〜第十六章〜再会の結果―後篇〜










ゴソゴソ  ガタン バタン





「よし、終わり」




それを、きちんと隠し終えると、蒼麗はゆっくりと立ち上がり、手に付いた埃と泥を
パンパンと叩いて払い落とす。続いて、顔に付いた土も綺麗にふき取った。




「さてと、これで一先ず安心ね」




取り敢えず、目的の一つは果たし終えた。良い隠し場所候補を幾つも提供してくれた
霄太師に感謝だ。なので、物を渡し終えた途端に脱兎の如く逃げ出したのは容赦しておこう。



「でも、また何かあったら呼んでしまえ」



ふふふふふふ。あの男への恨みはまだ終らない。
と言うか、服の中に顔を突っ込まれた恨みはそうそう直ぐに無くなる物ではない。




「さてと、そろそろ時間かな……秀麗さんの所に戻ろう」




正確な時間は解らないが、作業で少々時間がとられた事からしても、もう時間だろうと
見当をつけて、蒼麗は後宮に向かって歩き出した。途中、道行く官吏に呼び止められたりも
するが、その際には霄太師がくれた木簡が素晴らしい威力を発揮してくれる為、
今の所は殆ど問題なく済んでいる。なので、そう時間をかけずに戻れるだろうと思っていた。
曲がり角の向こうに広がる光景を偶然目にするまでは。







「―――――止めろっ!」






「今更何を――私の気持ちは知っているだろう?」







言い争う声が進行方向から聞こえてくる。もしかしてお取り込み中?とは思うが、
此処を通らなければ後宮には辿り着けない。蒼麗はなるべく通りすがりを装い
強行突破しようと、声が聞こえてくる曲がり角を曲がっていった。














仮面をつけた髪の長い男を、その男の上に馬乗りになった扇を持った男が
組み敷いていた――――――















仮面の男と、馬乗りになった男と蒼麗の視線がしっかりとかみ合わさる。
蒼麗の脳裏に、凄まじい速さで計算がなされる。







クルッ、スタスタスタ








「ま、待てそこの娘!!」




仮面の男の方がくぐもった声で何やら制止を求めているが、蒼麗はスタスタと
今来た道を戻って行く。



「私、何も見ていませんから。仮面さんが、男の人を組み敷いてる所なんて」


「そんな事はしていないっ!いや、違う、組み敷いてるのはこの男だっ!」


「鳳珠、組み敷くだなんてvv」


「へらへら笑うな、黎深っ!」


「あはははは、君と私の仲だろう?」


「深い仲なんですね」


「違うっ!浅い、いや、まっ平らだ!いいか、お前は誤解している。私達はそんな仲でも
なければ、こうなったのにこそ深いわけがあるんだ」




鳳珠と呼ばれた仮面の主は必死に事の成り行きを説明していく。
仮面をつけていても、全身から漂う気迫に、仮面の主の本気さを感じ取り、
蒼麗も大人しくその場に留まり、話を聞いた。







「え〜〜と、黎深さんが鳳珠さんをからかって、それに対して鳳珠さんが気孔を放って、
でも避けられて、乱闘していたら鳳珠さんがスッ転んで黎深さんが馬乗りになったと。
で、あの意味深なセリフもからかい、ですか」




「そのとおりだ。って、黎深、貴様さっさと退け!!」



鳳珠は何時までも自分の上に乗っている黎深を怒鳴りつけた。
すると、しぶしぶと言った様子で黎深と呼ばれた男が鳳珠から離れていく。



「はぁ〜〜、昔は可愛かったのに」


「待て、貴様とは20歳以降の付き合いだ」



そんな昔から付き合っていてたまるかと殺気立つ鳳珠に対し、黎深は蒼麗の方に向き直る。
そして、この服装からして女官ではない見知らぬ少女の姿をしげしげと見た後、
油断なら無い光を瞳に宿し、持っていた扇で蒼麗の顎を持ち上げた。




