「……げぇっ!また飲み干しやがったぜあの女!」


「それだけじゃないぜ!あっちの女の子も……ってか、なんなんだあのペースの速さはっ!」




話を聞いて集まってきた工部官達は、当初は面白半分、嘲笑半分に物見高く見守っていたが、
秀麗、そして蒼麗がどんどん大盃を干していくにつれて蒼くなっていった。特に、蒼麗に関しては、
誰一人として最初の一杯も飲み干せないだろうと思っていた分、その衝撃は大きかった。




一定のペースを崩さずに盃を干していく秀麗と管尚書の隣で、蒼麗は大盃を一気に飲み干していく。
その飲みっぷりは、まるで水でも飲んでいるようだった。その光景には、流石に管尚書と注ぎ役である
欧陽侍郎も目を丸くする。




「てめぇ……中々やるな」


「本当に……まさか此処まで飲めるとは」



秀麗が此処まで飲み付いて来る事にも驚いたが、まさか蒼麗までもがそうだとは……。



「私も不思議です。こんなに飲めるなんて……今まではお酒を一杯飲めれば良い方でしたし」



一気に飲み干した盃を置き、蒼麗はニパッと笑った。



「は?つぅと何だ?お前、酒が弱いのか?」


「ええ。両親や周りの人達は強いんですけどね。私の双子の妹なんて、大樽の酒を千樽は
軽く飲み干すらしいですから」



それ、もう人間じゃねぇよ、とその場にいた全員が心の中で突っ込んだ。


「でも、これは良いです。こんなに飲みやすいお酒なら、私でも飲めますから」






「「「「「「「「「は??」」」」」」」」」」






今までで出来た酒は全て、国でも名品と呼ばれる銘酒ばかりで、それなりに度数も高い。
というのに、この少女は今なんと言った?飲みやすい?



「お前、そりゃあ聞き捨てならないな」


「うん、おいしいvv果汁のジュースみたい」


「え?じゅ、ジュース?!」



秀麗は思わず自分の盃を取り落としそうになった。
だが、蒼麗は気にせずに新たに並々と注がれた盃を干している。それは、本当に美味しそうに。



「ぷはっ!さあ、欧陽侍郎様、次お願いします」


「え、あ、は」




「駄目ですよ、蒼麗様。子供にお酒は悪いです」




欧陽侍郎が新たに酒を注ごうとしたその瞬間、玲瓏なる美声が部屋に響き渡った。
今まで聞いた事もない美声に、その場にいた工部官達がキョロキョロと辺りを見回す。
中には、鼻血を出している者さえ居た。が、秀麗と蒼麗だけは大量の冷や汗を流した。
その声の前に、酔いも半ば打っ飛んだ。開け放たれた窓から、ふわりと風が吹き込んだかと
思った次の瞬間、その美声の持ち主は蒼麗の背後に立っていた。青みがかった銀の髪が頭を
揺らす度に、神秘的な煌きは眩しさを増し、服の下に隠された鍛え上げられた体は匂い立つ様な
色香を放つ。優しげながらも何処と無く冷たさを感じさせる秀麗な美貌に浮かぶ艶やかな笑みに、
その場にいた工部管達は面白いようにバタバタと倒れていった。
蒼麗の護衛の一人――銀河の美貌はやはり凄まじかった。



「銀ちゃん……」



少し赤みを帯びた顔が、完全なる蒼白へと変わった。
――が、次に聞こえてきた声には、血の気は完全に引いた。



「蒼麗様、探しましたvv」



追い討ちをかける様に響いてきた爽やかな美声。途端、倒れていた者達の鼻から大量の鼻血が吹き出る。
あわわわと振り向けば、鮮やかな緑髪を靡かせながら、緑翠が窓に足をかけて入ってきた。
その均等の取れた体から放たれる色香、そして銀河に劣らない類まれな輝く様な美貌と笑みに、何とか
生き残っていた残りの工部管達も倒れていく。ああ、被害が増大する……。
しかし、そんな蒼麗と秀麗の絶望も他所に、銀河、そして緑翠の外見だけは艶美な美貌の前に、純真で
素朴な心を持った純情な工部管達の心がかき乱されていく。蒼麗は心の中で涙した。そして、謝罪する。
室内には、思い切り意識の吹っ飛んだ工部管達の屍が累々と広がっていた。




「………………」




「………………」




「………………」




「………………」






「……とりあえず、だな」




ようやく口を開いた管尚書。蒼麗と同じく1年半ぶりに出会う二人は全く中身が変わっていなかった。



「はい」


「そこの二人の優男を外「優男っていっちゃ駄目です!!」



管尚書の言葉を遮る様に叫んだ蒼麗は、そのまま管尚書を押し倒す。
と、ほぼ同時に、先ほどまで管尚書の首があった部分を銀のそれが通過する。
ビュンッという突風が、傍に居た秀麗達を大きく煽り、周りの壁に幾つもの傷跡が現れる。
秀麗と欧陽侍郎は恐る恐る振り返り……………銀河の手にしっかりと握られている抜き身の刀を見た。
先ほどまでは、腰の鞘に嵌っていた筈のそれに、二人は背筋をゾッとさせた。加えて、銀河の、
笑ってはいるけれど目は笑っていない、絶対零度の氷の笑みに、もう死にたくなった。
あの笑みを向けられたが最後、自分達は血液一滴すら凍り付いて凍死するだろう。



