〜第三十一章〜府庫への再度突入〜









……外が騒がしい








けれど、秀麗は瞼を閉じ続けた








何も見たくない








何も聞きたくない







何も知りたくない








何も、何も――









秀麗は暗い地下牢の中、自身もまた全てを拒絶し、遮断する。






その、傷ついた心を守る為に………







だから――








自分は何も知らない、何も聞こえない、何も見ない………








そして意識はまた暗闇に沈んでいく














「蒼麗、黄尚書はワシに任せろ。お主は、お主の今最もやるべき事をやれ」




黄葉は府庫の入り口横にて未だに意識の戻らない黄尚書を治療しながら、蒼麗に言った。





「私の最もやるべき事」





それは、奴らの狙いを潰すこと。例え、それが一時的なものだとしても……。
何故奴らがそれに気がついたのかは全て後回し決定だ。――が、もう二つ同じく先に
やるべき事がある。蒼麗は頭をフル回転させ、とりあえず今すぐやる事を大まかに3つに分けた。




「とりあえず、最初の二つ――空間を歪めている存在と、久音睡嵐の在り処を探さなきゃ!!」




本来なら音のする方に向えば良いが、久音睡嵐は特殊だ。何故なら、久音睡嵐はそれを
扱う術者の安全を守るべく、音を発する際は音を幾重にも反響させた上、周りの空気の振動を
微妙に変化させて別の場所から音が聞こえてくる様に他者に認識させてしまうのだ。
故に、音のする方だからと言って素直にそちらに向うと、気がつけば天国となりかねない。


蒼麗は懐から色々と難解な文字と図が書かれた数十枚の紙を取り出し、空高く投げる。
それらの紙は上空で止まり、形を変える。所謂、紙飛行機の形になると、
其々四方八方に散っていった。




「これでよし……じゃあ、捜索の結果が届く前にとっとと紅尚書を探してきますね!!」




それが今すぐやると決めた3つの作業の内の最後の一つ。
邵可達の急襲により、府庫の中で逸れてしまった黎深は、未だ外に脱出してきてはいない。
そして、可笑しくなって自分達を殺そうとした静蘭達も未だに府庫の中に居る。
よって、一刻も早く探し出さなければ彼の命は――



「ああ、確かにあの紅尚書も兄と養い子のダブルパンチではノックアウト確実じゃ。
気をつけていくのじゃぞ。そしてあのブラコン尚書を探し出したら此処に連れて来い」



「解りました。でも、此処は危険では」


「ふっ。ワシとて考えなしではない。安全な場所を見つけてそこに無事な者達を
運び込んでおく。まあ、とりあえず一番最初に運び込むのはこの美人さんと――奴らじゃな」



黄葉はちらりと後方を見る。自分が来た時と変わらずに傷だらけで呆然とし、
絶叫する官吏、武官、そして女官達。彼らをこのまま置いてはいけない。



「まあ、ああいう者達ばかりではなく、中には冷静な思考でこの危機を乗り越えているものも
居ろう。そいつらも見つけたら手伝わせておく――ついでに、秀麗嬢ちゃんの事も出来る
限りで探しておこう」



「っ?!葉ちゃん」



秀麗――昨日から宮城に行ったまま行方知れずとなっている邵可の娘。
元々、蒼麗は秀麗を探しに此処まで来た。しかし、秀麗の行方を知っているであろう邵可達は
可笑しくなり、秀麗の居所捜索は振り出しとなってしまった。けれど――蒼麗は感じていた。
きっと秀麗は宮城の何処かにいると。本当は直にでも探しに行きたかった。
しかし、優先順位でいけば、今一番危機に陥っているのは黎深だ。だから、一刻も早く黎深を
助けて、それから秀麗の捜索を他の二つ――空間を歪めている存在と、久音睡嵐の在り処の
捜索と平行して行おうと思っていた。そしてそれこそが敢えて宣言しなかった――けれど、
本当に今すぐやらなければならない事と決めた最後の一つ。だから、黄葉の気遣いに
蒼麗は嬉しさがこみ上げる。黄葉だって今危険な目にあっていて大変だというのに……。




