再会は笑顔と共に−4




「す、いません……」



「いえ、私のほうこそ」



蒼麗は自分がぶつかってしまった少女――茶 春姫に只管謝罪し続けた。
しかも、もし秀麗と香鈴が危うい所で捕まえてくれなければそのまま池にドッボンさようならに
なりかけていた所である。自分だけならばまだしも、こんなに清純可憐そうな美少女を
ずぶぬれにさせた挙句、風邪でも引かせたなんて事になったら……




「ごめんなさいっ!!」




終に蒼麗は土下座を始めた。
これには、春姫だけではなく、秀麗と香鈴までもが慌てて止めさせる。



「蒼麗ちゃん、そんなに気にしなくていいのよ。ほら、大丈夫だったんだし」



「で、でももし傷なんて残ったらお嫁にいなくなっちゃうかも!!」



蒼麗は自分が知るムカツク者達の「傷物に嫁の貰い手なんてあるわけがない」発言を
思い出す。そして、また土下座に走ろうとした。



が、そんな蒼麗に春姫はにっこりと微笑んでいった。



「大丈夫ですよ。蒼麗様。わたくし、既に嫁の貰い手があります。それに、克洵様は
その様な事で婚約破棄を申し出るお方ではありません。そして、私もその位で克洵様の
嫁の地位を誰かに譲る気もありません。ですから、どうか御気になさらずに」



「春姫様……」



「それに、お礼を申し上げるのは此方のほうです。先程、転がっている途中、貴方様は
私を守る様に抱きしめられたでしょう?お陰で、石等に頭をぶつけずにすみました」



え?と秀麗と香鈴が蒼麗を見る。
傷一つ無い春姫とは裏腹に、蒼麗は小さな傷を手足に造っていた。



「う……でも……」



「そんな顔をなさらないで下さい。わたくしは大丈夫ですわ、ね?」




春姫の笑顔に、蒼麗はもう一度だけごめんなさいとつげた。
すると、ピョンピョンと莱が飛んで来る。そして、ペロペロと蒼麗の頬をなめ始めた。
彼女なりに謝罪と励ましをしているらしい。何だかんだ言っても、莱は蒼麗が好きなのだ。



「莱……」



「まあ、可愛いですわねvv」



春姫が莱の頭を撫でると、嬉しそうに目を細める。どうやら、春姫の事も気に入ったらしい。



「莱って言うの。因みに、雌ね。――って、そうだ。春姫様は茶本家のお姫様なんだよね?」



「そうよ。英姫様のお孫さんなの」



秀麗が答える。



「茶家は彩雲国でも名高い彩七家の家の一つ。そこの本家のお姫様って言ったら物凄く
高貴な姫君ですよね?あの、何でこの時間この屋敷の庭に共の一人もつれずに
いらしたんですか?」




ハッと秀麗と香鈴も春姫を見る。そういえば……忘れていた。




ってか、共もつけずにこんなにも楚々とした美しい少女が夜道を歩いてきてよく
大丈夫だったと、同時に安堵の溜息も漏らした。
とは言え、春姫には異能の力があり、そこらの男どもなんて一捻りならぬ一声である。
その力の強さは静蘭のお墨付きさえ貰っているのだから。




「えっと、それはですね……秀麗様」




春姫は秀麗に向き直る。




「ご迷惑とは存じておりますが、しばらくこちらに居候させて頂きたく存じます」



「はい?!」



「どうやらわたくしには、克洵様の嫁として何かが足りないようなのです」



「あ、克洵様って確かさっき来た」




どこかで聞いた名前だと思っていた蒼麗が声を上げる。
が、秀麗と香鈴にはそれどころではない。



「え?ちょ、よ、嫁??え?」



ついと顔を上げた春姫の瞳は、揺るぎない決意に充ち満ちていた。



「――わたくし、克洵様に据え膳を食して頂けるような立派な夜目になるべく、
誠心誠意修行に励みたいと思います」




その瞬間、その場の時が止まった。




が、唯一人蒼麗だけは





「据え膳を食すって……何?」





しかし、その答えが返ってくる事は終に無かった。














彩雲国の遥か上空の空間が歪む。
そして間も無く、人一人が苦も無く入れる穴が出現し、そこから二人の美しい青年が
飛び出してきた。


一人は、20歳前半ほどの優しげな美貌をした青年で、美しい青味がかった
長い銀髪を首元で一本にまとめていた。また、残りのもう一人は10代後半ごろの
飄々とした美青年であり、鮮やかな緑色の髪を風になびかせていた。



其々、彩雲国の街の人間が纏う様な衣を身につけ、宙に浮かんでいる。





「と、どうやら此処は彩雲国の紫州辺りだな」



「緑翠」




あっけらかんと言い切った緑髪の青年に、銀髪の青年が呆れた様に額に手を当てた。




「だ、だって仕方ないだろ!!普通の空間と時空の転移とは違うんだよ、ここに来るにはっ!
銀河だって前に間違えただろ」



と、銀髪の青年に向かって緑髪の青年――緑翠は叫んだ。



が、次の瞬間。銀髪の青年――銀河の鋭い眼差しに口を噤む。




「何か?」




「い、いえ……今後努力いたします」




大量の冷や汗を流しつつ、緑翠はまるで首振り人形のようにコクコクと頷いたのだった。


ってか、やばいやばい。銀河は見た目は優しそうで物腰も本当に柔らかそうだが、
実際には怜悧冷徹冷淡にして残忍な面も持ち合わせている。
また、銀河の別称は『氷神』である。


