第一章 忘却の罪




Chapter.4

 

 次の日、香奈は美鈴と駅前で待ち合わせして図書館へと向かった。
 図書館は駅から歩いて三十分ほどの所にある森林公園の中に建っていた。
 土日祝日は、朝の八時半から開いている事もあり、香奈達は朝一番に着くように早起きした。
 特に、図書館にあるインターネットは人気が高く、すぐに席が埋まってしまう。
 しかも、一度に三十分しか使用出来ないなんて短すぎる。
 というか、家のパソコンを使えばいいのにと香奈は毎回思う。
「どっちかの家にネットがあれば良かったんだけどね」
 パソコン、ネットが一般家庭にも普及したこのご時世。
 殆どの者達がネットに繋いでいる。
 しかし、香奈と美鈴はネットどころか携帯電話すら持っていなかった。
 香奈の所の理由は、給料が薄給だからで、余計な所にお金を割いていられないそうだ。
 美鈴の家の場合は、単純に父親がネット嫌いだからである。
 別に、父親が嫌っていても娘が携帯を持ったりネットをしたする分には構わないではないか――と思うのだが、色々と事情があるらしい。
 前にも、美鈴がネットをつけて欲しい、携帯電話が欲しいと頼んだら、怒って怒って凄い事になったという。
 それ以来、美鈴は携帯電話の類を欲しがる事はなくなったから、その怒りっぷりは本当に凄かったのだろう。
「まあ、無いものは仕方ないよね」
「そうだね」
 無いものを今更言っても仕方が無い。
 そして今日も酷く暑く、香奈はハンカチで汗を拭う。
 最近はハンカチが手放せなくなっている気がする。
 しかも、なんだかアスファルトが余りの暑さでぐゃりぐゃりと揺れている様に見える。
 絶対、線路も暑さの余りぐんにゃり歪んでいるに違いない。
 ……線路曲がったら脱線するって!!
 その時、カンカンと踏切が締まる音が聞こえて、ビクリと香奈は体を震わした。
 しかし、列車は何事もなく横のフェンスを挟んだ横を通過していった。
 ……だよね、そう簡単に脱線するほど線路が歪んでたまるか。
「にしても……美鈴、なんか凄く気合い入ってない?」
「はあ?」
 キョトンとする美鈴に、香奈は口を開く。
「その格好だよ」
 香奈の服装は、花の絵柄がプリントされた白いTシャツと膝までの薄紫色のフレアスカートにサンダルと言う姿だ。
 髪型は、いつも通りのポニーテールで、化粧なんて全くしていない。
 一方、美鈴はと言えば、膝丈まであるピンクの花柄シフォンのシャーリングキャミワンピを身に纏い、靴は白いミュール。
 頭は、ふわふわの髪を綺麗に巻いてアップにし、可愛らしい容姿を何時もと違う大人びた姿へと変えている。
 そしてうっすらと化粧までしていた。
 香奈もスカートははいているが、美鈴の女の子らしさとは比べものにもならない。
 今もこうして歩いているだけで、ちらちらと美鈴の方を見る男達がなんと多い事か。
 と同時に、美鈴に声をかけたい男達が香奈に邪険な眼差しを向けてくる。
 ってか、中にはサラリーマン風の男まで……。
 年齢差を考えてくれ。
 美鈴はまだ中学生、しかも中一だぞ。
 いや、でも美鈴は本当に可愛いし、何よりも肌も白くて羨ましい。
 どんな日焼け止め使ってるんだろう。
 農家の家の娘だから、生半可な日焼け止めではない筈。
 って、周囲の視線が痛すぎる……。
 「あ、着いたよ」
 周囲の視線にげんなりしつつも、美鈴の声に我に返れば何時のまにか図書館が目の前に迫っていた。
「大丈夫?」
「う~ん、まあ、うん」
 なんだかもの凄く疲れている香奈に、美鈴は首を傾げつつ、図書館へと目を向けた。
 赤煉瓦造りの二階建ての外観は、以外に開放感のある造りをしていた。
 入り口から見える壁一面の硝子張りのそこは、太陽の光を反射させ強い照返しを作り出している。
 だが、実はその硝子張りの前は噴水と花畑のあるちょっとした休憩場所となっており、傍においてあるベンチに寝っ転がっている強者の姿も居た。
 絶対に、熱射病で救急車が来ると予測しつつ、香奈は自動ドアへと向かった。
 二重の自動ドアを潜り抜けると、右側に受付がありそこでパソコンを借りる手続きをする。
「はい。一回三十分ね」
「は~い」
「また使いたい時は、受付まで来てね」
