〜第三十三章〜銀緑の君と風雅の高楼〜








それは、本当に偶然に見えただけだった。屋根の上に見慣れぬ灰色のそれ。
この非常時に構っている筈もないのに、妙に気になり、安全な場所を求めて逃げ続ける白、
黒大将軍とその配下達から離れて屋根に飛び移り間近で見れば――それは、自分の旧友。
長い時を共にし、王を支え続けてきた……茶太保亡き後唯一の存在。
作り物にしては生きるているかの様に精巧すぎるそれに、宋大傅はまじまじとそれを眺める。
今にも動き出しそうな目の前の石の彫像に、宋大傅は思った。





(似すぎている……まるで本人そのものの様に……ってまさか…霄本人が石になった……
って訳じゃないし)





直にバカな事をと自分を叱咤するが、それでも霄の奴であれば何でもあると思う自分も居る。




「宋大傅!!何をしているのですかっ?!お早くっ」



黒大将軍が叫ぶ。自分達の部下には重症の物も多い。早く安全な場所で手当てをしなければ。
それゆえに上司である存在に半ば怒鳴りつけるように言う部下に、宋大傅は苦笑した。
自分が同じ立場に居ても同じ事をするだろう。だが……宋大傅はもう一度余りにも
似すぎている彫像を見る。



「まさか……な……」



このような事態に陥ってから、霄の奴を一度も見ていない。だが、あの男の事だ。
きっと何処かでこの状況を楽しみつつ事態収拾の最大の一手を打つ瞬間を
待っているのだろう。


宋大傅は部下達の下に戻ろうと踵を返す。――その時だった。







………………………






「ん?」




かすかに、何かが聞こえた。それが後方からと解ると、宋大傅は恐る恐る後ろを見た。
まさか、あの彫像が喋っ……っ?!





…………………………





今度は先程よりも大きく聞こえる。既に下で部下が叫んでいる事さえ気づかないほど、
宋大傅はこの状況に驚いていた。その声は、目の前の彫像から聞こえてくる。



「なっ……ま、まさか……」



元々本能的にどのような超現象でもあっさりと受け入れてきた宋大傅ではあったが、
流石にこれには仰天する。しかも、どんどんと大きくなるその声は、霄太師のものと全く
同じだったからだ。霄太師にそっくりな彫像から霄太師にそっくりな声。宋大傅は叫んだ。




「霄、まさかお前なのかっ?!」




霄であれば何でもあると自分の中で半ば思い込んでいる宋大傅は、半ば本能的に悟った。
これは、霄の奴ではないかと。でも、そうなるとこの非常時に一体何故この様な姿に……



「お前、遊んでいるのか?」



普通なら何故この様な事にとか言うだろう。こういう所が宋大傅だった。



「ったく、お前こんな時にまでふざけていて」




「ふざけてはいないと思いますよ」





突如後方から聞こえてきた聞き覚えのない美声に、宋大傅は反射的に刀を抜いていた。
しかし、それは相手の体を捕らえる事無く空を切る。




「くすくす、此方ですよ」



優しげながらも凛とした美声。それは今度は真横から聞こえてくる。
驚き、刀を振ろうとするが、やんわりと手首を?まれた。白く優美な手。
けれど、見た目からは解らない程に強い力が宋大傅の手首にかかり、少しも動かす事が
出来なくなった。宋太傅は自分の腕を掴む存在を見詰めた。最初に目に入ったのは
風にたなびく美しい青みがかった銀の髪。続いて絶世の美貌と評するに相応しい顔と
服の上からでも解る鍛えられた肢体。そして柔らかい物腰と優しげな顔の造りとは裏腹に、
何処か冷たい光を宿した瞳に、滅多な事では動じない宋大傅ですら思わずゴクっ
唾を飲んだ。美しい――正にその一言に尽きる。
それは、下の方に居た黒、白大将軍や部下達も同じで、突如現れた美貌の麗人に言葉を
なくしていた。そこだけ、時間の流れが違うようでもあった。
それを破ったのは、振り注ぐ新たな美声だった。




