邵可は我が目を疑った。
あの、クネクネと動く赤い物体は一体なんだろう?――と。









キュピーン!ガピーン!!ガチャピーン!!









しかも、とっても耳障りな金属音すらするし!




(ってか、本当にあれは何なんだっ!!)




娘達が乗って帰ってきたと思わしき軒の到着に迎えに出てみれば、そこから出てきたのは
克洵殿と蒼麗ちゃんの二人だけだった。話を聞けば、娘は悠舜殿に会う為に城に行き、
龍蓮殿は急ぎの用事で消え、銀河殿も私用とかで未だ帰らずとか。うん、それはいい。
それは、いいのだ。その、蒼麗の隣に居る赤い物体が何であるのかさえ判明すれば
他の全てなんてっ!!邵可は冷静そうに見えて実はとてもあせっていた。



「そ、その……蒼麗ちゃん」



何故そこで蒼麗に聞くのか?
しかし、邵可の今まで培われてきた絶対的な本能が克洵ではなく、こういう場合は蒼麗に
聞けと警告していた。ましてや、1年半前の件では蒼麗は大いにこちら側に詳しかった。
その経験からも、邵可は一番妥当な選択をした、筈。
そして――



「……龍蓮様が……」



蒼麗は期待を裏切らず、その物体に対する『ちょっと待てよ!!』的説明をしてくれた。







「つまり……龍蓮君が最初にそれを召還し、どうにかして元の場所に戻そうとして頑張ったら
やりすぎたのか、それ自体は返したものの新たなものを召還してしまったと――」


「はい。最初のは、種類は同じだったんですけれど、もっと小さかったんです!!」


蒼麗は必死な形相で、しかも手で大きさを表しながら断言した。
蒼麗の手が表すそれは、丁度50cmの背丈。しかし――今蒼麗の横に居るのは……






ドン!





バンッ!!





どどんっっっ!!







凡そ、1メートル。…………ちょっきり二倍になっている。








「何でも、一番最初に召還してしまった相手物体さんの一卵性双生児のお姉さんとか」


「一卵性双生児っ?!ってか姉?!性別があるのかいそれはっ!!しかも、双子なら
同じ体型ではっ!!」


邵可の突っ込みに、蒼麗は別の世界の生き物ですから、と言い切る。


「そ、そうですよ邵可さん。別の世界の生き物ですからありなんです!!」


克洵も援護するように断言した。
ってか、二人とも。私の知らない間に何を体験したんだい……。
邵可はそう思うが、口に出す事は最後まで叶わなかった。




「でも、蒼麗ちゃん。これ本当にどうしたらいいだろうね」



固まっている邵可をよそに、克洵と蒼麗は赤い物体を前に考え始めた。
銀河に任せておけばもう安心と思っていたが……蒼麗は自分が甘かった事を既に悟っていた。
銀河は礼儀正しく柔らかい物腰の裏に、ちょっとした悪戯好きな心を隠し持っている。
そして、それは時としてとんでもないものを引き起こしてくれる。まあ、その大半は本人が
責任を持って沈めてくれるが。しかし、今回に限ってはそれを放って私的な用事とか言って
どこかに行ってしまった。蒼麗は思う。絶対に逃げた、と。それは、静蘭が仕事がと言って
家に居ない事に対して秀麗が逃げたと思う度合いと同じ位。



「本当にどうするか……」



そしてふと気がついた。いつの間にか、克洵が自分の方に背を向けて固まっていた。
一体何が?!と思いつつ、蒼麗も背後を振り返り――




「あ」





「初めまして。蒼き星の娘」




威厳に満ちつつも、最大の敬意が含まれた声が響く。それに続いて、サラリと衣擦れの音と
共にその人物は優雅に腰を折り傅いた。余りに見事な一連の動作に、未だ固まる克洵も
ついついつられて似たような行動をとってしまう。



紅家当主代理――紅 玖朗。



ゆっくりと顔を上げた彼は、目の前に立つ蒼麗を見詰めた。
三つ編みの髪に、顔にかけられた渦巻き眼鏡。着ている服もそこらの街娘となんら
変わりない平凡なもの。故に、見るものが見れば何処にでもいる少女だと思うだろう。
だが――玖朗の姿を認めて数拍。一瞬にして大きく変わった空気がそれをはっきりと
否定している。華奢な体から沸き起こる気品と覇気、そして何よりも気を抜けば飲み込まれ
そうになるその何かが玖朗の額から幾筋もの冷や汗をかかせる。此処で気を抜いたが
最後――自分は敗者となる。



