再会は笑顔と共に−9





「緑ちゃん、銀ちゃん?!」



「ご無事で何よりです、蒼麗様。そして、早速ですが此処から逃げて下さい」



「へ?」


しかし、有無を言わさない銀河に反論も出来ず、蒼麗は秀麗達と共に
その場から立ち去ろうとした。





――が、




秀麗はまるで凍りついたように動かなかった。いや、動けなかったのだ。
秀麗から全く目を離さない藍染の占い師の不思議な声と視線によって。





そう――藍染の占い師は今も尚秀麗を呼んでいた。





そして、何時しか秀麗の足が無意識の内に前に進みだす。
蒼麗が慌てて止めにかかる。



そんな様子を静かに見ていた銀河は緑翠に縹家を任せると、くるりと蒼麗達に向き直った。





「仕方ありません。強引ですが、貴方が捕えられた方が此方も迷惑ですから」





そう言うと、銀河は天に向って右手を突き上げる。







「轟雷豪雨招来!!」





と、その瞬間。空に墨を流し込んだかのような暗雲が立ち込める。
次いで一拍のち、滝の様な土砂降りが起こった。



道行く人が突然の豪雨に悲鳴を上げて大路を駆け出した。



そして――トドメと言わんばかりに、ゴロゴロと遠雷が鳴ったかと思うと……







ドガァン ドガァン  ドガァン!!







幾つ物雷が近くに落ちた。






「きゃぁぁっ!!す、凄い音……って、へ?」



蒼麗の後ろに居た秀麗がいきなり蒼麗を抱き上げると、何処からともなく取り出した
紐で自分の背中に縛り付ける。
そして――










「――――っっうっぎゃああああああああ地震カミナリ火事オヤジ――――っ!!」











そう叫びながら、香鈴と、今もまだふらついている春姫の腕を掴み、
その場からすっ飛んでいった。







「うきゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」






背中合わせに秀麗の背に縛り付けられた蒼麗。赤ん坊の頃ならばまだしも、
この年でやられるとかなり辛い。そうして力いっぱい締められた体に食い込む紐に、
何時しか蒼麗は気を失った。また、蒼麗の頭の上に居た莱も、尋常じゃない移動スピードに、
振り落されない様に必死にしがみ付くのだった。









「どうやら行ってしまったようですね」



「よくも私の邪魔をしてくれたな」



「おや?最初から猶予は与えるつもりだったのでしょう?それに、雷や豪雨を起こしたのは
私の力だけではありません。ふふ、あの薔薇姫の娘を貴方が手に入れるのを拒む者達が
他にもいるのでしょう」




藍染の占い師と銀河のにらみ合いがヒートアップしていく。
と、その中で、先に視線を外したのは銀河だった。




「さてと、蒼麗様の後を追いましょうか、銀河」




「さんせ〜〜い」




緑翠がパタパタと手を振る。




「私は……欲しい物は必ず手に入れる。そして、邪魔なものは必ず排除する」




「ならばやってみるが宜しいです。貴方達に出来ればね?でも、絶頂期でさえ
無理だったのに、今の貴方達に出来ますかね?それに……他の一族達も中々に侮れない。
茶一族も新たな当主の下生まれ変わり始めている。ふふ……油断は禁物ですよ」




そうして、緑翠と銀河はその場から姿を消したのだった。















「ふむ。なんて素晴らしい……」



柴凛は心底そう思った。


突然の豪雨に辟易していた所、猛牛の如く通りを走り回っている秀麗達に慌てて
軒を用意して中に突っ込んで州牧邸まで運んできた柴凛は、あの豪雨の中、唯一人
ふわふわな毛並みを保っている莱に思わず見蕩れた。



一緒に居た秀麗達は全員濡れ鼠状態だった。
そして、現在香鈴と春姫に至っては未だ湯に使っていたりする。




しかし、鼠と兎を足し合わせたような可愛らしい外見を持つ莱は、全くといって良いほど
濡れていなかった。その理由はこれ。




莱専用雨ガッパ。雨が降り出しそうになったその瞬間に0.0001秒で装着したのだ。
加えて、莱専用の長靴と手袋もきっちり嵌め、マスクとゴーグルも着用した。
そんな完全防備によって、莱の美しく手触りの良い毛並みは守られたのである。







