恋に狂う男達?








一目見て電撃が体を通り抜けたんです


そういう話は良く聞く


しかし俺が初めて寿那と出会った時







ドゴォ!!






町娘にしつこく言い寄る変態を仕留めようとしていた寿那から回し蹴りを喰らった




しかも手違い



当然ながらトキメク事はなかった










「果竪は素直でいいよな〜」
「手を出したら殺しますよ、幼馴染みでも」


にっこりと微笑まれ、見え隠れする暗器の光に血の気が引く。
こいつは本気だ。


昔から色々と壊れていた(自分もだけど)奴だが、恋に狂った今は更に始末が悪くなった。


「て、手は出さない!ってか誰が出すかボケっ!!お前も俺の相手は知ってるだろうがっ」
「ええ、全く相手にされてない事も知ってます」
「この野郎……」


可哀想ですね〜〜と言いながらもハッと見下す目つきに、どうして俺はこいつと親友をやっ
ているんだろうと本気で疑問に思う。

いや、そもそもこいつの父親と俺の父親が親友同士だったのがそもそもの不幸の始まりだ。
しかも、母親同士なんて将来子供同士を結婚させようとか企んでたし。
ただ、その話も第一子が男同士で流れてしまった。


その後、萩波の妹が生まれたが、それから半年後に萩波と母親を残して全員殺されてしまった
から完全に無くなってしまったが……。


あの時は父親も手を尽くして残された萩波と母親を捜していたが終ぞ見つかる事はなかった



死んでいるかもしれない



そう諦めかけた時に萩波は現れた。



そうして萩波が挙兵し、自分もそれに遅れること数日で挙兵した。
今では共に同程度の戦力を誇りつつ、戦場ではそれなりに名を知られる軍へと自軍をのし上
げ、近頃では連戦連勝を重ねている。


それぞれに同じ主に仕えているが、それとは別に違いに同盟を結び助けを求めれば即座に助
けに向かう仲でもある。


そんなわけで基本的にお互いの軍は仲が良く、助けを求めずとも近くまで来ればこうして短
期間ではあるが寝食を共にすることもある。


今回も同じように萩波と自分の所の軍は合流し、食後の会話を楽しんでいた自分達。
いや、一方的に俺が苛められてるといった方が正しい。


本当にどうして俺はこいつと親友なんだろうか?



「それで、果竪が素直なのも可愛いのも当然ですが、それを改めて口に出したのは
何故です?」

「お前、のろけてるのか?」
「真実を言ったまでですが」
「うわっ!のろけてる事すら自覚なしかよっ」
「煩いですね、あんまりガタガタ言ってると口の中に手をつっこんで黙らせますよ」


こいつはやる。
固まった俺に萩波は満足そうに笑った。


「い、いや、あのな、果竪と寿那って従姉妹同士だろう、なのにどうしてこんなにも」
「血が繋がってないからでしょう」


彼女達は従姉妹といっても親同士の血は繋がっていない。
そう告げる萩波に思わず頷きかけた。


「って!それはそうだけどっ」
「じゃあなんなんですか?」
「だから、果竪はあんなに素直で可愛いのに寿奈はあんにもふてぶてしいのかって!!」
「礼儀正しい良い子ですよ」
「俺は初対面で跳び蹴りされたがなっ!!」



忘れもしないあの年の夏。
義妹となった愛蓮と共に自分の父が治める都の中を輿に載って移動していた。
愛蓮に都の中を見せようと思っての事だ。


美しく気高くそれでいて心優しい愛蓮に少しでも良く見られたいという、そんな男心ゆえの
行動。


文武に秀で、教養高く歌舞音曲にも優れた何処に出ても恥ずかしくない一流の貴婦人。
年幼くとも年頃になれば求婚者は家の門の前に長蛇の列をなすことは間違いなし。
父の古き友人だった愛蓮。

