〜第三章〜似ている少女〜







カランカランカラン!!







大当たり〜〜!!





貴陽商店街に威勢のいい福引の大当たりを告げる声が響き渡る。
その声に、一斉に人々が集まってきた。




「おい、どうやら一等が出たらしいぞ」



「えぇ?!あの福引で?!それって凄いじゃんかよ!」



「そうよ。あの福引って当る確立が少ない事で有名なのに」



「まあ、その分商品が凄いから多くの客が集まるけどな」



「ねぇ、一体誰が当てたの?!」



「そこにいる女の子だよ。ほら、今紅師の娘さんが抱きついている」





見物人の一人が指差す先には、この町でも有名な紅師の娘――秀麗と、見知らぬ少女が居た。
しかも、秀麗は見物人が言ったとおり、大喜びで少女へと抱きついていた。



「やった、やったわ!!一等の賞品――米俵50俵と調味料一年分、野菜1か月分その他諸々が当ったわ!!」



「な、なんて実用的な賞品……」



只今秀麗に飛びつかれ、先ほど福引で商品を当てた紅家の居候――蒼麗はそんな言葉をぽつりと呟いた。




たまたま、福引の券を2枚貰い、どうせだからと一枚貰ってやってみただけ



なのに、まさか一等が当るなんて。蒼麗は予想だにしていなかった分、自身大いに驚いていた。



「本当に凄いわ、蒼麗ちゃん!!」


「私も本当に驚きです」



未だ興奮が冷め切らぬ中、福引を行っている店の店主から商品が渡される。
だが、どう考えたって少女二人では運べず、後日屋敷に届けてもらう事にした。
その後、人々の祝福を受けた二人は、連れ立って帰路への道につく。が、その間も二人は先ほどの賞品について話し続ける。



「あ〜〜、これで暫く食費が浮くわvv」


「喜んでくれて本当に嬉しいです。これで一先ず今まで1週間分の滞在費分はお返し出来たようですし」


「な、何言ってるのよ、蒼麗ちゃん!!もともと私が滞在費を貰おう何て思ってないわ。それに、蒼麗ちゃんが
今までしてくれた事はもう十分に滞在費以上のものを払ってるのよ!」



今日で1週間紅家に滞在する蒼麗は、実に一生懸命に働いてくれた。
少しで言いといったのにも関わらず、家の掃除、料理、洗濯その他を完璧にやってくれた上、賃仕事まで手伝ってくれた。
しかも、その賃仕事に至ってはその有能且つ効率のいい働きっぷりから殆ど初日の仕事が終わると同時に店主から
気に入られ、賃金まで多く貰い、それを全て自分の所に収めてくれているのだ。本当に、此方が頭が下がる思いである。



「いえ、これ位当然です。私の様な者を置いてくださってるんですから」



そう言って笑う蒼麗は、眼鏡を掛けていてもとても可愛らしかった。



「本当に蒼麗ちゃんはいい子ね。よし、今日は福引一等祝いに御馳走でも作りましょうか!」



半ば気合の入った秀麗の言葉に、蒼麗も嬉しそうに同意する。
その後、二人は幾つもの話題を楽しげに話し合いながら屋敷へと帰っていった。








「そんな女子が秀麗の家に居候を?」



この彩雲国の王にして、秀麗LOVEな王――紫 劉輝は自分の側近中の側近である楸瑛と絳攸から聞いた話に、
執務机にて書類に御璽を押しながら、興味津々と言った感じで呟いた。



「ええ」


「そうか。それにしてもその女子も本当に災難だな」



劉輝は許婚のせいで貴族の姫君に襲われ、挙句の果てに家を叩き出された少女に心から同情する。



「主上の言う通りです」



その時、扉を控えめに叩く音が聞こえる。続いて入室許可を求める声が響いた。
瞬時に話を切ると、劉輝はすぐさま許可を出す。追って入ってきた一人の武官が一礼をすると、手に持っていた
数枚の書類を差し出した。それを受け取り手で合図すると、武官は再び一礼をし、優雅な動きで退室していった。


その書類にざっと目を通し、劉輝は呟く。



「ふむ。資料によると、凶者の流入は今の所ないそうだ」



劉輝は手元にある資料に目を落とし、そんな事を呟く。紅家の居候の少女が行き倒れになった経緯から、もしかしたら
貴族の姫が凶者を雇って貴陽に差し向けているかもしれない。もし、それが本当ならば紅家が巻き添えになる。
そう静蘭から伝えられた楸瑛の申し出により、数刻前に軽く調べさせたが、今届けられたその結果たる資料上の数字からして、
今は大きな変化は無かった。だが、情勢は目まぐるしく変わる。今は大丈夫では、数刻後はどうなるか解らない。



