に来る者達の印と署名がされた名簿。そして、そちらは麻薬を
買う貴族の名簿。所謂抜け駆け、又は裏切り防止用に作成された物ですね。これがあれば、協力者達も一網打尽手。
ひいては覇家の逃げ場もなくなるでしょう。何せ、それを出されれば如何し様もない事は確かですしね」


「で、でも、如何して……」


「このままでは蒼麗様自ら動かれる。それだけは許せません。と言う事で、証拠は渡しましたから絶対に
その者達を捕縛して下さい。私達の手助けは此処までです」


「――ありがとう」


「いいえ、それよりも早く動いた方が良いですよ。あの者達、明日まで持つかどうか」


証拠集めに行っていた時にも、覇家の動きは大きかった。余程、覇 芳紀は楊 明華に執着していると思われる。
片っ端から明華の行きそうな場所を虱潰しに探し、早く来なければ家族の命はないと言う噂を大々的に流している。
はっきり言って馬鹿だ。余り事を大きくすると、州府が出てくると言うのに。ましてや、向こうがやっているのは
完全な違法行為。介入する隙は幾らでもある。


「女に目が眩み、自らの土台を削る、か」


静蘭の嘲笑に、銀河も笑った。


「まあ、そういう事ですね。ふふふ……あの家は未だに状況の変化を解っていないんですよ。確かに茶家が
居た時には、州府も茶家にばかり目がいって他はおなざりになっていました」


その言葉に、燕青や悠舜はグッと詰まった。確かに――少ならず甘くなっていたかもしれない。


「まあ、その時ならばそれでも良かったでしょう。余に目立つ行動を起こさない限り、滅多な事では捕縛の手は
向いませんでしたから。しかし、今は違う。茶家は生まれ変わり、州府も正式な州牧達を頂いて、その体性は文句を
付ける所無く整い出した。そんな州府のお膝元でこれだけ派手な動きをすると言う事は、それこそ自分の首を
絞める様なもの。まあ、相手も大切な花嫁に逃げられたとは言え、もう少しやり様はあると言うのに」


頭脳だって、権力だって財力だってある筈だ。
なのに、此処まで馬鹿みたいに開けっ広げに暴走されたとなると、もう何と言っていいか……。


「まあ、でも事態は最後の最後まで解りません。大どんでん返しが来るかもしれません」


「そうね。油断は禁物だわ」




秀麗が重々に頷く。今回で、完封するにはその大どんでん返しが起こって貰っては困る。
細心の注意を払ってこの大捕り物を実行に移さなければ。


「静蘭、州軍を」


「御安心を。そちらは既に準備が整っています」


その言葉に、後は自分達が集めた証拠を纏め上げて捕縛状を作成するだけと悟り、秀麗は頷くと、
影月や悠舜と共に完璧な証拠を作成していった。







「くそっ!!明華はまだ見付らないのか!!」


覇 芳紀は苛々としながら怒鳴り散らすと、近くにあった椅子を蹴り飛ばした。


「これだけ噂を流しても出て来ないとなると、何者かが匿っているのかもしれませんな」


自分の側近の言葉に、芳紀は匿っている者を直ぐにでも打ち殺してやると喚いた。丸っきり子供である。


「あの女は僕の物だ!あれ程の美貌は国王だって持っていやしない。必ず手に入れてやる!」


「お任せを、芳紀様。必ずや我等が手に入れて見せます。それに、既に匿っていると思われる場所にも
見当が付き始めていますので」


「何?!それは何処だ?!」


「茶州州府の城ですよ。あそこはまだ調べていません」


「州府の城?ならば、とっとと捕えて来い!!州府など、どうせお飾りだからな!!」


芳紀は馬鹿にした様に言い切った。


「いいか?!今直ぐ行って連れて来い!!」


「御意」


芳紀に忠実な側近は深く頭を下げた。そして、暗殺部隊は動く。












「――ん?」



何か物音がした様な気がする。突入を明日に控え、秀麗達は夜遅くまで作業に取り掛かっていた。
そんな中、秀麗は何かの物音を聞きつける。今のは――その瞬間、窓が勢いよく開いた。
驚く暇も無く、黒装束の男達が入り込んでくる。全部で15人。
静蘭と燕青がすぐさま武器を手に取り秀麗達を守る様に前に出る。



