〜第十二章〜契約〜








人の心を操る事など簡単な事だった






ほんの少し、こう囁いてやれば良い







お前の望みを適えてやろう







特にそれが強いものであれば







相手はすかさず飛びついてくる






それが例え






破滅の道であるとしても
















「殺してやる、殺してやる、あの女をっ!!」




呪詛の言葉を吐き続け、艶妃は目の前の大木を殴り続ける。
そのせいで、白い手に血が滲み出そうとも、溢れ出る憎悪は留まる事を知らなかった。
自分のこの想いが刃となり、少しでも相手に届く様に、少しでも相手の命を削り取るように。
艶妃は禍々しい呪いを静蘭が大切に思う秀麗へと向ける。
憎い、あの女が。憎い、あの笑みが。憎い、あの女の全てがっ!




「死ねば良いのよ……あんな女……」






「なら、殺せば良い。お前の望みどおり」






誰も居ないと思い込んでいたからこそ、艶妃は突如聞えてきたその声に
心臓が飛び出るほどに驚く。顔を上げ、慌てて辺りを確認した。







――誰も居ない。







――――幻聴だったのだろうか?






そう想い、再び艶妃は呪詛の言葉を吐こうとする。







「上だ」







再び聞こえてきた声。自分の居場所を示すその言葉に、艶妃は自分が殴り続ける大樹の
上部を見上げる。すると、ザザザという音と共に何かが降って――いや、地面へと
降り立った。それは――艶やかな長い黒髪を持ち、何処かの民族衣装の様な、
けれど機能性に富んだ着衣をその身に纏う見知らぬ青年だった。
突如現れた、この何処か冷たい印象すらも覚える目の前に立つ美しい青年に、
艶妃は唖然とした。一体誰なのだ、この男は。





「あ、貴方、何者ですっ!」





貴族の姫君らしく威厳を持って鋭く誰何する。すると相手は口元を引き上げ、クククと
不敵な笑みを浮かべた。それは、一見すれば何処か嘲笑っているようで。
当然ながら、気位の高い艶妃は馬鹿にされたと想い、声高に相手に詰問していく。



「別に……俺が誰なのかなんて問題じゃないだろう?それよりも、お前の方が問題だ」



「何ですって?」


「こんな所で仮にも紅家の直系の姫を罵っていたなど知れたら問題じゃないのか?
彩七家に次ぐ名門――鵬家の姫君にして、後宮でも優秀な女官であるお前が」






「――――――っ?!」






艶妃の顔から一気に血の気が引く。相手の言うとおり、こんな所がバレでもしたら、
今まで自分が築き上げてきたもの全てが台無しとなる。



「あ、あなた、一体何が望み…」



如何にかしてこの男の口を封じようと必死にその頭を回転させる。
お金か?それとも金銀財宝か?いや、権力かもしれない。
すると――そんな考えを見透かしたのか、男は腕を組み面白そうに笑った。



「いや、そのどれもじゃない。俺の望みは……お前の協力だ」


「っ?!――なんですって?」


「何もかにも、言ったとおりだ。お前の協力が欲しい。俺達に力を貸せ」




俺達……と言う事は、他にも居るのか?




「俺達は今、仲間を探している。それも、選ばれた存在だ。お前は光栄にもその仲間に選ばれたんだ」


「仲間?選ばれた?」


「そう……聖宝――『鏡華変化』の正当なる使い手としてな。――これを使えば、
お前の望む願いも叶えられる」





「――え?」







わたくしの、望み??








「そう――その紅家直系の姫を、お前の手で、しかも合法的に殺す事が出来る」





思いもかけないその言葉に、艶妃は静蘭から秀麗を大切にする言葉を聴かされた以上の
驚きを覚える。しかし……静蘭の時とは違い、その言葉は心をズタズタにする事はなく、
それどころか優しく心を包み込み歓喜の渦へと自分を誘う。







あの憎い女を――――殺す事が出来る?







それも……自分の手で、罪にならずに?









「……それは……本当なの?」





「勿論。『鏡華変化』を使えば、簡単に出来る。瞬殺する事も……ましてや、策を講じて
苦しめて殺す事も。そう―――じわじわと、な」



あの女を苦しめて殺す事。
それは、静蘭が秀麗を大切にしていると言った時からよりいっそう強くなっている。
あの時から……今年の春に静蘭が羽林軍として一時的に滞在していた時から、
自分は思い続けていた。あの女――秀麗さえ居なければ、と。
それを――これを使えば……成し遂げる事ができる。



余りにも甘美な誘い。艶妃はそれに直ぐに乗った。
美味しい話には裏がある。その言葉に基づき、疑うには艶妃は余りにも典型的な
貴族の姫君だった。いや、例え知っていたとしても、もう傷付き過ぎた心では、
この誘いを拒む事はどちらにしろ出来なかっただろう。艶妃は何よりも願っていた。
あの女を苦しめて殺す事を。その為には―――どんな事だってする。
例え、それが破滅の道であっても……構わなかった。




艶妃は、禍々しい笑みを浮かべ――――言葉一つ一つを噛締める様にその言葉を紡いだ。











「協力するわ」






































――契約は成った――















男が笑う。今も増大し続ける憎悪は、正に絶好の代物。
後は、実際に『鏡華変化』と適応させるだけだ。




「じゃあ、『鏡華変化』の使用者としての契約を行おう」






































己の物となった『鏡華変化』を片手に足取り軽く戻って行く艶妃の後ろ姿に、大樹を背に
寄り掛かる男は心底楽しげに笑った。まさか……あれほど見事な憎悪だったとは……
そして、あれ程見事な契約が行われるとは。抵抗する『鏡華変化』をあっという間に
自分の支配下に置いた艶妃。やはり――自分の見る目は確かだった。





「あれは……良い戦力になる」





ほぼ完璧に『鏡華変化』を操った艶妃のその才能に、男は再び笑う。
他にも適応者達を探し、見てきたが――あれ程自由に、自分の手足の様に
扱うものは見た事が無かった。きっと、あのお方も喜んで下さる筈だ。





「さてと……それでは、次の命令が来るまで―――――見学させて貰おうか」













『鏡華変化』の新たなる主となった艶妃が描く












紅姫抹殺の最高の舞台を―――――――














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