〜第三十四章〜抜かれし心の光〜








助けるつもりも、手を出すつもりも全くなかった。




傷つけられる人々、壊されていく建物。
普通の者であれば逃げ出すか助けるかする筈の光景を目にして、如何でも良いと思った。
唯、自分はあのお方の安全を図るだけ。傷一つなくお連れする事だけを思っていた。




けれど…………自分達は気がついてしまった





あの男が……この国に、宮城に居るのを








本来いる筈のないあの男が居るのを――







何故それを知ったって?





そんなものは簡単だ





何故なら、この宮城に張られた結界はあれの力に違いないからだ





そう……それが……宮殿の異変に関わっていると知ったからには………





喜んで自分達は手を貸そう……狂いゆく世界の理を守る為に













けれど
















それだけ












自分達が手を貸すのは――




今この一時だけ






それだけだ













「そなた達が手助けするとは思わなかった」




遠い昔、一度だけ会い、言葉を交わした2人に黄葉は驚いた様に言う。
しかし、2人の青年は不機嫌に応えた



「別に、俺達だって手助けなんてしたくない。けれど仕方がないじゃないか。
奴らは聖宝の力だけじゃなくて、別の力も使ってるんだから」



そう言うのは緑髪の青年――緑翠。絶世の美貌を歪ませた様は正に壮絶だった。
一方、青みがかった銀の髪を持つ青年――銀河も超絶不機嫌に言う。



「緑翠の言うとおり。別に貸したくて力を貸すのではありません。唯、目的の為には
そうならざるを得ないんですよ」



そうして、銀河は自分達が助けた者達――宋太傅、黒、白将軍とその部下達を見やる。
ようやく一息つける場所に辿り着いた一同は、此処が高雅楼という事実にも構わず傷を癒し、
無事な者達は手当てに走る。中には疲れ果てて気を失うものも居た。
しかし、仕方がない。突然想像を絶する事態が幾つもおき、化け物達に追い掛け回され、
途中で出会った銀河と緑翠の2人のが護衛に付く事で、ようやと此処に辿り着く事が
出来たのだ。もし2人が居なければ、途中で倒れていただろう。



「にしても……霄の奴が石に」



突然入ってきた大勢の武官達に驚き、急に動いて痛みに失神した鳳珠を寝かした寝床とは
別に作られた寝床で今も眠り続ける霄太師に目を向ける。術によって石にされ、
緑翠によってようやく術を解かれ此処に運び込まれた。外傷はないが、術の影響が
大きいらしく、暫くは目覚めないらしい。



「全く……必要な時に役にたたないジジイじゃわい」


「まあ、仕方ないでしょう。あれほど強い術をかけられていれば……」



銀河の顔が苦々しく歪む。元が美しいだけにそれはとても怖いものへと変わる。



「……そなた達に関わるものの仕業か?」


「ええ。それも……我が主の敵です。我らの憎むべき敵。それが霄太師に術をかけた」


「そうか……」


「でも、別にそれはいいんです」





「………は?」





「そちらの方は如何でも良いんです。問題は、この宮城を包み込む異常なまでの強い瘴気と
邪気、そして中の者達を外に出られなくしているもの。それが、我らの所から盗み出された
三つの道具の一つ――『邪瘴結界石』の力によるものだと言う事なんですよ」




今思い出しても腹立たしい。数ヶ月前に盗み出された『邪瘴結界石』。
禁具とされる封印された道具の一つで、元は愚かな魔術師が作り出した代物。
その力は中から外に出る事の出来ない結界を作り出し、中に居る者達を瘴気と邪気に
染め上げる。そうしてジワジワと苦しめて殺していくのだ。それは、唯人が苦しんで死ぬのを
見たいと言う魔術師の凝り固まった可笑しな欲望の為。
けれど、魔術師は討たれ、道具は封印された。それを、持ち出した馬鹿がいるのだ。
そして持ち出したのはあの男。けれど、その証拠が無かった。それ所か、調査をすれば、
実行犯は別の者。ならば問い正せて黒幕を吐かせようとすれば自害してしまった。
お陰で、禁具の在り処も解らず、あの男を捕まえる事も出来なくなってしまった。





けれど……






今、その道具が使われている。絶好の機会だ。あの男を捕まえる事が
出来なかったとしても、道具だけは戻る。何としてでも、取り返さなければ。


そしてその為だけに銀河と緑翠は宋太傅達を助けた。
『邪瘴結界石』を取り戻す為に。それには、宋太傅達の力が必要なのである。
……それが済めば、自分達は手を引く。元々義理も何もないのである。
唯、力を貸して貰うにはそれ相応のものを返す必要があっただけ。それだけだ。






「さてと、それでは力を貸していただきましょうか――宋太傅」





銀河はゆっくりと宋太傅達を見た。




「既に代金は前払いしましたからね。貴方達を無事に安全な場所へと運ぶ。
それと引き換えに――私達に力を貸すと」




力を貸して欲しいとお願いした際、銀河はそれ相応の礼も提示した。
即ち、先に宋太傅達を無事な場所に運んでもいい――と。
それは、宋太傅達が今最も欲するもの。そして、予想通り宋太傅達は食らいついた。




「じゃ、じゃが……」




銀河の言う事は真実だ。けれど……それでも、宋太傅は戸惑う。
それは、自分の身可愛さでの事ではない。銀河が行うそれに、傷ついた皆が
耐えられるかだ。例え死ぬわけではないと解っていても、怖いものがある。
けれど、そんな葛藤を他所に、銀河は迫る。



「約束を反故にするおつもりですか?」


「う、あの、その……」


「彩雲国一の武官が一度言った事を翻すのですか?」



どんどんと追い詰められていく宋太傅。もう後がない。



「それに……貴方は自分の部下達がそんなにやわだと思ってるのですか?」



これには、宋太傅も目を見開く。そんな事……そんな……事は……。





「う……うぅ………――っ!ええい、もうやけだ!!好きなだけもっていけ!!