「銀河、これを如何にかすればいいのか?」




青みがかった青年の名を呼びそう言うのは、何時の間にか彫像をまじまじと見ている
鮮やかな緑髪の青年。けれど真に宋太傅が驚いたのは、その青年も銀河と呼ばれた
青みがかった銀髪の青年と劣らぬ美貌と肢体の持ち主で或る事。
また、此方を振り向いた際にぶつかった瞳には美しい知的な光が宿っていた。
本当に、この様な絶世の美貌が1人いるだけでも珍しいのに、2人もいるとは……。
くすくすと笑うその姿に、宋大傅は再び生唾を飲む。1人だけでも凄いのに、長く生きてきた
自分でさえ滅多に見ないレベルの美貌の持ち主が2人並んだ姿は、正に絶景であった。
下に居る部下達も思ったのだろう。中には鼻血をだらだらと流し、気を失いかけている
者もいる。そして中には――





うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおっ!!俺と結婚してくれぇぇぇぇぇぇぇっ!!」





目を血走らせ、物凄い勢いでリ○グの○子顔負けの動きで壁をよじ登り屋根へと
這い上がる武官。けれど……その武官は一番近くに居た銀河に飛び掛る前に
腰につけた刀でなぎ払われ、地面へと落下していく。
その様子を、緑髪の青年は腹を抱えて笑った。銀河がじろりと睨む。





「緑翠」



あはははははははは!!だ、だって銀河が男に襲われそうになって……
ははははは!!姉様が知ったらどう思う――」




緑翠と呼ばれた青年の耳にかかる緑髪が数本、はらりと落ちる。緑翠の笑いが止まった。
やばい。今のは禁句だ。この主ほどではないが、一般人に比べれば氷の青年とも言うべき
銀河にとって、許婚兼恋人でもある自分の姉の存在は何者にも変えがたいもの。
故に姉にこんな事が知られて、もし婚約破棄なんて事になれば……その八つ当たりは
自分に来る。少々調子に乗り過ぎた。緑翠は直に謝る。



「ご、ごめん……大人しく作業します」


「利口な選択ですね」



にっこりと笑うが、口元が笑っていない。恐怖に縮こまる緑翠。
しかし、そこでまた周りが余計な事をする。その原因はやはり罪な程に美しい銀河の美貌。
しかし、今はそれに加えて艶と色香を含んだ冷たい笑みを浮かべている。
お陰で何倍にも増した抗いがたい魅力をモロに受けた武官達の一部が、銀河を我が物に
しようと壁を登り始めたのだ。因みに、緑翠の困り果てた顔も欲望が全面的に押し出された
獣と化した武官達には悩殺ものの代物らしい。よって、緑翠もターゲットとなる。
理性を保った一部の武官達の制止なんて危機やしない。そうして、獣と化した武官達は
次々と銀河と緑翠の2人によって天国の門を叩かせられたのだった。




「ふぅ……女性に迫られるならばまだしも、男に迫られるとは……」




それも何か違うと思うが、緑翠は懸命にも無言を通す。



「さてと、緑翠。貴方は最初に決めたとおり霄太師を。そして、宋太傅。
貴方は――いえ、貴方にお願いがあるんですよ」



ゆっくりと目を細める銀河に、宋太傅はいぶかしんだ。



「お前達は……一体何者じゃ?わしに何を求めているっ?!」



宋太傅の剣幕に、銀河は一瞬たじろいだ様子を見せるが、すぐに楽しそうに笑った。



「確かに、突然見知らぬ相手にそんな事を言われれば驚きますね。失礼、私のミスです。
では改めて名乗りましょう。私の名は銀河。そこに居る緑髪の男は緑翠。共にある目的の
為に此処に来ました。そして――」



銀河はゆっくりと宋太傅に近づき、その耳元に語りかける。宋太傅の目が驚愕に見開かれた。













暗い闇の中を歩いていた。ずっと………ずっ――と………。
どんなに歩いても、いけどもいけども闇の中。そうして疲れ果て、倒れ付した。
けれど……そこに、一筋の光が差し込む。その光に、必死に手を伸ばした。
あそこに行けば助かる。少しでも近づく為に、鳳珠は必死に手を伸ばす――――





視界が開け、一気に明るくなった。鳳珠の瞼がゆっくりと開かれていく。




(ここ……は……)




まず鳳珠の目に映ったのは、綺麗に装飾された壁――いや、天井だった。
そこで、鳳珠は初めて自分が寝かされている事に気がついた。
しかし、そこは寝台などではなく、柔らかい布を敷き作った簡易寝床の様な物だった。





(私は……一体……)





鳳珠には何も解らなかった。目覚めたばかりだったと言う事もある。
また、体も熱を持っているのか熱く、意識はぼんやりとし、思考が上手く纏らなかった。
それどころか、意識を失う前の記憶が曖昧で、何故自分が此処で寝ていたのか、
その前に何をしていたのかさえも思い出せなかった。
何故自分は此処に居る?何故自分は此処に寝かされている?その前に何が起きた?


