「とてもとても幸せな、一生でした」




そう言って最後まで泣く事無く笑顔を浮かべる影月に、月を背後にして
夜空に浮かぶ緑翠は、ゆっくりと目を細めた。





「だから、お人よしだと言うんだ」




奪ってしまえば良いのに。
他の事など何一つ考えず、相手の幸せは己と最後まで共に居る事だと傲慢にも思って。






自分が愛した全てを手に入れるためにその全てを使えば良いのに。








なのに







彼は何一つ奪わず







自分が居なくなっても大丈夫なように全力を尽くす








それが、これで愛する少女と共に居られる最後になったとしても






必死に引き止めていた香鈴の姿が緑翠の脳裏に蘇る。







「だから、馬鹿だって言うんだよ」




緑翠は既に馬を走らせ、屋敷から離れていく影月に向かって彼は
やり切れない思いで吐き捨てたのだった。

















「秀麗…………」



麗しいその顔を寂しさの色で染めた彩雲国国王――劉輝はチクチクと藁人形を作り上げる。
既に、それで1000体目となる藁人形。やはり、造り続けてきた経験がものを言うのだろう。
手元を見ずとも素晴しい出来上がりとなっていった。




「はぁ……余は寂しい」




望めば簡単に手に入れる事が出来ると言うのに、愛する少女を思い日々藁人形を
作成するだけの自分。愛する人を思えばこそ、自分に残された特権であり、
最後の手段であるそれを使わずに居る。
が、それでも、ふと気を緩めれば自分はその最後の手段の実行に心引かれていく。





特に、秀麗がこの王都に帰還した今は特に






「はぁ……」






コンコン






「入れ」




執務室の扉を叩く音に、来訪者が誰かを即座に察知した劉輝は直にその場に散らばる
藁人形を箱にしまい、戸棚に上げていく。そして何事もなかったように、彼は椅子に座った。




と、略同時。叩かれた扉がゆっくりと開いていった。







「失礼します、主上。お客様――どわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!







きちんと置ききっていなかった藁人形の詰まった箱が、バランスを崩し、入室してきた
絳攸の頭上に落下していく。突如覆いかぶさってきた影に何事かと頭上を見たのが運のツキ。
口を下にした箱の中から、大量の藁人形が絳攸に降りかかっていく。












「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」













死に際の断末魔の様な叫びと共に、絳攸の体は完全に埋まったのだった。
その上を、箱が転がり落ちていく。






「絳攸っ?!」




「絳攸様っ?!」





お客様の背後に居た楸瑛と、そのお客様たる少女は慌てて藁人形の中に埋まった
絳攸の元に駆け寄った。が、いかんせん数が多すぎて、直に掘り起こすのは難しかった。





「絳攸、しっかりするんだっ!って、主上!!何してるんですか、手伝ってくださいっ」




楸瑛は事の原因となった劉輝に助力を求める。





が――








「よ、余の1000体に渡る愛の藁人形がぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!








劉輝の泣き声交じりの絶叫がその場に木霊した。
そして、楸瑛とお客様を絶句させたのだった。



















バキィィィィィィィィィィィィィっ!!




「こ、絳攸様落ち着いてくださいっ!」







「これが落ち着いてられるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」







怒り狂った絳攸を止めようと、楸瑛とお客様は必死に後ろから羽交い絞めにする。
しかし、切れに切れ捲った絳攸の力は凄まじかった。
一方、殴られた劉輝はガタガタと震えながら執務室の陰に隠れる。




「だ、だって、あれは余が夜なべして大切に造った藁人形達で」



「だから夜なべせずに寝ろって言ってるだろうがっ!!ってかお前!普通、あそこは
部下の心配をするだろ!!」





絳攸よりも藁人形の心配をした劉輝。




恋に狂う男としては普通だが、人としてどうかとは思う所業。
絳攸の言うことも最もであった。





「って、絳攸様の言動から推察すると、何時も夜なべして作っているんですか?藁人形」




お客様の推察に、楸瑛は苦笑して頷いた。



「そうなんだよ。まあ、愛する人が遠くで危険な目にあっているかもしれない。
そして、その様な立場に置いたのは自分だという苦しい思いを考えれば
仕方が無い事だからね――蒼麗殿」




楸瑛は、見る者全てをとろかすような笑みを隣に立つ蒼麗に向けて贈った。




「そうですね。でも、秀麗さんなら大丈夫ですよ」




安心させるように蒼麗は微笑み、そして絳攸に顔を向けた。



「絳攸様。どうかお怒りはこの辺でお沈め下さい。きっと、劉輝様も絳攸様は無事だろうと
思われてそう叫ばれたんだと思いますよ。どうか、私に免じて」




蒼麗にそこまで言われてしまうと、絳攸としても振り上げた拳を下ろさざるを得ない。




1年半前。彼女にはものっっっっっっっっっっっっっっっっっっ凄くお世話になった。
そんな自分に、蒼麗を押しのけてでも劉輝を怒れるわけがなかった。




「さてと、改めて御挨拶を。劉輝様、楸瑛様、絳攸様、1年半前の約束を果たしに参りました。
お久しぶりです、皆様。お元気そうで何よりでございます」




そう言うと、蒼麗は淑女の礼に乗っ取って彼らに頭を下げていく。
それは、1年半前に彼らに初めて行った挨拶と同じ物。
まさしく、気品と優雅に満ちたものであった。









そしてほどなく、懐かしさと嬉しさの余り滂沱の涙を流した劉輝に抱きつかれ、
感極まった楸瑛と絳攸に頭を優しく撫でられるのだった。
















「そうか……銀河と緑翠、そして青輝も皆無事なのか」



蒼麗と共に、1年半前の聖戦で自分達に力を貸してくれた3人の麗しき青年達。
その内の二人には、危うく首を切り落とされかけた事もあったが、後の助力に比べれば、
そんな事は微々たる物。劉輝は蒼麗に彼らにも会いたいと頼み込んだ。







