〜第三十八章〜本気で忘れてました〜






「と言う事です」





麟騎と奉明の新婚カップル成立後から半々刻した頃。
蒼麗は、初対面の者達に対しても解りやすいように、府庫であった事から始まり、その後に
再突入した府庫での出来事や、此処に来る途中――高雅楼直近くでの思わぬ拾い物に
ついて説明した。




「で、拾ったのはこの3人と言う事か」




説明を聞き終えた葉医師は、此処に居る者達の心情を代表する様に疲れた面持ちで
口を開いた。意識を失っている黎深の傍で寝かされている思わぬ拾い物。
それは――景侍郎、欧陽侍郎、管尚書の三人である。此処に運ばれてきた当初は
体のあちこちに傷を負っていたが、それも今は葉医師によって手当てされ、安らかな寝顔を
浮かべていた。その傍では、葉医師の薬で傷が癒えた黄尚書が逐一様子を伺っていた。




「はい、突然転がり出てきてびっくりしました」




あやうく攻撃しかける所だった事は内緒にしておく。しかし、黄葉の事だ。絶対に気づいている。
今も苦笑してるし(汗)



「まあ、そっちはいいとして……問題は府庫での事か」


「ええ。ですから直にでも私は此処を発ちます。一刻も早く絳攸様達を見つけて
どうにかしなければ」


「そうか……じゃが、その羅雁というものは一体何者なんじゃ」


「それは……私にも……」



蒼麗は言葉に詰まる。邵可達を外に連れ出した上、蒼麗の目の前で絳攸を連れ去った羅雁。
彼は自分を知り、自分の許婚を知っていた。それは、この国の者ではないという証拠。
けれど、蒼麗はその事について口を継ぐんだ。黄葉だけならばまだしも、他の者達には
余計に混乱させてしまうだけであり、伝えるのは得策ではない。



「とにかく、私は行きます。それに……そろそろ、久音睡嵐と邪気を作り出す者の居所も
解る頃ですから」



そちらの方もどうにかしなければならない。ふぅ……一つやる事を終わらせれば直に
次のやるべき事が増えてくる。蒼麗は、減るどころかどんどん増えて行くやる事に、
頭を抱えたくなった。――と、そうだ。




「え〜〜と、葉ちゃん!あの、秀麗さんは見つかりましたか?」




黎深を探しに府庫に入る前、自分が黎深を探す間、出来る限り蒼麗の代わりに
探しておいてくれると黄葉は言った。しかし――蒼麗の言葉を聴いた瞬間、黄葉の顔が曇る。
そして目を伏せると……静に首を横に振った。



「いや――此処に来るまでの間に通った場所や気になる場所を探したが……
見つからなかった」



「……そうですか……」



蒼麗は落胆した。が、直に気を取り直す。
秀麗は見つからなかったけれど、黄葉もやるだけの事はやってくれたのだ。
その結果、例え見つからなかったとしても責める事は出来ない。というか、そもそも秀麗が
宮城の何処にいるのか全く解らない状況で、しかも化け物が徘徊する中、探してくれたのだ。
寧ろ、お礼を言うべきだろう。蒼麗はぺこりと頭を下げた。




「有難うございます。では、私の方で探してみます」




そして早く見つけなければ。もし宮城のどこかで怖い思いなんてしていたらと思うと
胸が潰れる想いである。あ〜〜、せめてどこら辺の地区に居るのかでも
見当がつけばいいのに……。




「ん?なんだ。邵可の娘がどうかしたのか?」




事情を知らない宋太傅が、突如話に割って入ってくる。
興味津々といった様子に、蒼麗と黄葉はこのままでは引き下がらないと悟る。
そして互いに目を見合わせると――秀麗が昨日から行方不明になっている事を説明した。
もしかしたら……宋太傅や、此処に居る武官の人達が見ているかもしれないという
希望も込めて。




すると――




そんな儚い願いを誰かが聞き届けたのか、気になる情報が麟騎により齎された。









「女囚人?」




首を傾げる蒼麗に、麟騎は頷いた。



「ええ。昨日、兵士達が噂していたんです。国王の怒りに触れた女性が
地下牢に入れられたとか……」



「――それは、女官とかではなくてですか?」


「たぶん……何でも、街娘の格好をしていたとか……」




その言葉に、それ以上聞かなくとも、蒼麗は悟った。




それは……秀麗に違いない――と




けれど……けれど、地下牢ですって?!





