第一章 忘却の罪




Chapter.4

 

 パソコンという便利道具を奪われた香奈達は、その後急いで受付と向かう。
 だが――無情にも。
「ごめんなさい、後二時間待ちなんですよ」
 受付の女性の笑顔が、落胆した心をいっそう刺激した。
「二時間待ち……」
「それでいいなら、許可証を出すけど」
「美鈴、どうする?」
「一応貰っておこう」
「じゃあ、これね。時間まで、他の場所で調べてみたら? 歴史関係のエリアは今空いてるし。それに、昼食時間になったらパソコンを使う人も減るわよ?」
「う~ん」
 確かに、受付の人の言うとおりだ。
「とりあえず、一時間ぐらい歴史関係の場所で調べて見ようか」
「そうだね」
 お昼ご飯は持ってきているし、急いで食べて戻ってくればいい。
「あ、歴史関係ですけど、昔の刑事事件ものとかもありますか?」
「え? そんなの調べてるの?」
 受付の女性がギョッとした顔をする。
 確かに中学生が調べるようなものではない。
「え~、その、学校で警察の事に関して調べてて」
「そ、そうなんです。その、警察の仕事とか、実際の事件も絡めて発表するんですよ」
「……なんか、凄い事してるのね、学校って」
「あはははは」
「あはははは」
 驚く受付の女性に、香奈と美鈴は乾いた笑みを浮かべた。
「そうね……事件史とか……昔の事件が書かれた新聞の切り抜きのファイリングとかはあったと思うけど……あ、確か、戦後の未解決事件ファイルとかもあったかな~。でも、それはオカルト関係の所においてあった気がする」
「オカルト……」
 って、未解決事件がオカルト関係の場所おいてあるってどんだけ?!
「借りられてませんか?」
 美鈴の質問に、受付の女性がパソコンに向き直る。
「ちょっと待ってね~……え~と」
 パチパチと、もの凄い速さでタイピングして貸し出しをチェックする。
「あ、大丈夫みたい。誰も借りてないわ」
「ありがとうございました」
 ペコリと、美鈴が頭を下げ、香奈も遅れて頭を下げる。
「行こうか、香奈」
「うん」
 そうして二人で、まずはオカルト関係の場所へと向かった。
 辿り着いた先は、パソコンスペースと同じぐらい図書館の奥にあるスペースだった。
 但し、パソコンスペースからは少し離れている。
「って、流石はオカルト関係置き場」
 なんだか、どんよりとした空気が流れている。
 しかも人気がないから、余計に嫌な感じがする。
 やっぱり、そういうものがおいてある場所には集まりやすいのだろうか。
 そうして躊躇する美鈴を余所に、香奈はスタスタと進んでいく。
「か、香奈、凄いね……」
「は?」
 とりあえず置いて行かれたらまずいと、美鈴は走り出し香奈の隣に並んだ。
「ここ、気持ち悪くない? 暗くて、なんだかどんよりしてて」
「そう?」
 そんな気は全くしない。
「……鈍い? それとも、鈍感?」
「いや、それ一緒だし。しかも、鈍いって酷い事言うよね」
 酷いというか、この空気の中でとっとと動ける香奈が凄い。
 美鈴には霊感の類はないが、それでもあんまりここは良い感じがしない。
 ふと視線を横にそらせば、呪い関係の本があった。
 しかも、何度も読み込まれた感がある所が恐ろしい。
 というか、ここにある本の全てがくたびれた感がある。
 ここまで読み込んだって事は……。
「は~、呪いに心霊特集、サイキック現象、他にも沢山あるね」
 というか、ぎっしりと本棚に詰まっている光景に、何処からこんなに集めて来たのかが不思議でならない。
「未解決ファイル、未解決ファイル」
 と、その時バサリと後ろで何かが落ちる音と、美鈴の悲鳴が聞こえてきた。
「何っ!」
「い、今、この本が落ちてきて」
 それは、心霊特集の本だった。
 開いたページには、でかでかと心霊写真が載っている。
 そこに映っている女性の霊が自分を睨んでいるようで、美鈴はまた悲鳴をあげた。
「詰め方が悪かったんじゃない?」
「詰め方って、しっかりと――」
 パラパラと、風もないのにページがめくれていく。
 新たなページはやはり心霊写真で、心霊スポットで取ったものらしい。
