漆黒の闇夜に、幾つ物何かが切断される音が響き、深紅のそれが辺りに飛び散っていく。
同時に、ゴトンという何かが地面に落ちる音が幾つも聞こえ――間もなく、辺りは静まり返った。
だが、程無くして落ち葉をゆっくりと踏みしめる二人分の足音が聞こえてくる。






――それからどれだけ時間が経っただろうか?





分厚い雲の隙間から、青みを帯びた白銀の清廉な一筋の光が差し込み始めた。
その光に、落ち葉を踏み歩いていた二人の青年の姿が、辺りの様子が薄らと照らし出されていく。









辺りは……………燦燦たる有様だった










幾つ物首のない体と、首だけとなった頭が転がり、それらが自分で流し作り出した赤い水溜りにぷかぷかと
浮かんでいる。地面に散らばる落ち葉も、真っ赤に染まっていた。それが血でなのか、元からなのかは
解らない。そして、悠然と月の光を浴びて佇む二人の青年が握り締める刀も、赤いそれに染まり、
固まらなかった部分がポタリ、ポタリと地面に落ちていく。――が、次の瞬間目にも留まらぬ速さで
刀が大きく一閃し、元の銀の輝きを取り戻す。それが、其々の鞘にカチンと言う音共に納まると、
二人の絶世の美青年は、この、自らが作り出した血生臭い匂いの漂う惨劇の光景を楽しそうに一瞥した。
先に口を開いたのは、緑翠だった。



「あちらさんも毎度毎度如何してこうも懲りないんだろうな」


「本当に」



銀河もその優しげな美貌に呆れを称え、溜息をついた。


今回もまた、縹家は大量の刺客を送り込んできた。異能の力を持つ者が3人。
残りは、何の力も持たない、けれど優秀な暗殺者達――凡そ50人。縹家にとって脅威となる少女を
殺す為だけに、あの一族はこれらの者達を差し向けた。とは言え、別に緑翠や銀河にとっては
この位の数は朝飯前の運動にもなりはしない。その全員が、攻撃と言う攻撃を緑翠と銀河に
浴びせる暇もなく、その首を落とされた。かなりの傷が付けられた遺体。その反面、緑翠と銀河は
かすり傷の一つも負っていない上、返り血さえ浴びては居なかった。当たり前だ。格も力の強さも
圧倒的にまで違う。自分達を痛めつけられる者等、主か、自分達の両親、または主に近しい者達位である。



「まあ、でも仕方が無いでしょう。あちらとしても、邪魔な芽は早々に摘んで置きたいでしょうから。
――思いもかけぬ、二つの収穫物を手に入れる為に」


銀河はクツクツと笑った。もう直、新年が来る。新しい年の初めは、本当に幾つもの事が始まる。
きっと、向こうもそれを機に動き始めるだろう。だからこそ、今年中にけりをつけたい。
そんな銀河の心内を悟ったかの様に、緑翠は大きく肩を竦めた。


「ご苦労な事だよな。で、これらは如何する?」


「そうですねぇ……このままにはしておけないでしょう。此処は、蒼麗様の滞在する紅杜邸から
そんなに離れていない場所です。そんな所でこんなに大量の遺体があれば……」


「なら、御帰りいただくか」


ニヤッと笑った緑翠に、銀河はくすりと笑い、頷いた。


「ええ。そうしましょう。自分の行った行動に対しては自分で責任を取って頂か……ん?」


銀河は、それに気がつき上空に広がる空を見上げた。
あれほど厚い雲に覆われていた空は、今雲一つない晴れやかなものへと変っていた。
もう直夜明けなのだろう。漆黒だった空は、深い藍色を経て、今、薄い藍。薄闇に変わり始めている。
あの――忌まわしき一族と同じ色。けれど今はそれよりも、銀河、そして同じく空を見上げた緑翠は
別の――空に流れ行くそれに目を奪われていた。薄くなっていく星々の合間を弧を描くように一つの星が
流れていく。それは、見た目には普通の流星に見えた。今まで、数え切れないほどに見た物と
なんら変わりない。けれど、銀河と緑翠は今、はっきりと悟った。
その星が流れ行くのと同時に、一つの命が流れ落ちていくのを。


「――逝きましたか」


流れた星は見えなくなった。かすかに残る流星の軌跡に目を細め、銀河は静かに息を吐いた。


「とうとう、か。いや、思ったよりも早かったな」


緑翠も何処か寂しそうに呟いた。
とうとう、流れてしまった。今まで、砂時計の砂をせき止めていた堰は無くなってしまった。
――後は、落ちるだけ。それは静かに、それは無情に。ただ流れ行くままに落ちていく。


「蒼麗様、悲しむだろうな」


緑翠の言葉に、銀河も頷いた。けれど……最早、どうしようもない。











秀麗に呼ばれて部屋に向かおうとしていた蒼麗は、回廊の向こうから歩いてくるその人物に、
思わず目を丸くした。が、向こうは此方に気が付くと、にこやかに手を振ってきた。


