〜第十五章〜再会の結果―中篇〜









3週間ぶり。それは、本当に長い期間だった。
静蘭が国武試を受けた時はそれ以上居なかったが、それでもその時は父が一緒に居てくれた。
そう、今まではどちらかが居なくても、必ず残った方が傍に居てくれたのだ。
しかし――この3週間は2人とも傍には居なかった。その寂しさと、今ようやく父や静蘭、
そして劉輝達と会えた喜びに目頭が熱くなってくる。



そうして、今、秀麗の中には、静蘭達に会えた喜びだけが支配する。









だから――気が付かなかった








秀麗の姿を認めた瞬間、ほんの一瞬だが浮かべた、静蘭達のその表情に―――








嬉しそうにする秀麗と、静蘭達を見比べた蒼麗は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
そして、トコトコと静蘭達の後ろにある室の入り口に向かう。




「蒼麗ちゃん?!」



「私、少し外に出てますね。暫くしたら戻って来ますので」



お邪魔になるから外に出ています。ゆっくり話してくださいね、とその言葉の裏に
隠されたものを読み取り、秀麗は蒼麗の気遣いにも目頭を熱くする。油断すれば、
涙が出てきそうだった。本当に、蒼麗には気遣いをされっぱなしだ。




それじゃあ、と蒼麗が室を出て行く。




後に残されたのは、静蘭達と、この室の主である華樹、その付き人の艶妃、そして自分。
秀麗は蒼麗の優しさに後押しされる様に、笑顔を浮かべ、静蘭達に声を掛けようとした。





「静蘭、私――」




しかし、それは最後まで言う事は出来なかった。



なぜなら―――――












「女官でも官吏でもない貴方が何故此処に居るんですか」










何時もは温かみに満ちている静蘭の声音が、今は吹雪の様に凍えていた。
その、親しみも何もない、寧ろ邪魔だと言わんばかりの口調に秀麗は絶句し――そこで、
ようやく気がついた。静蘭達の浮かべる表情。そこに、何時もの親しみは全くない。







「一体何の用ですか。用が無いのなら早く此処から出て行って下さい」











追い討ちをかける冷たい言葉。秀麗の頬に一筋の涙が流れる。
それは、静蘭達に会えた時に込上げてきた物とは違う――――予想だにしない
状況に対する悲しみの産物だった。














「やっぱり、一刻位は掛かるよね」



秀麗を一人残してきた蒼麗は、きっと、静蘭達と久しぶりの再会で話が弾んでいるだろうと思い、
一刻程してから華樹の部屋に戻ろうと決めた。だが、そうなると――時間をどうやって
潰すかが問題となる。この宮城での知り合いの殆どは、秀麗と今話をしている。
となると、残りは―――――




「呼ぶか」




懐から笛を取り出し、口に加える。






ピッピピピィ――――――――――――――









ズドドドドドドドドドドドドドドドドっっっっっっっっ!!










宮城の入り口の門での光景が思い出される。
あの時同様に颯爽と手入れバッチリな髭を風に靡かせ、やはり到底老人とは思えぬ速さで、
その人は後宮に続く吹き抜けの回廊を駆けて来る。その必死な形相がとても眩しかった。





「霄ちゃ〜〜ん、数刻ぶり〜〜vv」





蒼麗は満面な笑顔を浮かべたのだった。












「そ、それで……い、一体……なによ…はぁはぁ……何用じゃ」




体を前に折り曲げ、両手をそれぞれ膝に当てて大きく息を吐き続けるのは、
この国を統べる国王よりも権力があるのではと思われる霄太師。
今はそれは見る影も無かった。



「秀麗さんが静蘭さん達とお話中なんで暇を持て余しているんです。だから」


「あ、わし、午後4時から老人会のゲートボール大会が」


「退会連絡して置きますから。幼女に手を出した挙句に変態ジジイとして逮捕されましたって」



「そうか、それなら―――――――って、おいっっっっっっ!!」



ジジイ言葉から若者言葉にミラクル変化した事も気がつかず、霄太師は本気で
連絡しようとする蒼麗を止める。



「止めてくれ!!そんな事をされたら私が今まで築き上げてきた地位と名誉と
尊敬と信頼がぁっ!!」


「地位も名誉も別に興味無いでしょう。尊敬なんて逆に純度100%の殺意と敵意で、信頼なんて
死んでもしてませんよ、聡明なこの国の国王達は」


蒼麗の言葉を聴けば、劉輝達は涙を流して喜ぶだろう。
そう、間違っても劉輝達は霄太師を信頼してない。



「じゃあ、退会連絡は輸送させて頂くので、とっとと行きましょうか」


「何っ?!ちょ、おい、マジで止めろ!!」



にこにこと笑いながら、蒼麗は霄太師の首根っこを引き摺って行く。
その光景は幸運にも誰一人として見られる事は無かったが、それでも、
もし目撃されていたならば、余りの事に気絶者続出は間違いなかっただろう。