増え続ける疑問に終止符を打ったのは、思いもかけず聞こえてきた声だった。






「ようやと目覚めたようじゃな……中々起きなくて心配したんじゃぞ」




上から降ってきた声に、柔らかい布の上に寝かされた鳳珠は視線を向ける。
が、美しいその瞳に、声の主――葉医師を認めた途端、嫌悪の色が浮かんだ。



「……何じゃ?思い切り嫌そうじゃな」


「まあな……」



医師としては優秀で、人望もある葉医師の事は鳳珠も認めている。
しかし、鳳珠には今年の夏に胸を触られ、女なら良かったという暴言を
葉医師に吐かれた事実が記憶に新しく残っている。
出来れば、出来るならば会いたくなかった。



「別にいいじゃないか。減るもんじゃないし」


「減るわっ!!」



葉医師の言葉に、鳳珠は切れた。
しかし、まるで自分の思いを読んだような発言の不思議さには気づかない。
まるで手負いの獣の様になってしまった鳳珠に、黄葉はやれやれと肩をすくめる。




「全く、美人さんの扱いは難しいわい」




そうして何かを手持つと指でクルクルと回し始める。思わず目を剥いた。
何故ならそれは自分が今日被っていた筈の仮面。顔に手を当てれば柔らかい肌が触れる。
このジジイ!!




「貴様っ――っ……」




起き上がろうとした瞬間、体に激痛が走る。



「これこれ、動くでない。せっかく蒼麗に助けられた命を無駄にする気か?」



その瞬間、鳳珠の空ろな記憶が一気に戻る。



「そうだ……」



鳳珠は思い出した。府庫で静蘭達に襲われた事。必死に室内を逃げ回ったこと。
黎深と逸れた事。そして……蒼麗を庇い、切りつけられた事…………。
その後、自分の意識は途絶えた。気を失う直前に確認した出血は酷く、
助からないと思っていた。




「蒼麗が止血を行い、府庫の外まで連れ出してくれたんじゃ。後でよくお礼を言うのじゃぞ。
あんなに幼いのに、そなたの様な大柄の男を背負って外まで逃げるにはかなり
大変だったろうからな」



「……言われなくても解っている……」



鳳珠は瞳を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。そして口を開く。それはずっと気にかかっていた事。




「――は」



「は?」



「黎深はどうした。府庫ではぐれてしまったんだが」


「ああ。まだ見つかっておらん。蒼麗も探している暇がなかったのじゃろう。
わしと合流した時にはお前さんだけがおった」


「そうか……」



安否不明。けれど、鳳珠は思う。あの男がそう簡単にやられる筈がない。
けれど……一旦心の中に広がり始める不安の闇は留まらない。
すると、葉医師がカッカと笑った。



「大丈夫じゃ。あの兄馬鹿男がそう簡単にくたばるものか。蒼麗から大凡の事情は
聞いとる。じゃが、大丈夫じゃろう」



余りにもあっけらかんとした物言いに、一瞬呆気に取られるが、ほどなく鳳珠も笑った。



「そうだな……あの男は大丈夫だ」


「そうじゃそうじゃ。ほほ、良い顔になったな」


「煩い!!……まあ、一応礼を言おう。傷の手当てもしてくれたようだしな」




傷に綺麗に巻かれた包帯を見る。腐っても医師か。




「――ああ……そうだ。蒼麗にも礼を言わなければな。それで、蒼麗は何処だ?」



一旦黎深の事は横に置き、今出来る事を行おうと決意した鳳珠は、その手始めとして、
まず助けてくれた蒼麗に礼を言う事にした。また、蒼麗の無事な顔も見たかった。
しかし――何故だろう?さっきとは打って変わって葉医師は慌てた様に言った。



