晴れ渡った空。


けれど、それはほどなくして曇天へと変わり、雪をちらほらと舞い下りさせていく。







「う〜〜ん……振ってきちゃったなぁ……」



宮城へと出仕した秀麗の忘れ物を届けに走る中、蒼麗は空から舞い下りる雪に眉をひそめた。
謎の赤い生物を小脇に抱えて。










キュピーン!ガピーン!!ガチャピーン!!










真っ白い雪は本当に綺麗だが、こうも降り続けば見飽きてくる。
それに、今日は気温も低いせいかとても寒く、白い雪はその寒さに更なる色を添えていた。
これは早く事を済ませて戻らないと風邪を引いてしまう。
また、指が冷たくなるのを防ぐ為、袖の中に手をすっぽりと入れると、蒼麗は更にスピードを上げた。
途中、宮城の屋根を上り下りなんて事もしたりして、秀麗との距離を縮めていく。
そして、ようやく秀麗に追いついた時だった――



予想と反して秀麗と共に居たその人物に、蒼麗は大きな溜息をついた。








また、あの男か。





茶州でもあったあの男に、蒼麗は心底嫌な気持ちになった。
そういえば……あの時は子供を連れていたっけ。


一方、事は切迫しているらしく、男の不思議な瞳に囚われて動けなくなっている秀麗に
綾布がかけられる。そして、その頬に指が忍び寄っていく。
このままでは余り良い事は起きないだろう。蒼麗は静寂を打ち切る為、声をかけようとした。











「秀麗!!」











切り裂くような鋭い叫び――それは、邵可から発せられた。
いつの間にか蒼麗とは秀麗達を挟んで向こう側に立っていた邵可の顔はこわばっていた。
何時もの優しげな笑みを何処かに置き忘れてしまったかのようであった。



そして、邵可に促され、秀麗が綾布を男に手渡すと、そのまま後を見る事も無く駆け去っていく。





あ、忘れ物を届け忘れたと思った時には既に遅く、秀麗の姿は見えなくなっていた。






「う〜〜ん……どうしよう」



とにかく、追いかけないと。
しかし、秀麗を追いかけるには凄まじい殺気と怨恨と怨念を放つ二人の横を通らねばならない。
蒼麗は暫し考えた。が、結局は横を通ることにした。因みに、現在邵可とあの男の
昔の恨み決戦は絶頂期に入っているらしく、それはそれは凄まじくなっていた。
何時の間にか現れている珠翠もガタガタと震えている。






「あ〜〜……大変」



テクテクと歩いていく。勿論、なるべく気づかれたくないので気配を消しつつ、
謎の赤い生物を小脇に抱えながら。



しかし――












キュピーン!ガピーン!!
ガチャピーン!!













赤い生物は何が楽しかったのか解らないが、それはそれはハイテンションで
ハッスルした挙句、騒音とも取れる音量で変な音を出してくれた。
なので、足音も消して気配も完全に消していたにも関わらず、双方に意識を集中させていた
2人は即座に気がついてくれた。ちっ、と蒼麗が舌打ちしたのは言うまでもない。






「あ、私の事はお気になさらずに」





スチャッ、と手を上げるとそのまま行こうとする。
勿論、邵可達だって気づきたくもなかったが気がついてしまったからには
声をかけずには居られない。特に――縹家の男の方は。





「君は――」



「通行人そのAです。会った事もなければ見た事もありません」





縹家は嫌い。この男も嫌い。
けれど、今蒼麗の中で最重要事項となっているのは秀麗へ忘れ物を届けに出かける事。
元々、縹家と好き好んで関わる気のない蒼麗は普通にこの男をスルーしていこうと思った。
が、縹家の男はそれを阻止する。