「何者!!」



静蘭の鋭い誰何が飛ぶ。しかし、当然ながら向こうは答えず、行動に移っていく。
その動きに、静蘭達はこの室に居る明華が目的なのだと悟った。一人で他の部屋に置いて置くのが
心配だからと共に居たが、それが裏目に出た。



「ちっ!覇家の者か!!」



途端、黒装束の男達が攻撃に出る。その見事な動きに、静蘭と燕青も本気を出した。
互いに繰り出す攻撃が交わる音が室内に響き渡る。


「悠舜さん、此方へ!!」


秀麗は足の悪い悠舜を、影月と共に肩を貸して安全な場所まで運ぶ。その間に、蒼麗が明華を守る様にして立つ。
静蘭達の攻撃を擦り抜けた一人の黒装束の男が目の前に迫る。刀が振り上げられた。――しかし、その刀は蒼麗を
切り裂く事無く宙を舞い、床に突き刺さる。男は呻き声を上げて倒れた。


「一応、私も武術は修得してるんで」


見事な蹴技で相手を倒した蒼麗は、明華の手を掴み室の出口に向かう。
すると扉が開き、そこからも黒装束の男達が入り込んできた。


「なっ?!」


男達は即座に明華を奪いに掛かる。
しかし蒼麗はそれらを巧に交わし、明華と言うお荷物が居るとは思えない軽やかな動きで相手を倒していく。
静蘭や燕青ならばともかく、華奢な少女に次々に倒されていく仲間達の姿に、黒装束の男達は動揺を覚え始める。
まさか、こんな少女に!!


「このまま帰るのならば……って事は今回は止めておきます。大人しく捕縛されなさい」


「何を、この小娘が!!」


男達の一人が初めて声を上げた。それは忌々しさに満ちていた。しかし、忌々しさならば此方も負けてはいない。
蒼麗は、それを行動で持って示す。取り敢えず、そこらの椅子を使って。



「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」



木製の椅子を軽々と振り回し、取り敢えず近くの黒服の男達を殴り倒す。勿論、明華は守りながら。
思わず唖然とする黒服の男達。その隙をついて、静蘭と燕青が攻め込んでいく。
蒼麗の囮作戦は成功し、黒服の男達は全員捕縛された。





「手伝うまでも無かったな」



「流石は蒼麗様」




手助けはしないと言いながらも、しっかりとその光景を外から見ていた緑翠と銀河は、そんな感想を漏らす。







「で、貴方達の目的は明華ちゃんで、貴方達の雇い主は覇家ね?」



縛った男達を見下ろし、秀麗は聞いた。すると、男の一人がぼそぼそと何かを言う。
よく聞こうと身を屈めたその時――


「きゃっ!!」


「お嬢様?!」


男が吐いた唾が顔に掛かった。突然の事に、秀麗は驚き後ろにひっくり返った。その様子を、男達は嘲笑った。
静蘭が怒りのままに刀に手を掛ける。その手を、燕青が掴んだ。


「馬鹿!此処で殺っちまったら、元も子もねぇだろ!!」


せっかく向こうから攻めて来たんだ、と説得する燕青。しかし、静蘭の怒りは収まらない。


「静蘭、お願い。私は大丈夫だから」


助け起された秀麗も加勢する。流石に大切なお嬢様にまで言われてしまえばそれ以上は言えない。
静蘭は怒りの矛収める。しかし、その怒りは少し突けば溢れ出しそうだった。



「とにかく、貴方達がどれだけ口を閉ざそうと、もう証拠は集まっているから無駄よ」


「ふん!!そんなものハッタリだ、この十人並み女!いや、ブス!!!!!」



何かがガラガラと崩れ、バツッと叩き切れる音がした。燕青達は物凄い勢いで後ろに下がる。
何時もなら最後まで残る影月も、その場に漂い始めた空気に唯唯脅えるだけだった。


