ガタゴトと馬車が道の小石を弾きながら進む中、カタリと覗き窓が開けられる。
そこから顔を出した蒼麗は、目の前に広がる懐かしい光景に、思わず歓声を上げた。



「わぁ――――っ!!貴陽だ!!」




新しい年の初めを祝う為、華やかに飾りつけされてはいたが、そこは紛れもなく1年半前に
自分がやって来た、そして秀麗と静蘭の故郷――紫州州都貴陽であった。
懐かしさのあまり、蒼麗は暫し声を詰まらせる。自分は此処で沢山の経験と思い出を培った。
喜び、悲しみ、色々あったけれど、楽しい思い出も沢山あった。大好きな人達も増えた。
だから、蒼麗は純粋に喜ぶ。此処に再び戻ってこれた事を。
そんな蒼麗の様子に、事情を知る悠舜達、そして秀麗も優しい眼差しを向けた。


「蒼麗ちゃん」


秀麗の声に、蒼麗が振り向く。


「お帰りなさい、貴陽に!」


秀麗の満面の笑みと心からの歓迎の言葉に、蒼麗は思わず抱きついた。
その反動で、馬車がガタンと大きく揺れ、護衛をしていた兵士達が驚きを露にするが、護衛の長たる
静蘭に止められる。兵士の一人が、静蘭を見てまたもや驚いた。その秀麗な顔に、本当に優しい笑みを
浮かべていた。静蘭もまた、蒼麗の再度の訪れを心から喜んでいたのだった。


唯、この二人だけはなんとも複雑な表情を浮かべていたが。



「とうとう来ましたか」


「はぁ……ここ、あまり好きじゃないんだよな」



其々に不満を口にする銀河と緑翠。蒼麗にさえ聞えなければ、二人はどこまでも
自分の気持ちに忠実だった。












邵可は、最初にその姿を見たとき、幻かと思った。
しかし、その少女はしっかりとした様子で、以前より遥かに大人びた面差しをした娘の隣に、1年半前と
なんら変わらない面差しのまま立っていた。そして、その後方には、大切な家族にして息子である静蘭と
共に立つ、やはり1年半ぶりである、懐かしい緑髪と青味がかった銀髪の二人の青年。
あの、月が人の形を取ったが如き、月神の如き絶世の美貌を持つ青年は居なかったが、邵可は少女と
二人の青年の姿に、思わず熱いそれがこみ上げた。邵可様、と駆け寄る少女を、両手を広げて迎え入れ、
優しく抱きとめる。炎の中に4人が消えて以来、それは1年半ぶりの再会だった。


「邵可様、お久しぶりです!!」


「ああ、本当に久しぶりだね、蒼麗」


一度強く抱きしめると、腕の中にある温かく柔らかい感触を名残惜しく思いながらも、邵可は
蒼麗の体を離した。そして、その姿を改めて間近で見る。やはり、蒼麗は1年半前と変わっていなかった。
あの日、あの時、彩雲国を救うべく、炎の中に消えていった少女は昔と同じ笑顔を浮かべていた。


「また此処に来ますって言ってから、1年半もかかってしまって申し訳ありません」


ぺこりと頭を下げて謝る蒼麗に、邵可は首を横に振った。


「そんな事無いよ、蒼麗。こうしてまた会えただけで私は本当に嬉しいよ。それに、1年半は
短いほうだ。もしかしたら、10年もかかるのではないかと思っていたからね」


「あははははは、10年なんて私の方が待ってられません」


蒼麗の言葉に、邵可も微笑んだ。そして、後方に立つ緑翠と銀河に視線を移す。
誰もが振り向き息を止める程の絶世なる美貌は更に麗しさを増し、そこから漂う妖艶さと匂い立つ様な
色香は、その威力を増している。邵可でさえも、思わず生唾を飲み込むほどだ。
これならば、きっとこの二人の主であり、蒼麗の許婚は最早殺人レベルにまで達しているだろう。
唯、それでも黄尚書には叶わないとは思うが……。しかし、本当に今でも叶わないかは断言できない。
あの時出会った、あの月神の如き青年は、自らの美貌と魅力を押さえつけている節があった。
もしかしたら……しかし、それ以上は考えるのが怖いので、邵可はその考えを胸にしまい込んだ。


「久しぶりですね、緑翠殿、銀河殿」


邵可の言葉に、緑翠と銀河は其々に口を開いた。


「ああ、久しぶり」


「お久しぶりです、紅 邵可殿。御健在にて此方も嬉しく思いますよ」


にっこりと、優しげな美貌に艶やかな笑みを浮かべた銀河に、秀麗がほんのりと頬を染める。
その中身が素敵に真っ黒な事は痛いほど解っているとは言え、やはりその美貌の威力からは完全に
抜け出せないのだろう。邵可は娘の気持ちが苦しいほど解った。せめて、その美貌に比例して
性格も蒼麗並に良ければ、此方としても精神衛生上とても良かったと言うのに。
しかし、邵可はそんな事おくびにも出さなかった。そして、先に伸ばしとなっていたが、ようやく娘を
見つめ、その変化をじっくりと眺める。1年前とは大きく変った娘。昔よりも大人びた面差しと、
まるで出陣前のような毅然とした眼差しに、邵可は言った。


