想いとは裏腹の産物





蒼麗さんが一体の妖精人形を作った。背丈は50cmほどの顔は超プリティ、老若男女問わずに思わず
吸い付きそうな愛らしさを振りまいている。





しかし――






私は、見た。奴が……その自慢の愛らしさでお嬢様達を油断させて服の裾を捲り上げたのを!!
お陰で、州官達全員にお嬢様の生足と悩ましげな清楚な下着を見られてしまったではないか!!
大切なお嬢様の生足と下着を見た者達への報復行為を逐一自分の黒い手帳に書きつけながら、
静蘭は今も沢山の女性達を毒牙にかけていく妖精人形を追いかけた。その姿は傍から見れば怖いが、
自分の恋人、妻、許婚、姉妹、娘が毒牙にかかりかけている今、見咎める者達は居ない。







トテテテテテテテ!!






バサバサァァァァァァァァァァァ!!






タタタタタタタタ!!






バッサバッサバサァァァァァァァァァァァァァァァァアア!!








「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」




「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」





あちこちから女性達の悲鳴が聞こえていく。






「――あ、悠舜殿。そのような服では風邪を」



「っ?!凛、逃げなさいっ!!」



たまたま通りかかり、事情を知らない柴凛に、編みを片手に悠舜が叫ぶが――――遅かった。
男装していたお陰で裾こそ捲り上げられなかったものの、ぐにゅっ!!と思い切りその形の良い乳房を
服の上から揉んだ。――軽く10回ほど。しかも……




あんっ////





頬を赤く染め、何時もの男気のある凛とは思えない色香のある甘い声と濡れた瞳に、その場に居た男達、
そして女達は固唾を呑み思わずうっとりと見蕩れる。中には、鼻を伸ばしているものさえも…………。






バキンッッッッッ!!!!!






燃え滾る怒りの熱。膨れ上がる憎悪。沸き立つ怨嗟。その威力に、側に居た燕青と影月、
はたまた静蘭と柴彰までが後ろに飛びのいた。恐る恐る影月が声をかける。



「悠舜さん……?」



持っていた大きな網の太い柄をバキっと真っ二つにおり、更にはその真っ二つに割れた柄の片方を
更にバキバキと折り続ける悠舜の姿はとても怖かった。そして、その何時もは優しい笑みを浮かべる顔に、
今は悪鬼の形相としか思えない凄まじき物が浮かんでいる事も、それに更に拍車をかけている。
怖い、怖すぎた。何時もは優しい?温厚?そんなもん嘘だろうと突っ込みたくなるほどに。
普段の悠舜を知る者達でさえ、どちらが本当の悠舜なのか次第に疑問に思い始める。
影月は、もう一度声をかけようと大きくつばを飲み込んだ。



「悠――」




「この…………クソバカ人形がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!






それを合図に、悠舜は走り出した。その場に居た全員が目をむいた。
ってか、貴方、足が悪かったんじゃ?!




「悠舜っ?!お前足どうした!!」




「……です。こんな足の不自由など、凛の為を思えば吹き飛んでしまうんですっ!!







                         吹き飛ぶかっ!!






全員が同じ事を思った。ってか、10年も凛を思ってきたくせに、ならば何故もっと早くに走れない?



しかし、そんな突っ込みもよそに、悠舜の足の速さはかなり速かった。だが、妖精人形はもっと速かった。







スタタタタタタタタタ!!






「待ちなさい!!」





トトトトトトトトト!!





「私の婚約者の胸を触った報いは受けて貰います!!」



と、妖精人形が止まった。そして首を振る。



「あの……触ったんじゃなくて、じっくりと揉んだらしいです。あ、じっくりとがポイントだって言ってます」



何かを訴える妖精人形の言葉を訳す蒼麗。しかし、それはマグマのように燃え滾る悠舜の怒りに
余計に油を叩き込む事ぐらいにしかならなかった。





「余計に悪いですっ!!」





既に逃げ始めた妖精人形を悠舜が追いかける。






「………悠舜さん、人が変わりましたね」


「たぶん、あれじゃろう。凛姫殿への思いを10年も我慢していた分の余波が今頃になって
出てきておるんじゃ」


「で、ですがそれにしても」


「いやいや、人の10年分の思いを馬鹿にしてはいけない。それに、こういえばより理解できるのでは?
所謂、パチンコ玉(悠舜殿)をゴムと一杯にめいいっぱいに引いて、引いて、引いて、引いて――――
限界まで引いて手を離した(想いを解放した)のと同じ状態と」



「「「「「「ああ!!」」」」」」



それならば解る。きっと今まで引き続けていた分、反動も加わってよりいっそうその思いは
強くなったのだろう。――などと、安全な場所で冷静に状況を判断していく一部官吏達。
燕青は下から怒鳴りつけた。



「悠舜を止めるのを手伝わんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」





「腰の持病が」




「親が急病なんで」




「子供の発表会がありますから」



「妻との子作りが控えてるんです」




「青汁の一気飲みをしなければならないので」





なんとも冷たい官吏達だった。





「あいつらぁぁぁぁぁぁ!!――もうこうなったら静蘭、悠舜を止めてくれ!!」



「静蘭さん、お願いしますっ!!」



なっ?!無理を言うな!!」




妖精人形ならばともかく、あの怒り狂う悠舜には幾ら自分とはいえ近づきたくない。
なので――


「蒼麗さん、どうにかしてあのエロ、じゃなくてとんでもない事をする物体を止めてくださいっ!!」


静蘭は蒼麗に責任を転嫁した。というか、絶対に蒼麗でなければ止められないだろう、あのハレンチ人形!!