「…………今……………なんて?」


まるで地獄の其処から這いずり上がって来る様な禍々しい声が、その可憐な口から齎される。
しかも、その背中からは黒いものが大量に放出していた。しかし、馬鹿な男達はそんな事には気づきもせず、
更に燃え盛る火に大量の油を投入する。



「ブスって言ったんだよ!!ふんっ!芳紀様が妻にと望んだ娘とは大違いだ」


「そうだ!!目が腐る!!」


「顔隠して歩いた方がいいよ、醜女」


「そこの男性陣は皆美青年なのに……これでは、鶴達の中に豚ですね」


「つ――か、顔治せよ!!」



それは正に、罵詈雑言+罵倒の大合唱だった。30人を越す黒服の男達の口々のブス攻撃に、
ふるふると震えていた秀麗の全身から黒いものが放出されていく。
ひぃぃぃぃぃ!!と周りに居た全員が叫んだ。丁度、外から戻って来た翔琳、曜春の二人も、
野性の本能が激しく警告し、窓から中に入れない。



「お、お頭!!」


「くっ!なんて禍々しさなんだ!!」


「なんかやばそうだな」


空を見ていた緑翠の言葉に、銀河も頷いた。


「ほら、本気で怒らない、又は余り怒られない人が切れた場合は怖いですからね。私達も避難するとしますか」


秀麗の感情に比例してどんどん曇っていく空。しかも、その雲は黒い。積乱雲だ。加えて、バチバチと青白い火花を
既に纏わせている。どうやら紅州牧は天気まで操るらしい。



「蒼麗様は如何する?」


「そうですね。直にでもお連れしたいですが、たぶん同行しては下さらないでしょう、」


「まあ、そうだな」



でも、もし何かありそうならばとっとと避難させる、と二人は誓った。




その半拍後――








誰がブスですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええ!!










州城はおろか、城下町にまで響き渡る様な怒声が木霊した。それと略同時に、巨大な雷が落ちた。
暗い闇が切り裂かれ、一瞬まるで昼間の様な明るさが辺りを覆い尽す。――間も無く、辺りに夜の暗さが戻ったが、
夜の静けさは完全に打ち破られていた。怒声と巨大な雷に、州城の者達はおろか、城下町で就寝していた者達が
飛び起き、騒ぎ出したのだ。そうなるともう収まらない。ましてや、収めるべき静蘭達がこの様な状態では……




「うわあああああぁぁぁん!!皆さん起きて下さいぃぃぃぃぃい!!」




雷の音と秀麗の怒声と、その際に発散された怒りの念を諸に浴びた静蘭達は、その場に気絶していた。
蒼麗が半ば泣きながら起そうとする。そうして、蒼麗に守られて無事だった明華や、寸での所で逃げた翔琳、曜春、
そして外で見守っていた緑翠と銀河も加わり、必死の介抱が始まる。しかし、全ての力を使い果たしたと言う様に
秀麗もバタリと倒れるのだから、余計に事態は混乱した。因みに、その怒りの直撃を受けた黒服の男達が
どうなったかは、言うまでも無いだろう。










「はぁ〜〜、その様な事がお有でしたのですね」


州府の城に遊びに来た茶 春姫は、先日の州都落雷事件と、覇家を筆頭とした麻薬と人身売買組織の
大摘発事件の真相を秀麗から聞かされ、感嘆の声を上げた。



「まあね。はっ!今思い出しても腹が立つぅぅぅぅううううう!!」



湯飲みを手圧で握り潰さんばかりの怒りを発する秀麗に、静蘭達は後ずさった。
そして、最後の最後まで抵抗し、余計な事をほざいてくれたあの覇 芳紀を心の中で罵った。




『僕を一体誰だと思っている!大名家―覇家の嫡男だぞ!!捕縛なんて冗談じゃない!!
寧ろ、お前の顔の方が罪だろう!!』




屋敷を囲まれながらも、秀麗の顔にイチャモンをつけ、とっとと明華を寄越せと喚いた覇家の嫡男。
それには、大捕り物に参加した兵士達、官吏達も絶句した。見る見る内に怒りを上げていく秀麗に、
全員が後ろに下がった。そして――






