再会は笑顔と共に―6







誰?






どうして泣いているの?






蒼麗は暗闇の中、響く泣き声を頼りに、その声を発する人物の元へと歩いていった。





そして――






そこに居たのは







「……秀……麗……さん」




両手を血にぬらした秀麗の姿が…………そこにはあった。
その足元には、壊れた二胡と、血に塗れた一人の青年が倒れている。
青白いほどに血の気のない肌と、柔らかな巻き毛をした青年。





「これ……は……っ?!」






蒼麗の脳裏に、痛みと共にそれが浮かんだ。








これは……己の過去に苦しむ事によって自らが作り出した秀麗の罪の意識








蒼麗は秀麗に駆け寄ろうとした。






しかし、その手が届く前に――蒼麗の体が引き戻される。






ダメだ!!






秀麗が自分を拒絶したのだ。
誰にも立ち入らせず、自分だけでこれを乗り越えようと頑張るその想いが。






手を差し伸べる蒼麗を全力で拒絶する。





そうしてどんどん蒼麗は引き戻されていく。
その間、蒼麗は周りで激しく移り変わる秀麗の記憶を見ていた。






まるで流れるように自分の脳裏にそれらが入り込み、刻み付けていく。






茶 朔洵が秀麗の思いと善意からくる行動を利用し――その命を断った事。




そして、その事実が秀麗の心を断ち切れる事のない鎖で戒めている事。







蒼麗は叫んだ。






貴方のせいじゃないと






けれど、その言葉は秀麗に届く事はなかった。







そうして、まだ日の昇らない深夜。
蒼麗は自分に宛がわれた室の床にて目を覚ましたのである。




「はぁはぁ……」




大量の冷や汗を流し、蒼麗は大きく息を吐いた。





「また……か」




自分は術の使えない力なし。
けれど、本当はその強すぎる力を封印しているせいか、時々だが他の強い思いに
引っ張られる事がある。こんな風に人の心の中に飛び込まされる事は稀だが、
それは今の蒼麗には大きな負担を与えるのであった。もう少し、大きくなれば違うかもしれない。
しかし、まだまだ子供である精神と肉体にはこれはかなりきつかった。
しかも、引きずり込まれるだけで自分ができる事は何もないのだ。
言って見れば、引き摺りこまれ損である。




「はぁはぁ……」




暫く体を休ませなければ。しかし、此処で眠ってまた引き込まれたら……。









―――――――――――――っ?!