「ま、まあ直にでなくとも良いと思うぞ!!」



「はぁ?」



「そ、それよりも他に大切な事があるじゃろ。此処が何処だとか、何があったのかとか。
そなたはずっと気を失っていたんじゃからその間の事についての話とかも聞きたいじゃろ?」



何かを隠している様な葉医師ではあったが、言う事ももっともだと思った。
それに、きっと蒼麗も何処か別の部屋で休んでいるのだろうと思う。
この部屋の中に蒼麗が居ない事からして間違いない。



「解った。礼は後にする」



確かに、今は傷が痛んで直に動けそうにない。



「それで?ご所望どおりの質問をする。――此処は一体何処だ?」



鳳珠は傷を抑えながら周りを見回した。
長い間宮城に居る自分だが、此処は見た事がない場所だった。
美しく整えられた室内、繊細且つ巧みな技術で描かれた壁画、中でも天井描かれた絵は
国宝級の代物だろう。最初は国王の住まう区間や後宮かとも思ったが、次第に何かが違うと
思った。何だろう?大きな違和感がある。けれどそれを言葉に表せない。
いや、表す事が難しいのだ。すると、葉医師はあっさりとこの場所の名前をいった。





「ん?此処は風雅の高楼じゃ。ほれ、仙洞省にある」





それは本当に何でもないように。けれど、その瞬間、鳳珠の目が見開かれる。




「なん……だと?」




多くの賊達が押し入りろうと企み、誰一人として成功する事のなかった彩八仙だけが入れる、
彩八仙だけの為に作られた聖域。例え、高官といえども入る事を禁じられたそこに、
今自分が居るだと?!



「仕方ないじゃろ?他に安全な場所はなかったんじゃ。何、入る際にはしっかりと
事情説明して頭を下げた。それに一時的じゃから大丈夫じゃろ」


「だ、だからといって!!」


「既に、此処を除いて王宮内に安全な場所はない」



「っ――?!」




葉医師はこれまでの事を話した。
自分が此処に来たときの事から始まり、破戒されつくした宮城、傷ついた者達、その者達から
聞かされた恐るべき化け物、しかもその化け物達は元同僚達という驚愕の事実。
そして、府庫から傷だらけで出てきた蒼麗と鳳珠と出会い、その後此処まで運んできた事――。
次々と話されて行く驚くべき事実に、鳳珠の目が見開かれていく。



「しかも、何故かは解らぬが全ての門が開かず外にも出られん。外からも異変を
嗅ぎ付けての救助は全くといって来ないのじゃ。これでは如何し様もない」


「くっ……」



鳳珠は形の良い唇をかみ締める。たらりと流れた血が白い肌を伝う。
その様は何とも妖しい感じだった。



「無事な者達もどれだけ残っているか」


「軍は……」


「機能していたらこんな事にはならん。まあ、出来ていたとしても……化け物と
化した同僚達にどれだけ対応できるか……」


「そうか……」


「とにかく、そなたは此処で休んでおれ。その傷では直には動けんじゃろ」


「笑止。宮廷の危機に休んでいられる訳がないだろうが。直にでも動く。
黎深の馬鹿も見つけないとならないしな」



大丈夫だとは思うが……探さない訳には行かない。
といっても、既に府庫の外に出てしまっているだろう。捜索範囲が広くなりすぎるな……
とぼやきながら、鳳珠は立ち上がろうとして留まる。そうだ、行く前に一つ。



「先に蒼麗に礼を言っておかなければな。葉殿。蒼麗は何処に居る?」



今度こそお礼を言うべく鳳珠は葉医師を見る。すると――



「どうした?」


「いや、蒼麗はの……」



顔色を悪くした葉医師の言葉の歯切れが悪くなる。



「別の部屋に居るのだろう?呼んで来て……もしかして、傷で動けないのかっ?!」



自分でさえこれほどの傷を負ったのだ。
幼い蒼麗ならば、もっと深い傷を負った可能性も……!!