 手際よくパソコンの使用許可証を手渡す受付の女性に香奈と美鈴は返事をする。
「それと、お昼ご飯は決められたスペースで食べること。パソコンのある場所からすぐ近くだから。はい、地図ね」
 図書館の決まり事が書かれた紙と一緒に渡される。
「じゃあ、行ってらっしゃい」
「あの、昔の新聞とか事件とか調べられる場所ってありますか?」
 美鈴の質問に、受付の女性が一瞬目を丸くする。
「あるけど……学校での授業か何か? ――って、ごめんなさい。プライバシー侵害ね、これって」
「いえ。ちょっと歴史の勉強で」
「そうなの~。なら、地図のこの部分に」
 快活に笑う受付の女性が丁寧に教えてくれた。
「ありがとうございました」
「ありがとうございます」
 二人で頭を下げ、受付女性の朗らかな声を聞きながらパソコンスペースへと向かった。
 パソコンスペースは一階の奥。
 ガラリと音を立てて引き戸を開ければ、他のスペースよりもひんやりとした空気を感じる。
 大量の機械が置いてあるせいだろう。
 三十台ほどのパソコンがあるが、朝一番にも関わらず、既に幾つかの席は埋まっていた。
 指定された席に座り、パソコンを起動させる。
「へ~、他のスペースからの本の持ち込みも可なのか」
 たぶん、パソコンと一緒に資料集めする場合に限るだろうが。
「パソコンが立ち上がったよ」
 美鈴の言葉に、香奈は画面を覗き込んだ。
「香奈、打つ?」
「いんや、やめておく」
 小学校の時にパソコンの授業はあったが、どうにも苦手でいつも補習をさせられていた。
 時間内に決められたエクセルとワードの課題を作るなんて、小学生には難しすぎる。
 しかし、他の同級生達はみんなすんなり合格していたから余計に腹立たしい。
「で、検索ワードだけど、どうする?」
「う~んと」
 昨日の女性達の話を思い出す。
「確か……三十年前」
「三十年前」
 パチパチと、美鈴がワードを打つ。
「死体バラバラ、未解決、東京」
 香奈の言葉を美鈴は次々と打ち込んでいく。
「で、エンターっと」
 ポンっと、美鈴がマウスでクリックする。
「うわっ! 結構ヒットしたよ」
「結構って……そんだけ未解決が多いって……」
 問題では無いだろうか。
「香奈、呆けてる暇なんてないよ!! あと、二十分しかないんだから」
「はいはい」
 とりあえず、色々とクリックしてみる。
「これも違う、これも違う」
 確か決まった日に犯行を行うのも同じだったと言っていたが……その条件には当てはまらない。
「検索ワード増やしてみる?」
「う~ん……じゃあ、犯行日が決まってるって打って」
 美鈴がパチパチと打ち、エンターを押す。
 が、今度は一気に検索結果が一つもなくなった。
「ワードが不的確だったみたい」
「……仕方ない。もう一度戻そう」
「はいよ~」
 それから、また何度か試してようやく、一つの事件に辿り着いた。
「……え~と……うん、これだ」
 開いたページは、未解決事件を集めたものだった。
 時が経ち、幾つもの新しい事件が起こる中で古い事件が人々の記憶から風化し忘れ去られていく中、それでもこのような悲惨な事件が起きた、絶対に犯人を見つけるのだという有志達の悲痛な思いによって作られたHPだった。
 見れば、警察関係者や被害者遺族の団体などもリンクしている。
 香奈が、書かれている概要を読み上げていく。
「最初の事件発生は、今から三十年前の19××年の6月×日の火曜日。被害者は都心部に住む事務職の女性で、人気の無い河川敷に遺体が放置されていた。殺 害方法は殺してから四肢をバラバラにするという残虐なもの……すぐに捜査は開始されたが、その次の火曜日には第二の事件が」
 そこまで読んで、ポンっと後ろから肩を叩かれた。
「きゃっ!」
 悲鳴を上げて後ろを振り返った香奈は、口元に指を当てる若い男の図書職員に気付き口を手で覆った。
「時間だよ」
「え?」
「パソコン。次の人達が待ってるから。まだ使いたいなら、受付でもう一度許可証を貰ってきてね」
 時計を見れば、既に十分も過ぎていた。
 そして、職員の後ろには次の使用者が申し訳なさそうに立っていた。


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