「管尚書、1年半前も行った筈です!!優男は駄目です!銀ちゃんは優男って言われるのが
死ぬほど嫌いなんです!」



蒼麗は必死に訴えた。渦巻き眼鏡で目元が良く見え無い筈なのに、管尚書はその時ばかりは蒼麗の
血走った目がはっきりと確認できた。



「………ああ…そういえばそうだったな。なら、そこの二人居る軽そうな男「それもだめぇぇぇぇぇぇっ!」



管尚書にしがみ付き、倒れた姿勢のまま、横に転がる。
次の瞬間、先ほどまで管尚書の顔があった部分に、細い刀身が根元まで突き刺さった。



「あぁ!!蒼麗様、避けるのならばお一人でお願いします。その酒樽はどうぞ置いていって下さい。
廃品回収に出しますんで」


「酒樽?!何言ってるの!!管尚書の何処がビール腹なの!!見て、この無駄な贅肉の
無い御腹を!!!!!」


ガバッと起き上がり、蒼麗が管尚書の服を剥ぎにかかる。


「馬鹿、お前何しやがるんだっ!!」


「真実の追究の為にも是非とも犠牲になって下さい!!」



次々と服をはいでいく蒼麗に管尚書は必死に抵抗するものの、その手際の良さの前には太刀打ちできない。
その玄人並な手つきに、秀麗は真剣な目つきとなった。



「あの手の動きと速さ、無駄の無さ……出来るわ」


「紅州牧っ?!」


「あれは、何人もの男性の着衣を剥いで来た者の手つきですっ!」


「何でそんな事が解る……って、蒼麗さん止めて下さい!唯でさえ鶏頭の凡愚が、このままでは
鶏頭の露出狂凡愚に格下げになってしまいます!!」



とは叫ぶものの、決して近づいて助けようとしない欧陽侍郎。
そんな副官に、管尚書はてめぇも餌食になれと喚く。



「いえいえ、私は此処で見学させて頂き、いえ、倒れた工部官達の介抱がありますので」


スタスタと去ろうとする欧陽侍郎。しかし、足元に転がってきたそれに思わず前に転がっていった。


「欧陽侍郎?!」


「へ〜〜、酒瓶を投げつけて転ばせるなんて中々やるな、管尚書」


「てめぇだけ無事なんて俺の矜持が許さねぇんだよ!!」


「何しやがるんです、この鶏頭!私を巻き込まないで下さいっ!!」


「蒼麗ちゃん、落ち着いて!」


「だって、緑ちゃんと銀ちゃんがっ」


「緑翠さん、銀河さん、お願いですから穏便な方法で蒼麗ちゃんを止めてください。
でなければ、蒼麗ちゃん。管尚書の身を思って駆け落ちしてしまいますよ!」



…………………………此処で、本来ならば、何故?と言うか、どんな繋がりが?と突っ込むべきだろう。
だが、今この場にはまともな判断を下せるものはいなかった。その発言をした秀麗はもとより、
切れた欧陽侍郎しかり、全裸の危機に立たされた管尚書しかり、その危機に陥れている蒼麗しかり。
更には、聡明で打てば響くような機知と名高い緑翠と銀河も、自分達の主の許婚である少女の
駆け落ち発言(←蒼麗は一言も言っていない)に、その理性を軽く吹っ飛ばした。
所謂、兄一家の事に関しては理性を吹っ飛ばす某尚書の様に。
例えどんなに聡明でも、心からの忠誠と敬愛を捧げる主に対して最高の主馬鹿となっている者達には、
主関係の事に関しては理性も何もなくなってしまうのである。そこには、何の策もない。



「蒼麗様、本当ですかっ?!」



銀河がその麗しの美貌を驚愕に歪ませながら、蒼麗に取りすがる。



「蒼麗様、いけません!そんな中年親父っ!」


「中年っ?!ナイスミドルって言って!」



何がナイスミドルだと、やはり突っ込む者は居ない。



「それに、二人とも管尚書を馬鹿にしないで!!管尚書、凄くかっこいいです!渋くて、髭があって、
大人の男性の包容力があって!ってか、男は30代からが外も中も下半身も真の男性だって先生も
言ってました!!」





「「あのアマぁぁぁっ!子供に何つう事教えやがるんだァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」







緑翠と銀河の叫びに、欧陽侍郎、管尚書も深く頷いた。唯一人、秀麗だけは疑問符を幾つも浮かべる。
真の男性?30代?下半身?



「欧陽侍郎。蒼麗ちゃんが今言った」


「私は何も知りません、解りません、記憶にございません」



今度こそスタスタと逃げていく欧陽侍郎だった。



「……え、すると……私が止めなきゃならないのかしら……」



茶州改革の為の話を聞いてもらおうと思って来た筈なのに……。
何時しか、大乱闘に変わる目の前に惨状に、秀麗はぽつりとそんな事を呟いた。
だが、こういうのも悪くは無い。肩に入りすぎていた力はいつの間にか抜けていた。



「ふふふ……もしかしたら、蒼麗ちゃん。この為に来てくれたのかしら」




自由気ままに旅する龍蓮が、自分を慰める為に、自分の話を聞いてくれる為だけに、
あの日、自分の下に来てくれた様に――




―戻る――二次小説ページへ――続く―