〜第五章〜王都来訪理由〜







暗い暗い漆黒の闇と不気味な静けさに満ちた広い室の中央。
そこに安置されし豪華絢爛な玉の座に座する存在は、20歳を少しばかり超えた一人の青年。
その麗しながらも不思議な妖艶さを放つ美貌をくつくつと面白そうに歪ませ、己の前に傅き冷や汗を流し続ける
数人の男達を見下ろした。



「つまり……逃げられたと?」


「も、申し訳ございません」



一人の男が必死な面持ちで謝罪する。そう、男は必死だった。この目の前の主の機嫌を損ねれば、確実に
自分の命はない。既に、1度失敗している身。何とか汚名を挽回する機会を得、直にでも所望する物を手に入れなければ
自分の安穏な未来は無い。



「ふぅん……まあいい。もう一度チャンスをやろう。今度は、失敗するな。兄上も気を長くしてお待ちになっているのだからな」


「ぎ、御意!!温情、痛み入ります」



そう言うと、すぐさま男達はその場から掻き消えた。


室には、青年だけが残った。が、間も無くその室の入り口付近に、新たな人の気配が現れる。
その気配の持ち主に、青年は笑った。




「首尾は?」




「上々でございます。もう間も無く成果は現れるでしょう」


「そうか。なら、引き続き続けてくれ」



青年はひらひらと手を振る。と、同時にその気配は消えた。


漆黒の空間に、青年の楽しそうな笑い声が響き渡る。




「ふふふ……誰にも邪魔はさせないよ。僕と兄上がこの国の全てを握るんだ」













だから――――













「君も逃がさないからね――華樹。いや、僕の花嫁の君









































「あれは……今から半年前の事であった」



目の前に置かれた香ばしいお茶の湯気が漂う中、華樹は静かに語り始めた。



「妾達は何時もの様に小さいながらも安穏とした領地で静かに暮らしていた。吹きさる風も、湛える水も、人々の笑い声も
全てが何時もと同じだった。――唯一つ、突然やって来たあの者達を……あの侵略者達を除いては」



華樹は思い出す様に瞳を静かに閉じ、そして開く。そこには、先ほどまで無かった悲しみが含まれていた。



「半年前のあの日、奴らは手に手に武器を持って我が屋敷に雪崩込んできた。余りにも突然であったのと、奴らの
実に巧妙な攻め方、加えて近年では殆ど戦う術を持たなくなった為、一族は即座に捕えられ、領地の民達も監禁に近い
状態に置かれてしまったのじゃ」


「なっ……!!」



蒼麗の時以上に思いも寄らないその事実に、秀麗は絶句した。



「そんな……幾ら小さくなったとは言え、領主一族に……一体、何が目的でそんな事を」


普通にお金や財宝ならば、そこらのお金持ちを襲った方が言い方は悪いが、断然良い。
だが、領地の領主ともなればそうは行かない。下手すれば、州はおろか国が出てきてしまう。
そうなると、どんな盗賊団でも生き延びる事は難しいだろう。そこまでの危険を冒してまで得たかったものとは、一体。



「聖宝じゃ」



「へ?」



「奴らの狙いは、我が本家の屋敷の奥深くに安置されている聖宝と、その他の壊されずに隠された聖宝。それらを
手に入れる事だったのじゃ」


「えっ?!で、でもそれらの殆どは壊されたか、または何処か別の場所に隠されたとかってさっき説明を」


慌てる秀麗に、華樹は頷きながらも丁寧に説明していく。


「そうじゃ。だが、その内の一つは確かに我が屋敷の奥底に眠っていたのだ。聖宝――『闇華剣戟』と言う、全てのものを
切り裂く闇の力を秘めし剣が」



「なっ?!」



「妾達も知らなんであった。いや、本家には無いと代々伝わってきたのじゃから。しかし、実際にそれはあった。そして、
その聖宝の置かれていた場所に、他の隠された聖宝の場所を書き記した地図と書物も安置されておった。……たぶん、
祖先が隠し場所に困って安置したのだろう。そして、本家には無いと言う偽の情報を流して、誰の目にも触れさせない様にした。
――本来なら、命をとして守らなければならないそれら品々。じゃが、一族の者は愚か、監禁されていた妾もそれを取り返す
事は出来なかった。挙句の果てには、奴らが残りの聖宝を探しに部下達を各地に飛ばすのを口惜しく見ているしかなかった……」


そうして、続々と集まる聖宝の数々。自分は唯見ている事だけしか出来なかった。
しかし、あの話を聞いてしまった後は――



「でも……何故その人達は聖宝を探しているの?一体それで何をしようとしているの?」



秀麗は聞いた。――だが、その答えは今までのとは違い、直には帰っては来なかった。
今まで以上に俯き、白い掌を強く握り締める華樹に、誰も口を開かず、唯静かに答えが返されるのを待ち続ける。




そうして、熱かったお茶が完全に冷めた頃、華樹は意を決するように口を開いた。












「………奴らは……奴らが聖宝を探す理由は…………それを使い、この国を……破壊し、混乱に陥れ……
乗っ取ろうと…しているのじゃ……」













「「「「「っ??!!」」」」」











苦しそうに絶え絶えに言う華樹の驚くべき発言に、全員が言葉を失った。









国を―――国を乗っ取る?!