「で、君は誰だい」



すると、鳳珠の方も即座に怒りを押さえ、蒼麗を見る。怒りに駆られていて
気が付かなかったが、そういえばこの少女は何者だ?女官でもない――ましてや、
官吏では決して無い。それどころか、一般人のように見える。――不審者か?
しかし、そんな黎深と鳳珠の疑問はあっさりと、蒼麗によって解決された。


「私、蒼麗って言います。現在、紅 邵可様の自宅に居候の身で、此処には
秀麗ちゃんを邵可様達に会わせる為にやって来ました」




その後、幾つか補足の説明を入れていき、二人に解り易い様に丁寧に説明した。




「そうだったのか。確かに邵可様は聖宝の件で此処の所、何日も泊り込みをされている」


「知ってるんですか?」






――聖宝の件を――






「ああ、聖宝を与えられし一族――邑一族の姫、邑 華樹がこの王宮に匿われて直ぐ、
王が文官武官のそれぞれの最高官達を集めて説明したからな」


「そうだったんですか……え?じゃあ、もしかしてお二人は」




最高官?蒼麗の質問に、鳳珠と黎深は頷いた。




「私は戸部の尚書で、この男は吏部の尚書だ。それぞれ、黄尚書と、紅尚書と呼ばれている」


「そうなんですか」


「で、君も聖宝について知っている様だね?」



黎深の言葉に、蒼麗は頷く。



「はい。まあ、成り行きみたいな感じですが……じゃあ、やっぱり黎深様と鳳珠様も
泊り込みをしているんですか?」


「まあな」


「早く聖宝が見付ると良いですね。それにしても――黎深様は最高官なんですか……
で、邵可様が府庫の……中々複雑そうですね、弟君の方が要職とは」







「「え?」」







目を見開く二人に、蒼麗はキョトンと首を傾げた。



「え?黎深様は邵可様の弟君でしょう?」



「――――兄上が言ったのかい?」



自分はそんな事一言も言っていない。
しかし、黎深の質問に蒼麗は首を振った。



「いいえ、あ、でも、弟さんは二人居ますって聞きました」


「じゃあ」


「え〜〜と、黎深さん、似てますから、邵可様に。それに、秀麗さんにも似てますよ」



何が?と言うか、何処が?と言う疑問で一杯になる鳳珠。
だが、それとは正反対に黎深の顔は勢いよく笑み崩れた。











あははははははははは、うふふふふふふ、うははははははは、キャホォ――――!












完全に壊れた黎深は、嬉しい言葉を言ってくれた蒼麗を抱きしめ、クルクルと周り始める。
そこらの官吏が見たら、紅尚書はもう駄目だ、と皆一様に言い切っただろう。







黎深っ!








あっっっひゃほほほほほほほほほほほほほっ!







笑い方まで壊れている。――もう、駄目だ。鳳珠は苦しまない様に葬ってやる事にした。
――が、それには――




「黎深、蒼麗を離せっ!」




黎深に抱き込まれて哀れにもクルクルと一緒に回る破目となっている
蒼麗を助け出さなければ。鳳珠はそう強く決意し――息を潜めて隙が出来るのを待つ。
しかし、結局はどれだけ待っても黎深に隙が出来る事はなく、終には最終手段。
力ずくとなったのだった。














「今日のことは
内密に願う



懇親の一撃で黎深の腹部に一発居れ昏倒させた鳳珠は、気絶する黎深を背負い、
蒼麗にしっかりと口止めをする。



「解りました。紅尚書が踊り来るって居たなんて絶対に言いません」


「……いや、それとも少し違うが……まあ、頼む。代わりに、何か困った事があれば力になろう」


「ありがとうございます」



鳳珠の申し出に、蒼麗は心からの笑みを浮かべ、頭を下げた。



「それでは、秀麗さんの迎えに行くので」


「ああ、それじゃあな」



鳳珠は外朝に、蒼麗は内朝の後宮に向かって、それぞれ歩き出していった。



























華樹の部屋に辿り着いた時、そこに、目当ての人物は居なかった。




「あれ……秀麗さんは?」




キョロキョロと探す蒼麗の後ろで、華樹とその付き人である艶妃が違いに目を交わし、
気まずそうにする。蒼麗が居ない間に此処で起きた事を果たして話しても良いのだろうか?



