再会は笑顔と共に−1





8つの州に別れし彩雲国。
その中の州の一つにして、最も立ち遅れているとされていた茶州の歴史上、1,2を
争う大事でもある――州牧達の華麗な着任と、茶一族の大量捕縛の後始末も
終了に近づいたある日。




日に日に賑わいを取り戻してきた茶州州都を一望できる小高き丘の上空から――
それは何の前触れも無しに振ってきた。









ヒュルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルっ!!










「うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」







少女の絶叫が落下音と共に大きくなっていき――間も無く、大音量の衝突音が
辺りに響き渡ったのだった。










プシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ







目も開けられないほどの土ぼこりが辺り一帯に立ち込める。
だが、それも時間が経つに連れて霧散し、辺りの景色がはっきりと見えるようになった頃。
そこに巨大なクレーターはあった。遥か上空から落っこちた為だろう。
そして、その中心部にはそのクレーターを作った原因ともなる少女が倒れていた。






「……………っ」





暫くぼんやりしていたが、何時までもこうしているわけにはいかない。
体のあちこちが痛んだが、少女は目をカッと見開くと、グワシッと近くに
転がる石を掴み体を持ち上げる。


そして、一気に起き上がると服についた土をパンパンと払った。






「イッタタタタタタ………あ〜〜、また失敗かぁ……」





続いて、解けた背中の途中まである髪の毛を二つに分けて三つ編みにし、
足元に転がっていた渦巻き眼鏡を顔にかける。これで、まずは一安心。




「にしても……私もどうして着地が上手くならないのか……」




少女は腕を組み今回の失敗について考える。
ってか、確か1年前もこんな感じで地面に大激突したっけ――。
って、よく死ななかったな自分!!



「はぁ……頑丈なのだけが唯一の自慢か」




唯一の自慢にしては何だか悲しいそれだったが、少女はそれ以上深く考えないようにした。
今は、それよりもやる事がある。



少女は歩き出すと、丘のギリギリの所まで進んだ。
目の前に茶州の都が広がっている。









此処が――今、自分が大好きな秀麗がもう一人の州牧と共に治めるべき大地









「……もうあれから1年もの月日が流れてるんですね……」





後に聖戦とうた謳われし『聖宝争奪大戦』。
一年前に起きたあの悲しい戦いから既に1年。
自分達が居なくなった後、この国は見事に復興を遂げたらしい。
また、一番立ち遅れていた茶州にも新たな風が吹き込んでいる。




「本当に素晴らしいですvv」





本当ならばずっと一緒に居たいと思った。けれど……断腸の思いで別れを選択した。




何時の日か……また会える事を約束して。






でも、別れていた間もずっと心配していた。





この国の事を





無事に復興し、前に進んでいけるかを――




そして……悲しい運命に翻弄された秀麗と周りの人達の事を――





「でも、心配しなくても良かったみたいですね」




少女はそう呟いて笑った。




「さてと、それでは早速行きますか」




自分が此処に来た目的を果たす為に。



そして……あの日の約束を果たす為に。




少女は駆け出していったのだった。
















ドォォォォォォォォォォンっ!!








「うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇんっ!!」





とんでもない衝撃音と共に、悲痛が入り混じる可憐だけど大音量の泣き声が聞こえて来る。



その心地の良い声音に例え泣き声だとて思わず聞き入ってしまう者達を他所に、
その声の持ち主を護衛する筆頭護衛官である青年は、自身の背を覆う長い銀髪を
ゆらしながら長い長い大廊下を駆けていった。





そして、彼が息を切らして辿り着きしは自らが護衛する少女の姉にして、己の許婚の部屋。




普段は一人暮らしな為長年使われて居ない部屋ではあるが、先日のとある一件の後は、
その傷を癒す為の静養の場として再び使用されていた場所。



もし、自分の記憶違いでなければ、此処にはその部屋の主たる自分の許婚が
寝ている筈だが………。




青年は嫌な予感を覚えつつ、目の前にある両開きの扉をゆっくりと押し広げていった。












「ウワァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァンっ!!」










先程よりも大音量の泣き声が室の中央に居る美しい少女から齎される。
その周りでは、少女の他の護衛官達があの手この手で宥めようと手を尽くしているが、
全くといって良いほど無意味だった。呆れを通り越して哀れささえ感じてくる。




