〜第二十章〜対決〜








秀麗VS劉輝、楸瑛、絳攸の3人組の言い争いは、熾烈を極めた。





「そなたは何を言うのだ!余達に何か起きているだと?!」



「そうよ!でなければ、劉輝達がそんな風になるわけがないものっ!」





完全に自分を見下す態度を取る劉輝達に対し、秀麗はこの一刻程の言い争いの中、
何処までも対等な立場で意見を述べた。



「静蘭や父様だってそうよ!絶対に何か起きてるわ!だって、最初の1週間は別としても、
その後の2週間は手紙はおろか、何の音沙汰すらなかった。何時も、どんな時でも
必ず遅くなる時や泊まる時は欠かした事がないのに!!」



可笑しすぎる。絶対に何かがあったのだと、秀麗は叫ぶように言った。



「はっ!憎む相手に何故手紙など出さなければならぬ。何故会いに帰らなければ
ならぬのだ!昔から憎む相手にっ!」



劉輝の嘲笑った言葉。その最後の――正に、自分を昔から憎んでいたと改めて
言い切った部分に、秀麗は敏感に反応し、鋭く息を呑む。昨日は――静蘭に似たような
事を言われた直後に意識を失った。そして、その言葉の齎した衝撃に唯々涙した。
しかし――今度は、そうは行かない。秀麗は大きく息を吐き――劉輝達を強く見つめた。








「「「――――――――――っ?!」」」








その黒曜石の様な瞳が放つ、水晶の如き鮮麗な強い眼差しに――劉輝達は
思わず気圧される。


秀麗は、しっかりと3人を見据えながら言った。





「私は信じない。ずっと私の事を憎んでいたなんて……」





だって、それを信じてしまえば3週間前までの劉輝達が偽りだったと認めてしまう事になる。
あの優しかった劉輝達が偽りだなんて、そんな事絶対にありえない!!





「絶対に……信じるものですか」





秀麗は、一言ずつ噛締めるように紡いでいった。



一方、秀麗の真直ぐな眼差しに、劉輝達はそれぞれに視線をずらせなくなる。
まるで、見えない力によって動きを全て止められたようだった。しかし、劉輝達は
そんな自分達に内心焦り、如何にかして視線をずらそうと必死に奮闘する。
いや、そもそも何故ずらそうとするのか?やましい事があるわけでもないのに。
それなのに……今すぐ秀麗から目を離したいと願う自分は。
まるで、その瞳を見ていると自分が自分で無くなる気がする。
今も聞えてくる、秀麗を傷つけるなと言う言葉に従いそうになってしまう。







秀麗を……キズツケルナ…………それが……お前の本当の……






「ぐっ……」




一段と強く聞えてきた声。秀麗から目を離す事が出来なくなって、それはよりいっそう
力を増してくる。やめろ、やめてくれっ!自分の思いが否定される。自分の願いが屠られる。
その声の言う事が、自分の本当の思いではないのかと思ってしまう。違う、違うのだ!
余の思いは、本当の思いはっっっっっ!!













『やめろ!余の意識を操るなっ!余の思いを書き換えるなっっっっっ』












「――――――っ?!」







突然、目の前に居た筈の秀麗の姿が消える。
驚き、周りを見回すと、傍に居た楸瑛と絳攸の姿も無く、何時の間にか辺りの風景も
変わっていた。執務室に居た筈なのに、気が付けばそこは自分の寝室だった。






「これ……は―――っ?!」








辺りをキョロキョロと見回し、再び視線を前に戻した劉輝の目に、唐突にそれは映りこんだ。





それは、自分。もう一人の自分の姿だった。





その自分は――床にうずくまり、荒い息をついていた。そして、叫び続けている。







『やめろ、やめろ、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』






自分の願いを、思いを変えるな。意識を操るなっ!!








それは、今の自分と同じ状態だった。
しかし――床に蹲る自分は、今の自分ではない。なぜか劉輝はそう思った。
でも、そうなると――目の前の自分は何時の自分?