「黎深様が聞けば爆発しそう――って……すぐに助け出さなきゃ!!」



「ですがっ」




「解ってます。国王陛下が命じて入れたのを勝手に出したら罰がって事ですね?
ですが、その国王陛下が可笑しくなっている時に無実の罪で入れたとしたらどうでしょうか?」







え――?と、そこに居た全員が目を見開く。







蒼麗としても、劉輝達が昨日から可笑しくなっていたのかという確証はなかった。
けれど、そうでもなければあの劉輝達が秀麗を地下牢に入れる筈がない。
それは、今まで劉輝達と接してきた自分が一番良くわかっている。彼らがどれだけ
秀麗を大切にしてきたのかを蒼麗は知っていた。秀麗だってそんな地下牢に
入れられる様なことなんて絶対にしない。この命を懸けたっていい。
それに……今日、出会った劉輝達は実際に可笑しかった。それはまるで
誰かに操られているようでもあった。
それに……




(今思えば、秀麗さんがもう一度此処に来たいって言ったのは……)




前日に顔をあわせたばかりなのに、もう一度会いに行くと言った秀麗。
他人思いな秀麗ならば、この忙しい時にそうそう何度も会いに行くなんて言わないだろう。
なのに敢えてそれを言ったのは……。
そして……




(秀麗さんが具合悪くなったからと言って先に帰ってしまった時……あの時も……)




何処か可笑しかった気がする。そして慌てて、家に戻って秀麗を見た時――





その時だった。蒼麗の脳裏にそれは浮かび上がった。





(そうだ……あの時……秀麗さんは……)







泣いていた――







瞳に大粒の涙を溜めて――彼女は泣いていた。





(あれは……具合が悪かったんじゃなくて……)




蒼麗の中で、その線は一本に繋がる。







「――っ!!」







蒼麗は自分を殴りたくなった。





秀麗が泣いていたのは……秀麗が先に帰ってしまったのは……。









(きっと劉輝様達と会っていた時に何かがあったから!そしてその何かは……とすれば、
劉輝様達は昨日から可笑しくなっていたと言う事になる)




いや、昨日からかは解らない。それよりも前からかもしれない。
けれど……きっと、秀麗は可笑しくなった劉輝達と会って何か悲しい事が起きたのだ。




(悲しい事……って、ちょっと待って!私達は可笑しくなった劉輝様に何をされた?
刀で襲い掛かられて……)




蒼麗の脳裏に、劉輝達が秀麗に刀を片手に襲い掛かる光景が浮かぶ。
血の気がザザァ〜〜と引いていった。







ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ――って、あれ?)







それにしては秀麗は無傷だ。そもそも、秀麗は武術を嗜んではおらず、
刃物を片手に襲われたら一溜りもないだろう。それに……もしそうであればその時に
同席していた華樹や艶妃だって危険に……。





(って事は、刀で襲い掛かられたりって事はしていないって事ですね……
でも、となると他には……)





秀麗を傷つけるような何か。それを考え、蒼麗は唸る。何か、何か――って



答えが考え付くその前に、蒼麗は一つの物忘れに一気に気がついた。
先程よりも血の気が凄まじい勢いで引く。無意識のうちに唇は開き――叫んだ。










「わ、忘れてたァァァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああっ!!」











蒼麗の絶叫に、葉医師達は飛び上がらんばかりに驚く。




「ど、どうした?!」




「大変な事忘れてたぁぁ!!此処に『彩の教団』が入ってきているんならまず一番に
やらなきゃならなかったのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいい!!」