そこに、のんびりとした聞きたくない美声が上から響いてくる。





「大変だなぁ」




「ま、頑張って下さい」





屋根の上でのんびりと寛ぐ緑翠と銀河の姿に、静蘭の白い額に青筋が浮かぶ。






こいつらっ!!






そんな中、蒼麗は無事に妖精人形――磨尋を捕まえ、説得を開始した。
その様子に、これで――混乱は落着く。そう、思われた。




しかし――









ガバァッッッッ!!









「「「「「「「「ぎやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」」」」」」」」







「磨尋ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」








……………今度は男にターゲットを変えやがった、あの妖精人形こと磨尋。
蒼麗の絶叫空しく次々と服を向かれていく男達。ストリップ大会会場なのか此処は!!と
思わず突っ込みたくなる位に、男達はひん剥かれていった。








全裸に////








磨尋に手加減の3文字はなかった。








「「「「「「「「「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああvv」」」」」」」」」」」」」」」








何故だろう?思わず悲鳴を上げる女性達のその悲鳴に何か喜びというか楽しさが含まれているのは。
ってか、美形の少年の裸を書き写しているそこ。犯罪だろ。





――――なんて事を心の中で突っ込んでいれば、直側で燕青と影月の二人が犠牲となっていく。






「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!蒼麗嬢ちゃん、助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」





「僕の服を剥がないで下さいぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」





必死に抵抗する二人。しかし、それよりも早くに服を次々と脱がしていく。
燕青……お前まで負けてどうするんだ。と言うか、私はこんな男に勝てないのか?
思わず自分のこれまでの人生を振り返った静蘭だったが、それも聞こえてきた哀願する声に思わず我に返る。



「悠舜さん、しっかりして下さい!!」


「悠舜様、お気を確かにっ!!」


「悠舜殿!!」




上から秀麗、香鈴、そして柴凛と声をかけられている悠舜が、地面に突っ伏していた。
切れたか、の力。



「くっ……この程度で……これしきの事で!!」


「鄭補佐!!それ以上走らないで下さいっ!!」


「そうですぞ!!これ以上は足に負担がかかってしまう!!」


「ってか、なんだってあんなに走れるんですかっ!!」



次々と半裸、全裸、まだ大丈夫且つ心優しい一部の同僚官吏達に再チャレンジを止められる。
何の再チャレンジ?勿論、磨尋と言う名の妖精人形に報復する為の。



「邪魔をしないで下さい!!これは、私の凛への愛情を試されている試練なのですっ!!」


「悠舜さん!!貴方様のチャレンジ精神は素晴らしいですが、時には負けを認めることも大切です!!」


秀麗が必死に説得する。本人無意識の目を潤ませ、上目遣いという高等技術を駆使して。
大抵の男(秀麗に惚れている男)ならばこれで一発ノックアウトだろう。ってか、自分はノックアウトされた。
静蘭は静に鼻を押さえ、膨れ上がる男の性を固い理性で抑え付けた。もし此処に劉輝がいたら、
即座に突っ込んでいったかもしれない。しかし――他の女性に既にノックアウトしている男には
余り効かないらしい。まあ、そりゃそうだろう。自分だって、胡蝶のきわどい色香たっぷりの誘いを
一蹴したのだから。あ、勿論旦那様も一蹴されましたが(尊敬)



「離して下さい。私は行かなければならないのです」


「悠舜殿……」



柴凛が頬を赤く染める。傍から見れば、傷つきながらも恋人を守ろうとする感動ものの場面だ。
とは言え、実際には――胸を触られた恋人の為に報復を決意する男の出立場面で、感動よりは
発せられるその煮えたぎる怒りの念に思わず目を背けたくなる。
そして例にたがわず、静蘭も目をそむけようとしたその時――



「鄭補佐。もしそこで特攻宜しくあの妖精人形に向かっていって全裸に向かれでもしたら、この私。
全力で姉との結婚を阻止します。全裸に向かれた男と姉との結婚なんて冗談じゃありません




振ってくるのは、柴彰の冷たい声。そしてそのまま悠舜は凍りついた。



「彰!!何てことを言うんだ!!」



「私は姉さんの事を思って言ったまでです」



いけしゃあしゃあと言い切る双子の弟に、柴凛が怒りを露にする。
悠舜殿は唯自分の為に報復してくれようとしていただけなのにっ!!



「彰。私は悠舜殿の全てを愛している。例え、裸に向かれようとどうしようともその思いは
変わるものじゃないぞ!!」


「いや、裸に向かれたらちょっと……」



秀麗が軽く突っ込むが、後ろに炎を燃え盛らせる柴家の双子に軽く無視される。



「姉さん、常識で物事を考えてください!!」


「私は常に常識人だ!!」





「凛が……凛が……」





未来の義弟の攻撃に大きく心をえぐられた悠舜がぶつぶつと呟く。その姿は――果てしなく怖かった。








「ど……どうしよう」







蒼麗はぽつりと呟いた。
こうしている間にも、騒ぎはどんどん大きくなる。混乱は更に広まっていく。
最早、自分の手に負えるレベルではない。そんな中で、自分に出来る事は――





「私の手に負えません」




この場の全ての事柄を投げる事を。







「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「蒼麗ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいっ!!」」」」」」」」」」」」」」」」」」






人々の絶叫が茶州州都に響き渡っていった――







果たしてこの後、人々は無事だったのだろうか?





それは、当人達にしか解らない








おまけ