〜第二十四章〜紅、黄尚書との再会〜






「どうやって苦しめようかしら」





艶妃はまるで楽しい話でもする様に、宮城の地下牢に押し込められた憎い女――秀麗を
苦しめる為の方法を幾つも描く。しかし不幸な事に、そのどれもが、艶妃が納得する様な
物ではなかった。少しでも長く苦しませる良い方法は、中々浮かばない。





何か、何か無いだろうか?
あの女の精神を粉々にし、死ぬよりも辛い苦しみを生きながらにして与える方法は――。





「うふふふ、まあいいわ。まだ時間はたっぷりあるもの」



秀麗が地下牢に居る事は、自分と羅贋、精神を支配した王達、そして命令を受けて秀麗を
地下牢に入れた兵士達しか知らない。しかし、その兵士達も厳重な口止めが成されている。
だから、ばれたら厄介な紅家の者達にも、今の所はばれる心配はないだろう。



「クスクス……可愛そうな秀麗。誰も貴方を助けには来ない」



その暗い地下牢から出す者は居ない。助けに来る者は居ない。
そして、唯一例外として貴方が暗く冷たい地下牢から出る時も――




「うふふふふふvv楽しみだわ」




狂乱し、自らその命を絶つ瞬間を思い浮かべ、艶妃は笑った。

















「……失敗した」



蒼麗は、悲劇のヒロインの如くその場――回廊の途中に突っ伏した。
ふるふると体が振るえ――勢いよく起き上がると、思い切り叫んだ。







「霄太師に府庫の場所を聞き忘れたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!」






場所が分からないと話していながら、府庫の場所を完璧に聞き忘れた蒼麗は、
霄太師と別れて二刻たった今も府庫に辿り着けないでいた。というか、既に現在地すら
分からない。似たような建物が続き、また回廊もどれもこれも似ていて、方向感覚を失わせる。




「ど、どうしよう……」




誰かに道を聞けば良いのだろうが……何故だろう?此処は、余り人が居ない。
いや、それ以前に此処には知り合いが少なく、ましてや自分は此処には霄太師の権威に
噛み付いて入っている。出来るならば……これ以上人に迷惑はかけたくない。



「でも、ここまで来たら、もう聞かなきゃ遭難だと思う……」



だが、聞くにしても此処には人が……はっ?!
もしかしたら、此処は重要区域なのかも……って!!



「あわわわわわわ!!や、やばいっ」




そんな所に自分が居ては駄目だ。蒼麗はとにかく何処か人通りの多い場所を
目指して歩き出す。しかし、そうそう上手くは行かず、更に迷う事と成る。



「あ――此処は一体何処ぉぉぉぉぉぉぉ?!」



こうなったら、霄太師を呼ぶか……いや、さすがに笛を吹くのは3度目までだ。
蒼麗は妙なところで他人想いだった。



「もうこうなったら、最終手段を使うしかないかな」



そう呟き、実行しようとしたその時――後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。





「君は、蒼麗かい?」






驚いて振り返ると、そこには吏部の氷の尚書と呼ばれる紅尚書――紅 黎深と、
戸部の仮面尚書である黄尚書――黄 鳳珠が立っていた。



「黎深様、鳳珠様」



トコトコと二人に近寄っていく。二人は驚いていたが、前にも似たようにして居た事が
あるので、そんなには衝撃はなかっただろう。その証拠に、冷静さを取り戻したように
質問を投げかけてくる。




「今度は、どうして此処に居るんだ?」




黎深の質問に、蒼麗は本当のことを言おうかどうか迷う。
が、嘘をついたってどうせバレるし――。このとき、蒼麗は完全に姪馬鹿な
黎深の暴走度を見誤った。



「実は、秀麗ちゃんが昨日、此処にお父様達に会いに来られたのですが、
その後幾ら待っても帰って来なくて……で、もしかしたら此処にお父様の下に
泊まってっぇぇぇぇぇぇぇえええええええええ!!」




黎深に小脇に抱きかかえられると、蒼麗はそのまま連れ浚われて行く。




「黎深っ!!」




完全に出遅れた鳳珠。しかし、自分の同僚がいたいけな婦女子を浚ったとなれば
黙ってはいられない。何が何でも追いついて仕留め――いや、止めなければ成らない。
鳳珠もまた、全速力で走り出す。



「待て、黎深!!」



「秀麗が、秀麗が、秀麗が夜遊びなんてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」



「え?!夜遊び?!」



頭を激しく横にふり、鬼気迫る表情で叫ぶ黎深はとても怖かった。
しかし、秀麗が夜遊びをしていると言う間違った認識は正さなければ成らない。
蒼麗は恐怖を抑え付け、訂正と共に黎深を宥めにかかる。



