〜第四十二章〜目覚めは飛び込み首ストレート(笑)〜







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…………………






……………






………







なんじゃ……だれ……ワシに話しかけるな……







俺の名は羅贋。この国に真の平和と滅亡を齎しき者である『彩の教団』の幹部の一人」








煩い







「くくく!!お上品な太師様とは思えない所業だ。――ああ、お上品じゃないか、鬼畜太師」







黙れ







「で、もう攻撃は終わりか?なら、こちらから行くぞ」





黙れ……黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ








「伝説の彩八仙がこの程度か!!」










黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇ
ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!







「だまらんかぁぁぁぁあっ!!」

















「「「「「「「「「きゃ(うわっ)あああああああああああああああああっ!!」」」」」」」」」






がばぁっ!!と起き上がった霄太師は周囲から聞こえて来る悲鳴に驚いて周りを見回す。




すると、そこには呆然と、また怯えながら此方を伺っている者達がいた。
多くは武官だが、中には女官や――黄尚書達もいる。


と、その中に黄葉の姿を認め、霄太師は本気で驚いた。





「そ、そなた何故此処に
ぐっっっはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!





言葉途中で、葉医師に飛び込み首ストレート?を喰らいそのまま後にスラィディングする。



呆気にとられる一同を残し、葉医師は壁に激突した霄太師の元に駆け寄った。




そして、「すまん手が滑った」と言いつつ





(貴様、何俺の嘘を根本から覆す発言をかまそうとしてるんじゃよっ!!)







「ん〜〜あ、まあな。霄の奴から色々と聞いていたんじゃ。それに、今此処に居るのは
霄の奴に元々呼ばれていてな」






と、此処に居る事を宋太傅にいぶかしまれた時に思い切りそう嘘をついた黄葉にとって、
霄太師の不用意な発言は疑惑の目を向けられる事にもなる危機的行為。
決してあってはならない事だ。




(いいか?下手な発言したら殺す!)



(な、なんじゃとっ?!)



(もしくは蒼麗に言いつけて制裁させる)








「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」








「煩いわぼけっ!!」




葉医師のアッパーカットが見事に決まった。
ざわざわと周囲がざわめくが、葉医師は一言で黙らした。



「すまんな。石にされていた時の後遺症らしい。暫くすれば元に戻るだろ」



霄太師が石にされていた時の事を知る武官達はその言い訳に即座に納得した。
一方、霄太師に何時も痛い目に合されている黄尚書などは葉医師に対する考えを少し変えた。
つまり、霄太師を殴り飛ばせる葉医師をほんの少しだけ心のそこから尊敬したのだった。



「さてと、で霄――」



「はっ?!そうじゃ!!わしは石にされとったんじゃっ!!あの野郎にっ!!」



「野郎?」



「そうじゃ!!あの野郎のせいで窮屈な思いをさせられたわっ!!くっ!!報復に
行かねばっっっっっって、離せこの馬鹿っ!!」



「誰が離すかクソジジィ!!それよりもわしらを手伝え!!蒼麗だって大変なんだぞっ!!」



「は?蒼麗?」



蒼麗の名にキョトンとしたのを見計らい、葉医師は今までにあった事を簡単に告げた。
それと同時に、霄太師の身に起きた事も聞き出す。
そして一通り、情報を出し合った所で霄太師が腕を組みため息をついた。




「ふむ……そうなると、彩の教団の者は最低でも2人、またはそれ以上が此処に
入り込んでいると。しかも、久音睡嵐の力は未だ継続して発動中。加えて、あの馬鹿王や
その側近、邵可に静蘭は化け物化していないのに可笑しくなって襲い掛かった挙句、
今は行方不明。秀麗も何処にいるか……って、地下牢にいるかもしれないと言う事か。
しかも、華樹姫の事まですっかり忘れていたとは……」




って、霄太師も実は忘れていたのでそれ以上強くは言えない。



「あはははは、まあそちらは急いで黒、白大将軍が保護に向っておる。秀麗もだ。
んで、此処に居る武官達で出来るだけ外を逃げ回っている負傷者達を保護して貰っている。
にしても……その、羅雁とかいう奴も侮れぬな。蒼麗の前から絳攸を浚い、
邵可達を連れ去ったばかりか、お主の石化にも関わっているとなると……」






とんでもないのが(事に)出て来た(なっている)……(溜息)