「って事で、到着〜〜vv」



首が絞まり、半ば逝き掛けの霄太師を片手に、蒼麗はようやく辿り着いた
風雅の高楼を見上げた。そこは――伝説の彩八仙しか入れない聖域。



「はぁ〜〜、全然変わってないですね〜〜」




昔と何も変わらない。そして――





「霄太師、貴方も何も変わらない」





この男もまた、昔と同じだった。その人外魔境さも、鬼畜さも、何一つ――いや、
それでも本当に少しだけは変わっているかもしれない。


ようやく首から手を離された霄太師はゴホゴホと暫く咳き込むが、蒼麗の眼差しを受けると、
ゆっくりと立ち上がった。真正面からその視線を受ける。






「――あれを望みか」






「はい。此処にあれば大丈夫だとは思ったんですが……ここ暫くの調査結果から、
余り安全ではない事が分かってしまったんで……」


「だが、大丈夫なのか?動かして」


「ええ。この紫州内にあるのならば」


「そうか……分かった」



霄太師は困ったように笑うと、風雅の高楼に向き直る。




「暫し待っておれ」




そうして、霄太師は高楼の中へと姿を消し、その場には蒼麗だけが残されたのだった。


























「……静蘭」



秀麗は、未だに自分に掛けられた言葉の冷たさに凍り付いていた。今まで、一度だって
こんな風に言われた事はない。叱られる時でさえも、何処か温かさを含んでいた。
今の様に、明らかなる侮蔑が含んだ事なんて……。しかし、そんな秀麗の思いとは別に、
静蘭達は冷たい表情を浮かべていた。華樹から秀麗達が此処に来た経緯を聞かされた
静蘭は、腕を組み、嘲笑う様な笑みを浮かべる。




「貴方と言う人は……私達がこれ程大変な思いをしていると言うのに、本当に
お気楽な人ですね」





「――――――っ?!」





「静蘭殿、何て事を言うのじゃ!!秀麗殿はそなた達の事が本当に心配で」



静蘭の余の言い様に、華樹が強く反論する。
が――――




「だからと言って、霄太師に無理を言って勝手に入って来ても良いのですか?」




静蘭の言葉に、秀麗はもう少しで涙が流れそうになる。まるで、貴方には失望しましたと
言わんばかりの口調だ。しかし――静蘭の言う事も正しい。確かに、自分は女官でも
ないのに此処に入って来ている。それも、霄太師に無理を言って。実際に無理を
言ったのは蒼麗だが、混乱し傷ついている秀麗にはそこまで考える余裕はなかった。



「全く……家で大人しくしていれば良いものを……で、用はそれだけですか?
なら、今直ぐ帰って下さい。はっきり言って、邪魔ですから」


「静蘭の言うとおりだ。秀麗、そなたは今回の件では役立たずだ。早々に家に戻れ」


「うん、その方が良いよ」


「同意見だ」



楸瑛と絳攸も劉輝に同意する。それまで黙っていた邵可も困った様に口を開いた。





「全く困った子だね。本当に……一体如何してこんな風になったのか……」





明らかにウンザリとした様子の父に、秀麗はとうとう堪えていた涙が溢れ出た。
一体、静蘭達は如何したと言うのか?もしかして、聖宝探しが上手く行かなくて
苛ついているのだろうか?けれど、それにしたって、こんな風に、あからさまに人を
傷つける様な発言を吐くなんて。相手を思って嗜めるのとは違う、完全に人を甚振る様な言葉。


思いがけない事態に、静蘭達の突然の変貌に傷ついた心を抱え秀麗は混乱した。
自分は、唯、本当に心配していたのだ。特に此処2週間は。唯、顔を見るだけで良かった。
声を聞くだけで良かった。本当に、それだけだった。なのに――実際には酷い言葉を
投げつけられて……。自分が悪いのか?それは勿論あるだろう。静蘭達の言うとおり、
勝手に宮城に来てしまったわけだし……。そう、きっと何処かで甘く考えていたのかも
しれない。静蘭達は国の命運をかけて今一生懸命に動いている。なのに、自分は寂しい
からと言うだけで来てしまった。そして、愚かにもきっと優しく迎えてくれるだろうと思っていた。
本当にお気楽で……しかも、役立たずだ。




「ごめん…なさい…」




嗚咽交じりの謝罪。しかし、静蘭達は秀麗の泣く姿に罪悪感を感じる、または
心動かされる所か、そう思うのならさっさと此処から居なくなって欲しいと言わんばかりに
大きな溜息を付く。それがよりいっそう、秀麗の心を抉った。しかも――





「華樹姫、退屈だろうから、新しい書物を持って来た」





自分に向ける険しい顔とは打って変わって優しい笑顔を劉輝は華樹に向けた。
続いて、それを皮切りにする様に、楸瑛達も華樹に優しく声を掛けていく。
気遣い溢れるその姿に、自分に対する態度との差がよりいっそう露となって傷ついた心を
ズタボロにしていく。



「書物は有難く頂く。だが、主上、それに皆、秀麗殿は本当に心配していたのじゃ」



「心配、ですか……はっ!違いますよ。この人はね、何時も自分の傍に居る人が
居ないから不服なんですよ。全く……私はお守りじゃないと言うのに。何時までも束縛して」




「ふっ…くっ……!」




秀麗は新たに強く込上げて来た嗚咽を、必死に両手で口を抑える事によって堪える。
そんな……風に……思っていたの?今まで……。一緒に居てくれると思っていたのは
……私の自惚れ?









『私はお嬢様達がもう出て行けと言うまで一緒に居ますよ』








そう、笑顔で言ったのは……あれは、偽りだったの?






向けてくれる優しさは嘘だったの――――っ?!







突き刺さる様な静蘭達の侮蔑の眼差しに、秀麗の瞳からは涙が止まる事無く流れ続ける。








どうして?どうして?どうして?!一体何が起きたの?何が起きているの?!!








しかも、今の静蘭達の言葉や態度には、一時的にではなく、遥か昔から長い時を掛けて
自分には失望している、いや、憎んでいると言う感じさえする。3週間前までは、
本当に何時もどおりだったと言うのに。優しくて、笑顔を向けてくれる――そんな、
何時もどおりだった、筈なのに……






「どうして……私……何か…気に障る事……したかな……」






自然とその言葉が、流れ落ちる涙と共に零れ落ちていた。










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