――って、確かに銀河は氷系の術を得意とするが、持っている武器は雷の力を
宿していたりするが。



「何をしているのです。行きますよ。あのお方――蒼麗様を早く保護しなければなりませんから」



「わ、解ったよ!!」



とっとと風を切って進みだす未来の義兄に苦笑しつつ、緑翠も慌てて後を追ったのだった。









秀麗と香鈴は絶句した。蒼麗から克洵が此処に来ている事を詳しく聞きだした春姫は、
秀麗と香鈴に笑顔で案内を頼むと、半ば二人を引きずるようにして、素敵なまでの
早足でスタスタと愛する未来の夫の所に行ってしまった。




が、ようやく辿り着いた愛する未来の夫のいる室では、その愛する夫が






「理由はどうあれ、絶対に認められません!僕は断固抵抗しますっ」






と、その部分だけ聞けば、いいなずけとの結婚拒否を声高々に宣言していたのであった。




そして、春姫はこう答えた。




「……わかりました」




一方、突如扉口から割り込んできた静かな声に、一拍置いて文字通り克洵は飛び上がった。
また、静蘭や燕青、影月も突然現れた春姫に目を丸くしていた。



「……しゅ、春姫?!」




「はぁはぁ……春姫様、足が速いです」




ようやく追いついた蒼麗が扉口に居る春姫達と、中に居る克洵達を交互に見る。



そして、そこに漂う何ともいえない微妙な空気を悟った。



「それほどまでに春姫を拒まれるのでしたら、仕方ありません。嫁としての資質以前に
わたくしに問題があったご様子」



「え?!いや――違――」



「何かとんでもない事を言われたようですね」




言葉は時として武器にもなる。克洵はきっと間違った使い方をしたのだろう。





そして……




春姫は見聞広げる宣言を未来の夫に向かって下したのだった。




って、此処に滞在して静蘭や燕青を見慣れたら、彼女と自分の仲は一体どうなってしまうのか?






勿論、婚約破棄。はい、さようならであるに違いない!!





慌てた克洵が止めようと声を上げるが、既に遅かった。





「秋祭りまでは戻らぬ所存ですので、お祖母様をよろしくお願いいたします。
お任せ頂いておりましたお仕事はすべて終えておりますすれば、どうぞご安心くださいませ」



「ええ?!嘘――早――」




しかし、そんな克洵の姿なんて完全無視。



従兄妹としてを強調して最後の言葉を吐き終わると、春姫は近くに居た蒼麗の手をとり
しずしずと室を出て行ったのだった。


後には、凍りつく克洵とこの光景を冷や汗もので見物する羽目になった者達が
残される事となったのだった。












そして、勝手に自室と決めた室に戻った春姫はと言うと――



「さあ、蒼麗様。貴方様はかの『聖戦』での功労者の一人と言われております。わたくし、
本当に憧れていましたのよ。わたくしよりも幼い少女が、この国の為に尽力し、見事
この国を救ったと。一度会ってぜひともお話したく存じました。どうか、春姫にも
その時の事をお話くださいませ」



「え?えっと」



可憐な少女の愛らしいおねだりに、蒼麗は戸惑った。




「って、え?私の事知ってるの?」




確か、自己紹介しかしてないような。




「ええ。わたくしもお祖母様も知っておりますわ。また、燕青様や悠舜様も知っております」




実は、異能を持つ春姫と英姫は『聖宝』に関する知識をお家柄言伝えられており、
また燕青は南老師から、悠舜は府庫の特別区域にある書物からその事に関して知っていた。
また、その後――『聖戦』に関する詳しい詳細も、其々入手していたのである。




(そ、そうなんだ……って、そういえば……確か、燕青さん……)







『へえ?お前があの有名な蒼麗か。宜しくな』






(ああ、そうか……知ってたからああいう風な感じだったのね)





優しそうに笑いつつ、何処か尊敬する相手に出会えた様な興奮が燕青の瞳にはあった。






あの時はどうしてだろう?と本気で悩んだが、春姫の言葉を聞いて解った。





あの闘いはとても悲しかった。悲しさと人の尽きる事の無い欲望から生まれた。



沢山の思いが詰まった『聖宝』を使い、闘いを終らせられたが……それでも、蒼麗は思った。





人の心に欲望が生まれ続ける限り、決して今回のような事が
この先起きないとは限らない――と。





でも……





(今回はなんとかなったわ。それに、何時の時代でも、欲望を持つ人達はいるけれど、
それと同時にそんな人達を阻止しようと頑張る人達が居る)







だから、大丈夫







蒼麗はにっこりと微笑むと、春姫が知りたい事を一つずつ語り始めたのだった。






自分と秀麗の出会いから始まり――あの闘いの詳細について。






それを……春姫は静かに聞き続けたのだった。










―戻る――二次小説ページへ――続く―





                        ―あとがき―

はい、再会は笑顔と共にの第四話を御送りします。あははは、前話を読んで下さった皆様。
今回は初っ端から蒼麗の謝罪が始まってます(笑)そして、とうとうやって来た銀河と緑翠です。
彼らは無事に主の命の通りに蒼麗を連れ戻せるのでしょうか?
――って、他のお話を読まれている方達には既に結果はお知りですね。
蒼麗も一筋縄では行かない娘ですから。
また、このお話を読んでとある事に気づかれた皆様。たぶん、その通りになります。
蒼麗がこの世界で嫌いな物。それは――ですからね(笑)凄まじい因縁があるんですよvv
それでは、此処まで読んで下さって、どうも有難うございましたvv