キラキラキラキラキラ







莱が振り返り、ポーズを取る度にその毛並みは輝きを増す。



「くっ!!流石だ……ふ、私の負けだ」



「柴凛さん、お願いですからこれ以上莱を褒めないで下さい。付け上がります」



「お、蒼麗殿。体は温まったか?」



湯で温まった体を毛布で包みながら此方にやって来た蒼麗に、柴凛は笑顔を向けた。



「え、えっと、大丈夫です。にしても……莱……貴方、本当に用意がいいわね」



蒼麗は莱専用の雨ガッパをチェックする。と、よくよく見ると、保温性もばっちりだ。




ギギギギギvv



当たり前よvvと言わんばかりに鳴く莱に、蒼麗はちょっと悲しくなった。




「にしても……はぁ……銀ちゃんと緑ちゃん……やっぱり来るのが早いな」



何時か来るとは思っていたが、もう来たとは……。
だが、その御陰で怪我をしないで済んだ。



「え?!銀河さんと緑翠さんが来てるのっ?!」



二人と、1年前に顔をあわせている秀麗が此方に猛牛の如く走ってきた。
まだ、完全に水気が取れて居ない髪からは水滴がポタポタと零れ落ちていく。




「え、さっき会いましたよ」



「ううん、全然知らない!!」



秀麗はぶんぶんと首を横に振った。



「し、知らない……」



って、あ!!



そういえば、藍染めの占い師によって秀麗さんの意識が捕らえられかけていたっけ。



それでは、周りに注意なんてはらってなどいられない。



「ええ、先程居ました。私を助けてくれたんです」



そう――風の刃から、彼らは蒼麗を守ってくれた。

すると、秀麗の様子が変わった。ぶるぶると震えたかと思うと、突然蒼麗を抱きしめる。



「しゅ、秀麗さんっ?!」



「良かった!!」



「え?」



「良かった、何事もなくてっ!!」



「秀麗さん……」



心から心配してくれている秀麗に、蒼麗は申し訳なさで一杯になった。



「本当に良かった……」



「秀麗さん……大丈夫ですよ。私は、大丈夫です」



「蒼麗ちゃん……」



「ほら、泣かないで下さい。それに、柴凛さんも本当にすいませんでした。
お仕事の途中だったんでしたよね」



「あ、いや。個人的な依頼だったし、帰宅する途中だったからな」



「何か懸案ですか?」



蒼麗を離した秀麗が柴凛に向き直り質問した。



「あ、私、香鈴さん達の様子を見てきますね」



「ええ、お願いね」



自分は邪魔になるかもしれない、と蒼麗は気を利かせて室から退室した。



そしてその足で――彼女は、香鈴達の居る湯殿ではなく、空いている広いとある室に向った。









「もう出てきて良いですよ」



蒼麗が誰も居ない室の中央に向って声をかけた。すると、空間がグニャリと歪み、
そこから銀河と緑翠が出てきた。



「さっきぶりですね、蒼麗様」


「そうですね。さっきはどうも有難うございます。御陰で助かりました」



「いえいえ、如何致しまして。此方こそ、貴方様に怪我がなくてよかったですよ。
もし傷の一つでもついていたら大変ですからね。我が君の未来の花嫁になられる方ですし」



「傷つけてきます」



「「何でっ?!」」




背にしていた室の扉から出て行こうとする蒼麗を、緑翠と銀河が後から捕まえる。




「って、一体何故です蒼麗様っ!!」



「いや、なんとなくです」



「なんとなくで傷物にならないで下さいっ!!」



「青輝ちゃんの花嫁に相応しい人のリストアップ表です。お納めください」



「蒼麗様っ?!」



何気にずらりと並んだ良家貴族の姫君達。しかも、性格やら好き嫌いやらその他諸々の
情報がギッシリと詰まっている。って、何気に凄いよあんた!!



「そんなに嫌ですか?!我が君の花嫁になるのがっ」



「嫌って言うかなんて言うか」





本当は婚約破棄を願っているけど。





「私は普通の結婚と家庭を築きたいっていうか、間違っても相手の男の人の
痴情のもつれにもつれ込まれたくないって言うか」




1年前はそのせいで酷い目にあった。
帰った後なんて自分の家に戻ったら、家具や内装は破戒しつくされ、とんでもない状況と
なっていた。しかも、こうなってしまえば家に帰ってくるよねvvと、何気に期待されて
かなり大変だった。






って、これもそれも






「青輝ちゃんの馬鹿ァァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



「「蒼麗様っ?!」」



あの時ほど、保険に入っていて良かったと思う自分はいない。




「全部青輝ちゃんのせいだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



「蒼麗様っ?!我が君になんの不満がっ?!」



「女性関係がオープンな所!!」



「って、あれは我が君のせいじゃありませんっ!!」



「ちゃんと納得させずに放り出したのは何処の誰ですっ!!」



「「我が君です」」



銀河と緑翠はさらりと言い切った。



「あ〜〜、もう思い出したら腹が立ってきた。――って、銀ちゃん、緑ちゃん。
せっかく来てくれた所悪いけれど、私、今は帰れませんから」



「何故です?」



「秀麗さん達と約束したんです。だから、まだ帰れません」





「蒼麗様……蒼花様が悲しんでおられますよ」




銀河の言葉に、蒼麗はウッとたじろいだ。




蒼花――自分を慕ってくれる双子の妹。愛しくて可愛くてたまらない清純可憐な妹。
はっきり言って、その大切な妹が悲しんでいると聞いて平然としていられる蒼麗ではなかった。
だが、それと同時にその可能性も十分に考慮していたのも事実である。




