姉妹愛もほどほどに−7(笑)






「ふははははは、これで我が主の地位も安泰だ」






高笑いするアホな刺客。





彼は、自分が元居た世界から来た門へと向っていた。




門――それは別の世界同士を繋ぐものであり、道具でもあった。
本来、別の世界への移動は、空間を繋げて穴を開けると言う作業だけでとてつもない力を必要とする。
が、それほどまでの能力レベルの術者はそうそう居ない。
よって、そう言った別世界への移動の際には、術と同時に他の力ある道具を利用するのが通常だった。
はっきりいって、その方が術者の負担は明らかに減るし。




そうして、この刺客もその様にしてやって来て、また帰ろうとする一人だった。





が、そんな事情を知り尽くす、後方から追いかける蒼麗は決してそれを許さない。





何が何でもその手前で止めきるつもりだ。




いや、もし移動されたら速攻で追いかける。青輝達を使ってでも。





はっきり言って、自分で空間を繋げて空間移動する事なんぞ余裕で可能なレベルに達する術者である青輝達。
加えて、門での移動よりも自分で空間を繋げての移動の方が早い事からしても、余裕で先回りが可能である。



とは言え、あの青輝達がそこまで協力してくれるかは謎である為、出来るならば門の手前で捕まえる事が最重要である。







「待て待て待て待て待て待たんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」




何時の間にか装着した靴型の道具――韋駄天の力を最高にまで引き出し、蒼麗は刺客を追いかける。何が何でも香鈴を取り返すっ!!




「むっ?!この私の美脚に追いつくとはやるな、貴様!!」



「馬鹿っ!!美脚じゃなくて健脚でしょうがっ!!」



「いや、俊足だろ」



背後から呆れた様な声が降りかかる。その聞き覚えのある声に、蒼麗は走りながら首だけを後に回す。




するとそこには、目の釣りあがった影月が居た。




「……太陽君」



「誰が太陽だっ!!」



そう叫ぶ目の釣りあがった影月こと陽月。蒼麗は影月やら陽月やらどちらも月がついて呼びにくいと、
再会してほどなくして陽月の方を太陽と呼び始めた。そしてその度に陽月が訂正する。
そんな光景は既に日常となっていた――あの日まで。





「お久し振りです、太陽さん」





お久し振り。そう思えるほど前に、彼は影月の中で眠った。



あの、『邪仙教』の一件で命を大幅に削られ、消滅の一途を辿っていく影月の、その魂の最後の欠片を掴み引き戻し、守った。
蒼麗もその際には多大な助力をしたが、影月が消えずにすんだ最大の原因は、陽月の努力の御陰であろう。
そして――影月の寿命が尽きるそのときまで、陽月は影月の負担にならない様に深い深い眠りに就いた。
強い魂魄の陽月と、既に魂の大半を失った影月では、陽月が起きているだけで影月の魂は削られていく。
それを防ぐ為に――あの陽月は、自ら眠りに就いた。





長くて50年。






陽月にとっては、瞬きするぐらいの長さでしかないその時。




けれど、影月にとっては長く、幸せになる幾つもの可能性と道を選び取る事の出来る大切な時間。




その時間を与えるべく、陽月は眠りに就いた。





それが、陽月からの影月に対する最後の贈り物。




なのに……




「何で起きてるんですか、太陽さん」




これでは影月の命が削られる。蒼麗はスチャリと彼を永眠――ではなく、深く深く眠らせるべく、
ピコピコハンマーデラックスを取り出した。




「だから、俺は陽月だっ!!って、馬鹿、止めろ!!マジで永眠するっ!!」



「影月さんの幸せの為です」



「って、そうだ!!影月だ!!あの馬鹿影月に叩き起こされたんだよっ!!」



「はい?」




キョトンとする蒼麗に、陽月は殴られてはかなわないと急いで説明をした。




それによると、どうやら蒼麗がアホ刺客を追って出た後、影月が自分の中に眠る陽月を
叩き起こした挙句、力を貸せと言ったらしい。と言っても、本来なら陽月は嫌だと拒否る所なのだが、
その時の影月の尋常じゃない悪鬼たる形相、地獄の底から這いずるような声、そしてその場に居た青輝達以外全員を
ビビらすほどの禍々しい邪悪なオーラに、陽月はコクコクと只管首を縦に振りまくったと言う。




「そうして、今俺はあの馬鹿刺客を追いかけていると言う事だ」




「……そうですか」



蒼麗は影月がそうなった原因が直に解った。



香鈴。『邪仙教』に囚われた影月を救うべくたった一人で彼女は走り続けた。
その途中、不幸にも囚われたりもしたが、それでも終に影月を見つけると、彼女は思いの丈をぶちまけた。
どんなに影月が彼女を追い返そうとも、決して譲らなかった。



陽月ではなく、影月自身を必要だと叫び、愛した人





そして、陽月に新たな生を貰った影月が共に生きていく事を願った相手





そんな大切な相手が、あのアホ刺客に間違って連れ浚われた挙句、その主の花嫁にされかけている。






どんなに大目に見たって許せる事ではないだろう。





それは、自分の寿命が削られる事が解っていても尚、陽月を叩き起こして
跡を追わせている時点で明白である。





「でも、そうなると余り余裕はありませんね」




門に辿りつくまでに捕まえれば良いと思っていたが、こうなると今すぐにでも決着をつけなければ
影月がやばくなる。今こうしている間にも、陽月の出現によって影月の命は削られ続けているのだ。






「スピードアップします。捕まってくださいね」



「は?えっ、てうわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」




韋駄天の力を最大解放し、蒼麗は陽月を後から抱きしめてそのまま突っ走る。



既にその速さは、常人の目には止まらなくなっている。




とは言え、彼らとすれ違う際に発生する突風はそのままであり、それに何かを感じ取った者達だけが
時折驚いた様に振り返っていく。





「まぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ」




物凄い形相でスピードアップした蒼麗に、前を走る刺客は何時しか冷や汗を流し始める。




それは、恐怖のせい。




それほどに、蒼麗は怖かった。もしかしたら、陽月を脅した際の影月と張れるかも知れない。
が、その腕に抱かれている陽月の方が密着している分、その恐怖は倍増だった。




「逃がしてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」




「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」




どっちが悪党だか解らなくなって来た。




「香鈴さんを返せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」




「そうです、返してくださいっ!!」



「へ?あれ?影月さん?」



刺客との距離凡そ2メートルまで差し迫った為だろうか?



陽月が強制睡眠させられ、代わりに影月が出て来る。




「香鈴さんは渡しませんっ!!」




力強く宣言する影月。



蒼麗は思った。この姿を香鈴さんに見せてあげたかった――と。



が、残念な事にMyデジタルカメラは現在修理中。




蒼麗は涙を呑んで悔しがる。と、その間に影月は蒼麗の腕から抜け出て刺客に飛び移る。




「ぎょわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」




「香鈴さんを、香鈴は僕の妻になるんですっ!!返して下さいっ!!」








お―――――と、一世一代の大告白パート2ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!








蒼麗は心の中で香鈴の即時起床を求めた――無理だったけどね。





アホ刺客は、まるでハンドル操作を誤った車の如く回転しながら道横の大木へとぶつかっていく。
勿論、その前に影月は香鈴を抱いて速攻避難を成功させていた。







―戻る――拍手小話ページへ――続く―