「遥かなる思いは聖なる宝に籠めて」 番外編 三途の川の番人編

三途の川での再会(笑)





菊や薔薇、百合、蓮華、牡丹、月下美人、蓮、水仙、蘭、花菖蒲などなど、四季折々の花々が咲き誇る美しい花畑。
何処までも続くその花畑の中心を、一本の大きな川が蛇行しながら緩やかに流れていく。
そんな大型船舶でも通れるほどの大きな川の名前は――泣く子も黙る三途の川。
そう――その川はあの世とこの世の境目ともなる川であった。
つまり、渡って向こう側に行けば確実に死ぬし、一度渡ってしまえばもう戻れない完全な一方通行という恐怖の代物。
唯一例外なのは死神達や、死者達を向こう岸に届ける三途の川の番人達だけである。

と、そんな川を今日も三途の川の番人が運転する最新式クルーザーが幾つも走り抜けていく。


「あ〜〜、今日も死者が多いなぁ――って下界は一体何してるんだ。戦争ばかりしやがって」


そう言って三途の川を進む最新式のクルーザーを運転するのは三途の川の番人の一人。
彼は何時もどおり、見事なまでのドライビングテクニックでもって、今日も元気に死者達をクルーザーに乗せながらあの世側の花畑に輸送していく。
その所要時間は片道15分という速さ。昔は手漕ぎの小さな船であり、一度に2〜3人が運べる人数の限度だった。
その上、片道1時間以上かかっていた重労働であった。が、それは今やもう昔の事となりつつある。
何故なら、一人の三途の川の番人――彼の上申によって、現在はこうして全ての船が最新式のクルーザーに
代わっているのだから。お陰で、重労働で残業も多かった三途の川の番人達は涙を流して大喜びしている
現在であった。はっきり行って、最新式のクルーザーのお陰で、往復回数も格段に減ったからだ。


――が、近頃、死者の数が増え始めた事もあり、残念ながら減る一方だったその往復回数は増え始めていた。
よって、昼食をとる暇も無く行っては戻り、行っては戻りを繰り返している始末。
この世の岸にある受け付けの建物も多くの死者達に受付が間に合わなくなっているという。
お陰で、この前時給850円でのアルバイトが募集されたりした。とは言え、この分だとアルバイトの人数はまだまだ足りない筈だ。
何故なら、まだアルバイト募集のチラシが到る所に張ってあるから。


「ちっ……今日もまた帰宅時間が遅れるな」


家では自分の持つあらゆる権力を使って手に入れた可愛い妻が待っているというのに。


「これも全ては父のような立派な大人になる為には必要だとはいえ……全く面倒なことだ」


だが、だからと言って両親に頼る気はない。
そんな事をすれば、自分が尊敬する両親を呆れさせてしまうだろう。
それに、自分自身欲しいものは自分の力で手に入れる。家の力は借りたくない。
そして、現在こうして三途の川の番人をやっているのは自分の力を高め、
見識を深める為なのだからその苦労は喜んで買うべきだ。


「ま、後で連絡を入れとけば良いだろう。さてと、もう少しであの世に」



後、数百メートルに迫ったあの世側の花畑。
三途の川の番人たる彼は少しでも早く着こうとスピードを上げていく。




と、その時だった。



「ん?」




ひゅるるるるるるるるるるるるるるる




何かが落っこちてくる様な音が聞こえてきた。



「何だ?」



と、船のブレーキをかけ、操縦室から外に出てきた瞬間




ドッボォォォォォォォォォォォォォォォォォォンっ!!