そして、それを予想していながらも自分は此処に来る事を決意したのだ。






1年前の約束を果たす為に。






そして…………






蒼麗は顔を上げた。そして、真っ直ぐな視線を彼らに向けた。




「ごめんなさい、どうしても帰れないの」



「それは、縹家が原因ですか?」



「っ?!銀ちゃん……」



「ふふ。あの時も貴方様を迎えに来たのは我が主と我らですからね」



知っております。そう笑顔で告げる銀河に、蒼麗は暫し視線をさ迷わせる。


が、終にゆっくりと頷いたのだった。



銀河と緑翠が困ったように笑う。



「蒼麗様。貴方様があの一族を毛嫌いしているのは解ります。そしてその理由も
理解できます。あの一族は昔からろくな事をしてきませんでしたからね」



「けれど、だからって蒼麗様が手を下す事もない。彩八仙は目覚め出し、茶家は生まれ
変わった。国王もまあまあ役に立ち始めたし、その周りに有能な側近達が集まってきています。
確かに、縹家は今尚強大ではありますが、彼らにでもどうにかする事は十分に可能です」



「それは解ってます。でも……私は」



その時だった。




香鈴の悲鳴が聞える。




「春姫様が、春姫様の様子がおかしいんですの――!」












「だから、どうして駄目なんだ?」



「ですから、駄目とかではなく、出来ない物はできないのです」



柴凛の求めに、占者は首を振った。



香鈴から知らせを受けたあと、秀麗達はすぐに春姫の元に向かった。
しかし、湯船に居たのは、既に可笑しくなってしまった春姫であった。

その後、まるで感情を失った人形のようになってしまった彼女を救うべく、
秀麗達は燕青達に連絡を取ったり、医師に連絡したりと手を尽くした。


中でも、柴凛などは、占者達に春姫を見てもらうべく駆け回ったが、
誰一人として応じてはくれなかった。


が、柴凛は諦めずに頼み続けた。




「頼む!!」



「ですから」



「柴凛さん、無駄ですよ。たぶん、この州都全ての占者達は応じてはくれません」



柴凛の後を追いかけてきた蒼麗は、静かに告げた。



「な、なんだと?それはいったい」



「柴凛さん。少し、外に出てくれませんか?」



「え?」



蒼麗はにっこりと笑って、柴凛を強引に外に追い出した。



そして、そこには蒼麗と占者だけとなる。



「はて?何故貴方も出て行かない?私は、用件には応じられないと」



「黙れ」




その可愛らしい桜色の唇から、冷たい声音がもたらされる。
占者の動きが止まった。いや、凍りついたのだ。




「貴方達が何故春姫様を見られないのか。そして、藍染めの占者の行方を占えないのかは
知っているわ。――あの馬鹿縹家が動いてるんでしょう?」



「なっ?!」



「縹家はその異能の力によって、占者やその手の者達にとっては雲の上の存在。
故に、貴方達では決して逆らう事も、私達に手を貸すことも出来やしない」




占者はガタガタと震え出す。





一見して、何処にでも居る普通の少女。





なのに、この圧倒的な威圧感はなんだ?







「加えて、縹家の術者に見張られているのであれば――もう絶対に無理ですね」





その瞬間、占者の背後から白い衣を纏った数人の男達が蒼麗に襲いかかった。







縹家の術者達。







それも、縹家一族でも力のある部類に居る者達。








「私を殺す?」





それだけを呟くと、蒼麗は応戦の構えを取る。





が、蒼麗の背中にしがみ付いていた莱が突然蒼麗の頭の上に乗っかった。






そして――次の瞬間



















パタン



「蒼麗殿」



硬く閉じられていた扉から、静かに出てきた蒼麗に柴凛が駆け寄った。


追い出された後、慌てて中に戻ろうとしたが、まるで固まったように開かなくなった扉。
そして、中からは何の物音もしなかった為、柴凛の恐慌はほどなくピークに達していた。