「はぃ?」





「だから、『彩の教団』が聖宝と共に狙うもう一つの存在――邑家の華樹姫の存在を
すっかり忘れてたのぉっ!!」





その瞬間、宋太傅、黒大将軍、白大将軍、黄尚書、そして葉医師の顔から
蒼麗以上に血の気が引いた。



今の今まで誰一人として完全に忘れていた――今回の功労者の1人。
『彩の教団』の事を知らせに危険な道中を必死にやって来てくれた姫君。



彼女の身柄の確保とその安全を図る――それは、『彩の教団』と戦う際で
最も重要な事の一つとしてあげられていた。



しかし実際には――








完全にほったらかし








こんな状況下にも関わらず、誰も助けに行くなんて一言も発していない。



とすれば――





「いや、きっと誰かが安全な場所に――」




白大将軍が嫌な予感を振り払うように呟くが――最後まで言い切られる事はなかった。
だって……そんな事ないと9割9部9厘自分の本能が告げている。
自分達でさえ、こんな状況下では自分の事で精一杯で、自分の身を守るのに必死だった。

となれば、他の者達なんてきっと……。




「絶対に華樹姫の事なんて忘れてる……」





蒼麗の言葉に、葉医師達が青ざめながら頷いた。




「は、早く何処か安全な場所にっ……ってその前に探して保護しなきゃっ!!」




そう、それが問題だった。
はっきりいって、このような状況下では、華樹姫がきちんと後宮の一室にいるなどという
保障は何処にも無かった。下手をしたら、既に居ないかもしれないのだ。
何故なら、外でこれだけの騒ぎが起きている。女官達の多くも化け物と化している。
それは、後宮とて例外ではない。もし、化け物と化した女官が華樹姫に襲い掛かり、
それから逃げるべく外に出てしまったら……何処に居るのか見当を付けられなくなる。
唯、城の外には出られないだろう。それは、既に試している者達がいるから断言できる。
しかし、宮城は広い。幾つ物建物と部屋がある。そこの何処かに逃げ込まれでも
したら、この緊急時では探すのは容易なことではない。自分達の身を守りながらになると、
余計に困難になる。



しかし――




だからと言って、華樹姫をほうってはおけない。
蒼麗は華樹姫が無事に後宮の一室に居ることを願った。





彼女がそこから動いていなければ――何とかなる。





が、そこでもう一つ問題が起こる。



室にある唯一の窓から紙飛行機が一つ、ひらひらと蒼麗の元に飛んでくる。
驚いた者達が慌てて身構えるが、蒼麗はそれを抑えて紙飛行機を手に取った。
それは、蒼麗が黎深を救うべく府庫に突入する際に放ったものの一つだった。





カサカサカサ






蒼麗は紙飛行機を開き、中を見る。



そこには宮城内の地図が書かれており、ある一箇所に赤く記がついていた。
それが久音睡嵐の在り処だと認識した蒼麗はホッと息をつくと同時に、また新たに
問題が一つ浮上した事に気がついた。





それは――やるべき事が多すぎて自分一人ではどうにもならないと言う事。





絳攸達を探して助ける。久音睡嵐を止める。地下牢に行って秀麗を探す。華樹姫を保護する。
そしてその途中で怪我をした者達を此処に連れてくる。





これらを…………一人で全てできるわけが無い。







「ど、どうしよう……」





とうとう蒼麗は座り込み、頭を抱えてしまった。


すると、葉医師がぽんぽんと肩を叩いた。




「葉ちゃん?」



「蒼麗、大丈夫じゃ。こうなったら手分けして行うぞ」




「はい?」





葉医師の言葉に目を見開いたのは、蒼麗だけではなかった。









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