飲み比べが始まってからかなりの時間が経過した頃。
飲み比べの主役たる管尚書と秀麗が、ようやく蘇った工部管達の野次と応援と驚きを受けながら
大盃を飲み干していく。そしてそんな熱く燃え滾る場所から少し離れた場所で、飲み比べから外された
蒼麗はジタバタと暴れていた。







                            「私も参加させて下さい」







                        「「「「「「「「「「「「「駄目!!」」」」」」」」」」」」









工部管達どころか、酒を飲み干していた管尚書と秀麗も一緒になり拒否する。
此処で賛成でもしようものならば、蒼麗を背後から捕らえている銀河と緑翠の剣の錆になりかねない。
特に、服をはがれた経験を持つ管尚書の目はマジだった。



「いいから、お前はそこで黙ってろ!!」


「だって、まだ謝ってもらってません!!」


飲み比べで勝てば謝ると約束してくれたのだ。勝たない限り、後頭部に酒瓶強打事件の謝罪は一生ない。
しかし、管尚書は……



「後で謝ってやる。額を地べたにこすり付けて謝ってやる。だから、ジッとしてろ!!」



いとも簡単に土下座宣言を下した。工部管達は哀れみの眼差しを向けた。
けれど、此処で反論する者は居ない。反論したが最後、今度こそ自分達の命は無い。




「………………………けぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ」




ロープでぐるぐる。蓑虫状態となっている蒼麗は、ふんっと拗ねてその場に転がった。



「けちじゃねぇよ!!子供が酒飲むな」



誰が一番先に酒を飲ませたんだよ、とその場に居た全員が心の中で突っ込んだのは言うまでも無い。




「飲みたい飲みたい飲みたい飲みたい飲みたい飲みたい飲みたい飲みたい飲みたい飲みたい」




「蒼麗様、どうか耐えて下さい。子供に飲酒は毒です」


「蒼花は飲んでる」


「あの方は別です」


「ふっ……そうよね。蒼花の方がスタイルよくて胸も大きくて腰もくびれてて凡そ同年代と思えない程に
豊満な体つきで、頭も良くて武術の腕前も凄くて多才で人を統べる能力に長けていて、誰もが見惚れる
魅力と、色香も妖艶さも全てに置いて勝ってるよね」


「蒼麗様。例え、蒼麗様がスタイルが良くて豊満な体つきをしていて文武両道、政治能力や財政能力に
長けていて、色香も妖艶も素晴らしくても、アルコール分解能力が弱い時点で飲ませません」


と言うか、アルコール分解能力はスタイルに比例しません、とはっきりと言い切る緑翠に蒼麗は更に拗ねた。
そして、蓑虫状態で転がっていく。尚書室のくせに大量に酒がある区間に。



「蒼麗ちゃんっ?!」



飲み比べも佳境に入り、大盃飲みから幾つかの小盃の飲み比べに変わって酔った頭で味比べを
していた秀麗は、蒼麗の行動に思わず酒を吹きかけた。



「お酒、お酒、お酒、お酒、お酒」



今度は青虫のように進んでいく蒼麗。緑翠と銀河が慌てて追いかけるが、抱き上げようとすると、威嚇する。
が、全然怖くなく寧ろ逆に可愛かった。



「私はもう大人です!!だからお酒を飲みます!!」


「駄目です!!お酒が飲みたいなら20歳まで待って下さい!!そしたらたらふく飲ませてあげますっ」


「いや!!此処のお酒がいい!!ってか、青輝ちゃん達は20歳になってないのに飲んでるっ!!」


「あの方達は別ですっ!!」


「差別だぁ!!」



全くだ、と秀麗達は思った。と言うか、早くしないと蒼麗が爆発するとも。
しかし、今、唯一宥めにかかれる秀麗は大切な勝負のまっさかり。よって、秀麗は更に一刻も早く勝負を
制する気持ちに火をつけた。そうして秀麗が味比べに全て正解すると、管尚書も一刻も早く勝負を
つける為、欧陽侍郎に命じて国一番の高濃度酒である茅炎白酒を出させてきた。
酒飲みならば、一度は好奇心で試すものの、二度目はない代物。それが大盃に注ぎ込まれる中、
管尚書はこれを飲めれば秀麗に負けを認めてやると宣言した。当然ながら、その酒がどんなものなのか
知らない秀麗は、管尚書がこれを飲めば自分を認めてくれると言う言葉だけに注目し、口をつける。
が、その喉を焼き意識を朦朧とさせる強い茅炎白酒の前には、流石の秀麗も意識を飛ばしかけた。
もう、その強い意志だけで何とか飲み干している様だ。



「あの酒の匂い……茅炎白酒か」


「知っているんですか?緑翠」


「白大将軍が確か持ってたのをかっぱらって飲んだ事がある。あれは、結構良い酒だったな。
けど、確かあの酒は……」



そうこうする間に、秀麗が大盃を飲み干す。そして、勝利宣言とばかりに飲みきった事を伝えた。
そして――意識を失った。管尚書が抱きとめ、床に衝突する事は避けられたものの、
すっかり寝入ってしまっている。