何かが、蒼麗の脳裏に響いてくる。それが、秀麗の声だと知った時、
蒼麗は布団を蹴飛ばし裸足のまま室の外に飛び出した。





蒼麗が秀麗の室についた時、既にそこには燕青、香鈴、春姫、影月が集まっていた。





「お?蒼麗嬢ちゃん、どうした?恐い夢でも見たのか?」



燕青が茶化すような、けれど何処か安心させるように笑った。
しかし、それも蒼麗の次の言葉まで。
蒼麗の言葉を聞いた燕青の顔から笑顔は即座に消えていく。



「秀麗さん、泣いてますよね?結果的に自分の手で茶 朔洵を殺してしまった罪の意識で」



香鈴と春姫、そして影月からも笑顔が消えた。




何故――




「何で、それを」



「すいません。さっき、秀麗さんの心に引っ張られたんです」




秀麗の強い罪悪感と後悔の思いが意図せず蒼麗を自分の心に引きずり込んだ。
そして、引きずり出される時に蒼麗は秀麗の記憶を図らずとも見てしまう事となった。




泣いていた。




助けてって叫んでいた。




でも、蒼麗には何もしてやれなかった。






「秀麗さん、眠れないんですね。何度も、その時の事を夢に見て」






まるでメビウスの輪だ。終ることのない、途切れることのない悪夢が秀麗を蝕んでいく。




けれど……




「私達では如何する事も出来ない。全ては本人がどうにかするしかない。
本人が乗り越えない限り、また同じことが起きる。だから、秀麗さんが自分で断ち切らなきゃ」




「そ、それはそうですが……ですが、そんなに簡単には」




香鈴が反論する。
そんなに簡単に断ち切れるのであれば、秀麗は毎日の様に魘されては居ない。


そして、燕青と春姫、影月も――




「香鈴嬢ちゃんの言うとおりだ」



「ええ……香鈴の言うとおりです」



「心と言うものは複雑で……そう簡単に決着をつけることは出来ません」



秀麗が毎夜のように魘されている事を知っている三人は悲しそうに告げた。


また、香鈴は更に訴える。




「蒼麗様の言いたい事は解ります。ですが、そんなに簡単に人を殺したという罪悪感は
消えないんです!!直に乗り越えることなんて無理なんです!!特に、秀麗様のように
お優しい方にはっ」




「解ってる」



蒼麗はぽつり呟いた。その声音に、思わず香鈴が言葉を止める。




「蒼麗……様?」




香鈴は恐る恐る声をかけた。すると、蒼麗は顔を挙げて笑った。




「私も……最初の時は同じだったもの。そして……乗り越えられなかった友人達は
皆、狂死したから」




「「「「っ?!」」」」




燕青達が言葉を失う。蒼麗も……同じ?そして……友人が……狂死……した?




呆然とする燕青達に、蒼麗はクスリと笑う。その笑みからは、何時もの少女特有の
それが抜けていた。





「私の場合は自分の命を守る為に人を殺しました。殺さなければ殺される。向こうは
どんなに命乞いをしたって、話し合ったって私を殺すつもりだったんです。そして……
まず手始めに私の大切な人達を殺したんですよ」





「な?!」





「そして私を追い詰めたんです。その人ね、笑っていました。殺すことが楽しいって。
でも……その人、私に殺されたんです。私が握り締めた小刀で、首を切り裂かれたんですよ。
沢山……血が出たわ。ビクビクって痙攣して……その人、死んでいったの」



「蒼麗……様……」



「その人ね、助けてって言ったの。可笑しいよね?自分があれほど殺すのが楽しいって
笑いながら、助けを求める人達をまるで虫けらのように殺していったのに。自分が
死にそうになったら泣きながら助けてって……。私、その人が息絶えるまでずっと
見ていました……ずっと……ずっと……そう、私は自分の意志でその人を殺したんです。
秀麗さんとは違う。自分の意志で」



「蒼麗嬢ちゃん……」



「けどね……苦しかった。そんな殺されても当然な人だったのに、その人を殺した自分が
憎かった。その人の首を掻っ切った感触はその後もずっと消えなかった。刃が肉を断ち、
骨に当る感触や、血がドバッと出るその光景。そして……強烈な血の匂い。ずっと……
体に染み付いて……何度も体を洗ったわ。皮膚が破れて血が出るまで。手に感触が
残っていたら、その手を切り落としたくなって手に刀を突き立てた事もあるの」




そして、蒼麗は涙を堪えるようにして暗い天井を見上げた。




「でも……私は今こうして生きている。それは……そんな風にしても結局は乗り越えたから。
――他にも……沢山居たわ。私の様に、命の危機に晒されて殺さなくてはならなかった
人達が。その理由は様々だったけれど……生き延びたのはその半分ほど。残りは……
自殺したり、狂死したり、狂ったり……。でもね……なんとか乗り越えたからって皆が
心から前向きなわけではないの。その事を、今も本当に死ぬほど苦しんでいる人達も
いるんです」



蒼麗は自分の手を見詰めた。



「そしてそれらの人々は願いました。出きる事ならば……もう二度とあんな事が
ないように……でも、それは無理。特に、私の場合は……。だからね、乗り越える時に
私は誓ったんです。強くなるって」



「え?」



「私を殺そうとする人達よりも強くなれば、その人達を殺さずに捕まえる事が出来る。
私は力なしだけど……それでも、武術とか色々な方面で補えば良いって。
そして、覚悟もしました」



「覚悟?」



「そう……私は人を殺した。だから、何時かは誰かに殺されるかもしれない覚悟を」



燕青達が言葉をなくす。



「何か悪い事をすれば必ず自分にその報いがくる。人を殺せば自分が殺される。
人を罠にかければ自分も罠に嵌められる。……世の中って都合よく出来てますよね?
でも、そう思うと少しだけ気が楽になりました。そして……その他にも沢山の覚悟と決意を
したんです。乗り越える為に幾つ物事を行ったんです。そうして……私はなんとか
乗り越えられたんです」