二人は同時に溜息をついたのだった。




「それで、どうする?」


「どうするもこうするも、わしは医師として此処で負傷者を看病する」


「そうか。なら、動くのはワシじゃな」


「蒼麗が久音睡嵐の在り処に向っている。その途中に絳攸達が居れば捕獲すると
言っていたが……難しいじゃろ」


「じゃな。って、宋。なんでそなたがついていってやらなかった」



霄太師は後方で胡坐をかいている宋太傅に向って叫んだ。
すると、それ以上の音量で宋太傅が言い返した。



「わしは此処に残ってこやつらの護衛をせねばならんからじゃ!!
黒と白の両大将軍が不在の今、わしまで居なくなる訳にはいかんからな」



確かに、宋太傅の言うとおりである。



「うむむむ、仕方が無いのう……わしも助っ人に向おう」




「えぇっ?!そんな霄太師、危険ですっ!!」




話を聞いていた武官の一人が叫んだ。それに続き、他の武官達も次々に制止の声をかける。




「国王陛下やその側近の方々も可笑しくなっている今、太師に何かあれば国は
崩壊してしまいますっ!!」




蒼麗によって国王達の異変を知らされ、呆然とした。
と、同時に、このままでは国が滅びるかもしれないとも思った。
しかし、霄太師が目覚めた事により、ひと筋の希望が見えた。8年前の内乱に対しても、
霄太師は普通なら十数年もかかる後始末をたったの数年で行ってしまった。
だから、霄太師ならば何とかしてくれる。きっと、この異変も、そして王達をお救いしてくれる。


しかし、霄太師は今、自ら危険な場所へと赴こうとしていた。到底許容できやしない。





「お願いです、霄太師。どうか此処に留まり、我らを導いてくださいっ!!」




「そうですよ。その蒼麗という少女には別のものを向わせます」




「ですから、太師は此処に居て私達をお助けください!!」




「貴方様が指揮をして下されなければ我らは一体如何すれば良いのです?!」




「もう我らの許容範囲以上の事が起きていて……」





「国王陛下達だって今可笑しくなってるって言うし……」





「これ以上は我らの手には負えません!!」





「皆の言うとおりです!!国王陛下があの状態の今、貴方様が居なければ国は成り立た――」





「ふざけんなよ、お前ら」






霄太師の冷徹な声が響き、武官達を一瞬にして黙らせる。




「聞いていればなんだ?導く?俺が居なければ国が成り立たないだぁ?
ふざけんなっ!!



霄太師の活に、武官達が首をすくめた。





「本当に呆れたわっ!!蒼麗でさえ自分の力でどうにかしようと頑張っているというのに、
そなた達と来たら?!早速わし頼みか?――まあ、自分達で色々やろうとしていた所は
あったようだし、評価してもよい。しかし、わしが起きればそれら全てを丸投げして
縋るのか?!お前らは一体何様なんじゃ。手を引かれなければ歩く事も出来ない
子供かっ!!」






武官達がハッと息を呑む。
そして……程なくして自分達を恥じる様に目を伏せた。



そう――何の関係もない蒼麗は、誰かに着いて来てと縋る事も無く、
たった一人で走っていった。危険の中に身を投じていった。あんなに幼いのに……。
なのに、それに比べて、自分達はすがるべき人物が目覚めるや否や、即座に助けを求めた。
全てをおしつける形で――。



己の強靭な肉体と精神力、そして武器でもって王を守る。例え最後の一人になっても、
国王が危機に陥れば知恵と力を振り絞り、命を懸けて救う。
そんな近衛たる羽林軍の矜持を激しく傷つける己が行為に、武官達は
強い羞恥心にさい悩まれる。




「われ……われは……」




王を護りし羽林軍。王の為に戦うのが羽林軍。
ならば逆に言えば、王が可笑しくなった時には今一番に駆けつけて元に戻すのも
自分達の仕事である。しかし、自分達はそれどころか、全てを放り投げようとした!!