「行って来なさい」


「うん、頑張ってくるね。あ、父様。蒼麗ちゃんだけど、此処に居る間はこの屋敷に滞在するから
お部屋の用意、お願いね。前に使っていた部屋は掃除してあるから。あと、緑翠さんと銀河さんの部屋もね」


「うん、解ったよ」


笑顔を浮かべて頷くと、次に邵可はもう一人の家族を迎えた。


「お帰り静蘭、よく帰ってきたね」


安堵したように笑う静蘭に、蒼麗も嬉しそうに笑う。そして、改めて自分が1年半前に数ヶ月に渡って
滞在していた屋敷を見た。相変わらずボロボロだが、とても優しい気を放つ場所。
蒼麗は心の中で、またお世話になりますと告げた。


柔らかい風が庭の木々を揺らす。その漣が、まるで蒼麗に御帰りとその再会を祝っているようだった。


「暫くお世話になります」



今度は声に出して言う。木々の漣は大きくなり、吹く風はよりいっそう優しいものとなる。
蒼麗は、その歓迎に満面の笑みを浮かべたのだった。





















「ふむ、茶州州牧は無事に王都に入ったようじゃな」



目の前に高く積まれた梅饅頭を一つ手にとり、霄太師は呟いた。既に沢山口に入れているというのに、
更に口の中に詰め込みハムスターの頬袋状態となっている旧知に、貴陽一の名医――葉医師は
ジト目となった。加えて、名誉職にいる管理の癖して、自分の診療所につめかけている事にも腹が立つ。
此処は、お前の休憩場所じゃないんだぞ?



「お前、いいからとっとと帰れ」


「いやじゃ」


「何がいやじゃ、じゃ!!とっとと帰りやがれこの妖怪ジジイ!!」


「なぬ?!わしが妖怪ならばお前は大妖怪じゃ!!」



「どっちもどっちです」



「「なんじゃと?!」」



自分達を妖怪だと断言する台詞を吐いた凛とした声に、二人は勢い良く声が聞えてきた方向を見る。
――が、その存在を目にした瞬間、二人揃って絶句した。暫く沈黙が続く。
先に口を開いたのは、葉医師だった。


「これはこれは……蒼麗、そなたか!」


思いもかけぬ珍客に、葉医師は満面の笑みを浮かべた。
続いて、霄太師も口を開く。


「戻ってきよったのか」


言葉は散々だが、その声音には、明らかに再会を喜ぶものが含まれていた。
二人の其々の歓迎に、蒼麗は笑顔を浮かべた。


「はい、戻ってきましたvv」


バッと飛び上がり、胡坐をかく二人に抱きつく。その勢いに、二人の老人は思わずひっくり返ったが、
しっかりと蒼麗の体を抱きとめていた。その背中に回る手の皺が消える。振ってきた声は、
若々しく変化していた。


「また会えて嬉しいよ」


黄葉はそう言いながら、蒼麗の頭を撫でる。


「私もです」


「それにしても、良く戻ってこられたな。と言うか、よくあちらが許したな」


紫霄が感嘆の入り混じる溜息を付いた。しかし、蒼麗はあっけらかんと答えた。


「いいえ、許してくれなかったので、強引に来ました」



「「は?」」



「酷いんですよ。こっちには30分しか滞在するなって。30分で感動の再会を行えるわけ
ないじゃないですか!!」


プンプンと怒る蒼麗はなんとも可愛らしかったが、二人はそれどころではなかった。
つまり、向こうが規定した以上此処に居ると?つうか、強引に来たと?


「ちょ、そなた」


「お前、まさか緑翠と銀河、いや、青輝」


「青輝ちゃんは来てません。緑ちゃんと銀ちゃんは来てますけど。青輝ちゃんが送り込んだんです」


帰らなければ連れ戻せ、と。しかし、結局二人も自分の思いを理解してくれて、最終的には青輝に滞在期間の
延長を申し出てくれた。本当に感謝だ。二人が青輝の直属の側近の中でも非常に優秀な者達だった事も
功を奏したのだろうが、それでもあれほど熱心に頼んでくれなければ決して青輝は首を立てにはふっては
くれなかっただろう。まあ……前科があるから仕方が無いけれど。


「お前、国は焼くなよ」


「何で私が焼くんですか」


「違う!!お前が此処に居る事で向こうの者達がぶち切れて焼いたら困るって言うんだ!!」


奴らならば絶対にやる。紫霄と黄葉の目はマジだった。


「だから、きちんと頼みました。後で、緑ちゃんと銀ちゃんにはお礼をするけど」


「そ、それならいいが……で、なんでまたそんなに長く滞在する事にしたんだ」


「えへへへvvそれはですね――」


二人と向かい合うように座った蒼麗は、これまでの出来事も交えてゆっくりと語り始めた。









そうして――――その日は、久々に長い酒盛りとなったのだった。








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