怪物来たりて笛を吹く。



しかし、今回の場合は怪物軒に乗って宇宙と交信する――だった。








軒を使っても邵可邸からかなりの時間が掛かる全商連に付いた時、秀麗達は既に精根尽き
かけていた。いや、実際に疲れていたのは秀麗と柴凛の二人だけだった。それは、2人が
唯一このメンバーの中で常識人であった事が原因だった。そのお陰で、何時もは沢山の人々
で賑わう往来を沈めさせ、周囲の者達に「ははぁ!!」と土下座せんばかりに道を譲らせ、
何の障害物もなく軒を目的地に辿り着けさせてしまったと言う事実に(しかもその原因は
龍蓮の大宇宙との交信のせい)、他のメンバー達の分まで非常に心を痛める羽目と
なったからだった。



しかも、だ。









キュピーン!カピーン!!ドカピーーン!!









妙な金属音を発しながらクネクネと動く赤い物体のそれ。体はヌメヌメとした赤い皮膚に覆われ、
軟体動物と思われる姿形、頭の上らしき場所には大きな触覚、半月の光る目、極めつけは
突き出た口らしきもの。しかもその口はなんと紅家直系も真っ青な程の真っ赤な紅をさしている。
そんな、自分達とさも当然のように一緒に居る妙な物体。それこそ、龍蓮が宇宙と交信した際に
召喚してしまった宇宙生物だった。なんでも共に来た銀河曰く、龍蓮の笛の音には強い力が
含まれており、召喚の一つや二つは使い方によっては簡単に成し遂げてしまえるそうだ。
それを聞き、途中で止めようとしたが既に遅く、気が付けばこんな妙な物体を召還してしまって
いたのである。お陰で、余計に往来を歩く人々は驚き慌てふためき逃げ去ってしまった。
今も、人通りが多い全商連の貴陽支部だというのに、皆かなりの距離をとっては遠巻きに
眺めている。いや、凝視している。きっと皆の心の中はこうだろう。








あの物体は何だ!







あの軒から出てきた奴らは何だ?!







新たな新興宗教団体かっ?!!――と。









……というか、新興宗教団体だってこんなもん召喚しないだろう。






「……龍蓮」




「なんだ、心の友その一」




龍蓮の暢気な返事に、秀麗の目がかっと見開かれた。




「なんだじゃないわよぉっ!!一体全体どうすんのよこの物体はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!




ビシィッ!!と龍蓮が召還した物体を指差し、秀麗は叫んだ。




「ふっ。まあよいではないか」



それに呼応するようにその物体はクネクネと歓喜のダンスを披露する。
理性も何もかも捨ててしまえば、その動きはなんとも悩ましげで艶っぽいものだった。
しかし、今此処にそれを理解できる思考は龍蓮以外誰も持っていない。、



「何が良いよ、この馬鹿龍蓮っ!!いいから元の場所に戻してきて!!」



秀麗が懇願交じりの叫び声をあげる。



「無理だ。何故なら戻し方を知らない」



「一番始末が悪いじゃないのぉぉぉぉぉぉぉっ!!」




ギャアギャアと全商連の前で言い争い――この場合は秀麗が一方的に怒鳴り、
龍蓮がサラサラと受け流していくだけなのだが、それでも凄まじい争いが繰り広げられる。
一方、その横では蒼麗がその召還された物体に興味を示していた。


「龍蓮様って前々から凄いと思ってたけど、まさか召還までしちゃうなんてvv
でも……これどこから召還したんだろ」



――邵可邸のゴミ箱から





ちょっとお待ちぃ!!






さらりと爆弾発言をかます銀河に、秀麗は銀河に対する恐怖心を捨てた。
はっきりいって恐怖心に負けて聞き捨てるには果てしなく無理な一言だった。



「銀河さん、私の家のゴミ箱にあんなもんはいませんっ!!」


「いやいや、秀麗さん。ゴミ箱の神秘をなめたらいけません。とくに、邵可邸の様に清貧の極地に
達しておられる家ならば、ああいう物体の一匹や二匹住んでたって」


「絶対に住んでません!!」



「そうか〜〜……秀麗さんの家にはこういったこの世の生物外生命体が住んでるんですね」




うんうんと納得する蒼麗に、秀麗は大きなショックを受けた。




そんな……そんなっ!!



蒼麗ちゃんにそんな風に思われていたなんて――っ!!





ふらふらと地面に崩れ落ちた秀麗に、柴凛と克洵が慌てて駆け寄った。
しかし、それよりも早くゆらりと幽玄の如く立ち上がった秀麗。後ろからでは解らないが、
前から見ればその瞳には溢れんばかりの決意が漲っている事がよく解る。




「決めたわ」




何を?



「今直ぐ戻って家の掃除を徹底します」






「「「「「「はい?」」」」」」





「こんな、こんな妙な物体が家に居るなんて蒼麗ちゃんに思われたら私、生きていけないわ!!
ヘイっ!!そこの軒の人っ!!今直ぐ邵可邸にUターンして頂戴っ!!」



錯乱した。とその場に居た誰もが思った。しかし、秀麗はどこまでも真剣だった。
そうして半ば本気で軒ジャックして家に帰ろうとする秀麗を、柴凛達は本気で止めに掛かった。


お陰で、早く辿り着いたにも関わらず、実際に全商連に秀麗と柴凛が乗り込む事になるのは、
それから一刻も後の事となるのであった。









お願いだからそれをどっか遠くに捨ててきてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!