「静蘭には後程伝えておきます。心配してましたから」


「ああ、頼んだぞ。余も暇を見てはまた調べて置こう。兄上の頼みだからな」



滅多に自分に頼みをしない最愛の兄の頼みとあらば、自分は何でもやる。



「宜しくお願いしますよ。静蘭も秀麗殿一番ではありますが、あの子の事も気に入っています。何か事があって
険悪な仲になるのは好まないでしょうから」


「……その女子は本当に良い娘なのだな」


劉輝はぽつりと言った。静蘭の本来の性格を知る劉輝にとって、その兄が気に入る相手とはかなりの高レベルな
相手なのだと思う。それを後押しする様に、楸瑛は頷いた。


「ええ。とても礼儀の正しい子で、本人は普通の家出身と言っていますが、時折見せる気品と教養の高さは到底
普通の家の出身者ではないと思われます。最初の時の口上等は実に見事でした。若干12歳であれだけの
立ち振る舞いを行える令嬢は殆ど居ないでしょうね」



「……そなたもかなり気に入っているようだな」



己に厳しい楸瑛は、他人にもかなりの高望みをし、それに到達できない者は即座に切って捨てる。
直属の上司――黒 耀世には『藍が心を膝下に屈さする者、いずれにあるや』とまで言わせる始末。
そんな楸瑛が気に入るとは余程の――いや、楸瑛は女性には基本的にとても優しく、名うての遊び人とまで……
はっ!!ま、まさかっ!



「楸瑛、もしやその女子を気に入ったのはそなたの好みにドンピシャ」


「ははははは、主上。それ以上言ったら、捕縛覚悟で決死の切り込みにかかりますよ」



誰に、とは言うまでも無かった。主上を認め、傅くに相応しい相手としたものの、幼女趣味と疑われて
笑い飛ばせるほどの心の広さは、どうやらこの藍家の若者には全く無いらしい。流石に主上も言過ぎたと
それ以上の追求は止めた。



「けれど、本当に驚きなのだ。そなたがそれ程褒める等とは、しかも兄上も気に入られている様だし」


「私も驚きですよ。でも、たぶん貴方も一目見ればかなり気に入ると思いますね。何と言うか……根底の部分が、
秀麗殿に非常に良く似ているのです」


「そうなのか?」



己の愛しい少女に、その居候の女子が似ていると言われ、劉輝は身を乗り出す。



「ええ。全てを挙げる事は無理ですが、主な部分を上げるとすれば、良家の出であるのは間違いないと思わせる程の
完璧な口上や立ち振る舞いは、実は他所行きで、しかも必要な場合以外は決して使わない所とか。反対に、本来の
素の部分は実に気さくで優しい性格な上に働き者で努力家な所とか。どんな仕事でも文句を言わず、一生懸命に
手際よく行い、数日前に始めた賃仕事では既にその有能振りを認められて、多く賃金を貰っている所とか」



楸瑛の説明に、劉輝は目を見開く。





――確かに、秀麗と良く似ている





「……本当に良い所の家の出なのか?」


「あはははは、やっぱりそう思いますか」


「当たり前だ」


「そうですね。普通の良い所の姫君と言うのは、幼い頃から大勢の者達に傅かれ、甘やかされた結果、かなりの確率で
贅沢好きで何かを享受するしかない、と言う感じに育ちます。まあ、中には色々な理由でそれとは大きく違って本当に
清く正しく育つ姫君達も居ますが、それは極少数派。故に、外ではどれだけ優しく気品のある姫君として振舞っていても、
内――素に戻った場合、影で自分の嫌いな相手を罵倒したり、腹いせに侍女に陰険な虐めをしたり、挙句の果てには
我侭のし放題だと言いますから。まあ、私の異母姉妹にもそういうのが何人かいますし……得に、主上に至っては
そんなものは日常の光景だったでしょう?」