「これはこれは滅びと災厄の女神、茶州の時以来ですね。今度は王宮に滅びと災厄を
振りかけに来たのですか?」







男は嫌味たっぷりに言った。
しかし、こんな嫌味。自分の周囲に居るあの嫌な奴らに比べればなんのその。




「はぁ……だから、何度も言うように、私が滅びと災厄を振り掛けるとしたら縹家だけです。
それに、そもそも私はんなもん振りかけたわけじゃないですよ。私に関わるなって
言っていたのに、貴方達の先祖がそれを聞かずに関わって勝手に滅びと災厄を
受けたんじゃないですか」



警告はした。その上で行動したのだから、全ては縹家の責任だ。
そのお陰で今、どんな現状になっていようと蒼麗には知った事ではない。
寧ろ、滅んでいなかった事は驚いた。流石はゴキブリ並みの生命力だ。




「ふっ……利用できるものを利用するのは当然のこと」



「そのお陰で滅びかけたと思うんですが。あ〜あ、かわいそうに。薔薇姫もこんな
一族の奴らに閉じ込められて利用されるなんて」




その言葉に、璃桜の顔がこわばる。





「ま、それでも邵可様が救われたから良いんですけどね。秀麗ちゃんのような子供も生まれて
とっっっっっっっっっっっっっっっても幸せだったと思いますから。縹家に拉致監禁されて、
好きでもない男に愛を告白され続けるよりもずっっっと」






嫌味には嫌味で返せ。但しその時は100億倍。
そう躾けられている蒼麗はきっちり100億倍で返した。
縹家の男の額に青筋が浮かぶ。





「この私に愛されるよりもと?」



「当たり前です。言っておきますけど、薔薇姫は邵可様が殺したんじゃありませんからね」





そして――







「秀麗さんに手出しできるとは思わないで下さいね」







蒼麗の言葉に、縹家の男は楽しそうに笑う。




「ふっ……力なしの君に何が出来る?」



「うふふvv色々と出来ますよ。前だって沢山色々としてましたから……例えば、
邵可様が薔薇姫を救い出した時、私が残したものが手助けしていたとか――」




縹家の男、そして邵可の目が見開かれる。




「まさか……あれは……」



「はいvv私が残しておいた道具のせいです。もう一度言いますよ?薔薇姫は貴方の
薔薇姫ではない。薔薇姫は薔薇姫自身のもの。そして薔薇姫は自分の意志で邵可様を
愛された。そして――秀麗さんは薔薇姫の娘でも薔薇姫ではありません。姑息な手を使い、
秀麗さんの意思を無視して秀麗さんの自由を奪い閉じ込めるのであれば――私は全力で
阻止します。そして、縹家を二度と再興出来ないようにします」



蒼麗はにっこりと微笑む。そして、スタスタと怯えている珠翠に近寄ると、その頭を優しく撫でた。
すると、珠翠の顔色が良くなっていく。震えは止まり、驚いたように蒼麗を見上げる。




「大丈夫」




それだけ言うと、蒼麗はゆっくりとその場を立ち去っていく。



後には、邵可、珠翠、そして――縹家の当主だけが残されたのだった。












邵可達と別れて半々刻。蒼麗は途中、静蘭と出会った。
速攻で秀麗の居場所を聞くと、彼女は府庫に行ったらしい。




「そうですが、有難うございます」




静蘭の方も急いでいたらしく、解放される事にホッと息を吐く。




「それでは失礼しますね」



「はい。気をつけて向ってください」




双方笑顔で手を振り別れる。そして、蒼麗は再び道を進んだ。







見慣れた府庫の扉が見えてくる。





(あ〜〜……懐かしの府庫vvでも……1年半前は此処でか〜〜な〜〜り凄いことがあったっけ)




自分は此処で刀で襲われ、黎深を救出するのに精霊を召喚して戦った。
今はもうその名残もないが(←あったらやばいだろ!)、蒼麗は自然と緊張しながら扉を開く。







「何してんですか」






本棚に隠れるように佇む悠舜の後姿に、蒼麗は唖然とした。


一方、予期せぬ珍客に悠舜は驚き本棚の影から出てしまう。
因みに――このせいで悠舜はあっさりと秀麗に姿を見られてしまった。
しまったと体を引っ込めた時には既に遅く、秀麗と共に居た絳攸にまで気づかれてしまう。