また、同時にその光景に何があったのを大体悟った青年は、痛む頭を堪えつつ、
部屋の中央で泣き続けるこの室の本来の持ち主の妹でもあり、自身が護るべき少女に
取り敢えず聞いてみる事にした。





「……また、逃げたのか?」




この少女がこれほど泣くのは、自分の姉の事以外有得ない。
彼女は究極のシスコンなのだから。




と、少女はエグエグと泣くばかりで応えなかった。青年はもう一度聞いた。





「だから、逃げられたのか?」





すると――









「姉様が居ないぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ
ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいっ!!」











んな事見れば解る。
だが、そんな会話のかみ合わなさを、青年は気にしなかった。
そんな事を一々気にしていたらこの少女の護衛なんぞやってられない。





それに――はっきりいって、まだこれは良いほうなのだから。





そもそも、自分が護りし少女の姉に対するシスコンの度合いは、到底普通の度合いで
表せるものではなかった。そしてそれ程に双子の姉を愛しまくっていた。
究極のシスコンと言われるのもそれが原因だろう。
だから今回、例えそれが一時的にでもこの部屋に戻ってきている事は、
少女にとっては本当に神にも土下座で感謝したくなるほどに嬉しい事だった筈。
加えて、毎日ウザイほどにこの部屋に訪れては姉に構っていた。
今回だってそうだろう。唯、何時もとは違うのは――今回はその双子の姉が
とっととさっさと逃げ出してしまっただけ。



愛する姉の失踪――それは今も泣き続けている少女には予想だにしない事だった筈。
はっきり言って、ショックの余り世界すらも滅ぼしかねないほどに。
……って、何時も逃げられているが。


よって、下手したら大暴走した挙句、当たり一帯を火の海にしかねないほどに
気性の激しいこの少女が、この様に唯泣いているだけで済んでいる事こそ
神に感謝しなければならない。




と、またこの程度で済んでいるって事は、それなりに理由もあるのだろうが。






例えば、行き先を告げた置手紙を残しているとか。






って、もしそうでなければ今頃此処は消失している。







「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」








両手で顔を覆っていた少女が終に床に突っ伏して泣きじゃくり始める。


少女を心から敬愛し、溺愛する幼馴染兼護衛官達の顔から更に血の気が引いた。










「ねえさまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」











少女は幼子のようにジタバタと床の上で暴れだした。





ってか、お前。んな事したら清純可憐にして麗しい絶世の美少女の美貌が台無しだぞ。





しかも、何時もはそこに居るだけで圧倒されるほどの威圧感や妖艶な色香と
輝くような魅力、そして麗しさも今現在は驚くほどに消えていた。


そうして、昔から知る――幼く手のかかる少女がそこには居た。


麗しいけれど、何処か幼くて、纏う可愛さと清純可憐さは内面のそれを
そのまま表したかのような――って、今物凄く泣いて暴れているが。





(こいつは……本当に自分の姉の時だけは昔に戻るな)





向けられる羨望、怨嗟、嫉妬、憎悪、悪意などの感情や、その他幾つもの策略や裏表ある
人々、果てしなき権力欲を始めとして幾つ物欲望に駆られる者達や、自分達を利用しようと
する者達、そして自分達を取り巻く汚い世界を相手にしてきて、この少女はすっかり
荒んでしまった。いや、そういうものに対して簡単に対処できるほど図太くずるがしこく
なってしまったのだ。また、敵となるものを容赦なく切り捨て、自分が大切だと思う者達や
自分の為に命をかけてくれる者達以外の存在を驚くほどに一切認めなくなった。




