〜第四十一章〜マッチョ馬〜







まって……







まってよぉ――
















――誰?











暗い中、秀麗はゆっくりと目を開けていく。



例え、目を開けて見た所で暗い闇が広がっているにも関わらず――






「これは……」





けれど、そこにあったのは別のものであった。

















「馬鹿!!お前の籤は黄色だ。だから外回り!!間違えるなよっ!」



「おっ?俺の籤は紫。って事は居残りか。あ〜〜、でも雑用じゃないか」




葉医師&宋太傅特性の籤を引き終った武官達から次々と感想が聞こえる。
泣くもの、喜ぶもの。どちらでも基本は一緒だと宋太傅の一括がときたま入る。
そして、其々の持ち場へと強制的に向わせていく。



一方、そんな武官達を宋太傅に一任し、葉医師は奉明と共に未だに眠り続ける
霄太師達の手当てを続けた。中でも、景侍郎や欧陽侍郎、そして管尚書は蒼麗が
応急手当をし、葉医師によって新たに手当てされて落ち着いていたのだが、
今再びその傷は開き鮮血を流し始めていた。


当初、その状況に黄尚書達はパニックに陥ったが、そんな彼らに葉医師は一つずつ説明した。
今、この場内は空間が歪んでいる。そしてその影響は人体に一番大きな負荷を与え、
とくに怪我をしている者であればその傷が塞がりにくくなるという事を。
よって、切り傷などはきちんと縫ってしまわないといけないと言う。
唯、一番安全なのは、緑翠達のように術によっての完全回復であり、それを行われた
武官達は今もピンピンしていた。だが、此処で術を使えるのは――霄太師と葉医師、
風祢ぐらいだが、彼らはそれを行わない。
だから……





「黄尚書、景侍郎の体を」


「わかった」



奉明の指示で鳳珠が景侍郎の体を反転させる。



「それで、どうするのだ?」



「葉医師が先程説明したとおり、傷を縫合します」



服を脱がせて蒼麗の巻いた包帯をぱらりとはがしていく。
すると、背中に走る傷口から再び赤い血がタラタラと流れ出していた。



「縫えるのか?」


「はい。こう見えても医学の知識は一通り父から学んでおります」




もし男であれば、王に仕える侍医になりたかったと言う奉明に、鳳珠は仮面の裏で微笑んだ。




「では、頼む。景侍郎は大切な副官だからな。それに、欧陽侍郎達も」


「はい」



「すいません、黄尚書」



振り返ると、麟騎が大きな箱を幾つか持って立っていた。



「これは此方で宜しいですか?」



「ああ。中身は――」



「確認した所一通り入っていました。消毒薬やその他の薬、清潔な布などなど」




それは、蒼麗がその昔此処に置いていった不用品の中の一つである医療品類。
あの時、多すぎて使いきれなかった備品の幾つかを特殊な処理をして残していっていたのだ。
勿論、その特殊な処理の御陰で今でも新品同然であり、使用可能である。
よって、その存在を知らされた麟騎が数人の部下を引き連れて取りに向ったのだ。
また、今も数人が物資の補給に勤めている。



「ほほほ、こりゃあいい。いや、何でもとっとくのも問題だと思ったが、こうなるとそれも
役立つもんじゃのう〜〜」



蒼麗とは違い、はっきりいって完全にこれらの存在を忘れていた葉医師。
蒼麗が此処を出て行く前に指摘されてようやくその存在を思い出した為か、
何処か目が泳いでいる。


しかも、不用品の中には医療品類だけではなく、その他色々と使える物も多かった。
無いのは、武器類ぐらいである――と位に。


御陰で、此処に怪我人達が大量にやって来ても収容は可能だろう。
それじゃなくても、元々この宮は比較的大きくて、沢山人が来ても大丈夫なようになっている。



但し――




(使えない部屋が幾つかあるからのぉ〜〜)



それらの部屋だけは何があっても使えない。下手をすれば入っただけで死ぬ――



(ふむ。注意を促しておかねばな)