が、なぜか絳攸は大慌てで蜜柑を勧め、かと思えば何やら口止めをお願いしてきた。



そんな2人を尻目に、蒼麗はようやく秀麗に忘れ物を手渡す。




「秀麗さん、忘れ物です」




そう言って、蒼麗は秀麗の大切な簪を手渡した。王から下賜された蕾のついた簪。
秀麗は慌ててそれを受け取ると、感謝の言葉を述べた。




「あ、ありがとう!!え?これ?何処にあったの?」



「秀麗さんの家の門の前に落っこちてました」




途端に秀麗の顔から血の気が引く。もし、蒼麗が気がついて拾ってくれていなければ――





今頃、簪は質屋にでもあったに違いない。




「でも、此処まで届けてくれて……ごめんなさいね」



「いえいえ、私もこの子を散歩させる必要がありましたからvv」




「へ?この――こぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ?!






秀麗の目がその生物を捕らえカッと見開かれる。



嘘だ。嘘だと思いたかった。
ってか嘘だと自分に暗示をかける。
しかし、何度嘘だと思っても蒼麗が「よいしょっvv」と前に突き出したそれは消えない。



ああ、絳攸様と悠舜様が呆然とされている!!





しかし、そんな秀麗の苦悩を他所に――















キュピーン!ガピーン!!ガチャピーン!!











謎の赤い物体はハイテンションで高速回転を行っていた。
そして、ビシッ!!と止まる際に見事な決めポーズを決めた。






パチパチパチパチパチ







「す、凄いっ」



「彼は天才じゃないか!!」



「絳攸様、この子は女の子です。エリザベス・エステリア・マーガレット・キャルロット・
カーネル・シルビアーナ・ルシータ・ウェルテスタ・ハーモニー・リーベルトって言うんです。
略して傾国の美女って呼んで下さい」



「そうか!!いや、俺としたことがつい見かけで判断してしまって」



「傾国の美女さん、初めまして。鄭 悠舜と申します」





そして場は一気に和やかモードへと移っていった――








行くなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!







切り裂く様な秀麗の絶叫が府庫に響き渡った。
続いて、バサバサドタバタと、本棚が倒れる音が聞こえたが、誰もそれを気にしない。
ってか、絳攸達は怒り心頭の秀麗から目を離せなかったので、
他の事に気づく余裕なんてなかった。




「しゅ、秀麗?」





「ってか、ってか、何でそれがいるのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
しかも、何その長い名前は!!しかも略になってないわよそれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ
ぇえぇぇぇぇぇぇぇえええ!!」






頭をかきむしり、秀麗は叫び続ける。




「え?素敵な名前だと思いますよ」



「傾国の美女という略名に俺は素晴らしいセンスを感じる」




2人とも、何故それが居るかという絶叫は普通に無視した。









「何処にセンスなんて感じるんじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」









この時、蒼麗は秀麗が壊れたと思った。また、行き着くとこまで行ってしまったと。



その後も、秀麗はしばし叫び続ける。
何時もの冷静さも穏やかさもかなぐり捨て、ただただその赤き物体の存在について言及し、
オーバーなまでのジェスチャーでいかに可笑しいかを蒼麗達に伝えた。
時々絳攸達が反論するが、んなもんお構いなし。
普段ならば自分の言いたい事だけを言うのではなく、周りの者達の話もきちんと聞く
秀麗だったが、この赤き物体の存在はそれすらも遠い彼方に追いやってしまったのだろう。


なので、秀麗が冷静になり我を取り戻すのは、この後半刻も後の事となる。









―戻る――二次小説ページへ――続く―