『いい加減にしなさいよこの馬鹿息子!!衣服全部引ん剥いてそういうのが趣味な人達の所に
投げ込むわよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお!!』







この時、もし某将軍と某侍朗が居れば、間違いなく秀麗と某尚書との血の繋がりを確認しただろう。
その後、秀麗の怒りに脅え切った芳紀は捕まり、息子以上に往生際が悪かった両親、その他一族の者達も
秀麗の怒りの前には大人しくするしかなかった。それは、覇家と共謀し、麻薬売買や人身売買を行い、
それぞれの買取先の者達もまた同じ。そんな中、覇家が雇った暗殺集団――州府城に押し入った者達を
除く残り者達だけは、秀麗の怒りを物ともせずに暴れまくったが、それらも最後には、静蘭達の活躍によって本当に
少ない被害で治める事が出来た。とは言え、もし最初に設置していた兵士の数では、多くの犠牲を出した上、
容易く逃げられていただろう。それ程に、あの暗殺集団は強かった。本当に、緑翠と銀河に感謝である。
そして、そんな二人は今、何をしているのかと言うと――



「王手」


「え?!あ?えぇぇ?!!!」


春姫と共に州府に来た茶家当主にして許婚の茶克洵は、緑翠との勝負で呆気なく勝敗を期してしまった
目の前の碁盤に悲鳴を上げた。初めて一刻も経たないのに、あっと言う間に終わってしまった。
しかも、自分はこの勝負で20連敗。反対に、緑翠は20連勝。む、空し過ぎる……。
項垂れる克洵の姿に、傍で見ていた銀河も苦笑するしかなかった。


「克洵様、また負けられたのですか?」


「え?!しゅ、春姫っ!こ、これはその」


「ああ、また負けたよ。お前、本当に勝負事が弱いな。それでよくお姫様を物に出来たな」


「も、物って!!」


「克洵様は勝負事が弱いのなんて問題にならない程に素晴らしい物を持っています」


「ふぅん〜〜。夜の秘め事のテクニックか」


ぶっは!!、と克洵が自らの気を落着かせようと飲んだお茶が勢いよく噴出される。
勿論、その吹きかけられた相手はというと――


「あ、あ、ああああああああのっ」


「……お前、結構良い度胸」


「皆さん、迎えが来ましたあぁ!!」


これまでかと克洵が思ったその時、蒼麗が元気よく室に駆け込んでくる。携えて来た知らせに、秀麗達は
立ち上がり辺りを片付け始めた。唯一事情を知らず、キョトンとする克洵と春姫に、秀麗は笑顔で言った。


「明華ちゃんの結婚式に呼ばれてるの。克洵さんと春姫さんも一緒に行きましょうvv」









「この度は本当にお世話になりました」



美しい花嫁衣裳に身を包んだ明華と、花婿衣装に身を包んだ明華の恋人である青年は深々と頭を下げた。
しかし、既にこれで三度目となる感謝に秀麗達は慌てて遮る。一度目は恋人や家族達を助けた後。
二度目は翌日に改めて。もう十分だった。



「無事に式が行われる様で、私達としても本当に嬉しいわ」



とは言え、花嫁は13歳、花婿は15歳。結婚するには若過ぎると思う。当然ながら子供、孫とかは言えないだろう。
しかし、今回の様な出来事はもうないとは限らない。その為には、さっさと結婚させてしまった方が良いと周りが
判断したと言う事だった。最初に聞いた時には秀麗も驚いた。幾ら親公認の恋人同士だとは言え、と。
しかし、話をよくよく聞くと、明華と恋人の青年は恋人関係の前に、元からが幼少時からの許婚同士だった為、
少々時期が早まっただけの事らしい。それなのに、強引に明華を脅し、結婚を承諾させるべく両親達の命を盾に
とった覇家の馬鹿息子は、本当に腹立たしい限りである。絶対に、明華達には幸せになって貰わなければ。