そして、もし入る必要があるとすれば自分か――風祢だけだ。後は、この霄太師と蒼麗ぐらい。



(とまあ……そもそも入る必要は無きに等しいじゃろうが)




「黄尚書、縫い針を消毒して下さい」


「包帯の数が足りないな……もう少し足しておいてくれ」



奉明と麟騎の指示が飛ぶ。それに従い、其々が動き始める。それとほぼ同時に、
既に外回りに向っていた者達が数人の負傷者を連れて戻ってきた。



「直そこまで来ている者達が数十人いる。まだまだ来るから手当てを頼む!!」



武官達の声が飛ぶ。それに応じて場が騒がしくなっていく。



「よし、わしもやるとするかのう」



葉医師が腕の袖を捲り上げた。














滅茶苦茶に壊れたとある後宮の外れ。そこでは、石像の様に微動だにしない邵可の隣で
道化師が楽しそうにケラケラと笑いつつ数を数えていた。





「きゅうじゅうきゅう、ひゃ〜〜くぅ!!」





無情にも進むカウント。
それが300を数えた時、道化師の玩具となった殺戮マシーンが動き出す。





「あははははははは!!楽しいなったら楽しいなvv」





羅雁が与えてくれた殺戮の玩具の頬をなで上げ、道化師は笑い続ける。
欲しかった玩具がようやく手に入った。本当ならこのまま直にでもあの姫を手に入れるべく
動かなければならないだろうが――先程入った連絡では新たに何人かが姫奪取に
やって来るそうだから、そちらに任せれば良い。



だから――





「ひゃあ〜くごぉ、ひゃあ〜くろぉく」







自分は自分のやりたい事をしよう。そしてそれこそが教団の為となる。






そうして死へのカウントは留まる事無く続けられた。



















「…………………………」



蒼麗は絶句していた。






何故?





それは勿論、彼女の許容範囲を超えた光景が目の前に広がっていたからだ。




「な、何……あれ?」




移動時間を早くする為に馬屋に向った蒼麗。しかし、辿り着いて見るとそこには――






フンフフフフフフンっ!!






筋肉ムキムキ、自分のマッチョ姿をよりよく美しく見せる為にポーズをとるマッチョな
元は馬だっただろう物体が――――何頭かそこには居た。





(何、あれはっ?!)




蒼麗は本気で悩んだ。













あれは何?
馬?馬?馬ぁっ?!













果たしてあれを馬と言って良いのだろうか?
一般の普通の馬の方達に蹴飛ばされないだろうか?







フンフフフフフフフンっ!!







マッチョ馬達はそんな蒼麗の悩みなんて露知らずに、お互いの美しいポーズを見せ合っていく。





ってか、もしかして
彩雲国の馬はこんな感じの馬なのだろうか?(←かなり失礼)





「そ、そうなのかな……」




ってか、王宮に居る馬がこれなら、他の所だって大して変わらない筈――はっ?!






「まさか
品種改良っ?!






そんな高度技術がこの彩雲国に既に上陸?!





「で、でもそうだとすると確かにあの馬は速そうだわ」



あの素晴らしいムキムキの筋肉。御尻に波打つ美筋肉は蒼麗でさえ思わずくらくらとするほど。
その時点で蒼麗は普通の人間の範疇から外れている事にこれっぽっちも気づいていなかった。
いつの間にか、その美しい筋肉に魅入られ、溜息をつく。




「はぁ〜〜、彩雲国の馬は凄いです」




既にあれはを彩雲国原産の馬と認識した蒼麗。もし此処で彩雲国の人が聞いていれば
怒鳴り散らしていただろう。それもそうだ。彩雲国の馬は何処にでも居る普通の馬。
あんな筋肉をピクピクと動かして見せ合う馬なんぞ決して居ない。
また、そんな馬を品種改良して作った覚えも無い。




「じゃあ、早速馬をお借りしようかな」




蒼麗はあの馬の一頭を借りて乗ることに決めた。なんて
チャレンジャー……。




「さて、それでは――って、あれ?」






何だろう?






