〜第十四章〜再会の結果―前編〜









「どうして……私……何か…気に障る事……したかな……」




秀麗は流れ落ちる涙を拭う事もせず、浴びた幾つ物悪意に満ちた言葉を考え続けた。









蒼麗に当身を食らわせられてから2日後。
ようやく体力が平常時に戻った秀麗は、「そんなに心配なら会いに行きましょう」と
直球で行く蒼麗に引きずられ、共に宮城へとやってきていた。
その道中、女官でもない女性は中に入れない、と何度も説得したが、全く
聞き入られなかった。それでも、実際に門で断られたら戻らざるを得ないだろうと思っていた。






――――――が









ピッピィ―――――――――――――










何処からともなく取り出した笛を吹く。すると、その数泊後。
物凄い土煙と共に見覚えのある人物が此方に向かって来るのが見えた。











ぶっっっはぁ!しょ、しょしょ霄太師いいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ?!









長い顎の鬚を颯爽と靡かせ、血走った目をギラギラさせながら此方に走ってくるのは、
紛れも無くこの国の権力者である霄太師その人である。しかし、何よりもその気迫が怖い(汗)
秀麗は即座に逃げようとしたが―――――しっかりと掴まれた腕がそれをさせない。
そうして、秀麗は霄太師が来るのを死刑宣告を待つ思いで待つ事になったのである。















「はぁ……
はぁ……はぁ……」





老いた身での全力疾走は、やはり大きな負担を掛けたのか、
暫くの間呼吸が荒れたままだった。



「霄ちゃ〜〜ん、大丈夫?」


「そう思う位なら、最初から呼ぶなっ!」



霄太師が聞いたら全力で否定すると思うが、物凄くフレンドリーな雰囲気に、
秀麗は目を丸くした。



「え、あの、蒼麗ちゃん」



「あ、紹介しますね。つい数日前に、私の服の中に頭を突っ込んで下さった霄太師です」



笑顔でさらりと紹介するが、実はその中身はとんでもない。
当然ながら、秀麗は目をカッと見開いた。





「な、なんですって?!霄太師、幾ら女性に飢えているとは言えっっっっ、そんな
鬼畜的行動をぉぉぉぉぉ――――――――――――――――――――――っ!
ってか、幼女虐待ですっ!!年齢差があり過ぎます!!!!!!!」





「ち、違っ、秀麗殿、それは誤解じゃっ!!!




「何を言うんです!事実じゃないですかっ」


「いや、それはそうだが……って、秀麗殿、そんな目でわしを見ないでくれ!」



明らかに変質者を見る様な眼差しに、霄太師は必死に弁解する。
すると、如何やら頭を突っ込んだのは事実だが、それは偶発的な物らしい事が判明した。







「で、蒼麗ちゃんは慰謝料代わりに霄太師を一時的に下僕にしていると」




「いえ、何でも言う事を聞く使い勝手の良い人に成って貰ってるだけです」



そういうのを下僕って言うんじゃ……しかし、余りにも素晴らしい笑顔の蒼麗に、
それを言う事は最後まで出来なかった。




「うぅ……こんな老人を酷使しおって」



霄太師はよよよとその場に泣き崩れる。しかし、蒼麗は一ミクロンも騙されなかった。



「うふふふふふふふふvv霄ちゃん。嘘泣きは駄目です。ってか、一度ならば私も
我慢しましたが……霄ちゃんがこうやって私の服の中に顔を突っ込んだのは何度目?
何度もやるって事はもうそれだけ注意力がなかったって事ですよね?」




ズゴゴゴゴゴゴ
と、背後に黒いものを放出させている蒼麗に、霄太師は珍しくもたじろいだ。







「う……ぐ…………………………………完敗じゃ……」







終に霄太師は完全に負けを認めた。蒼麗の圧勝である。
国の重要人物が、一人の少女に此処まで翻弄される。その異様な光景に、
秀麗は何時しか声を上げて笑っていた。




「あははははははは、凄いわ、蒼麗ちゃん」




「しゅ、秀麗殿!酷いですぞっ」



「あ、あははははははははは、だ、だって!」



お腹を抱えて笑う秀麗に、霄太師は傷ついた様な顔をしたが――それも、直ぐに
仕方が無いなといった顔に変わる。




「――それで、一体何用じゃ?何か用があってわしを呼んだのじゃろ?」



「宮城の中に入れて下さい」



ずばっと用件を切り出す。驚きに、秀麗は笑いを引っ込める。いや、幾らなんでもそれは――




「ふむ。そのぐらいお安い御用じゃ」




「やったぁvv」








うそぉ―――――――――――――――っ?!