初めて出会った瞬間に自分は愛蓮の虜となった。


両親が愛蓮を養女にすると言った時は声を上げて喜んだ。


今思えば初恋だったのかもしれない。


社交場に出さず、年頃になれば即座に求婚しよう――そう思っていた



だがライバルは多く、そんな者達と少しでも距離を離すべく自分は愛蓮の傍に居続けた。
もちろん勉強の方も怠らなかった。
愛蓮に良く思われるべく学問も武術もそれまで以上に努力し、優秀な成績をおさめた。


そうして都では理想の結婚相手としてもてはやされ、父の跡継ぎとして周囲から期待される
までとなった。

後は美しく愛らしい妻を迎えるだけ


そう考え、未来の妻に自分達の治める土地を見せようと思った




その先で出会ったのが寿那だった




自分達がそこに辿り着いた時、丁度町娘に言い寄る変態男が娘を盾にしていた。
しかしそこは寿那。何処に隠し持っていたのか取り出した石ころを相手の額に見事に当てた



そしてトドメと言わんばかりに助走を付けた回し蹴りを叩き込もうとし



丁度駆けつけた俺の横っ面にヒットしたのだった



あの時の衝撃といったら言葉もない。
何故なら、自分は昏倒したのだから。



「ふがいない」
「煩い!!お前だって同じ目に遭えばそうなるっ!!」
「遭いません。果竪はそんな事しません。それに寿那も一度も私にそんな事はした事があり
ません」
「え?何それ。なんか本気でムカツクんですけどこの女顔が!」
「私よりは男顔のくせして同じぐらい男に肉体関係を迫られる貴方が言える言葉ですか?!




しばしにらみ合いが続く。
自分も萩波も美女と名高い母に似てしまった事がそもそもの不幸。
子供の頃は可愛いと言われ続け、大きくなったらなったで美しい、綺麗と言われた。


そして男からは



『い、一度でいいんです!!どうかこの私と愛の一夜を!!』



と迫られ殴り倒す日々。



俺は男なんだ



どんなにパッと見は女に見えても間違いなく男だ。
でも誰もそれを分かってくれない!!


「寿那は分かってくれたじゃないですか」
「ああそうさ。何故かあの暴力女だけは一目で見抜いてくれたよ!!」


暴言と共に


「それでなんで好きなんですか」
「煩い!!俺だって聞きたいわぁ!!」


はっきり言って面倒くさがり屋で可愛げもへったくれもない。
口を開けばめんどくさい。


愛蓮の方がよっぽど健気で可愛かった。


なのに自分は寿那を求めている。


「やはり、変態教主から助けられたからでしょうか?」


それは何だかよく分からない宗教だった。
神の癖して何を祈ると言いたいが、この混乱期には色々な宗教が勃発し、声高に勝手な論理
を叫んだ。


そのうちの一つがたまたま俺の軍の近くで活動し、しかも生け贄だとかで近隣の美少女を浚
っていたから潰しにいったのだ。


が、ちょっとした油断から捕まり自分が生け贄にされかけた。
とんでもないのはそこからだった。
生け贄というのは神ではなく教主への生け贄で、生け贄の役割は教主の慰みものとなること



俺は男なのに何故か教主にヤラれそうになった。


今でも思い出せる欲望に滾ったあの下品な笑み。
嫌らしい手つきと息遣い。



そして――



駆けつけた寿那の投げつけたテーブルをその身に受けて吹っ飛ぶ姿。
共に駆けつけた愛蓮の他の信崇者もとい仲間の『すげぇ!!』と目を輝かせる姿は今でも目
に焼き付いている。



はっきり言って寿那は武術オンチだ。
刀を振るわせれば余計なものまで切り裂き、鞭を使わせれば隣にいる者を間違えて打つ。
弓矢も銃もやらせてみれば全て外した挙句に天井からつり下がる照明を射抜き、真下に居た
者を巻き込んだ。そして銃はさらに跳弾までさせて周囲に多大なる被害をもたらした。


そんな寿那が唯一ものもに出来た事


それは




――お前、それなんだよ


――私の愛の作品


――ぎゃあぁぁぁっ!!誰か落とし穴にはまったぞ!!