そう――自分達や、自分達の両親達と同じように……。





そこに、幼い時の少女の姿は何処にもなかった。





でも、双子の姉の前だけでは、姉に関しての時にだけは昔に戻る。
他の者達同様に綺麗な姿を見せる。







嫌われたくないから、離れないでほしいから、ずっと傍に居て欲しいから







特に、この少女の思いは強い。





青年は大きく溜息をつくと、そっと少女に近づく。


そして――その手に握られている小さな紙を抜き取った。
が、少女は抵抗しない。それほどに心が悲しみで染まっているのだろう。




カサカサと紙を開いていく。









『黙って出て行ってごめんなさい。でも、約束を果たしに行かなきゃならないの。
行き先は知っての通り彩雲国。用事が済んだら帰ってくるから』







青年は溜息をついた。




他の幼馴染兼護衛達が心配そうに此方を見詰めてくる。





「青輝――」




中の一人が青年の名を呼んだ。




「……解ってる。大丈夫だとは思うが――」




って、この前の時は全然大丈夫じゃなかった。




「……緑翠と銀河を向わせる」



前回の時もこの二人に連れ戻すように命じた。まあ、色々あって結局全てが終るまで
一緒に居る事になったが……。





「あの馬鹿娘の早期帰還を命じる」







「「御意」」






何処からともなく、二人の命令承諾の声が響いたのだった。


















「わぁ〜〜vv」



活気のある声があちこちから響き渡る中、少女は州都の市場内を歩いていた。
両側には幾つ物店が軒を連ねている。また、そのまま地面に布を敷いて売る者も居る。
そして、売る人、買う人が其々の利益をかねて声高々に交渉していた。
とはいえ、少女の様にただ見て回る者達も多く居り、商人達はそういう者達にも品物を
買って貰おうとあの手この手で引き留め様と声をかけ、その場は大賑わいとなる。


先日、茶州を支配していた茶一族からの圧力が一時的にでも無くなった事や殺刃賊の
脅威が消えた事も原因だろう。人々の顔には、皆一様に笑顔が浮かんでいる。


少女は、嬉しさの余りに今にも踊りだしたくなるのを堪えるのに必死だった。




と、ウキウキ気分で歩いていると、一人の商人が声をかけてくる。




「おお、そこのお嬢ちゃん!!この簪いらないか?」



「え?」



商人が差し出してきたのは、赤い石が嵌められた美しい花の簪だった。



「えっと……」



少女は悩む。持ち合わせはそう持ってきては居ない。
が、この簪は本当に綺麗だ。でも……自分には余り似合わ――



「って、秀麗さんにあげればいいかな。じゃ、すいません。それ下さい」



少女の言葉に、商人は嬉しそうに笑った。



「金一両だよ」



「金一両?」



少女はウッと固まった。
ってか、こんだけ地味な服装している相手にそんな高いものを売りつけたのか。
良くて銀一両ぐらいかと思っていたというのに。

とは言え、少女は確かに地味な格好をしていたが、その仕草などは到底貧乏人に
見えなかった。その為、目ざとい商人の目には、この簪を売るに値する相手と
見られてしまったのだ。が、残念ながら少女本人は気付かない。
自分のお財布を両手に、買おうか買わないかを考えるだけである。




そして――




「買うか」



少女は買うことに決定した。


まあ、いいか。いざとなれば換金物をお金に換えてしまえば。




そうして、少女は見事に簪を手に入れたのだった。



「ほれ、これはオマケだよ」



そう言うと、ホクホク顔な商人は中身が沢山詰まった一つの袋を手渡した。



「これは……種?」



中からは幾つ物種が入っていた。



「種っていうか、穀物だよ。うちの簪を買ってくれた人に渡してるんだ。
だから、お嬢ちゃんにも一つな」



「有難うございますvv良かったね、莱」




「え?って、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」






商人が腰を抜かすほど驚きながら震える指をそれに指した。



蒼麗の頭の上に現れたそれを――





「どうしたんですか?」




キョトンとする蒼麗の頭の上で、その物体もまたキョトンとしていた。




それは、鼠又は兎に良く似た動物だった。




ただ、普通の鼠や兎とは違い、小さな小犬ぐらいの大きさなそれは、ふかふかとした
灰色の毛に覆われていた。また、ピンッと二本の大きな耳をたて、大きな尻尾をふっている。
小さな両腕は揃えて白いもこもこの御腹にくっつけて、大きな足でしっかりと蒼麗の頭の上に
立っていた。そして、くりっとした大きくて円らな目をこちらに向けていた。