蒼麗は馬屋の奥に目を留めた。





そこに倒れている――馬?





「あれ?でもあの馬は筋肉ムキムキじゃないし」



蒼麗の知る何処からどう見ても普通の馬だった。といっても、あの白い毛並みは
素晴らしく、たぶんとても血筋の良い馬さんに違いない。
その隣では、子馬が母にすがり付く様に鳴いている。そしてその子馬も筋肉ムキムキではない。




「……あれ?」




蒼麗は混乱した。





彩雲国の馬って
筋肉ムキムキマッチョ馬ではないのか?(←誰もんな事は言ってない)






あ、もしかして普通の馬も居て二種類居るのか?んで、マッチョ馬は品種改良した奴で。






と、普通の馬さんしかも子馬のお母さん馬がふらりと立ち上がる。





――蒼麗は思わず口に手を当てた。




最初見た時には気づかなかったが、よくよく見ればその母馬はあちこちに怪我を負い、
その真っ白い毛並みを所々赤く染めていた。しかも、後ろ足が妙な方向に曲がっている――。







あれは絶対に折れている!!








なのに、それでも母馬はふんばって体を支え、子馬を守るように立つ。




すると――マッチョ馬達がそんな母馬に気づき目を留める。





瞬間、凄まじい殺気が辺りを包む。






(なっ?!)




あっという間に強大な殺気は凝縮され、一本の槍のようになってマッチョ馬達の
きつい視線と共に親子の馬に向けられる。中には、歯を見せて咆哮を上げる者さえいた。



そして――




マッチョ馬達の口の両端に、鋭く巨大な牙が生えていく。また、波打つ筋肉は更に隆々となる。







「な……ま、まさか……」





蒼麗は瞬時に理解した。
あのマッチョ馬達は彩雲国原産の馬でも品種改良したでもない(←遅い)
化け物と化した馬達だと――!!





寧ろ、あの母馬と子馬が普通の馬だ。と言う事は――






「もしかして……久音睡嵐の能力は動物にも効果を及ぼしてしまった……と言う事?」





久音睡嵐の能力の一つに、人の姿を変化させ、あらゆる感情を増幅させるというものがある。
その能力は『種変感情操作』と呼ばれ、その昔は久音睡嵐の使い手によって人々を
化け物と化させ、負の感情を増幅させる為によく用いられた。今、現在起きているそれと
同じ様に……。そう……人を化け物と化し、無差別に他者を傷つける為に――。



でも……本当はそんな事の為にそれは作られた能力ではなかった。
唯人を無差別に傷つける為に作られたのではない。
ましてや、その為だけに人を唯の化け物にする能力でもない。




この能力が作られた本当の目的――それは、戦闘能力の無い者達に力を付けさせて
自らの身を守らせる為。少しでも生き延びる確率を高くする為に。そして愛する者達を守る為に。
それを成し遂げる為の力を持たせる為に、この能力は作られたのだ。



――唯、その際に強制的に攻撃力と防御力を大幅に上げる為、体の細胞が急激に、
しかも大きく変化してしまい、能力使用後の戦闘体型たる姿がくしくも化け物に近い姿と
なってしまうのだ。よって、化け物の様な外見になってしまうのは戦闘能力を上げる際の
代償とも言えよう。しかし――能力が解除されれば元の姿に戻る。



また、その際に増幅される負の感情も同じだ。



それも、全ては能力を使用されて戦いに望む者達の罪悪感を少しでも取り除く為、
そしてスムーズに戦いに望ませる為に行われるのだ。誰だって戦いを好き好んでやる者は
居ない。居るとすればよっぽどの物好きだろう。だからこそ、どれだけ強い戦闘能力を持っても
その戦いを、他者を傷つけるのを拒む心によってその力は生かされなくなる事が多かった。
感情操作は――負の感情の増幅はそれを防ぐ為のもの。



殺らなければ殺られる。そこに居るだけで獲物と認識される。





そんなあの二度に渡る暗黒時代を生き抜く為に開発された能力。





殺したくないから、傷つけたくないから――そんな事を言っていられる場合ではなかった。







戦え、戦え、戦え!!