「ふっ、秀麗殿。このわしを誰だと思っておる。国王である主上でさえ黙る霄太師じゃぞ!
その様な事ぐらい容易いわ。というか、わしが良しと言えば良しなのじゃ」




なんか、もう
この国を裏側から牛耳っていますとも聞こえる発言を、
大きく胸を逸らしながら宣言される。




「さてと、では許可証を与えておこう。もし中の者に何か言われたらこれを見せたら良い」



霄太師がごそごそと懐から二枚の木簡を取り出し、秀麗と蒼麗にそれぞれ手渡す。



「ありがとう、霄ちゃん」


「いや、なに。それじゃあ、わしはこれで帰るぞ」


「うん、バイバイ」



霄太師は颯爽とその場から立ち去っていった。―――――髭を靡かせて。



「って事で、早速行きましょうかvv」


「え、あ、でも……」



やっぱり――と戸惑う秀麗だったが、蒼麗は木簡を門番の兵士に見せてさっさと
中に入ってしまう。唖然としていると、中に入った蒼麗が首だけ出して早くと呼びかけてきた。




「う〜〜〜…………ええい、もうなるようになれよ!!」




半ばやけくそで秀麗は門番に木簡を見せ、許可の声と共に蒼麗の後を追った。







けれど本当は―――






心の奥底に押さえられている――少しでいいから父や静蘭、劉輝達と会いたいと
思う気持ちが後押ししたのかもしれない。

















まず最初に向かったのは、王宮に居を移した華樹の元だった。
静蘭達同様にその音信が殆ど聞えなかった為、せめて顔だけでもと思い向かったが、
実際には、華樹は笑顔で迎え入れてくれた。自分の家に居た時と変わらず元気なその姿に
ホッとする反面――何処か、羨ましくて……寂しい気もした。華樹が居るのは、
王宮の奥深く――後宮。劉輝達や静蘭達の居る場所と同じ敷地内だ。




「本当に、よく来てくれた。妾は嬉しいぞv」




後宮の一室を与えられ、そこで手厚く保護されている為と、自身が彩の教団と言う者達に
狙われている事から殆ど外に出られない事もあってか、秀麗達の来訪を華樹は
心底歓迎する。それは、華樹自らお茶を振舞ってくれた事からも十分に感じる事が出来た。




「華樹さんも元気そうで何よりです」




「ああ、此処の者達は本当に良くして下さるからな。陛下達も毎日最低3回は顔を
見せてくださって……しかも、退屈しない様にと色々な物まで下さるのじゃ」





毎日……3回も?!しかも、最低?!




秀麗は軽く息を呑んだ。同時に―――何ともいえぬ思いがこみ上げる。
自分は、此処3週間殆ど――どころか、一度たりとも顔を合わしていない。
なのに……華樹は―――――いや、華樹は劉輝達の居る場所と同じ敷地内に居るのだ。
だから、ちょっとした折に顔を見せに来ても不思議ではない。逆に、自分は王宮から
離れた場所に住んでいる。聖宝探しで忙しいのだから、そうそう来る事は出来まい。
秀麗は、そう強く思う事で自分の中に生まれ出る思いを奥深くに閉じ込めていく。
だが、それでも直ぐに気持ちを切り替える事は出来ず、暫くの間口を閉ざしたままとなる。
一方、蒼麗は華樹と楽しく会話していった。




「へぇ〜〜、そうなんですかぁ」



「そうなのじゃ、静蘭は」




主に、その話の内容は劉輝達が自分達の所に来た際の話だった。皆で囲んでお茶をしたり、
中庭を案内してもらったり。また、贈り物についての話も大いに弾んだ。





沈んでいく秀麗の心とは裏腹に――





「?秀麗さん、どうしたんですか?」




「え?」




気が付けば、蒼麗が心配そうに自分を見ている。華樹も不安げな眼差しを向けていた。



「秀麗殿、どうした?顔が青いぞ」


「あ……だ、大丈夫。気にしないで」


「秀麗さん、もしかして……まだ体調が」



だとすれば、強引に此処につれて決まったのは―――――申し訳なさに自分を恥じる蒼麗に、
秀麗は慌てて顔の前で手を振った。



「違うわ!!そ、その……ちょっと月の物が……わ、私ね、月の物の前は何時も
お腹の調子が優れなくって!って、あ、それでも直ぐに治まるから!!」


何だか妙な事をいった気もする。しかし、蒼麗と華樹を安心させる事には成功したようだ。
ホッとした二人は、それぞれ笑顔を向ける。



「良かった……あ、それじゃあ、帰ったら月の物の痛みを緩和するお茶を入れますね」


「あ、ありがとう蒼麗ちゃん」



気遣いに溢れる蒼麗に、秀麗は笑顔を向ける。
気が付けば――何だか、心に溢れていた嫌な物が気にならない程に小さくなっていた。
何も出来ないと嘆いていた時、蒼麗が慰めてくれた時と同じように。




「でも――やはり、無理はいけませんね」



キランと目を輝かせ蒼麗は呟くと、華樹に向き合い、ここらで失礼する旨を告げる。
本当はもっと居たいが、静蘭達にも会うつもりである為、余り長く此処に居れば
それだけ遅くなってしまい、必然的に帰る時間自体も遅くなってしまう。
華樹の方も、この後に秀麗達が静蘭達の元に向かう事を知っていたので、
引き止める言葉無く頷いた。




「そうか、名残惜しいが――楽しかったぞ。また来てほしい」


「はい、また来ます。じゃあ、秀麗さん、静蘭さん達の下に行きましょうか」






その時だった。








―――――キィィィィィ






ゆっくりと、室の扉が開けられる。 現れたのは――華樹付きとして3週間弱前から
その任を担っている女官――鵬 艶妃であった。女官の衣装に身を包み、艶やかな髪を
繊細な細工の髪飾りで纏めた美貌の女官は、秀麗と蒼麗の姿を認めると、にっこりと笑い、
続いて室の主である華樹に玉響の如き声音で朗々と告げたのだった。






「主上及び、その配下の方達がいらっしゃいました」




と、同時に艶妃の後ろに現れた人物達に、秀麗は目を見開き――続いて懐かしさに
胸を一杯にさせた。




それは――3週間分ぶりに見る劉輝達や静蘭、父の姿であった。










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