「あ……」








『やめてくれ……余はそんな事は思っては居ない……そんな恐ろしい事っっっ』








「……めろ……」






頭を押さえ、悲痛な表情で叫ぶもう一人の自分に、劉輝は大きな恐れを抱いた。
駄目だ、此処に居ては、これを見続けていては。しかし、足は動かない。
いや、体の全てが動かない。その間にも、もう一人の自分は叫び続ける。







『やめ……いやだ……いやだいやだいやだ!!』







胸を掻き毟り床を何度も叩き付け、もう一人の自分は何かから激しく逃れ様と、
抵抗し様としている。









一体何から?








この自分は何から逃げようとしている?何に抵抗しようとしている?
そして、これは一体何時の自分なのだ?









「これは……」







何時しか、劉輝はもう一人の自分に見入っていた。
解らない疑問を必死に解読するように、その行動を見入っている。唯解るのは、
これは今の自分ではないという事。そして、今の自分が恐れる物と、このもう一人の
自分が恐れる物は全く違うと言う事。







「お主は……一体何に対して……」








そこまで恐れ、抵抗するのだ。





小さく呟かれた劉輝の問い。
それは――間も無く、もう一人の自分の叫びによって明らかとなった。






その答えは……








今の劉輝に、大きな衝撃を齎す

















『余は、秀麗を愛している!秀麗を殺したくないっ!!』
















もう一人の自分は……今の自分が憎くて堪らないと思う少女を愛し、そして殺す事を――
全身全霊で拒んでいる。全く、正反対の思いを抱いていたのだった。








「……な……んだと……」




劉輝は瞬きすら忘れ、もう一人の自分を凝視した。








『やめろ!余はそんな事はしたくない!秀麗を殺したくないっ!苦しめたくない、
悲しませたくなど無いのだっ!』







その叫びが発せられたのと同時に、目の前の光景が次々と移り変わる。
必死に抵抗していく自分、体力を消耗し倒れふす自分、秀麗を守りたいという自分。



そして―――












『あのねぇ、劉輝。何度も言っているでしょう?こんな一行文にこんな高価な料紙は
使わないでって』






困った様に笑う秀麗に怒られながらも、嬉しそうに笑う自分。
そして、その周りでは楸瑛や絳攸、静蘭や邵可、そしてその他の者達が
優しい笑みを浮かべていた。








それは――自分が最も幸福だった時間の一部分





大切な思い出の一欠けら








そう、あれは……昔の自分









秀麗を愛していると叫び苦しむ、あのもう一人の自分は――過去の自分だ!!
















でも……………………ならば、今の自分は何なのだ?









秀麗を憎くて堪らないと思う自分は……

















『余の意識を支配するな……』







劉輝の瞳に、再び苦しむ自分の姿が移る。意識を支配する。そうだ。
目の前の自分はずっとそういい続けていた。
では、その何かから自分は逃げ続けていたのか?抵抗していたのか?
自分の思いを変え、意識を支配しようとする何かと。それと、目の前の自分は戦っているのか?
そして……過去の余は負けたのか……?だから……余は……秀麗を……では、
余の本当の思いは……






秀麗を憎んでいるのではなく、本当は――――――










その時だった。








激しい頭痛が襲う。それは――今までの頭痛とは違っていた。
あの、自分が今まで忌まわしいと思っていたもう一人の自分の声が聞こえてくる際の、
又は秀麗を憎む自分を戒める際のとは――












……殺して……秀麗を……苦しめて……殺して……







甘く囁くような女人の声が、劉輝の中に響いた。
それは、今まで何度も聞こえてきた声。秀麗を憎む自分に力を与えてくれた声。
本来なら、直ぐにでもその声に飛びつき、その声に言われるままに従う筈だった。
なのに――何故、今回はその声が聞こえる間、こんなにも不快な頭痛がするのか?
そして、自分の意識を包み込む霧から逃げたいと思うのか?
今まで、その声に身を委ね、その声が生み出す深い霧と夢のような感覚に快感を
感じていたというのに、今は――不快しか感じない。





ふと、劉輝は何かを思い出しそうになった。








そういえば………この声……どこかで……















『やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!』













突然、目の前の自分が叫んだ。








劉輝は目を見開いた。







そうだ!!過去の自分を支配しようとするその何か。
それは、この―――




















思い出すなっ!!



