落ちてきたそれは水の中に落下した。



「…………………………………」



………ちょっと待て、今のは



彼――その三途の川の番人は何気に動体視力と認知能力がかなり長けていた。
よって、彼ははっきりと見た挙句、認識してしまった。


そう――あの、紅い衣を纏ったふてぶてしまいまでの傲岸不遜なあの男は……



「あれは、あの男は――」



「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!!」


「は?」


今度は上空から落下音と共に幼い少女の悲鳴が聞こえてくる。
彼は上空を見上げた。そして――



「蒼麗っ!!」



落下してくる見覚えのある三つ編みの髪、顔にかかった渦巻眼鏡の少女を認めるとそのまま高く跳躍する。



「うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!って、あ――」



腰を強い力で下から持ち上げられたかと思うと、止まった落下。
そして直ぐ横に現れた見覚えのある顔に、少女――蒼麗の顔に笑顔が浮かんだ。


「久しぶりだな、蒼麗」


自分を抱き上げる青年が、宙に浮かんだまま久方ぶりの挨拶をかわしてくる。


「うん、久しぶり!!綺羅ちゃんっ!!」


見ているだけで幸せになれる様な笑顔を浮かべる蒼麗に、綺羅と呼ばれた三途の川の番人もその秀麗な顔に
柔らかい笑みを浮かべる。が、すぐにそれは真面目なものへと変わった。


「で、何でお前が此処にいるんだ?まだ死んでないだろ?というか、お前は死ねないだろ」


っていうか、例え死んだって蒼麗の幼馴染達だとかが連れ戻しに来るだろう。
それこそ、冥界を焼き尽くすか何かしててでも。そう――彼らは手段など問わない。


まあ、どうせ蒼麗の事だからきっと間違えて此処に来たのだろう、いつもの様に――そう綺羅は勝手に心の中で自己完結していく。が――


「んなっ?!私だって死にます!人の事を化け物みたいに言わないで下さいっ」


「普通の化け物よりもよほど化け物だろう」


「ちがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁうっ!!って、はっ!!こんな事してる場合じゃなかった!!」


「そうだな。さっさと現実世界に戻れ。余り長く此処にいられたら、お前の妹を筆頭に殴り込みが来る」


そして冥界は大崩壊(笑)


しかし、蒼麗はぶんぶんと首を振った。


「大丈夫です!蒼花達はあっちに置いてきてるんで問題ありません。それよりも問題なのは、黎深様ですっ!!」


「……………黎深」


ああ、あの紅いの


「私、黎深様を追いかけて此処に来たんですけど、黎深様、此処に来てませんか?」


蒼麗が真剣な眼差しで綺羅を見つめる。


果たして、彼は知っているだろうか?


いや、知らなくても、頼めば探してくれるだろう。
何せ、彼はこの世界に起きている事の全てを手に取るように近く出来るのだから。


すると、綺羅はポリポリとコメカミをその細い指先でかきながら目線をそらす。


「綺羅ちゃん?」


「あ〜〜、その、な……たぶん、あれじゃないか?」


「あれ?」



「ああ、あの右下斜め45度にいるあれ」



綺羅がその方向を指差す。それにつられるように蒼麗もそちらを見た。



そして――





プカ〜〜ン、という感じでうつぶせ状態で水面に浮かぶ紅い塊が――。




「………………黎深様?」



蒼麗は可愛らしく小首をかしげた。
が、それもほんのわずかな間の事。



「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!黎深様がぁぁぁぁぁぁっ!!」



「すげぇな――水の透き通り度は冥界でもbPの三途の川が一部とはいえ、赤くなってる。流石は彩雲国でも名高い彩七家の一つ、紅家の現当主」



うんうんと頷く綺羅。が、そんな余裕の彼も、この後の蒼麗の行動に度肝を抜かれることとなった。



「黎深様っ!!」



「あっ!!馬鹿っ!!」



ジタバタと暴れ、綺羅の腕の中から飛び出した蒼麗。しかし、綺羅も危ないと捕らえようとした為に




ヒュルルルルルルルルルルルルルルルルル




バタンっ!!





水の中に飛び込む筈が、垂直降下してしまい、真下にあったクルーザーにぶつかったのだった。




後に、綺羅は語る。その時、絶対に蒼麗の妹達が怒り心頭で即座に乗り込んでくると本気で脅えたと。




因みに、その後水面に浮かんでいた黎深は額から血を流しながらも川に飛び込んだ蒼麗と、それを追いかけてきた綺羅によって
溺死寸前で掬われたという――。






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