「――えっと、銀ちゃんなら会えると思います。が、緑ちゃんは今、茶州に居ますし、
青輝ちゃんは……その、此方には現在来ていないんです」




呼べば来るかもしれない。が、周りに反対される事を考慮して母以外の誰にも知らせずに
無断で此方にやって来た上、連れ戻しに来た銀河と緑翠を説得して長期滞在を
勝ち取ってしまったのだ。下手に、呼べばお持ち帰りされかねない。
はっきり言って、一応許可はくれていてもあの青輝の事。隙あらば確実にやるだろう。



それに、妹の件もある。


表面上はあれだが、実際にはとても仲が良い二人。
が、蒼花は一度かんしゃくを起すと手がつけられなくなり、大抵そうなると何時も傍にいる
青輝が被害を食らう。そんな彼にとっては、妹のかんしゃくの原因となった蒼麗を
連れ戻したい気持ちは道に満ち溢れている筈。
いや、絶対そうだ。だから、絶対に青輝を呼ぶなんて出来ない。
自ら飢え捲った熊の穴倉に足を踏み込むような物である。




って、何時も苦労してるよな、青輝ちゃんって……。




――まあ、それでも何だかんだいっては、最終的には蒼花を宥めるが……






「………………………」





そこまで考え、蒼麗は考えを打ち消した。駄目だ。
これ以上考えるとまた思い出してしまう。




あの、悪意に満ちた言葉の数々を




そんな事、いわれなくったって知っている。








「蒼麗?」




劉輝達が心配そうに黙ってしまった蒼麗を見つめる。




「あ、すいません。何でもありませんから。それよりも、私達が居なくなってから、
王都の方も無事に復興されましたね」




ある程度は自動修復されたが、最終的にそれを完了まで持っていったのは、
この王都に住まう者達である。その努力は並大抵な物ではなかっただろう。


蒼麗は誇らしげな気分になった。



だから



「私から、皆様に贈り物を致しましょう」



その言葉に、劉輝達が目を見開いた。



「って事で、傾国の美女さん、その素晴らしい作品の数々を披露してあげて下さいvv」



「「へ?傾国の美女?」」



楸瑛と劉輝が首をかしげる。



その次の瞬間





バンっ!!




突然開いた執務室の扉。いち早く反応した楸瑛が刀に手をかけ――中に入ってきたそれに、
まるで鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をした。





キュピーン!ガピーン!!ガチャピーン!!





そんな機械音を発しながら、スルスルと室内に入ってきた――謎の赤い物体。




時が止まったかのように動けなくなった楸瑛と劉輝を他所に、蒼麗と絳攸は
笑顔で彼女を出迎えた。




「あ、いらっしゃいvv例のブツはお持ち頂けましたか?」







キュピーン!ガピーン!!ガチャピーン!!





彼女は「勿論だよ、ベイビー」みたいな感じで、手でもあり足でもあるそれの親指をグッと
天に向けて突き出した。その男らしさに、絳攸がクラッとする。



「ふ、傾国の美女殿は清楚にして可憐、且つ妖艶で艶美なだけではなく、
ワイルドな面もあるのだな」





凄いぞ!!――そう拍手を送る絳攸に、楸瑛と劉輝は思った。






もしかして、絳攸が宰相になったら色々な意味で国が終るかもしれない――と。



楸瑛と劉輝は秀麗側の人間?だった。





「凄いです、これは凄く良く取れてますね。はい、劉輝様、贈り物です」




そう言って渡される大きな茶封筒。



劉輝は手を伸ばしたものの、取ろうか取らないか迷った。


当たり前だ。その茶封筒は良くわからないクネクネな赤き謎の物体生物が持っていたものだ。
どれだけ蒼麗を中継していようと、元はあの赤き物体。












――父茶を1000杯飲めと言われた方がマシな気分だった。












というか、もし父茶とあの茶封筒どちらか決めろと言われたら






『ふっ、そんなものこの彩雲国をしょって立つ余にとっては些細な事。見よ、
余の根性と気合と死への覚悟と国と邵可に対する愛の深さを見せ付けてやる!!』






ちょっと、中間どうなのよ的発言があったが気にしない。





そうかっこよく叫んで、周りの畏敬と尊敬と畏怖とその他モロモロを浴びながら
自分は1000杯もの父茶を軽く平らげてみせる!!




ってか、今どうしてそういう選択肢が発生していないのだろう?












発生カモンプリーズ!!!





劉輝は心の中で神に祈りを捧げた。







そして、それは静蘭の入室を告げる声が聞こえるまで続いたのだった。








―続く―