「やあ、心の友その三!」


それは、頭に秋の味覚を満載にさせた彩七家筆頭藍家の四男――藍 龍蓮その人だった。


「龍蓮様?!」


「ふっ、私の事は呼び捨てで構わないぞ、心の友その三」


「はぁ……じゃあ、龍蓮さんと呼びます。で、今日も芸術的ですね、その頭部。
秋の味覚ですか……って、こ、これは松の茸、それにこれは幻の白毛石芝じゃないですか!!」


蒼麗は龍蓮の頭に刺さっている茸に驚きの眼差しを向ける。
どれもこれも超一級品の最高級の代物ばかり。流石は龍蓮。目の付け所が違う。


「やはり私の心の友だな。心の友その一も同じ事を言ったぞ」


「秀麗さんも?……そういえば、龍蓮さんは秀麗さんに会いにきたんですよね」


茸に視線を止めたまま呟く蒼麗に、龍蓮は思わず目を見開いた。


「心の友?」


「秀麗さん如何でした?泣けましたか?」


「………如何して、解った?」


「如何してもこうしても、秀麗さんずっと心の中に茶 朔洵さんっていう人の事を蟠りとして
持っていましたからね。その事について如何こう出来るのは、事情を知っている完全な第三者。
私は事情を又聞きした赤の他人。私じゃ何も出来ませんでしたから」


だから……貴方が来るのを待っていたんです。
そう、目で語りかけてくる蒼麗に、龍蓮は暫し見つめ――そして、笑った。


「そうか……」


「それに、龍蓮さんならば必ず来ると思いましたから。で、泣けましたよね?」


「ああ。泣けた」


「そうですか……有難うございました。これで、全てが終ったわけではないですけれど、
それでも一つの区切りを付く事が出来た筈です」


にっこりと笑う蒼麗に、龍蓮もつられる様にして笑った。


「それでは、失礼しますね」


「ああ……と、そうだ。心の友その三」


「はい?」


「君も、銀の髪を持つ男に気をつけるように」


「解っています」


そうして、蒼麗と龍蓮は別れた。








コンコン



「秀麗さん、入ります」


扉を叩いた蒼麗は、そう言いながら静かに扉を開けていった。


「蒼麗ちゃん、いらっしゃい」


笑顔で出迎えてくれた秀麗。その何かすっきりした様子に、蒼麗も笑顔で返す。


「あの、お話って何でしょうか?」


扉を閉め、近くにあった椅子に座った蒼麗は同じく椅子に座る目の前の秀麗にそう問いかけた。
すると、秀麗はにっこりと微笑む。そして――


「あのね、実は新年になったら一緒に貴陽に行ってくれないかしら?」



「え――?」












――数ヵ月後――






「さっむ……」


白い息を吐き手を擦り合わせながら、蒼麗は次々と馬車に運び込まれていく荷物に目をやった。
そして、続いて自らも乗るもう一つの馬車に目をやる。彩雲国国王への新年の挨拶の為、
貴陽に向かう事になった秀麗と悠舜、そしてその妻の柴凛、新しく茶家当主となりやはり挨拶に行く茶 克洵、
そして護衛として同行する静蘭。蒼麗は、その人達と共に目の前にある馬車に乗って、紫州州都である
貴陽へと向かう。貴陽に行くのは1年――いや、1年半ぶりだ。
最初に秀麗に同行を求められた時は驚いたが、此方に戻ってきてから一度も劉輝達に会いに
行って居ない事、そしてまた会うという約束が果たされていない事もあり、同行する事にした。
秀麗や静蘭もこれほど変っていたのだから、きっと劉輝達も大きく変わっているだろう。今から楽しみである。




「蒼麗様」



「あ、銀ちゃん、緑ちゃんvv」



聞き覚えのある声に振り返ると、そこには共に貴陽に行く事になった、自分を護衛してくれる
二人の青年――銀河と緑翠が立っていた。後ろから、二人の美貌に黄色い悲鳴を上げてバタバタと
人々が倒れる音が聞えてくるが、二人はそれを無視して口を開いていく。



「此方の準備も済みました……が、本当にいいのですか?」



銀河の言葉に、蒼麗は頷いた。



「ええ。今回は大人しく馬車に乗ります」



本当ならば自分も静蘭や銀河、緑翠と共に馬に乗る筈だった。だが、秀麗が共に馬車に乗ろうと
懇願してきた為、急遽そちらに移った。馬の方が直に自然と触れ合える為、出来ればそちらが
良かったが、秀麗の頼みとあらば喜んで其方を受けよう。しかし、銀河と緑翠は不服そうである。
その麗しい美貌に明らかに不機嫌と言う3文字が浮かび上がっている。



「心配しないで、銀ちゃん、緑ちゃん」



何とか宥め様とご機嫌を取る。その奮闘が伝わったのか、ほどなくして二人の機嫌も
戻っていくが――――悲しいかな。突如、割り込む様に飛んで来た秀麗の声が二人の機嫌を低下させた。




「蒼麗ちゃん、ちょっとこっちに来て!!」




「あ、はい!!」



蒼麗はすぐさま走り去っていった。残された二人の額に、青筋が浮かぶ。
その原因は、当然――



「あの、アマ……」



口に出したのは、緑翠だけだったが、銀河の心の中も似たり寄ったりだった。



「人に頼らずに生きていけるだけの強さを持ってるなら、蒼麗様からも離れろっていうんだ……」




惜しみなく他人に愛情を与える反面、自らは何も必要としない。
そんな一人で生きていける、一人で立てる強さを持つ秀麗だったが、
蒼麗にだけはべったりとなっている。それが、なんとも二人には腹立たしかった。






―二次小説ページへ――続く―