〜第三十九章〜華樹姫〜






「あ、お兄様vvお帰りなさい〜〜」




空間が歪み、ふわりと横に現れた兄に華僑が満面の笑顔で抱きついた。
そんな妹に、羅雁は珍しく心から優しげな笑顔を浮かべてその頭を愛しそうに撫でる。



「変わった事はなかったか?」


「ええvvで、お兄様、先程の件は完了したのん?」



力が力が行き渡らない8つの場所。そこを破戒するか何かするかをしてきたのかと聞く妹に、
羅雁はいいやと言うように首を横に振った。



「え?まさかお兄様でもどうしようもない場所なの?」



強大な力を持つ自慢の兄。その兄でさえどうにもならなかったのか?と
驚く華僑に、羅雁は苦笑した。



「いいや。破戒することは可能だ。だが……あの場所を破壊すれば、他の
パワーポイントまで消えてしまう」


「他って……まさか」


「ああ。あの二つは一蓮托生。どちらかを消せばもう片方も消える。下手に手出しする事は
出来ない。しかも、破戒による両方のパワーポイントの消滅はこの世界自体をも
滅ぼしかねない事態を引き起こすようだ」



「大変ねん。でも、私としてはそっちの方が数百倍は面白いわ」


「俺もだ。さてと、行くか」


「お兄様ん?」


「面白そうな場所を見つけた。あそこを襲撃すれば……もっと多くの人間が傷つくだろう」



そしてもっともっと絶望が生まれるに違いない。
この宮城で最も安全と言われるあの場所を攻撃すれば。



「化け物化した奴らでは近づけないからな。俺が手を下すんだ」


「楽しそうvv私も行きたいわ〜〜」


「後で呼んでやる。ああ――無いとは思いたいが」



「どうかしたの?」




「実は――」




羅雁は華僑の耳元で囁くようにそを説明した。華僑の目がゆっくりと見開かれていく――














「つまり、なんていうか……俺達に華樹姫の保護をしてくれって事か?」



高雅楼の一室にて、従兄妹を盗られた悲しみからようやく立ち直りかけた白大将軍は
葉医師の言葉に呆然とした。



「そのとおりじゃ。黒大将軍と共に行ってくれ。それとも――怖いか?」


「なっ?!そんなわけねぇよっ!!た、確かに此処には命からがら逃げてきたけどな……」



体中に傷を負い、化け物達の来襲を恐れ必死に逃げてきた。
今はもう傷は癒えていたが、だからといって完全に恐怖がなくなったわけではない。
躊躇するように言いよどむ白大将軍に、葉医師は発破をかける。



「そなた達ならば大丈夫じゃろ。何しろ、おぬしらは主上付きの羽林軍。
向う先が内朝、しかも後宮だとすればおぬし達以上に最適なものは居ない」



「ま、まあ……けど、後宮に本当にいるかどうか……」



もし居なければ、宮城中を駆けずり回らなければならない。それも化け物を相手にしながら。
しかも、相手を殺したり、シャレにならない傷は付けられない。
だって、化け物達は下は人間で、同僚達なのだから。




「うぅ……」




白大将軍は本気で悩む。男として、武人として行くべきではあるが……


すると、隣に居た黒大将軍が立ち上がった。




「行きましょう」




何時もは寡黙な黒大将軍ははっきりと宣言した。



「よ、耀世……っ!!」


「葉医師の言うとおり、私達しかいない。それともお前は部下に行かせるのか?」



または、蒼麗が行く事になると黒大将軍が呟く。
葉医師から蒼麗の凄さを掻い摘んで説明されていたが、自分達から見ればまだまだ幼く
か弱そうな少女にしか見えず、白大将軍はとんでもないと首を振った。



「わ、解ったよ。しかたねぇな……例え他の場所に至って引き摺ってでも連れてきてやる!!」



「おぬし……女性には優しくじゃ。まあいい。これで華樹姫の方は大丈夫じゃな」




「白大将軍、黒大将軍、どうも有難うございます」




蒼麗が丁寧に頭を下げる。そこまでされてしまえば、白大将軍もこれ以上の泣き言は言えない。
こんなに幼い少女でさえ、頑張っているのだ。大人で、しかも大将軍の地位に着く自分達が
頑張らなければどうする!!