――と、少女から沸き起こる威圧感が引き潮のように引いていく。




「――初めまして、蒼麗と言います」




一転の曇りもなく揺らぐ事もない声が、少女の本質を表すかのようだった。
続いて、流れるように淑女の礼に乗っ取った礼がなされる。その見事なまでの作法は、
秀麗のそれに匹敵した。



「現紅家当主代理――紅 玖朗様ですね?」



問いかける、と言うよりは確かめるように蒼麗の声が言葉を紡いでいく。
それに、玖朗は静に頷いた。











しんしんと白き綿毛の如き雪が降り積もる中、緑翠は山の道なき道を進んでいく。
腰まで積もっている雪は、あらゆる物の動きを鈍らせ、踏み固められていない柔らかさは
上に載る物の足を容赦なく沈めて行く。しかし、それをものともせずに、まるで舞を舞う様に
軽やかに雪を踏みしめて行った。それは、降りてくる雪が何時しか吹雪に変わろうとも
変わる事はなかった。緑翠は唯その場所へと足を進めていく。




そして二刻。ようやくその場所に辿り着いた。




「……ここか……」



緑翠は白い衣を纏った老木を支えにし、それを見下ろした。




それは、邪なる仙を鎮めし教団の――――


















ぎぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!!








大好きな玖朗叔父が来ているとの事で、悠舜と別れた後早々と邵可邸に戻ってきた秀麗は、
帰宅一番未だに居るその物体にこの世の終わりに相応しい悲鳴を上げた。





「いや、いや、いやぁぁぁぁぁぁどうしていんのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」









キュピーン!ガピーン!!ガチャピーン!!








相変わらず耳障りな機械音をならしながら食卓の椅子にちゃっかりと陣取っている
その赤き物体。それは、龍蓮が召喚した物体だ。しかし、何故だろう?
何か最初に見たときよりも大きくなってる。




「そそそそそそそそそそ蒼麗ちゃんっ!!あれは、あれはっ」




良い匂いと共に白い湯気が立つ料理を運んできた蒼麗を見つけ、秀麗は全速力で駆け寄った。
お陰で、危うく料理を落っことすところであった。



「え、えっと……」



帰すつもりが別の奴を呼んでしまったんです――なんて言っても良いのだろうか?
目の前の秀麗を見る限り、そんな事を言ったが最後勢いよく卒倒しそうだ……。
どうしようか……答えに窮し、蒼麗がすっかり困り果ててしまったその時、邵可が
台所から出てくる。すると不思議な事に、秀麗の意識が赤い物体から父の方へと向いた。


「秀麗さん、あの――」


「父様っ?!台所から出てきたけれど、まさか父様っっっ」


結果的に無視されてしまった形となった蒼麗は、恐る恐る後ろを振り返り、そこで秀麗が
邵可を問い詰めている光景を目撃した。どうやら邵可が台所から出てきた事によって、
父親が料理を作ったのかと思ったらしい。――別に、これが普通の一般家庭の父親であれば
何の問題にもならないだろうし、寧ろ家族想いと褒められるべき事だろう。
が、いかんせん、相手が邵可となると話が違う。お茶を入れれば殺人茶となり、茶器を
探させればその後は正に台風の後、ましてや料理を作れば台所は大爆発し――。
その為、心と台所と家計の平穏の為に、この家では邵可は台所に入るべからずとなっている。
蒼麗も最初にそれを知った時はあいた口が塞がらなかったものだ。そんなこんなで、
台所から父が出てきたとは秀麗にとってはそれは心穏やかではいられないだろう。
目の前の赤い物体の存在の有無よりも



「父様っ?!台所は?台所は無事なのっ?!!



「秀麗……父親よりも台所の方が大切なのかい……」


「えっ?あっ?!そ、そんな事は」


といいつつ、父を放って台所に駆け込もうとする姿は真の家庭の主婦だ。
止めるに止められずオロオロとする蒼麗をよそに、秀麗は終に邵可を文字通り
放って駆け込んでいく。



それから程無くして、驚愕の声が聞こえてきた。






「玖朗叔父様っ?!」






台所に飛び込んだ秀麗の目に映ったのは、ボロボロの台所ではなく、綺麗に整頓され、
美味しそうな料理が幾つも運ばれるのを待つ理想の台所。加えて、その料理の作り主で
現在も盛り付けに勤しんでいる玖朗と何だかとっても疲れ果てている克洵の姿だった。



「帰ったのか。――もう少しで料理が出来るから食卓で待ってなさい」



玖朗のその言葉に、秀麗は一気に気が抜け――そして座り込んだ。





「よ、よかったぁ……」





だが、その一言が余計だった。
しっかりと聞きつけた邵可が更にショックを受け、弟に負けない引篭もりに突入するのは
それからほどなくしての事だった。





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