「そ、それは……」



「チンチラです」



「はい?」



「私の友達なんです。莱、良かったね。あ、因みにメスです」



誰もそこまで聞いてねぇよ!!と内心突っ込みつつ、商人はその動物をまじまじと見た。
と、よくよく見ればそのふかふかの物体はとても可愛らしかった。
長い髭を生やした小さな口元もとても愛らしい。



すると、蒼麗が早速貰った穀物をそのチンチラという動物に上げていた。




って、食べ方までラブリー!!



「美味しい?そっか、良かった。あ、それじゃあここら辺で失礼しますね」




そう言うと、蒼麗はそのまま商人の前から立ち去っていった。













ピョンピョンピョン!!




「ぎゃっ!!莱、お願いだから頭の上で飛び跳ねないで!!」



その大きな足で頭を蹴られるのは本当に痛い。



「って、聞く耳無か……ま、いっか。にしても……遅くなっちゃったね」



少女は既に暗くなった辺りと、空に輝く月を見詰めた。青白く輝く銀色の月。
それは、まるで自分の許婚のようで……



「今頃……怒ってるかな」



傷が癒えた自分は、他の者達に内緒で此処に来てしまった。
きっと心配しているだろう。でも、話し合っている時間すらも惜しかった。
早く、早く自分の無事な姿を見せなければ。ただ、それだけを思っていた。




「はぁ……まあ、来てしまったものは仕方ないよね。後で謝ろう」




前向きにそう考えると、少女は暗い夜道を進んでいく。




その時だった。ガラガラという音と共に、橙色に光る淡い光が背後を照らす。




「え?」




振り返れば、音と光は更に強くなる。



それが、馬車と馬車の軒につけられている明りだと知ったのはそれから間も無くの事だった。



「う、うわっ!!やばい、避けなきゃ」



幾ら明りをつけているとは言え、こう暗くては余り効果はないだろう。
下手をすれば普通に轢かれてしまう。蒼麗は急いで横に避けた。




だが、ほどなくして思いもかけない事が起きる。






その馬車が、やり過ごそうとして横にずれた蒼麗の前に止まったのだ。






何かようでもあるのか?







そう思った次の瞬間だった。




「蒼麗っ!!」






馬車の扉を開け放って勢いよく少女が飛び出してくる。
――道を譲った蒼麗と呼ばれた少女が目を丸くした。





だが、馬車を飛び出したそのままの勢いで少女が自分に抱きつき、その温かさを感じた瞬間。




少女――蒼麗は自分に抱きつく少女を抱きしめ返し、にっこりと笑ってその耳元で
言ったのだった。






ずっと、ずっと――言いたかったその言葉を。






「ただいまです――秀麗さん」







今、ようやく約束は果たされたのであった。







―二次小説ページへ――続く―


                        ―あとがき―

え〜、今回のお話はパラレル長編「遥かなる〜」から1年の歳月を経て蒼麗と秀麗達が
再会するお話です。って言う事は、蒼麗がパラレル長編の最終話で離れ離れになると
思われた貴方。その通りです。え〜〜、何かネタバレみたいなのが入り混じるかも
しれませんが、なにぶんパラレル長編の先はまだまだ長い為、平行して此方を書かせて
頂きました。たぶん、8話で完結すると思いますが……ちょっと必ず完結とは言い切れません。
末永くお付き合いしていただければと思います。

また、今回初めてあとがきなるものを書いて見ましたので、乱文乱雑が目立つと
思いますが、そこの部分はどうかご容赦を(苦笑)


最後に、此処まで読んで下さった皆様、心よりお礼を申し上げます。