――ひぃっ!!網にかかった奴もいるしっ!!




罠作りだった



たいした罠ではないのに何故かうちの仲間達は俺も含めて全員ひっかかった。




――罠って楽しいね



ああ楽しいだろう。俺達が罠に掛かった時の寿那の顔はそれはそれは楽しそうだった。



敵を引っかける事も多いが、それ以上に俺達がひっかかる事が多い。
敵に対してとは違って命の危険性が伴うものはないが、一流の武人も多い仲間達が素人の、
それも年下の少女の罠に引っかかるなど恥ずかしすぎる。


かと言って他の武器の扱いは上手くならず、護身術程度の技術さえ身につかない。
そして相変わらず周囲が命の危機を感じる日々。



――あ、間違えた


――ひぃぃぃぃっ!!



ある日手入れをしていた刀で自分の手をスッパリと切り裂き大量出血した寿那。
その血しぶきに傍に居た愛蓮が卒倒したのは言うまでもない。




罠作りの時にはあれだけ器用にするくせにどうして刀の手入れだけでそんな大怪我を負う?!




それ以来、軍の仲間達は全員心に誓った。


罠で構わない。寿那に武器を持たせるなと。


下手をすればこちらの命に関わるか寿那の命に関わる。



「果竪も武器の扱いは下手ですよ」
「だが間違っても仲間に被害は及ばないだろっ」
「ええ。放った鞭を回収する際に勢いをつけて自分の顔に当てたり、刀持ったまま走って体
勢を崩して転び顔面すれすれに突き刺さったり、他のものがまだ矢を放っているのに回収し
に行って服に突き刺さって顔面から転んだり、術の練習で他の者が放った術に巻き込まれて
吹っ飛んでいくのはいつもの事ですが」
「……………やめさせろよ」
「健気な果竪は私達の役に立とうと一生懸命なんですよ」
「その前に死ぬだろっ!!」
「でも可愛いんですよ。失敗して涙を一杯に溜め、それでも泣くのを堪える姿は。果竪の一
番可愛い顔が笑顔なのは間違いないですが、やはり可愛い子はどんな顔をしていても可愛い
んですね」
「お前…………」
「寿那だって可愛いでしょう?」
「はぁ?!そんなわけないだろう!!あの面倒くさがり女!何時も何時も口を開けば『めん
どくさい』!!顔だって十人並だし極めつけはあの態度!!可愛げなんてないわっ」



「悪かったね」



「ああ、悪かった――って、は?」
「おや、寿那」


萩波の言葉に振り向けばいつの間にか部屋の扉が開いており、そこには寿那が立っていた。


「お前、どうしてっ」
「届け物。萩波、これうちの軍師から」
「ありがとうございます。夕食は食べましたか?」
「うん、食べた」
「お、おおおおお前、これは、その」
「別に気にしてない。面倒くさがり屋なのは真実だし」
「い、いや、その」
「ってか私、平和に平凡に暮らせればそれでいいから別にわざわざ余計な努力したくない」
「ちょい待て!!」
「可愛いのは愛蓮一人で十分じゃん」
「寿那も可愛いですよ〜」
「ありがとう萩波」


滅多に笑わない寿那だが、萩波の言葉にかすかに表情を和らげる。


それがまた気にくわない。


「じゃあ戻るね、萩波」
「待て」
「何、愛蓮信崇者第一号にして第一位」
「俺の名前は暎駿だっ!!いい加減名前で呼べ!!」
「じゃあうちの軍の大将」
「それは役職名だっ!!」
「愛蓮の義兄」
「違う」
「――めんどい」
「お前が面倒にしてるだけだろっ!!」
「帰る」
「ちょっと待て!!置いていくなっ」


