〜第四章〜二度ある事は三度ある〜
「……………お穣様、また拾われたのですか?」
今日も今日でウザイ大将軍二人に追い掛け回されながらも、愛しいお嬢様の元へと意気揚々と戻ってきた静蘭は、
邸の食事をする部屋に入って開口一番にそんな事を言った。
その後ろでは、途中で一緒になりそのまま共に戻ってきた邵可が少々乾いた笑みを浮かべている。
……それもそうだろう。1週間前に蒼麗。そして……今、新たに一人。
13,4歳位の見知らぬ少女が食卓で猛然とご飯をかき込んでいるのだから!
しかも、こちらの少女は容姿こそ美しいものの、食べ方は何処と無く燕青に似て男らしいものがある。
バクバクと物凄い勢いで食卓上の料理が無くなっていく。
今日も秀麗を手伝って蒼麗も共に料理を作ったのだろう。見た事がない料理だが、それでも見た目はおろか、
味も超一流の美味しさを誇る蒼麗の料理もまた、秀麗の作った美味なる菜と共に消えていく。
何処に一体そんなに入るんだ。
あんたの胃袋はどうなっているんだ!!
そう突っ込みたくなる程の光景が今、目の前にあった。
……驚き度で言えば此方の方が大きいかもしれない。
しかも……目の前の少女は、どう贔屓目に見たって大食いには見えないのだ。
現在身に着けている上質な衣類は元より、その儚げ且つ清純な美貌、唯そこに居るだけで思わず目を引く存在感、
体から沸き立つ気品は正に小食を至上の命題とする貴族の姫君以外には絶対に見えない。
ましてや、そこで大皿を持ち、口の中に流し込むなんて芸当等!!
普通、貴族の姫君と言うものは針よりも重いものは持った事が無いだろう!!
いや、自分の愛するお嬢様は勿論別だが(惚)
静蘭は元公子時代も含めて、自分が持つ貴族の姫君像が今ガラガラと音を立てて崩れていくのをしっかりと感じ取った。
「あ、静蘭、お帰り」
「お帰りなさい、静蘭さん」
秀麗と蒼麗がそれぞれ作った料理の大皿を両手に持ち、室内に入ってくる。
「うわっ!もう無くなってる。本当にお腹が空いていたのね」
既に空となっている幾つ物大皿を見て、秀麗は感嘆の声を上げる。
1週間前に蒼麗に同じ様に御馳走した時は、大皿一枚空にする事は無かった。
「でも、此処まで綺麗に食べてくれると作る方も気持ちが良いですね」
「そうね。作る方としては、食べてくれる相手が美味しく食べてくれる姿が一番励みになるもの」
「じゃあ、蒼麗さんは何時も静蘭さんと邵可さんが美味しく食べてくれるから毎日が励みの連続ですねv」
「勿論vv」
嬉しい事を言ってくれる二人に思わずホロリとする静蘭だったが、今はこの見知らぬ少女の素性を知らなければと
持ち前の頭脳を高速回転させながら二人に質問した。
「あの、お嬢様、蒼麗さん。この方は一体誰です?」
静蘭は今も必死に食べ物をかき込む少女を指差す。
「ん?屋敷の前に倒れてた人。まだ名前は聞いてないわ。蒼麗ちゃんの時と同じくお医者様に見て頂いたら、
空腹で今にも餓死しかけているからとにかくご飯を食べさせなさいって言われたから」
「が、餓死?」
「ええ、餓死」
戸惑い溢れる静蘭の言葉に、秀麗はきっぱりと言い切ったのだった。
「ああ、満腹満腹。至極満悦じゃ」
あれだけ食べたのに、大して膨らんでいない腹部を優雅に撫で回し、門の前に倒れていた少女は
満足そうに言った。その笑顔は、本来の美貌をよりいっそう引き立てる。
「ほんに礼を言うぞ」
少女はそう言って笑った。
「如何致しまして。私としても元気になってくれて本当に良かったわ。――と、取敢えず自己紹介をしましょうか。
私の名前は紅秀麗。秀麗って呼んで」
蒼麗の時と同じ様な自己紹介が行われていく。
但し、前と違って楸瑛と絳攸はこの場にはいないが。
最後に、少女が挨拶をした。
「妾の名は邑 華樹。華樹と呼んでくれ」
少女――華樹はその白磁の様な手を差し出す。
握手を求めるその仕草に、秀麗は笑い返すと力強くその手を握った。
「でも……邑……って、何処かで聞いた様な名前ね……一体何処で……って……父様?静蘭??」
ふと二人を見た秀麗は、二人が浮かべていた表情に疑問の声を上げる。