「ひっ!」
 そこには、やはり霊が映っていて美鈴をしっかりと見ていた。
「い、いやぁ!」
「美鈴、ここ騒ぐの禁止」
 友人の事より図書館の決まりを取った香奈が腹立たしい。
「香奈……」
「ってか、偶然だよ。冷房も効いてるし、その風じゃない?」
 それにしては、一枚ずつ見せつけるようにめくれていったが。
 と、香奈がその雑誌を手に取る。
 持ち上げられていく雑誌から目を離せなかった美鈴は、その女性霊を見つめた。
 また、こっちを見つめて――。
 ドスッと、女性霊が映る場所に拳がめり込んだ。
「ひっ!」
 美鈴の恐慌などなんのその。
 心霊写真に一撃を食らわした香奈は、その後も何度も殴っていく。
 そうして五分ほど経ったか。
「これで良い?」
「……」
「ってか、こんなのは所詮造り物なんだから怖がるだけ無駄だよ」
 だよね。
 あんたの方が恐いよ。
 心霊写真をボコボコ殴るなんて考えも及ばなかったよ。
 しかも、図書館の本なのに。
 香奈はさっさと手の中の雑誌を本棚に戻す。
 ってか、呪われないだろうか。
「……恐くないの?」
「造り物でどうして怖がるのよ」
 再び目的の本を捜し始める友人に問えば、不機嫌そうに答えが返ってきた。
「私、そういうの信じないの」
 信じない……というよりは、なんだか信じていた恋人に裏切られた女性の様な口調だ。
「……香奈、オカルト関係って嫌いだっけ?」
 意を決して聞いてみれば、予想外の答えが返ってきた。
「別に嫌いじゃないよ」
「へ?」
「純粋な読み物としては面白いのもあるし――って、不謹慎か」
「じゃあ、なんで」
「だから、所詮はフィクションとしか思ってないだけだよ」
「……フィクションって……」
「ああ、でもお化け屋敷とか、そういうのは嫌いじゃ無いよ」
 小学生の修学旅行で訪れた遊園地では、桜子に付き合わされて何回か入った。
「凄くドキドキハラハラしたし」
「そ、そう……」
「なんて言うか……心霊スポットよりもハラハラしたわ」
「ふ、ふ~ん……って、何それ。香奈は心霊スポット行った事あるの?」
 信じてないのに、そんなオカルト大好きな者達の聖地に?!
 すると、香奈がコクリと頷いた。
「あるよ。行った事」
 それも、一度や二度ではない。
「い、意外だわ」
「なんでさ。私だって小さい頃は幽霊とか信じてた可愛い頃があるんだよ?」
 自分で可愛いって言ったらわけない。
「けど、その期待は全て裏切られたわ」
 最初に心霊スポットに行ったのは、小学校一年生の時。
 悪ガキ達の誘いで、何時のまにか香奈も参加する事になっていた。
 そこは地元では、最凶の心霊スポットと言われていたが……。
「な――んにも、起こらなかったの」
 それから、二度目、三度目と心霊スポットに行ったが、結局何も起こらなかった。
 そうして二桁を数える頃には、心霊スポットなんてただの廃墟だ、としか思わなくなった。
「なのに、他のみんなの時は違うって言うのよ」
 香奈と一緒に行った後に、別の子供達が一緒に行くと香奈抜きで再びその場所に行った時だ。
 幽霊に出会ったどころか、呪われて除霊やらの大騒ぎになったという。
 それも、一度や二度では無い。
 しかし、香奈が一緒について行くと何も起こらないのだ。
「そして何時のまにか、私は外されるようになったわ……」
「香奈……」
 いや、その前にそんなやんちゃな事をしていたなんて……。
 そもそも、心霊スポットは遊び半分の気持ちで行く事は絶対に駄目な場所だ。
 有名なお坊さんの話では、そういう事をするというのは霊を冒涜する事で呪われても仕方が無い事だと言う。
「香奈……巡りはやめなよ。心霊スポット巡りは。いや、その前に遊びで行っちゃ駄目だし」
「……」
「ってか、なんでそう何度も何度も行ったのさ」
「だって……東雲君に誘われたし……」
「東雲……って」
 顔良し、頭良し、運動神経良しの三拍子揃った小学校時代の同級生。
 女子生徒達の多くが王子様と憧れていた。
 しかし――彼は桜子にぞっこんだった。
 それに、確かに顔も頭も運動神経も良いが、性格はあんまり良くなかったぞ?