「黎深様!!違います、秀麗さんは夜遊びなんてしてません!!そんな事するような方じゃ
ありません!!というか、帰って来なかったのは何か理由が――そう!!邵可様の下に
泊まられたのではないですか?!なので今、私は府庫に行こうと思っています。どうせなら一緒に」




キキィィィィィィっ!!と言う激しい摩擦音と共に、黎深の暴走が突如止まった。
余りに突然の出来事に、後ろから追掛けてきた鳳珠の方が前に出てつんのめった程だ。
振り向いた黎深はそれはそれは美しい笑顔を向けた。





「一緒に?なんだい?」





蒼麗は今すぐ帰りたくなった。しかし、どれほど怖くても、この人は秀麗の叔父だ。



「え〜〜と、その、一緒に府庫に行きませんか?邵可様も大切な弟君の来訪を、
心の底からでは待っているんじゃないかと……」



その言葉は、激しく黎深のツボをついたらしい。黎深はクルクルと回り始め、
そのまま何処かに飛んでいくのではないかと思うほど軽やかなステップを踏み始めた。
やばい、この人頭がやばい!!隙を見て逃げ出した蒼麗は、半ば抜けた腰のまま
後ろに下がっていく。



「ど、どうしよう……っ!!」



「気にするな、捨てていけ。それよりも、府庫に行くのか?――ならば私も一緒に行くとするか。
私も府庫で借りなければならない書物があるからな」



何時もは人に行かせるのが常だが、その人が今日に限って皆、他の仕事で走り回っている為、
自らが来なくてはならなくなってしまった。が、府庫に行けば癒しの象徴たる邵可様の顔を
見れるので、それはそれで良いと思っていた。そう――兄馬鹿の黎深と、道中で不幸にも
ばったりと会うまでは。この男に府庫に行くなんて話したら嫌味の嵐だろうから、
何とかして追い払おうと思っていたが……意識が世界の彼方に飛んでいる今がチャンスだ。
鳳珠は蒼麗の手を引き、そのまま府庫への道を歩き出す。しかし、そんな平穏もつかの間。
われを取り戻した黎深が気がつき、赤い布に興奮しきった闘牛の如く走ってくる。
いや、追掛けてくる。しかも、府庫に行く事をきちんと聞き取っていたらしい。






「まぁぁぁぁぁぁてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」





抜け駆けは許さん!!と、何処の妖怪だと突っ込みたくなる位の形相の黎深。
捕まって成るものかと、鳳珠は蒼麗の手を掴み走り出す。沢山着込んでいるのに、
それはそれは俊足であった。あっという間に、府庫に辿り着く。





「まぁぁぁぁぁぁぁぁてぇぇっ
ぐはぁ!!




鳳珠の放った気孔が黎深の顔面に直撃する。何時もは軽やかに避けると言うのに。
倒れ行く黎深を、蒼麗は唖然としながら見詰めた。





「さて、あの馬鹿が気絶している間に府庫に入るぞ」




そして、締め出してしまえ、と言い切る鳳珠に、「それはちょっと……」と蒼麗は思うが――
もし、こんな叔父さんを秀麗が見たら――




(幻滅どころか、ショック死しちゃうかも……)




秀麗は強い心を持つ子だ。しかし、それでも許容範囲があるだろう。



「さて、行くか」




逃がすかぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!




「うわっ!!離れろ、黎深!!」


「あ、子泣きジジイ」



鳳珠の背中にピッタリとしがみ付いた黎深。鳳珠が激しく体を動かしても全く離れない。



「くそっ、この馬鹿がぁぁぁぁぁ!!」


「そういえば、ああいう風に背中にしがみ付いて行う技があったっけ」



なんて言ったかなぁ〜〜と、ちゃっかりと安全地帯で見守る蒼麗。
しかし、そろそろ助けなければ先には進めない。蒼麗は、とびっきりの台詞を言った。



「黎深様〜〜、そろそろ正気に戻って下さい。邵可様が待ち草臥れてますよ〜〜」











「あ〜〜、府庫に行く事に決めてもう一刻か〜〜」



本来ならもっと早くつく筈だったのに……。
まあ、その内の3分の2は自分のせいだが、残り3分の1は目の前に優雅に立つ――紅尚書のせいだ。
しかし、そんな事など全く気にも留めないと言わんばかりに、ウキウキと府庫に入っていく。
後ろでは、鳳珠が疲れた様に荒い息を吐いていた。ご苦労様です。



「さてと、鳳珠様。私達も入りましょう」



蒼麗は、鳳珠に手を差し伸べた。




その先に待つものが、どんなものかなどこれっぽっちも考えずに――









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