「有難うございます!!では、行って来ますね!!」




そして一刻も早く秀麗の捜索にも取り掛からねば。




「あ、ちょっと待った」




へ?と振り向くと、眼前に中身が詰まった袋が迫る。見事なまでの
顔面キャッチ
プシュウ〜〜と倒れ付す蒼麗に、黄葉はさらりと言い切った。



「包帯や薬の一応の応急処置の道具などが詰まっておる。もっていけ。後、これもだ」



ヨロヨロと起き上がった蒼麗の手元に、コロコロと一本の短刀が転がる。
蒼麗はゆっくりとした動作でそれを拾い上げた。何の装飾もない鞘に納まった短刀。
けれど、一度鞘から抜き放てば、その刀身の煌きに、見るものが見れば卒倒するほどの
代物だった。時折、ふわりと短刀の周りに風が起こる。




「風を纏いし刀――風雅刀……よくありましたね」




精霊と風を司る仙人の力を具現化させた金属を打ち鍛え作り上げられた刀。
その力は風を起し、使用者の力が強ければ嵐さえ発動させられる。
唯、聖宝の中で同じく風を操るそれには残念ながら適わない。だが、ものは使いよう。
色々とやりようはある。それに…………



「これは、昔そなたが使用していたものじゃ。そなたが使うのが一番よい」



物と言う物は長年使っていると、その使用者の気や霊力が染込むものだ。
その為、その使用者の腕に良くなじみ、逆に他の者であれば使用するのが困難となる。
この風雅刀は蒼麗が過去に長い間使用した代物。故に、蒼麗の気が染込んだこの刀は、
蒼麗が使うのが一番良く力を発揮することが出来ると言う事である。



「それじゃあ、今度こそ行って来ます」





蒼麗は笑顔を向けると、くるりときびすを返し、府庫の入り口を開けた――――――――――










――
ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォーーーーーーーーーーー










―――――――
閉めた





「蒼麗!!」




「だ、だだだだだだって!!なんかいる、絶対居る、すごいのがいるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!





扉を開けた瞬間、中にこもっていた黒いもやらしきものが一気に外に噴出した。
それだけでも嫌なのに、加えてそれが嫌な感じで作用したのか、屋内の空間が
かなり歪んでいるのが見て取れたのだ。きっと、元の府庫の中とは似ても似付かぬ変貌を
遂げているだろう。それは、室内の広さが以上に広くなったり、別空間に繋がっていたり、
化け物とか巣食い出していたり……なんて色々。
だが、黄葉はきっぱりと言い捨てる。



「そなたならいける。だから行くんじゃ!」









「葉ちゃんのバカァァァァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」










強引に蒼麗を中に押し込み、扉を閉める。勿論、鍵もばっちりとかけた。




「これでよし」





一仕事をやり遂げた爽やかな笑顔を浮かべ、額に浮かぶ汗を拭う。
それは何処かあの某鬼畜太師に似ていた。





「仕方なかろう……そなたしか出来ないんじゃよ…………そなたにしか……」



















こう…………ゆう…………」



己の血で染まった書物の山の上で、あちこち切り刻まれた黎深は目の前に立つ養い子を
見詰める。途端、目の前に血で汚れた靴が迫り、黎深の体は後ろに吹っ飛んだ。
崩れた本棚に背中をしたたかに打ちつけ、黎深は衝撃に吐血する。
既に血もかなりの量を流し、意識もかすんできた。このままの状態が続けば、
自分の命ももうまもないだろう。




(このわたしが……此処まで一方的に甚振られるとはな……)




氷の長官と言われていた面影も既にないだろう。今も流れ続ける血に何度も手を
滑らせながら、本棚に寄りかかるようにして体を支える。既に、足にも殆ど力が入っていない。



「くそ……ここまでか……」








ヒュルルルルルルルルルル……………









「ん?」



何かが上から落ちてくる様な音が聞こえる。黎深はつられるように上を見た。
すると、黎深はそこで初めてある事に気がついた。――天井が………ない?!
本来天井がある高さには何もなく、それ所か何処までも続く限りない闇が上空に広がっている。
続いて、周囲も良く見れば、異常なほどに広く、壁が見当たらなかった。何処までも続く闇が
辺りを覆っていた。もしかしたら、闇の向こうに壁や天井はあるかもしれないが、
自分の馴染み深い府庫の内部ではなかった。



「一体、此処は……」










ヒュルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル









きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!







先程よりも落下音が身近に聞こえたかと思うと、少女の甲高い悲鳴が聞こえてくる。
煩いと額に青筋を浮かべるものの、聞き覚えのある声に、黎深は再び上空を
見上げ――――目を見開いた。










「お前、蒼――――」














ドッッッッッス―――――――――――ン!!















凄まじい衝撃に、大規模な紙吹雪が乱舞したのだった











―戻る――長編小説メニューへ――続く―