その甘い女人の声が、鋭さを帯びる。









思い出すな、それ以上思い出すなっ!!









グッと、強い圧迫感を感じる。
急速に精神を雁字搦めにされたような感じだった。劉輝はその衝撃に膝を突く。














思い出す必要なんて無いわ!あの女を愛していた事実など!
貴方は私の思い通りに動く人形なのよっ!あの女を憎み、苦しませ、悲しませる事を望む人形!













攻撃的となった声が響くたびに、自分の意識が薄れていく。
体に巻きつく見えない糸が、まるで操り人形のように自分を動かそうとする。










許さない。私から自由になるなど。あの女を愛しているのを思い出すなど!!










では、やはり自分は……そう思うものの、劉輝の意識は深い霧の中に引きずり込まれる。
必死に手を伸ばすが……その手が何かを掴む事は無かった。
助けを求める声ももう出せない。いや、助けを求める事を思い浮かべる事すら
出来なくなっていく。









貴方達はあの女を憎まなければならないの。だって、私があの女を憎んでいるのだから。
私から愛しい人を奪ったあの女を、貴方達は苦しめなければならないのよッ!











――苦しめる?







それが……余の思い?













苦しめて、苦しめて、苦しめ、苦しめ、苦しめ、苦しめ、苦しめ――――――――――――
























コロセッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!


















劉輝の瞳が見開かれる。



















突然黙ってしまった劉輝達に驚き、必死にその体を揺さ振っていた秀麗は、
ゆらりと立ち上がった劉輝達に不安げな眼差しを向けた。




その次の瞬間だった。







物凄い形相を向けた劉輝が、秀麗の頬を叩き付ける。
その衝撃に、床に倒れ付した秀麗だったが、息つく暇も無く、
その首を劉輝の手によって締め付けられた。




「あ――――がっ……!!」







「コロセ、殺せ、殺せ殺せ殺せ殺せ
殺せ殺せ!!!!!






凄まじい形相で睨みつけながら自分の首を絞める劉輝。
秀麗は息苦しさに悶えながらも、愕然とした面持ちで見つめた。












自分は……間違っていたのだろうか……



















本当は異変も何も無くて……











やっばり…











昔から……私の事……













憎んでいたの?

















だから……私を殺そうとするの?














秀麗の中に、絶望がジワジワと込上げて来る。
自分は、此処まで憎まれていたのかと。現実を直視したくなくて、秀麗は目を瞑る。
もう、如何でも良くなってきた。このまま、殺されるのも良いかも知れない。
劉輝達に憎まれて生きる位なら……。











ポタ……









――え?







頬に感じたそれに、秀麗は反射的に目を開けた。
そして――今迄で一番驚いた。










――如何して…………泣いて…いるの?









劉輝は、涙を流していた。いや、劉輝だけではない。
楸瑛や絳攸の瞳からも涙が流れている。


また、よく見ると劉輝達の顔からはあの凄まじい形相が消えていた。
それどころか、その瞳は空ろで……それこそまるで人形の様だった。秀麗は直感した。




これは――何時もの、3週間前の劉輝ではない、と。そして同じく今、空ろな眼差しで
立ち尽くす楸瑛と絳攸も――やはり、劉輝達の身に何かが起きているのだ。
そしてそれこそが、劉輝達が自分を――――






この様な状況に陥りながらも、自分の推測が当たっていた事に、
秀麗は心の底から喜びを覚えた。





良かった。自分は――本当の劉輝達に憎まれていたのではない。






秀麗の中に、消えかけていた希望が蘇る。







しかし――既に、死の入り口は直ぐ底にまで迫っていた。








劉輝の手に、更なる力が込められる。










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