「な、
なんですって?!



秀麗の悲鳴に近い声が上がった。



「聖宝には……使い方次第によっては、それを行うだけの力があるのじゃ。多くの者達を死に至らしめる力が……。
そしてそれに目をつけた奴らは、本来なら魑魅魍魎達を退けるべき力で、国を掌握しようと企んでおる。全てを壊し、
自分達の思い通りに国を造り替え様と……奴らは高らかと笑いながら面白そうに言った。8年前の公子達の
反乱以上の沢山の死と破壊を……この国にくれてやる、と……」



腸が思わず煮えくり返り、何度飛び掛ってその首を絞め様かと思った。
もし、鎖が己を戒めなければきっと実行していたに違いない。



「それだけでも、堪忍袋の緒はズタズタと成っていたと言うのに、妾の下に来たあの者達を纏める者の弟が更に
言ったのじゃ。残りは、王都。王都にある聖宝を手に入れれば全てが終わる。この国の掌握も簡単に済む。
何せ、王都にある聖宝の中の一つは、全ての聖宝の中でも最高にして最強と謡われるものらしいからなと」



「そ、それって……」



手に入れられたら大変な事になるのでは。華樹は同意する様に頷いた。



「その通り、大変な事になる。だからこそ、妾は此処に来た。監禁されし場所から監視の目を掻い潜り、必死に此処まで
やって来たのじゃ。この王都にある聖宝を探す為に。そして、何よりも今上陛下にこの事をお伝えする為に。幸いな事に、
王都に隠された聖宝の場所までは奴らも知らないようであった。だから、まだ奪われてはいまい。今から大勢で探せば
きっと、奴らよりも早くに見つける事が出来る。その為にも、主上にお伝えし、力をお貸しして貰いたいのじゃ。……じゃが
――それでも長い間の屋敷暮らしのせいか、体力の方は追いつかず、結局はそなたの邸の前まで来た所で倒れ、
動けなくなってしまった。ほんに情けないわ……」




そう締め括った華樹に、皆は押し黙った。
誰一人として何も言えなかった。華樹が嘘をついていない事は、その瞳と伝わる真剣さからしてもはっきりとしていた。
だが、そうすると当然ながらその話は全て真実となり、聖宝はもとより、国に大きな反乱が起こる危惧が直傍まで
迫っていると言う事になる。




それまで黙っていた邵可が口を開いた。




「華樹姫……その、聖宝を狙う者達は一体如何いった者達なのですか?」


邵可は、その者達の詳しい素性を求めた。名前や年齢、外見、出来れば如何いった出の者なのか等。次々と質問していく。
しかし、華樹はそれらの質問に、膝の上に置いた手を握り締めると、力なく頭を横に振った。



「……すまぬ……妾も解らぬのだ。……唯、自分達の事を彩の教団と言っておった。何かの新興宗教の一派かも知れぬ。
だが、詳しい素性は何も解らんのじゃ」


「そうですか……」


「だが」


「ん?」


「あの者達の育ちは良い方だと思うのじゃ。あの立ち振る舞いや礼儀の良さから見ても、どこかでしっかりと教育された
者達だと妾は思う。……いや、寧ろ何処かの貴族の様な……」



最後の部分は殆ど呟きに近かった。邵可は小さく頷くと、ゆっくりと口を開く。



「本当に大変な目に遭いましたね。でも、もう大丈夫です。此処は王都。お上のお膝元です。きっと事情を話せば
手厚い保護を為してくれるでしょう」


「邵可殿……」


「今日はもう無理ですが、明日は朝早くに登城し、一刻も早く邑一族の事を伝えましょう。お上も邑一族については
ある程度知識を持っていますので、きっと直ぐにでも行動を起こしてくれる筈です。得に邑一族は、現在は衰退し、
その領地も小さくなっていますが、場所的には碧州でも重大な要所の一つを統治している上、碧州の州府とも深い
繋がりがある一族です。これは、急を要する事です」


「そうじゃ。あの場所を閉鎖されてしまえば、周りの幾つかの町の交流が完全に途絶えてしまう」


「そ、それって……所謂陸の孤島と化す、みたいな……」



頷く邵可と静蘭、そして華樹に秀麗は今までで一番慌てる。



「た、大変っ!!もう今直ぐにでも劉輝ば叩き起こして」


「いや、それは不敬罪に」



静蘭が何とか押し留め様と説得し始める。



「お願い、行かせて!!」


「駄目です、お嬢様!!下手したら夜這いしに来たと思われてそのまま床に引き摺り込まれて食われます!!」


「は?床?食われる?」



静蘭の発言に思わず疑問符を浮かべる蒼麗に、邵可はアハハハハと笑いながら言った。



「気にしなくて良いよ。
妄言だから」



彩雲国一聡明な家人の言葉を妄言と言い切る男――紅 邵可は正に
最強だった。





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