二人の顔には……驚きと困惑、そして微かに険しいものが含まれていた。
しかし、それも秀麗の呼びかけと共に瞬時に奥へと引っ込み、変わりに柔らかな笑顔が戻ってくる。
因みに、邵可の方が少し早かった。
「如何したの?二人とも」
「いいえ、何でもありませんよ、お嬢様。え〜と、華樹さんでしたっけ?もしかしたら華樹さんは
碧州の邑一族ではありませんか?」
「ほう?そなたは我が一族を知っているのかぇ?」
華樹が浮かべた妖艶な笑みに、静蘭はにっこりと笑って答えた。
「ええ。碧州に邑一族あり。昔は碧州に主に幅を利かせている碧一族に
次ぐ名門一族にして広大な領土を有する領主も兼任する家柄でしたからね、邑一族は」
「えぇ?!そ、そんなに有名な家の方なの?!華樹さんって……って、昔は?」
と言う事は、今は違うのか?そう問いかける秀麗に、静蘭ではなく邵可が頷いた。
「残念ながら、長い歴史の間に少しずつ衰退してしまったらしいんだ。今では、小さな領土を治める一領主に過ぎなくなって
しまっている。けれど昔は、本当に碧州を治めていた碧家よりも繁栄していた時期があったんだよ。それは、府庫にある
古代歴史書の一ページにも大きく書かれている」
「――あ、そういえば!!」
そうだ。自分は歴史書で邑一族について見た事があるのだ。
秀麗は頭の中のモヤモヤ感が晴れて行くのを感じた。
「うん、思い出した。そうよ、歴史書に書かれていたんだわ。私、それを始めて見た時、あの碧家に勝る位に繁栄していたって
事実にとても驚いたもの。――けれど、残念な事にあの七家の一つである碧家よりも繁栄していた理由については何も
書かれて居なかったっけ……………何か特殊な技術でもあったのかしら?」
「――技術と言うか、能力だと思うよ。何でも、今でこそ殆ど無くなってしまったものの、その昔は邑一族も、今も続く
神祇の異能一族――縹家と同じく異能の力を、一族単位で持っていたと言われている」
「異能の、力?」
例えば、予知、例えば夢見等、普通の人にはない特殊な能力――異能。
その力を、邑一族は持っていた。その事実に、秀麗は驚いた。
「そ、そうなの?!」
「うん。そして地方の領主でもあった邑一族は、その力を使って自分の治める領地の民達を守っていたそうだ」
「その為、邑一族は多くの領民に心から慕われていたそうです。そして、それこそが繁栄の最大の理由と言われています。
本来隠すべきその能力で自分達を守ってくれる領主一族。その主達に恩を返そうと民達は実に一生懸命に働き、その領地は
常に沢山の作物が実らせた。しかも元々その領地は自然も豊かだった為、民達が頑張れば頑張るほど多くの実りを
手にする事が出来たそうです」
「す、凄い……正に領主の鏡ね、その邑一族って…………本当に衰退してしまったのが惜しいわ。それに……力の方も
今は殆ど失われているなんて」
秀麗のそんな言葉に、邵可は優しく微笑む。
「そうだね。たぶん今現在、異能の力を持つのは大雑把に見ても縹家位のものだろう。元々、異能を持つ者自体が少なく、
一族単位で力を持つ者は更に少ない。邑一族も一時期は縹家に並ぶ強い異能の一族だったと言われているんだけど、
きっと長い年月の末に失われてしまったんだろうね」
「……う〜〜ん、年月って本当に偉大なのね。一時期は並ぶ位に強かった同じ生まれつきの神祇の異能一族でも、
年月が経っただけでこうも違ってしまうなんて」
邑一族の事を聞いた時、秀麗は邑一族は生まれつき力を持っていたと思い込んでいた。
なぜなら、縹一族がそうだからだ。だから、縹一族と同じ異能を持ち、加えて並び立つ程に強い力を持つと知った時、
その思いは確信へと変わっていた。
しかし――邵可はそんな娘の思いを否定した。
「いや、それは違う、秀麗。邑一族は生まれつき力を持っていたわけではないんだよ。加えて、神祇の系列でもない」
「え?」
驚く秀麗の隣で、華樹はうんうんと頷く。
「確かに、今でも異能の一族と言われる縹一族は遥か昔からそういった力を持って生まれてきたけれど、邑一族は