王都から茶州州都までの距離を休み無しでフルマラソンをした後ぐらいに疲れ果てた柴凛に
引きずられながらも必死の形相で訴え続けた秀麗の顔はきっと一生忘れられない、と蒼麗は
思った。しかし、この腕の中にいる龍蓮の努力の賜物をそうそう簡単に捨てる事は出来ない。
近年では問題になっているペットを扱いきれずに捨てるという行為で、自然の生態系は大きく
狂わされている。それは、一概には別の国にしか生息せず、輸入される事によって得られる
異種の動物達が原因となっていた。それまで居なかった動物が、突如そこに現れる事に
よって、それまでの生態系は崩れ、下手をすればそれまで居た生物が絶滅の危機に陥る
という大問題に発展するのだ。それに適すれば、今此処で何処か適当な場所にこの物体を
投げ捨てれば彩雲国の、それも王都の生態系は大きく狂う事まず間違いなしだ!!




なのに――







ピロピロリ〜〜ポロピロリ〜〜






そんな蒼麗の悩みもよそに、実際に召還した龍蓮と、特に何もしていない克洵は二人揃って
新曲の披露に大忙しで、今も蒼麗から30歩ほど離れた前方で心の篭った演奏を披露している。
二人が通った後に、その周りや後ろで人々がバタバタと倒れ、生きた屍と化しているのは
見間違えだろうか?いやいや、きっと龍蓮の演奏に酔いしれているのだろう。
蒼麗もまた、克洵よりの人間かもしれない。因みに、蒼麗の横を人畜無害の笑顔を浮かべて
歩く銀河も平気且つ何の不満も口にしない事から、克洵側の人間といえよう。
でなければ、既に実力行使で止めさせている。



「はぁ……」



楽しそうな二人には悪いが、せめてこの物体をどうにかしてから演奏を始めて欲しかった。
蒼麗はクネクネと色気たっぷりにダンスをする物体を手に、連続で溜息を付く。
本当にこれをどうすればいいか……。はっきりいって、能力なしの自分にこれを元の場所に
戻す力は無い。



「蒼麗様……」


「これ、どうしよう」



銀河が心配そうに自分の名を呼ぶのに対し、少々困ったように笑う。
すると、銀河がふわりと笑った。



「では、私がなんとかしましょう。序に龍蓮になんとかさせましょう」


「はい?」



何とか?しかし、問いかける暇も無く銀河はスタスタとスピードを上げて歩き出し、
龍蓮の元に行ってしまう。唯、ほどなくして立ち止まって二人で話し始めてくれたお陰で、
蒼麗は置いていかれる事は無かった。ようやく蒼麗が追いついた頃、龍蓮が嬉しそうに笑った。



「銀ちゃん、何か」


「さ、蒼麗様。その物体を元居た場所に戻しますよ」


「蒼麗。私も目が覚めた。その物体はこの国に新たな彩りを添えるかもしれないと思って
放置していたが、やはりその物体は元住んでいた場所に居てこそ自然に色をつけるもの。
故に、私はその物体の帰還に全力を尽くそうと思う」


「え、あ、そうですか……」


ってかわざと放置してたんかい。じゃあ、元に戻せないと秀麗さんに言っていたあれは――?


だが、そんな蒼麗の疑問もよそに、展開は早々と進んでいく。



「さあ、準備は出来ました」



と、人々の往来の激しい道のど真ん中に陣を書くのは銀河の静かな嫌がらせだろうか?



「銀ちゃん」


「序にここらで煩い人たちも数十人すっとばしてくれないかと思いまして」



やばい。このままでは明日の新聞の一面は「王都で大量行方不明勃発!!」に
なってしまう!!というか、銀ちゃん!!そんなにストレスをためていたの?!


気がつけなかった自分に呆れ、そして銀河を想い思わず涙を貯める蒼麗に、
銀河はあははははははと笑いながら陣を消していく。



「蒼麗様。冗談ですよvv」



いや、絶対に本気だっただろう。と、この場に秀麗か静蘭かその他の誰かが居れば
突っ込んだ筈だ。本当に、それらの者達が居ない事が悔やまれてならない。


「銀河、それでは何処でこの物体を帰還させるのだ?」


龍蓮の問いかけに、銀河は少し考え込んだ。


「此処からもう少し行った所に人通りの少ない場所があった筈です。そこにしましょう」


淡々と決まっていく次なる行動。しかし、蒼麗の涙は止まらなかった。


「そ、蒼麗ちゃん泣かないで!!ほら、この物体を帰し終えたら此処から少し戻ったところで
美味しいものでも食べようよ!!柴凛さんがツケをする為の書状をくれたから、僕の
なけなしのお小遣いも浮いたから御馳走してあげるよ!!」


春姫と二人で妹の様に可愛がる蒼麗の泣きそうな様子に、克洵も慌てて宥めに掛かる。
そうやって、一頻り宥めたところで、龍蓮達は蒼麗を連れて人気の無い場所へと向かった。
全ては、この妙な物体を元居た場所に戻す為に……。






しかし――









ドッガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!










「って、増えてる、大きくなってるなんか凄くなってるぅぅぅぅぅぅぅぅううっ!!






それを元に戻すのはかなりの至難の業なのかもしれない。


もくもくと大量の煙が吐き出される陣と現れたそれらに、蒼麗は本気でそう思ったのだった。





―戻る――二次小説ページへ――続く―