「あの〜〜、秀麗さんは?」



「え、あ、いや、その……実は……今から一刻前に……屋敷に戻ったのじゃ」




「えぇ?!」




華樹から齎された思いもかけぬ言葉に蒼麗は心底驚いた。
つまり――自分は置いてかれた?




「え〜〜と」


「そ、その、実は秀麗様……静蘭様達とのお話の最中に体調を崩されて」




「えぇ―――――っ?!」




「それで、それは大変とつい先ほどまで此処で休まれていたのですが……その、
半々刻前に目覚められて……ほんの少し前まで蒼麗様をお待ちしていましたが、
中々帰られず体調も回復しないと言う事で先に帰れられたのです」




「艶妃」




目を軽く見開いた華樹。しかし、蒼麗は気が付かなかった。



「そ、そんな……す、すいません、私も帰ります――あ、そういえば、静蘭さん達は」


そういえば、静蘭達も此処には居ない。もう戻ってしまったのだろうか?
すると、艶妃が慌てた様に口を開いた。


「え、あ、静蘭様達は……秀麗様が倒れられた後、暫くは傍に居たのですが、
仕事で呼ばれて……名残惜しそうにしていたのですが……」


「そうなんですか……でも、仕事では仕方が無いですね。それに、きっとお話している間は
楽しい時間を過ごされたと思うし――――って、華樹さん?艶妃様?」



同時に顔を曇らせた二人に、蒼麗は首を傾げた。
――何かあったのだろうか?



「あ、いや、何もない。楽しい時間を過ごしていた……それより、秀麗殿が心配だ。
早く帰って様子を見てはくれないか?」



「あ、はい。それじゃあ」



蒼麗はパタパタと室を出て行った。残された二人は、その後姿を不安げに見守る。
先に口を開いたのは華樹の方だった。





「艶妃殿………………なぜ、嘘を付かれた」



秀麗は体調を崩したから寝込んだのではない。体調を崩したから帰ったのではない。
本当は……静蘭達の言動に心を深く傷つけられたから。だから、気を失い、泣きながら
蒼麗を待たずに帰ったのだ。



「では、蒼麗様に真実を申し上げるのですか?」


「それは」


「きっと、あのお方のご気性ならばその真実に疑問を持ち、相手に厳しく問われる筈です。
ですが……相手はこの国の王、そしてその側近の方達です」



下手に手を出せば、首を飛ばされる。



「だが……」


「もし、蒼麗様が真実を知り、今直ぐ似でも主上の下に走り真実を問い、首でも
刎ねられたのならば、わたくし、秀麗様に申し訳が立ちません」


「艶妃」


「それに……勝手に話をしてしまうのも如何かと思います。わたくし達は当事者とは言え、
所詮は立ち会っただけに過ぎません。やはり、話すのならば秀麗様ご本人からの方が
良いと思うのです。何故なら、わたくし達が良かれと思って話した事が、相手には
話されたくない事だと言う事もあります。そして、それが余計に心を傷つける事も。
それに……何より、秀麗様も仰っていたではありませんか。この事は蒼麗様には、と」



「あ……」





『お願い……言わないで……蒼麗ちゃんには……心配するから…』







「きっと……時が来れば秀麗様ご自身からお話しするとわたくしは思います。だから、
わたくし達は……見守りましょう。そして、困った時がくれば出来る限りの助力を。
それが、偶然といえども立ち会ったものの勤めだとわたくしは思います」




「艶妃殿……うむ、解ったのじゃ」




華樹は笑顔を向けた。









しかし――華樹は気が付かなかった。










その間にも浮かぶ、艶妃の表情の裏に潜む狂喜の笑みの存在を―――――












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