相変わらずの寿那の様子に慌てて追いかける。


今だ名前で呼んで貰えない俺――いや、俺達。
愛蓮以外は全部信崇者第何号、第何位と呼び厚い壁を作る寿那。


そうさせてしまったのは俺達



でも何時かはその壁を壊してやる



「いつか絶対名前で呼ばせてやるっ」
「暎駿(えいしゅん)」
「お前今めんどうだからって理由で呼んだだろっ!!くそっ!!こうなったら絶対にきちん
と呼ばせてやるっ」
「それがめんどい」
「煩いっ!!」





そして何時ものようにドツキあう俺達。




これが自分達の日常



そこに恋人らしい甘さを含めるのは何時になるか?




それは俺だってわからねぇよ!!まだ告白すらしてないんだしなっ!!





終わり





オマケ



「ふふ……あの戦場の嵐がねぇ」
「線上のアラシ?新曲?」
「暎駿の事ですよ」


首を傾げる果竪に萩波はクスリと笑った。


その呼び名の如く、敵対する者全てをなぎ倒し彼の通った後にあるのは屍のみ。

鬼神の如き戦いっぷりは普段の姿からは全く想像が付かない。
戦場においては寡黙で怜悧冷徹な冷酷な男――それが暎駿だった。
共に戦い横に並び立つ者は多くいるが、それでも気兼ねなく自分の後ろを任せられるのは、
たぶん暎駿ぐらいである。


「知ってますか?果竪。暎駿はああ見えても昔は殆ど喋らなかったんですよ」


昔は普段の口数も少なく何を考えているのか分からない事も多かった。
今ではその面影は殆どない。


悪態をつく姿に本当にあの暎駿かと最初の内は半ば本気で疑った事もあった。
しかも、彼の仲間達もまたみんなもともと口数の少ない者達。


そんな彼らが変わったのは愛蓮の信崇者となったのが始まりだろう。



やはり好きな相手には自分を良く見せたいのは誰でも同じ事



けれど、あんな風に悪態をつきドツキあい、自分の恥も何もかも見せて本音すらも暴露する




それはきっと寿那のおかげだろう




「楽しいですね」





果竪の傍に居る事で失ったものを少しずつ取り戻し補って行く自分達と


寿那の側に居る事で虚飾も何もかもひっぺがされ本当の自分を取り戻す暎駿達



奪われた自分達と抑圧されてた暎駿達



果竪と寿那は無意識に、それぞれの方法でそれらを補い取り払ってくれる





――ねぇ、寿那


――何?


――暎駿達、本当はとっても壊れてるんです


――うん、知ってる


――そうですか……寿那は鋭いですね


――抑えられすぎたら壊れるのは当然。奪われすぎて欠けまくった萩波達と同じ


――そう、私達も暎駿達も壊れてます。そして……暎駿も私と同じ化け物ですからね


――大丈夫


――寿那?


――誰だって心の中に化け物も闇も巣くってる。みんな同じだよ


――寿那……


――それに、変な事したら暎駿達を殴っとくから心配ないよ、萩波


――はは、寿那らしい


――だって、暎駿達がおかしくなったら余計に私の平穏も平和も遠のく




そしたら、ゆっくり昼寝も好きな事も出来ない



そう呟く寿那の瞳は優しかった



この子になら暎駿達を任しても大丈夫



一目で自分と同じ化け物だと気付いてしまった



でも、寿那ならきっと止めてくれるだろう



果竪が自分達を止めてくれるように











「だから俺の名前は暎駿だと言ってるだろうがっ!!」
「おやすみ」
「寝るなぁぁぁっ!!」


自分専用特製ハンモックに避難しとっとと目を瞑る寿那に怒鳴る暎駿。
そんな彼らの姿に、萩波の軍の者達はお腹を抱えて笑い暎駿の軍の者達は心から嘆いた。




それは、悲しみと苦しみに満ちた戦いの中に確かにあった心休まる一時の出来事である









終わり