姉妹愛もほどほどに−5(笑)







ガルルルルルルルルルルル







威嚇する声が聞こえて来る。
一見すれば犬などが嫌いな何かを嫌悪しているようにも聞こえる。







が、実はこれは蒼麗のもの。






秀麗の膝に乗せられ、後ろから羽交い絞めにされながらも、目の前で
優雅に足を組んで椅子に座る己の許婚――青輝を威嚇する。








反対に、青輝は本当に優美な手つきで出されたお茶に口をつけ、蒼麗と蒼花を除く周囲に感嘆の溜息を漏らさせる。







蒼花同様、何気ない動作のその一つ一つが非常に優雅で気品に満ち溢れている青輝の仕草は、
見る者全ての注意を惹き付ける威力を持っていた。



というか、そもそもけぶるような長い睫に覆われた青銀の瞳が瞬きするだけで、例えようの無い色香と魅力が
零れ落ちている様でもあり、目を離せないのだ。



よって、お茶を飲むというそれに比べて大きな動作が齎すそれらは、比べ物にならないだろう。







なのに、そんな麗人に対してギリギリと歯軋りまでして威嚇する蒼麗は本当に凄かった。







因みに、そんな麗人が連れ戻す対象たる蒼花は全く我関せず。
愛する姉にだけちょっかいをかけていたりする。






「さて」



玲瓏なる美声が、その紅唇から齎される。自然と、秀麗達の背筋が伸びた。
続いて、理知的な光が宿った青銀の瞳が向けられれば、ほんのりと頬が赤く染まっていく。
あの、紅 黎深と 藍 龍蓮でさえも。




しかし、当の本人――青輝は自分の美貌と魅力が他人に与える影響など微塵も気にせず、先を続けた。




「蒼花、帰」



「いや」




魅惑に富んだ青輝の言葉を遮るように、鈴を転がすような声がきっぱりと拒絶の意を表した。







ビシッ――と言う、青輝の堪忍袋の緒に亀裂の入った音が聞こえたのは………果たして私だけであろうか?(BY蒼麗)







威嚇していた蒼麗が何時しか秀麗にしがみ付く。





なんかとってもこのままではやばい気がする。





が、そんな蒼麗の心配とは裏腹に、青輝と蒼花の間に籠る空気はどんどん冷えていった。






「いや?――お前、自分が何様だか解っているのか?」



「勿論、蒼花様よ。容姿端麗、文武両道、才色兼備、あらゆる才に富み、人を統べる能力にも長けた、美しくて可愛らしくて清楚可憐な上、
清純且つ儚げなさを全面に押し出しつつも溢れんばかりの色香を持った、スタイル抜群、家柄、身分、地位、財力、その他モロモロ
オールオーケー過ぎる蒼花様





何気に性格を考慮しなかった蒼花に、内心青輝と蒼麗は拍手を送った。
加えて……蒼花が流暢に言い切ったそれらの事柄になんら嘘は無かった。
その性格さえ知らなかった事にすれば、蒼花は正に完璧だった。




が、同じく性格さえ考慮しなければ完璧な青輝が「はい、そうですか」と頷くかと言うと、そうは行かなかった。




何故なら、どんなにそれらが真実だろうと、譲れるものと譲れないものがあるからだ。
加えて、青輝は蒼花の筆頭護衛官にして赤ん坊の頃からの付き合いである幼馴染にして兄代わりの一人。
蒼花よりも長生きしている分、彼女よりも世知に長けている青輝は、にっこりと微笑むと、再び口を開いた。





その際、青輝の妖艶なる笑みに秀麗達が昇天しかけたのは言うまでも無い。





「なら、その聡明さで解るよな?お前が護衛もつけずに勝手に出歩く事の危うさが」




とは言え、蒼花は強い。その潜在能力も、既に開花している分も、能力、技術、戦闘知識、戦闘経験モロモロは青輝達年長組みの
幼馴染達にこそ敵わない物の、その他では向うところ敵なしであった。
因みに、両親達とは比べない。はっきり言って、あの両親達の強さも知識も化け物並であり、到底叶う事はないからだ。
そもそも、年の功からして違いすぎるのだ。




また、そんな自分の戦闘に関するそれらを知っている蒼花は青輝の言葉にプイっと可愛らしく顔を背ける。





が、青輝の次の言葉でそれらは崩れた。






「あの人達が心配してるぞ」





それは、蒼花だけではなく、蒼麗すらもハッとさせた。



青輝が言うあの人達。それは――蒼麗と蒼花の家族。父、母、弟の事だ。


特に、父と母は自分達の力が及ばずに蒼花を常に危険な状況に置いてしまっている上、蒼麗を一人遠方の地に
送らなければならなかった事に他の者達以上に心を痛め、常に自分達を責めている。




勿論、表面上、また公式の場ではそんな姿は微塵も見せない。
常に優雅にして優美、且つ威風堂々とした様子で圧倒的な威圧感とカリスマ性、そしてその能力と美貌でもって万人を魅了している。






けれど、その心の奥底では……










「蒼花……」




秀麗の腕から抜け出た蒼麗が蒼花に駆け寄る。





「ねぇ、青輝ちゃんと帰ろう?お父さんとお母さん、蒼獅を心配させるのは嫌でしょう?それに、きっと他の皆も心配してる」





幼馴染の皆やその家族達も。





誰からも愛される蒼花は、皆の大切な宝物。愛しくて堪らない手中の宝珠。





けれど、あの人と――皇龍と婚約しその未来の花嫁となる運命が決まった時、蒼花は同時にその命を狙われる運命となった。
また、蒼花が持つ家柄や地位、身分、財力を狙って蒼花を自分や自分に関係する者の花嫁にしようと狙ってくる者達も後を絶たない。
といっても、後者の方は、蒼花だけではなく、その他幼馴染女性陣も似たような状況に常に置かれているし、
男性人も逆パターンの状況に置かれている為、それらはそれほど深刻でもない。
が、前者――命を狙われる羽目となったのは絶対に許せなかった。



時には雨あられの如く息つく暇もない頻度で暗殺者を含めた刺客を送られてくる事もあれば、頻度は少ないが、
一度に大量の刺客を送り込まれる事もあった。



そうして、常に刺客の来襲を意識して過す羽目となった蒼花。



また、刺客達は唯襲ってくるだけではなく、飲食物に毒物を入れて来ることもあった。



近年では、殆どの毒は既に利かなくなった蒼花だが、何時新しい毒物を開発して混入してくるか解らない。



そんな、常に命を狙われる蒼花。





皆は、それを痛いほど知っている。
だって、ずっと協力して幼い頃から蒼花を守り続けてきたのだから。

強力な絆と深く強い信頼関係で結ばれた12の幼馴染一家達。
きっと、自分の父と母、弟だけでは守れなかった筈。彼らが居てくれたからこそ、此処までこれたのだ。

また、蒼花を守ってくれているのはその人達だけではない。
他にも多くの者達がいる。心からの忠誠と尊敬を自分の命と共に捧げて来てくれている者達、
また12の幼馴染一家達を除いて、それらと同じぐらい交流が深い関係である数家族の者達など。









そして、その人達は青輝の言うように、きっと物凄く心配しているだろう。








特に、蒼花に付き従いその身を守る護衛官達は心配の余り倒れているかもしれない。






「蒼花」



蒼麗が蒼花の白魚の様な手を握り、その視線を合わせる。



其々に美しい光を宿す二人の視線が交わっていく。





「……私は」





明らかに戸惑いを含んだ声が、蒼花の薔薇の様な唇から発せられていく。




「……私は」






その時だった。





―戻る――拍手小話ページへ――続く―