沢山苦しんだ。沢山悲しんだ。
泣いて、もがいて、必死に乗り越える為の道を探した。




と、同時に死んでしまいたかった。




でも、残される者達の事を思うとそれが出来なかった。




けれど、今はその事を幸福に思う。




あの時、生きたお陰で今此処に居られる。秀麗達に出会えた。




そして――今まで出会えた多くの人達としてきた経験。そして家族と離れずにすんだ。





それはとても幸せなこと。





自分はそれを乗り越えることで幸せも手にした。





けれど……それでも忘れてはならない。自分は人を殺した。
そして、人を殺したからには何時かは自分にも同じ運命が待っているかもしれないと言う事を。





この世に生まれてきた命。例えその持ち主がどんなに悪人だったとしても、
自分はその手で尊い命を摘み取った。





忘れてはならない。その事を。




でも、それに飲み込まれ踏み潰されてはならない。





そして……命を奪う事に慣れてはならない。





自分を見失わず。命を奪った時に感じた思いを忘れてはならない。





それが……命を奪った者が背負うものだ。





「人って……あんがいしぶといんですよ。もろい時もあるけれど、強いときは本当に強い。
そして……秀麗さんはとっても強い」





1年前のあの時も、秀麗は本当に沢山悲しい目にあった。辛い目にもあった。





けれど





秀麗はそれを乗り越えた。自分の力で。






「秀麗さんは大丈夫ですよ。きっと……乗り越えますよ。それに……心配してくれる
人達がいますらね」




自分の時にも居た。心配してくれる人達。家族や幼馴染達一家が……。





「さてと……秀麗さんが眠れる様に私も頑張っちゃいますね」




「え?あ、秀麗さんなら先程薬湯を飲ませたので」




しかし、影月が最後まで言い切る前に、蒼麗は大きく深呼吸をし、
その唇から一つの唄を紡ぎだした。








〜〜♪〜〜〜♪〜♪♪〜♪〜〜〜〜♪








燕青達はその美しい声音に思わず聞き入った。




低く、高く流れていく声が歌うその唄は聞き入る者全てを魅了するものだったから。




まるで水が流れるが如く滑らかで、ゆったりとしていて、本当に優しい唄。






それは……子守唄。






蒼麗が1年前も秀麗の為に歌った――母から教わった大切な唄。







『星の煌き』






その名の唄を、蒼麗は幼い頃何時も母にせがんで謳ってもらった。




御陰で、今では蒼麗も楽譜無しで歌えるようになっていた。
まだまだ歌姫と呼ばれた母には遠く及ばないけれど、それでも蒼麗は一生懸命に謳い続ける。





秀麗を蝕む悪夢が少しでもその影と形を無くす様に。




この唄が秀麗の心を守るように。







また、その夜。紅杜邸から流れてくる優しい子守唄に、周囲に住む者達の眠りもまた
優しさに溢れたものとなったのである。









そして翌日、人々は久しぶりの心地の良い眠りに暫く布団から出なかったとか(笑)







―戻る――二次小説ページへ――続く―



                       ―あとがき―

はい、再会は笑顔と共にの第六話をお送りします♪
今回は、今までとは違いギャグはこれっぽっちも出てきませんでした。
しかも、蒼麗に関して皆様のイメージが変わったかもしれません……。
蒼麗は何時も明るく元気に振舞ってますが、結構傷持ちのキャラです。
はっきり言って、人を傷つけ殺すという事もしています。
そして、今回蒼麗が告白したようにその事について苦しみもしました。
そして、乗り越えたのです。ですが……人を傷つけた、しかも殺したという事実は決して
風化できず、蒼麗の心の奥底では未だにくすぶっていたりするんですが。
ですが、覚悟や決意、そして自身の精神力の強さで頑張っております。
って、本当に苦労性なキャラですな……(汗)

えっと、また次回からはギャグが主体になると思います。
皆様、此処まで読んで下さって有難うございますvv