劉輝は楸瑛の言葉に静かに頷いた。
楸瑛の言う通り、その代表例たる後宮で、幼い頃からそんな光景を目の当たりにしてきた者として。





そう――本当に、今思い出してもあれは凄まじいものだった。





異母兄弟の母君達である名家の姫君達は、表では美しく気品のある妃を演じつつも、その実裏では王の寵愛合戦を
繰り広げ、互いに憎悪し時には毒を贈りつけ、時には凶者を雇って相手を消そうとする事等は正に日常茶飯事だった。
また己が上に行く為に相手を陥れ、自らの子を王に、そして自らが王の母となって国の頂点に立ち全ての栄誉と権力と
贅沢を手に入れるべく、その表の美しい顔と白い肌の裏側では何時も欲と打算に満ち溢れていた。その滑らかな白い薄皮の
一枚裏は、きっとドロドロのどす黒い物が流れていただろう。しかし、后達はそれらを他の者の前では綺麗に押し隠していた。
いや、勘の良い者、人を見る目がある者ならばあるいは気が付いていたかもしれないが、一介の家臣が重臣または
貴族の後見を持つ姫君に下手に進言する事は出来ない。その為、妃達は更に付け上がる。当然だ。誰も非を正さず、
親族に至っては自分達が権力を握る為にもその行動を推奨してしまうのだから。そうして、表では微笑み合う裏側では
贅沢と権力を好み、己が良ければ他等如何なっても良いと言う傲慢且つ理不尽な欲望の元、到底貞淑な妃とは思えぬ行動を、
前王の妃達は常に行っていたのである。


子は親を映す鏡。今はもう亡くなった4人の兄公子達もそれらを考えてみれば、もしかしたら権力争いの犠牲者とも言えるかもしれない。



しかし――今はもうその后達も一人として残っては居ない。
子を虐げ、子を産んだから自分は醜くなったと泣き喚いていた己の母も含めて。





劉輝はふと思い出してしまった己の母の醜い罵りと泣き顔に、思わず顔を苦める。
思い出してはいけない。あれは過去。今の自分は秀麗達と出会った変わった。
飲み込まれていけない、過ぎ去り、終わった過去なのだから。





今まで黙っていた絳攸が口を開く。





「だが、あの娘は一度素に戻れば、本当に庶民的な娘となんら変わりない。
――秀麗と同じ様に」


「――……確かに、それも秀麗と似ている」



苦い思いから何とか戻った劉輝は力強く頷いた。


普段は元気で明るく気さくな性格で町の人達と対等に付き合う秀麗。
しかし、一時期貴妃として後宮に入ってきた際には、正に大貴族の姫君此処に在りと
いった感じで、誰一人としてまさか貧乏暮らしに身を窶している等とは思わせはしなかった。
それ程に、完璧な礼儀作法と教養を持ち合わせ、完璧な貴族の姫君と言うもう一人の
自分を演じ切れたのである。


本来の素は気さくで親しみやすい。けれど、何時でも貴族の姫君となれる。
劉輝はそんな秀麗と共通の部分を持つ蒼麗と言う少女に会って見たくなった。



「楸瑛。余もその女子にあってみたい」


「おや?鞍替えですか?」


「なっ!何を言うっ!!余が愛するのは秀麗だけだ!!」


「冗談ですよ、主上」


「思わず寿命が縮まるかと思ったぞ」


「まあ、でも一度見るのは良いと思いますよ。さっきも言ったとおり、本当に驚くほど秀麗殿と似ていますからね。
ねぇ、絳攸?」


「まあな」


「そうか。ならば、夜這い御免状を出しておかなければな」



途端、楸瑛と絳攸は顔を見合わせる。この国王は未だにアホな間違いをしている、と。



「邵可様が話の解る人で本当に良かったね」


「まあな。普通の父親なら即切れている筈だ」



いや、寧ろ相手が国王ならば「どうぞ、どうぞ」と喜んで娘を差し出すだろう。
しかし、邵可の場合はそんな気持ちは皆無な筈だ。邵可が娘に願うのは唯一つ。
娘の幸せだけだ。娘が幸せになれば、どんな身分の男でも心から祝福するだろう。



「よし、それではこの仕事を終わらせて直にでも夜這い御免状を書かなくては」



力強く決意し、劉輝は目の前の大量の書簡を片付けていく。
そんな主を、楸瑛と絳攸は苦笑しながら見守ったのだった。











紅に染まった太陽が地平線の彼方に沈む頃、ようやく目的地である邸の前に辿り着いた秀麗達は、
門の前に転がるそれに思わず目を丸くした。





「……ねぇ……私の家の前って……そんなに生き倒れしやすいのかしら?」





秀麗は疲れたように呟いた。


一度ある事は二度ある。
二度ある事は三度あるというが、こう続けて何度も続くとは……恐るべしこの言葉を作った先人!!


そう、また門の前に人が転がっていた。
しかも、今度は蒼麗よりも少しばかり年上の少女であった。





「……私の家、御祓いした方が良いのかもしれないわね」





そんな秀麗の呟きは、蒼麗の乾いた笑いと共に、秋の寒空の中に溶け込んでいった。






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