ある時まで一切力の使えない普通の者達だったんだ。けれど、その”ある時”である遥か昔、まだ魑魅魍魎が辺りを
平然と闊歩し人々を襲い自然を侵食していた頃に、力を持たなかった邑一族へ、ある存在から魑魅魍魎達を退ける為に
与えられたのが、力を持った始まりだと言い伝えられている」
「力を与えられた?それって……あの彩八仙のような?」
「いや、それについては今も詳しくは解らないんだ。唯解るのは、それを与えたのは
別世界の存在だと言う」
「別、世界?」
「そう。所謂異世界と言うものかな?遥か昔に居たある高名な学者曰く、世界はこの世界一つだけではなく、色々な世界が
幾つも隣り合って存在している。そしてそれぞれの世界に自然があり、動植物があり、人々があり、文化を築き生活を
営んでいる、と。しかも、他の世界には今此処に居る者達とそっくりな者達も居るかもしれない。但し、それらの人々が此処に
居る者達と同じ家族構成や同じ職業、同じ性格、同じ関係でいるかは解らない。全く別かもしれない。同じかもしれない。
けれど、それらを知る術はない。なぜなら、私達には異世界に行った事も無ければ、行く術すら持たないのだから。全ては
想像の中の一つにしか過ぎない。けれど……その邑一族の話を聞けば、もしかしたらそんな事もあるのかも
しれないね。それに、如何やら証拠も有る様なんだ」
「それは、聖宝のことかぇ?」
それまで黙っていた華樹が口を挟んだ。聞きなれぬ聖具と言う言葉に、秀麗は眉を顰める。
「せ、聖宝?」
「そうじゃ。そこの御仁の言うとおり、遥か昔、何の力も持たなかった一族に一人の異邦人が力を授けたと言う。
その際に、それらの力を効率よく扱う為に幾つかの聖宝と呼ばれる不思議な力を宿した道具も授かったと言う事じゃ。
その力は実に強力で、一時はあの縹一族を容易く凌ぐまでに至ったと……。だが、余りにも強いその力は次第に他の者達に
目をつけられ、争いの元となった。中には、その力を別の事に使おうとするものまで……。その為、聖宝の多くが、
その異邦人がもしもの時為にと残しておいた破壊方法で、一族の者達によって破壊され、残りは全て人知れぬ場所へと
隠してしまわれたそうじゃ。だから、今ではそれらは一つも残っては居らぬ。……本家たる我が家にもな」
「そんな道具が……ん?本家?」
「華樹さんって、本家のお姫様なんですか?邑家の」
蒼麗はずばり聞いた。
「そうじゃ。妾の父は、邑家の現当主なのじゃ」
「っっうっそぉ―――――――――――――――――っ!!」
秀麗の絶叫が響き渡る。もしかしたら隣家にまで聞こえたかもしれないが、今はそんな事は構っていられなかった。
一方、華樹は少しも動じる事無く言った。
「嘘ではない」
「だ、だ、だって本家っていったら、本家って言ったら、そりゃあ藍将軍の様に彩七家筆頭の大貴族の本家とかじゃ
ないけれど、それだけ歴史のある一族の本家の姫君って言ったら、やっぱり凄いものが」
「秀麗さんも紅家じゃないですか」
「あ、うちはいいの。没落してるし、縁切られてるし」
「しゅ、秀麗……」
嫌味もへったくれもないからこそ、邵可は心苦しくなってくる。
そんな主を、静蘭は必死に励ました。
「あら?でも……如何してそんな良い所の……っていうか、何で碧州に住むお姫様が紫州の王都に?
しかも私の家の前で行き倒れに?」
蒼麗の時と半ば似た様な事を秀麗は疑問に思い、質問した。
「ふむ、聞きたいか?」
「ええ、とっても。出来れば蒼麗ちゃんの様に命がけでは無い物が良いけど」
許婚のせいで貴族の姫君に抹殺されかけたなんて言う過去を持つのは蒼麗だけで十分である。
と言うか、そうそう無いだろう、そんな事。
「命がけか……考え様によっては妾のも命がけかもしれぬ」
「へ?」
キョトンとする秀麗に、華樹は何処か悲しそうに笑った。
「妾が此処に来た理由は……この王都に在るとされる聖宝を、我が一族の領地に攻め込んできた
侵略者達から守る為なのじゃよ」
「……え―――――」
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