明華と、明華と並んでなんら遜色のない美貌と聡明さを誇る恋人は幸せそうに笑う。実はこの恋人、静蘭の話では
武術もかなりの腕前だったらしい。しかし、両親を人質に取られたせいで、大人しく捕まるしかなかったとの事。


「今度、手合せし様かと思っています」


「あいつ、貴陽の武術大会でも結構良い所まで行くと思うぜ」


その武術の腕前で、明華を守って欲しいものだ。
そして願わくば、その命尽きる時まで、その力が大切な人を守る為に使われる事を――。



「ん?明華ちゃん。それは?」



明華が持っている、色取り取りの花が束ねられた花束に秀麗は目を留めた。


「あ、これは蒼麗の住む場所では花嫁の必需品らしいです。ぶーけって、言うそうです」


何やら、これを花嫁が投げて一番最初に掴んだ人が次の花嫁になれるらしい。
既にその噂は流れ、若い女性達が目の色を変えている。


「もしかして、本当に投げるの?」


「はいvvやってみます」


そうして婚儀が終わった後、宴に雪崩込む前に屋敷の外でブーケー投げが行われる事となった。




「いきますよ〜〜!」




明華の声が掛かる。








「「「「「「「「「「「「「おぉ――――――――――――――っ!!」」」」」」」」」」」」」








何とも勇ましい答えが返ってきた。因みに、全員女性。



「……柴凛さんも?」


花嫁と花婿の両親が全商連の幹部と言う事から出席していた柴凛に、秀麗は聞いた。


「勿論。悠舜と結婚するからな」


「いや、姉上。結婚する事が決まっていたら取らな――すいません、私の失言です」


同じく出席していた柴彰が、姉の睨みに土下座せんばかりに謝罪する。柴家の姉弟の力関係を垣間見た瞬間だった。


「凛、無理しないで下さいね。例え取れなくても私達が一緒になる事には変わりません」


「悠舜……/////」


「春姫さんも結婚する人がちゃんと決まってるから、取るのは止めませんか?」


柴凛と悠舜を見ていた蒼麗が、やはりブーケを取ろうとしていた春姫に言う。


「そうですね……」


ちらりと克洵を見る。すると、克洵は照れくさそうにしながら――


「その、絶対に年明けには結婚するから……」


克洵の言葉に、春姫もブーケ取りを辞退した。克洵の差し出した手を握る春姫の姿は初々しさに溢れ、
何とも微笑ましいものだった。


「って事で、秀麗さんは頑張って下さいねvv」


「は?」


蒼麗の言葉に、何を?と聞こうとしたが――それよりも早くに声が響く。


「いきま〜〜す!!」


明華の嬉しそうな声と共に、持っていた花束が雲一つ無い青空に舞う。






「「「「「「「「「「きゃぁ―――――――――――――――――――――vv」」」」」」」」」」」






さて、花束を手に入れたのは――――





「花嫁と花婿に幸あれ!!」





其々の親族と婚儀を祝う為に来た客達は、花嫁と花婿に沢山の祝福がある事を心から願ったのだった。










それから二十数年後。一人の少女が国試を受ける。






それは、馬鹿貴族の息子から若りし頃の両親を助け、また茶州を腐敗から救ってくれた女州牧に憧れての事だ。
そうして、既に国試受験者の半分を占める女性受験者の一人として少女は望み、見事に合格する。合格順位は
図らずとも、憧れた人物と同じ探花。そして、その後の辛い新人研修を終えた彼女が任命された赴任地と官職は――。







それは、遠くない未来のお話。









〜終わり〜





―戻る―