「はぁ〜〜……あの薔薇の君の娘御でもあそこが限界でしたか」


「仕方ないさ。あれは人間には高濃度過ぎる。下戸が飲めば一発で昇天だ……って、蒼麗様は?」



ふと気がつけば、目の前に居た蒼麗が居ない。キョロキョロと辺りを見回し…………二人は絶句した。








ゴクゴクゴクゴクゴク








茅炎白酒が入った酒瓶。それを両手で持ち大きく傾けて直接口をつけて飲んでいく蒼麗。
と言うか、体にぐるぐる巻きになっていた縄はどうした?さっきまで蓑虫だっただろう、あんた。
その傍では、先程までその酒瓶を持っていた欧陽侍郎と秀麗を支えている管尚書が絶句していた。






「「蒼麗様、お止めくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいっ!!」」






二人は持ち前の美声を絶叫させて制止にかかった。が、その数秒前に蒼麗は中身をすっからかんに
飲み干してしまった。酒瓶をゆっくりと下ろし、床に置くと取り出したハンカチで口元を拭く。



「ふぅ〜〜……取り上げられる前に飲みきれてよかった」



そして、スタスタと管尚書の前に行き、私も飲み干したから惨敗宣言出してくれと要求しだす。
銀河と緑翠はくず折れた。工部管達はどういって言いか解らなかった。唯、その悲しみと憂いに満ちた顔は
また何ともいえない色香と魅力を放ち、くず折れる姿は正に清純の花のようだった。再び、工部管達の中に
鼻血を出すものが現れるが、襲いかかれるものは居ない。人間、誰だって自分の身が大切なのだ。
唯、遠巻きにその麗しい姿を眺めるだけ。そして、その姿を脳に焼き付けておくだけ。
だが、それも程なくして管尚書の追い出しによって出来なくなってしまった。




部屋に残ったのは、管尚書、欧陽侍郎、眠ってしまった秀麗、蒼麗、緑翠、銀河の6人だけとなる。



「管尚書」


「なんだ」



蒼麗の呼びかけに、管尚書は疲れたように応えた。



「謝らなくてもいいです。もう面倒なんで。但し、これに署名してくだされば」


「ああ。何でも良いからとっとと俺に心の平穏を戻してくれ」



そう言って、管尚書は近くに転がっていた筆をとって、蒼麗の取り出した紙をよく見もせずに
自分の名前を書き込んでいく。しかし、その途中。見えた紙に書かれている文字に、手が止まった。







『下僕誓約書。私はこれより貴方が呼べば直に馳せんじ、望めば直にかなえる都合の
良い人=下僕となります。つぅか、下僕にさせて下さい。貴方の為ならば職権乱用も辞しません。
禁酒もします。どうか宜しくお願いします。契約実行人 管 飛翔』











                        下僕誓約書??????











「はい、名前書きましたねvv」



管尚書の意識が戻る前に名前が書かれた紙を取り上げて懐にしまう。それは見事な早業だった。



「それでは、さようなら」



「ちょっ、待て!!」


スタコラと逃げ去っていく蒼麗を追いかけようとするが、茅炎白酒のお陰で完全に酔いが回って
足腰が立たない。よって、管尚書に出来たのは、叫ぶだけだった。



「お前、バッカだなぁ〜〜。契約書ぐらいきちんと読めよ」


「あれは如何見ても詐欺だろ」


「詐欺ではありません。読む暇はきちんとありましたし、断る事もできました。それでは、私達もこれで
失礼致しますね。ああ、紅州牧は中々素晴らしい戦いをしました。きっと良い官吏となるでしょう。
女性官吏を最後まで反対した貴方達も、それは十分に解ったはずです。ふふふ、管 飛翔。貴方と
同じ志望理由で良かったですね。――では」



緑翠と銀河が軽やかな動きで尚書室を出て行く。



「あいつら……好き勝手言いやがって……昔と全然変わってないな」


「でも、相変わらず非常に聡明で優秀な方達ですよ。敵に回したら、厄介なぐらい」


欧陽侍郎の言葉に、管尚書は大きな溜息を吐く。それは余りにも骨身にしみていた。
1年半前のあの件で――。もし彼らも敵に回っていれば……この国は今存在しない。


「全く……ん?」


管尚書は気づいた。先ほどまで飲み比べで使われていた大盃が載っていた机。そこに、見た事も無い
酒瓶が乗っていた。美しい装飾が成された白磁の酒瓶。その下には、一枚の紙が置いてあった。
手に取り、書かれている文字を見る。







『付き合ってくれたお礼と1年半ぶりの再会の祝いです。結構美味しいと思うので飲んで下さい。
後、今度は外に向けて酒瓶を投げないで下さい。蒼麗』







「なんて書かれていたんですか」



誰が置いたのか、なんて書かれているのか。管尚書の表情に読まずとも大体理解した欧陽侍郎の言葉に、
管尚書はカカカと笑った。



「さてな」






因みに、後日その酒を口にした管尚書が酒の余りの上手さに、仕事を放り出してそこら辺を放浪していた
蒼麗を見つけ出した挙句に酒の追加注文した事は、後々工部官吏達の間でも有名な話となる。






―戻る――二次小説ページへ――続く―