それを選ぶしかなかった。






その手が血で染まろうとも――






そうして当時の久音睡嵐の使い手が本当に悩んだ末に開発した能力。
確かに使い様によっては多くの人達を幸せにもする力ではあるが、あの時は傷つける為に
使うしかなかった。けれど、下手をすれば能力を使用された者の心さえ傷つけてしまう
禁断の能力にして魔の音色でもある。
そして一度発動されれば、直接心を操作し、戦いに駆り立てさせる。
だからこそ、少しでも使用される側の事を考えて能力使用時の記憶を残さぬようにする――。

そして使わざるを得ない時、相手に確認し、許可を得て初めてその力を発動させる――




そんな細心の注意を何重にも重ねて、過去に数度、その能力は発動された。





――でも、それは……この能力が使用されるのは人限定。



過去に何度か他の動物にも試してみた事はあったが、結局術はかからなかった。






だから、本当なら動物には効かないのだが……








「でも、そうとしか考えられない」



何か他の術的要因でもない限り、生物の体が急激にあんな風に変わったりしない。
または、ウィルスや細胞の反乱でも起きない限りは――。




久音睡嵐によって化け物と化した人達。
そして、普通の馬からマッチョ馬な化け物と化した馬達――。



そして、その馬達は化け物と化していない親子の馬を襲おうとしている。
それは、化け物と化した人達が同僚を襲う姿と全く一緒――




マッチョの馬達が親子の馬に襲い掛かる。





「やめなさいっ!!」





蒼麗は走り出し、高く跳躍すると、マッチョ馬達に向けて風雅刀で風を放つ。







――ピシッ







それは本当に小さい音だったが、蒼麗は聞きつけ、舌打ちをした。
やばい。これ以上この刀は使えない。











ゴォォォォォォォォォォォォォォォォォオッ!!










風雅刀から放たれた風がマッチョ馬達を包み込む。その隙を突いて、蒼麗は近くにあった
細い角材を手にとってマッチョ馬達の頭を殴りつけた。












            脳天直撃












さすがに頭までは筋肉化していなかったマッチョ馬達は見事に倒れたのだった。







「ふぅ……危なかった」




蒼麗は、風雅刀を見た。
府庫を出た時よりも明らかに刀身に走る罅が大きくなっている。
やはり、刀に宿る力を使えば負担は大きいのだろう。





「くっ……」




この傷のせいで、蒼麗は風祢を置いてくる事となったのだ。
風雅刀が壊れてしまえば、この刀によって召喚された風祢は留まる事が出来なくなる。
といって、風祢に風雅刀なしで留まってもらうのは無理だ。何せ、この彩雲国の自然を司る
精霊達は後数百年もしなければ、罰から解放されないからだ。
けれど――その罰を与えてしまうきっかけを作ったのは自分。風祢は知らない。
いや、年齢の若い精霊達は知らないだろう。
自分と――そうなるきっけかを作った縹家の因縁を。
唯解るのは、年の精霊達が縹家を嫌っていること。それだけ――




蒼麗は風雅刀を回して見る。きらりと銀色の光が煌く。








あの………男――








一種の隙をついて、府庫にて風雅刀に罅を入れたあの男――羅雁。







蒼麗が唇をかみ締める。ぎりっと音がなり、ひと筋の血が流れ落ちた。





「思い通りになんてさせない」




心に刻むように呟くと、蒼麗は目を閉じ、そしてゆっくりと開いた。



纏う空気が一変する。






「さてと……時間はないけど……手当てしなきゃね」






蒼麗は傷つきつつも威嚇するように此方に唸っている親子の馬に近づいていった。








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