「だが蒼麗。華樹姫の方はいいとしてもまだ他にもやる事は沢山あるぞ」




それまで黙って聞いていた風祢が口を挟む。



「ええ、解ってます。とりあえず、私は絳攸様達を探しつつ久音睡嵐の在り処に向います。
ですから、風祢さん。貴方は此処に残ってください」




「何?」




「黒大将軍と白大将軍が此処から居なくなれば、戦力は大幅にダウンします。大丈夫だとは
思いますが、此処に何時襲撃がかけられるかは解りません」






あの、羅雁とかいう男に――







「ですから、此処で護衛をお願いします」





「蒼麗………解った」





「有難うございます、風祢さん。そして……秀麗さんの事ですが」



ようやく居場所に見当がついた。そこは地下牢と予想だにしない場所ではあったが、
とにかく助けに行かなければならない。蒼麗は絳攸達を止めに行く途中に寄って助けてくる。
そう言おうとした時、白大将軍が言った。



「そっちも俺達が向う」




「白大将軍?!」




「地下牢なら俺達軍関係者の方が良く知ってるからな。お前が場所を教えてもらって
行くよりもよっぽど早くつく。それに……お前には主上達を止めて久音睡嵐を
取り戻す役目があるんだろ?」



悔しいが、自分達では無理だ。主上達を止めるならばまだしも、聖宝では手出しが出来ない。



「そっちに集中してくれ。華樹姫と秀麗姫は俺達が責任を持って助け出す」



黒大将軍も静に頷いた。




「そ、そうだよ!!君はそっちに集中してくれ!!俺達も出来る限りの事をする」



「ああ。もし此処に怪我人が辿り着いたら手当てしたりとか」



「また、この近場とかなら俺達も無事な奴らを探しにいけるし……」




武官達も口々に言う。




「……有難うございます」





蒼麗はふかぶかと頭を下げた。
そして――蒼麗はトテトテと黄尚書の元に駆け寄った。








「すっかり傷が癒えたようですね」



「――ああ。お前のお陰だ。礼を言う」



仮面の裏ではっきりと微笑んだ黄尚書に、蒼麗も嬉しそうに笑う。




「本当ならば私も行きたいが……そうするとこいつらの面倒を見る奴が居なくなるからな」




特に、黎深は起きた後はどうなるか見当も付かない。
だから……一緒には行けない。黄尚書は寂しげに笑った。
蒼麗を一人では行かせたくはない。この幼い少女を危険な場所に向わせたくない。
けれど……蒼麗は葉医師の言うとおり、黎深を連れて戻ってきた。




だから――






「無事に戻ってきてくれ」




「はい」




素性も良く知れない少女。
けれど、自分達の為に頑張ってくれる蒼麗に、黄尚書は心からそう告げたのであった。















『わたくしが様子を見てきます。わたくしが戻ってくるまでどうか外には
おいでにならぬようお願いします』





そう艶妃が告げてからどれほど経っただろうか?






外が騒がしい事に不安を覚えた華樹は、自分を宥め押し留めるようにして
外の様子を見に部屋から出て行った艶妃の帰りを、己が与えられた後宮の一室にて
ひたすら待ち続けていた。既に外は静まり返っている。けれど、艶妃は未だ戻ってこない。




「一体……どうしたというのじゃ……」




何かあったのだろうか?
けれど、だからといって外に出るのは躊躇わられる。
艶妃は自分の事を思って言ってくれたのだから。
そんな艶妃の為にしてあげられる事は、此処で大人しく待つこと。



でも――








部屋に一人でいると思い出す。











『彩の教団』によって監禁されていた時の事を――











華樹はグッと目を閉じた。







家族とも引き離され、たった一人で部屋に閉じ込められた。
部屋は広く、家具なども揃い不自由は何一つなかったが……怖かった、
寂しかった、苦しかった。





家族を思い、使用人達を思い、他の一族の事を思い、止め処なく涙が流れ落ちた。







そしてそんな自分の下に来たのは唯一人――

















『君は僕の花嫁になるんだよ』















華樹の目が見開かれ、体がガタガタと震えだす。




自分を閉じ込めたその青年は部屋に来る度にそう言った。
拒んでも、怒ったも、泣いても、その青年は楽しそうに言った。





怖くて、怖くて……その時の事は聖宝の件を告げた国王達にも話しては居ない。
知っているのは自分だけ。あの青年が自分を花嫁にと求めている事は。



――本当は……自分を追いかけてくるとすれば、その本当の理由はそれなのに……。







そしてこれからも言わない。









だって……











口に出せば











それは――









現実に起こるかもしれないから――











「言わない……わらわは言わないのじゃ……」






そうして華樹はその事を記憶の奥底へと追いやる。それが決して現実にならぬよう願いながら。







―戻る――長編小説メニューへ――続く―