 二股とかもかけてたし、遊んでたし。
 桜子もそれを知っていたから、絶対に告白を受け入れなかった。
 ……香奈、東雲が好きだったんだ。
 ってか、意外と趣味が悪いな。
 いや、それよりもだ。
「それ、絶対に利用されてる」
 東雲の狙いは桜子。
 しかし、桜子は東雲の悪癖を警戒して絶対に近付かなかった。
 だが東雲が諦める事はなく、あの手この手を利用して近付こうとした。
 当時、香奈と桜子がいつも一緒に居るのは誰もが知っていた。
 小学校前からの付合いで幼馴染みでもあった為か、桜子は何かと香奈の世話を焼き一緒に居た。
 平凡な香奈と、学校の才媛の桜子。
 よく、『月とすっぽん』の組み合わせと揶揄されていたが、ようは桜子に近付きたい者達のやっかみによるものだった。
 幼馴染みというのを利用して桜子を束縛していると言うのが、もっぱら周囲の言い分だったが、美鈴からすれば桜子が一方的に香奈に纏わり付いていた事に気付いていた。
 つまり、香奈の行くところに美鈴も同行していた。
 たぶん、香奈はそれを東雲に利用されていたのだろう。
 自分の誘いは絶対に受けない。
 ならば、香奈をダシにして桜子に近付く。
 男の風上にもおけない最悪な男だ。
 そんなんだから、桜子を追い掛けて受けた超名門校に落ちるのだ。
 彼は今、マンモス校の方に通っている。
 しかし……香奈をダシにするとして、なんでその行き先が心霊スポットだったのだろう。
 選択からして色々と間違っている気がする……。
 まあ、あの頃は心霊ブームだったし……って、今も同じか。
 以前よりも更に加熱している気がする。
「ってか……東雲もなんだって、心霊スポットに誘うんだか」
「時代を先取りしてたのよ」
 目を輝かせる香奈に、美鈴は後退った。
 まさかとは思うが……いや、今も東雲に恋してる。
 だって、心霊スポットに誘うを男の事を時代の先取りって……どんだけ恋は盲目なのよ!!
 騙されてる、騙されてるんだって!!
「実は、先月も遊ぼうって誘われたんだ」
「へ?」
「でも、一緒に行くはずだった桜子が行けなくなって……そうしたら、東雲君も用事が入ってさ……」
 美鈴はあまりの不憫さに泣きたくなった。
 香奈の男を見る目の無さはもとより、この友人を騙す東雲に憎悪を抱く。
 その時、呪い関係の本が目に入り、それをそっと手に取る。
『女を手玉に取る憎き男を消す百の呪い』
「あれ? 美鈴、何持ってるの?」
「ううん……ちょっとね」
 人を呪わば穴二つ。
 呪いに頼るのはいけない事だが、どうにかして奴に天誅を下したかった。
 と、良い考えが浮かんだ。
「桜子に告げ口してやろう」
 そう――桜子に自分で始末して貰えば良い。
 以前、あまりにしつこい告白者を笑顔でボコボコにしていた絶世の美少女を思い出し、美鈴は一人ほくそ笑んだのだった。


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