「いや、その……」



それがのう……と呟く葉医師に、鳳珠はそれまで持っていた不信感を露にする。



「葉医師殿?」


「う……」



逃げようとしたが、がしっと足首をつかまれて阻止される。
絶対に逃がさないと言う決意に満ち溢れていた。



「私には時間がない。早く蒼麗を――」



そこで言葉を止める。そういえば……先程の葉医師の説明には不備がなかっただろうか?
そう……蒼麗が府庫から出て葉医師と合流した後、葉医師は自分を連れて此処に来たと。
当然ながら自分は蒼麗も一緒だと思っていた。しかし……今思い返せば――



「葉医師殿、まさか……」



驚愕に彩られる鳳珠の顔に、黄葉は苦笑する。



「その、まさかじゃ」



葉医師の肯定に、鳳珠の悪い予感が確実なものとなる。
このクソジジイ!!鳳珠は先程よりも強く怒気を籠めて心の中で罵った。
葉医師は自分を連れて此処に来た。けれど、蒼麗と共に来たとは一度も行っていない。
と言う事は蒼麗は今此処に居ないと言う事。それは、葉医師がたった今
肯定したことからも明らかだ。とすれば、蒼麗は今何処にっ?!
まさか、今異変が起きていると言う宮城内の何処かに取り残されてっ!!



「このクソジジィ!!蒼麗を何故連れてこなかった!!」


「おおっ!!そんな傷で気孔なんぞ放ったらぶっ倒れるぞ!!」



しかし、気孔を放つ前に鳳珠は倒れる。急激に動いた事で、傷口が開いたらしい。
白い包帯が血で滲んでいく。駆け寄る葉医師に鳳珠は構わず怒鳴る。



「やかましい!!この異変の起きた宮城に蒼麗を置き去りにする
ジジイに言われたくないわっ!!」



「何をっ?!別にわしは蒼麗を置き去りにした訳じゃない。蒼麗自ら向う事を望んだのじゃ」


「だから何で向わせ……は?向う?」


「そうじゃ。蒼麗は府庫に取り残された黎深殿を探しに戻ったのじゃ」


「黎深をっ?!」



って、え?黎深はまだ府庫の中にっ?!



「そうじゃ。黎深殿はまだ府庫の中じゃ」


「なんだとっ?!」



まだ、あの中に居る?!



「蒼麗が府庫の外に出た時、黎深殿の姿はなかったらしい。その後も黎深殿は
出てきていない。となれば、府庫の中にいると言う事じゃろう」


「既に外に出たと言う事は?」


「その可能性もあるじゃろうが……あのブラコンが可笑しくなった兄や養い子を
そのままにして逃げ出すと思うか?」



「――っ?!」



「まあ、蒼麗ならば大丈夫じゃろう」


「何を根拠に!蒼麗はまだ子供だぞっ!!それに、武器も扱えない」


「ん?そなた、もしや知らぬの……ああ、そうか。秘密じゃったな」


「は?」


「確かに蒼麗は見た目は唯の子供じゃ。けれど……大丈夫じゃ。あの子はこんな逆境や
異変にはかなり強いからな。まあ……本人はとことん気づいておらんが」



どんなに逆境にも苦難にも負けない強い心を持つ少女は、誰をも惹き付ける魅力もろとも
自分の才能に無頓着であった。



「大丈夫じゃ……あの子は。きっと……黎深殿を助けて此処に来る」



「葉医師……」



誇らしげに笑う葉医師に、鳳珠はそれ以上何もいえない。
常識で考えれば、本当にとんでもない事だ。化け物が徘徊する宮城に居るだけでも
大変なのに、可笑しくなった静蘭達が居る府庫に舞い戻るなんて。死にに行く様なもの。
けれど……鳳珠の中にも確かに生まれていた。蒼麗ならば大丈夫だと。何故だか解らないが、
それは絶対的なものとして心の中に存在する。



「さてと……わしは無事なものを探しに行くとするか」


「っ?!葉医師、私もっ」


「そなたは駄目じゃ。傷口も開いちまって……そなたに何かあれば蒼麗が泣く。
何、だてに長生きしておらん。大丈夫じゃ」



そうして、鳳珠を残し部屋の出口へと向おうとする。
が、その手が扉に触れる直前で、扉が外から開けられる。






化け物か?!







2人は瞬時に身構える。すると、素っ頓狂な声が響いてきた。








「よ、ようやく一息つけたわい〜〜」









その聞き覚えのある声に、2人はあんぐりと口をあけた。






「そ……そなた達は――」






そこに入ってきた者達に、鳳珠だけではなく、葉医師も驚きを隠せなかった。









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