もし、蒼麗に何かあったら秀麗に申し訳が立たない。





だが、蒼麗の様子を確かめると、何も無かったようだ。





「もう、用件は終りました。帰りましょう、柴凛さん」



「え?」



「さあさあ」




一体何が何だか解らない。そんな様子の柴凛を蒼麗は強引に背後から両手で押していった。














「あ〜らら」



緑翠は頭の後ろで手を組みながら、床に倒れている者達を見下ろした。



それは、この室の主である占者と、縹家の術者達である。





「ま、占者は記憶だけでからいいとして……こいつらはもう縹家には戻れないな」





くすくすと、匂い立つような色香を放った笑みを緑翠は浮かべた。



今起きた事の記憶だけを莱に食われた占者とは違い、縹家の術者達はその能力の源を
食べられてしまった。もう……彼らが異能の力を使える事は二度とないだろう。











ゲップ




「莱……」



他の占者も当ってみる。そう、蒼麗が止めるのも聞かずに行ってしまった柴凛の姿が
完全に見えなくなった後、蒼麗は己の頭の上で大きくゲップをする莱に溜息を付いた。







縹家の術者達の攻撃に切れた莱は、蒼麗が止めるのも聞かずに自らの持つ能力を解放した。









莱が持つ能力の一つ――『喰』を。









そうして、記憶や夢や感情、そして力を食らう能力である『喰』は見事に、後で騒がれると
困る事から、蒼麗に関する占者の記憶や、術者達の力を奪い取ったのだった。






「はぁ……」






爪楊枝で自分の歯を綺麗に掃除する莱に、蒼麗は頭痛を覚えた。






確かに、攻撃してきたのは術者達の方とはいえ、あれは可哀想過ぎる。
あれではもう、縹家での扱いは酷い物になるだろう。




が、莱は全然気にしていなかった。





それよりも、久しぶりに食べた能力と記憶の美味に酔いしれている。



だが、それも仕方がない。莱が『喰』の能力で食べられるものは限定されている。




莱が能力によって食べられる物。
それは――蒼麗に危害を加える者達の記憶や力、感情だけである。
但し、それも莱よりも能力が低い者達に限るが。



つまり――縹家の術者達は自分よりも下と莱が見たらしい。



因みに、莱とは比べ物にならないほどの力の持ち主である蒼麗の家族や幼馴染一家などに
至っては、どれだけ彼らが蒼麗を捕まえる為に術を放っても全く食べられなかった。

ってまあ……莱は蒼麗の家族や幼馴染達にもとてもなついているので、
元々食べる気も全くないらしいが。加えて、蒼麗の家族達の前では、莱ははっきり言って
借りてきた猫の様に大人しかったりする。





ギギギギギ




「ん?」



莱が大きく口を開ける。すると、口の中からポンッと幾つかの親指よりも一回りほど
大きい丸いものが出てきた。それは……色とりどりの淡い光を放った美しい珠。


莱が食べた占者達の記憶や能力を凝縮し、珠にしたものである。



「お〜〜、何時もながらとても綺麗ですね」



ギギギギ



莱が何かを訴えかける。



「はいはい。記憶の方は削除。で、こっちの力の方は……」



勿論、没収である。因みに、この能力を凝縮した珠を再び持ち主の体に埋め込めば、
その相手の能力は再び元に戻る。よって、扱いには十分に気をつけなければ直に
力を取り戻されてしまう。




「よし、これはこうして隠しておこう」



ごそごそとその珠を収納すると、蒼麗は今は綺麗に晴れ渡った空を見上げる。





「これからが大変ですね」








たぶん、残された時間は後3日。






それまでに何とかしなければ――春姫は奪われる。






全ては、彼ら次第である。












―戻る――二次小説ページへ――続く―



                        ―あとがき―

はい、再会は笑顔と共にの第9話をお送りします。
って……すいません、やっぱり8話では終りませんでした(大汗)
え〜〜、行ける所まで行って見ます。
と、今回は銀河の無体編――でもあります。秀麗と藍染めの占い師を引き離す為、
変わりゆく天候と共に、彼もまた秀麗の嫌いなものを落とす為に笑顔で頑張りました。
って、絶対鬼畜紳士でしょう、彼は。
また……今回、莱の能力の一つが明らかになりました。彼女は、『喰』という特殊能力を
持っており、上でも説明しましたが、夢や記憶、力、感情などを食べる事が出来ます。
そして、食べられた物はそれを失ってしまいます。が、幾ら食べられると言っても、彼女よりも
強い力の持ち主の物は食べられませんし、また……蒼麗の家族や幼馴染一家達の物も
食べられません。実を言うと、これは彼らが莱よりも強いからと言うだけではありません。
まあ……オリジナルの方で明らかになるかなと思いますが。

それでは、此処まで読んで下さって有難うございます。