宋太傅はどかっと床に座り頭をかく。どうやら腹をくくったらしい。
元々、豪快な性格の宋太傅だ。うじうじと悩むのは性にあわない。
それに、どんな物であれ約束したからには果たさなくては。




「お前達も、こうなったら腹をくくれ」




首だけ後ろに向けて叫ぶ宋太傅に、事情を知る武官達は一瞬思い思いの顔をしたが、
まもなく宋太傅同様に腹をくくる。銀河の言ったそれは確かに怖い。
けれど……死ぬ訳ではない。それに、自分達を此処まで守って連れてくるという
約束を向こうは果たしてくれた。あの地獄から救ってくれた。
だから、今度は此方が約束を果たさなくては。



武官達が頷き、腹をくくりますと叫ぶ。
その様子に、緑翠は楽しそうに笑い、銀河もにこやかに微笑む。




「貴方達のそういう所は好ましくて好きですよ。では……さっさと済ませてしまいましょう」




銀河は美しい笑みを浮かべた。それを最後に――宋太傅を含めた武官達の体から力が抜ける。




「なっ?!」




「死んでませんよ。唯、『邪瘴結界石』の力を封じ込める為に闘魂を頂いただけです。
やはり戦いを生業とする武官の闘魂が一番良い」




「闘魂?」




「ええ。生気に近いもので……まあ、何事にも立ち向かう為の力、ですかね。
中に居る者達をじわじわと痛めつけ、絶望に染め上げていく能力を有する『邪瘴結界石』には
相反する力なんですよ」



そう言うと、銀河は手を胸元に持っていき、掌を開く。
すると、そこに美しい青い光を放つ宝珠が現れる。
ふわふわと浮かび、幻想的な雰囲気を持つその宝珠こそ、武官達の闘魂を凝結させたもの。



「さてと、私の用は済みました。そこの武官の方達ですが、そのままにしておいて大丈夫です。
一刻もすれば完全回復間違いないですから。ついでに外傷も完治です。
後遺症もありません。それでは――」




止める暇もなく緑翠と共に銀河は消えた。後には、黄葉と意識を失った武官達だけが残された。











「さてと……早く道具を回収し」



「あのお方を迎えに行かなくてはな!」



それが自分達の本来の目的。久方ぶりにあのお方と会って言葉を交わせると、
緑翠は活き様様だった。しかし、銀河は首を横に振ってそれに水を差す。



「いえ、それはまだです」


「は?」


「だから、まだです。だって、最後通告をまだしてないでしょう?」



あの方を連れ戻しに行く際に、――様に言われた事。
連れ戻す前に、必ず通告する事。また最終通告前の通告回数は最低でも20回。
そして最後通告をした場合は、それから1週間経たなければ連れ戻してはならない、と。
前に強引に有無を言わさずに連れ戻して1ヶ月も口を聞いてくれなくなった事があったらしく、
それ以来――様達はかなり慎重に事を進めるようになっていた。
それに、今回はかなり事情が特殊でややこしい事もあるので問答無用で連れ戻すと
いうのもどうかと思ったらしい。唯、周りの者達は「んな事関係ない!!」と
大騒ぎしているらしいが……。



「け、けれどさ……今、あのお方はあんな目にあってるし……」



「そう簡単にあのお方がやられる訳ありません。それに、もし命に関わるので
あれば……その時は」






例え嫌われても有無を言わさずに連れ戻す。






「さて、まずは禁具を回収しましょう。全てはそれからです」














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オマケ






「でもさ、本当は俺も解るよ。家出したくなったあのお方の気持ち」



「緑翠」



「あんな馬鹿女に刃物持って追い掛け回されてさ……あの投函された手紙の
怒りに満ち溢れた字なんてもう俺見た瞬間に涙が出たよ」


「確かに……」



「でもさ、だからって此処までこなくても……いや、まあ気になったのは確かだし、
姿を隠す時間がもったいないと思うのもあの方らしいけれど」



「まあ……トラブルメイカーですからね、あの方は。実際に今も騒動に巻き込まれてますし」


「うん。本当は此処に来るのはもう少し後にする筈だったしな……」




そして緑翠と銀河は大きな溜息をついた。




「でも、だからといって騒動が収まるまで此処に残しておくつもりは毛頭ありませんがね」


「まあね」




あのお方が行った事は確かに禁忌に値する。けれど……それを望んだのは此処の者達。
その後、如何なろうが知った事ではない。



そして二人の声は闇の中に消えた。