「……今、自分達が何をするべきかを改めて考え直せ」





そう言うと、霄太師は静かに部屋から出て行った。



後には、敢えて無言を通す宋太傅や黄尚書達と、自己嫌悪に陥る武官達が残されたのだった。















「はい、これで終わりvv」



葉医師からちょろまかした薬と包帯で母馬の手当てをした蒼麗は、ぽんっと
馬の太ももを軽く叩いた。これで暫くすれば、葉医師特性の薬で骨折も直るだろう。
そして効果はほどなく現れた。





ヒヒィィィン






痛みが和らいできた母馬が歓喜の声を上げる。それに続くように、子馬も声を上げる。
そして、ペロペロと蒼麗の頬をなめていった。そのくすぐったさに、思わず声を上げた。


最初のうちは、思い切り威嚇され、何度も噛まれ掛け、蹴飛ばされかけたが、
今ようやくある程度の信頼関係が築かれたようだ。

また、あれだけ緊張していた母馬も、今はかなり落ち着いており、何処と無く優しげな顔を
している。それも仕方が無い。何せ、あのマッチョ馬達から子馬を守ろうとずっと気を
張っていたのだから。


マッチョ馬達を気絶させた後、なんとか母馬にしがみ付いて傷を見たが、やはりあの
マッチョ馬達につけられた傷だった。殆どは噛まれた傷だったが、中には殴られたような
ものもあり――もし、あのマッチョ馬達が元に戻ったら、きっと報復されるだろうと蒼麗は思った。


特に、子馬の父親などは。マッチョ馬の中に、子馬に良く似た牡馬が居た。
因みに、その馬が一番に母馬に襲い掛かったのだ。子供まで作っておいて何するんじゃっ!!
と、蒼麗は思ったが、母馬はもっと思っただろう。そして絶対に報復するに違いない。



「……マッチョ馬さん達全員引越しかな」




例え元々は仲良く此処の馬屋で暮らしていたとしても、これだけ母馬を傷つけたのだ。
下手をすれば








『でていけてめぇらっ!!』








と、蹴飛ばされかねない。また、それだけでなくとも子を守る母は強い。
我が子を危険な目にあわせた奴らは敵。かなり確率が高そうだ。




だから、蒼麗は祈る。このマッチョ馬達が元に戻ったとき、この母馬が菩薩のような心で
いてくれる事を。唯、報復はまぬがれないだろうが……。




「……さてと、それじゃあ行くかな」




だいぶ時間を食ってしまったが、先に進むべく蒼麗は立ち上がった。
本当ならば、此処で馬でも借りて時間短縮を図りたかったが、結果的には無駄足となった。
馬達の殆どはマッチョ馬となり、唯一無事な母馬は傷を負い、子馬は小さすぎて乗れない。
しかし、自分が此処に来たことで馬の親子が助かったと思えば、落胆も小さなものとなる。




「それにしても……何でこの二頭だけ無事だったんだろう」




他の馬達とは違って、最後まで変化しなかった二頭に首を傾げるが、悩んでいる時間もなく、
まあいいかと呟いて踵を返す。


今後は前よりも早く走っていかなければならない。



「頑張ろう。あ、そうそう。貴方達も動けるようになったら此処から早く離れて
安全な場所に居てね」



此処には気絶はしているが、起きたら凶暴な変化した馬――マッチョ馬達が居る。
久音睡嵐をどうにかしない限り、彼らを元に戻す術をもたない力無しの蒼麗には
マッチョ馬達をどうにも出来ず、このままにしておくしかない。
けれど、起きれば当然の如く襲ってくる。だから、蒼麗は逃げる事を促した。



そして――





「よし、行く――」






グイッ!!






「ぶっ!!」




駆け出そうとした瞬間、服の裾を後から引っ張られてつんのめる。





「な、何?!」





未だ引っ張られている服の裾に、蒼麗は振り返る。
見れば、子馬が蒼麗の服の裾を加えていた。




「う〜〜、お願い。急がなきゃならないの。だから離してくれるかな?」



蒼麗はしゃがみ込み、子馬に向って手を合わせる。
しかし、子馬は中々放さない。それどころか、ぎゅっと引っ張っていく。




「きゃぁぁぁぁぁぁあ、ちょ、ちょっと!!」




蒼麗は慌てて服の裾を引っ張るが、子馬も頑張る。すると、母馬が此方にやってきた。





ヒヒィィィィンっ!!





「へ?あれ?もう怪我が良くなったの?」




見れば、可笑しな方向に曲がっていた足は今、すらりと伸びて、大地に立っている。
母馬は「そう!!」というように頷くと、子馬の方をむく。何か無言の会話があったらしい。
子馬は蒼麗が頼んだ時とは違い、素直に服の裾を離した。
それに、ホッと息を吐くと、蒼麗はもう一度別れの挨拶をして立ち去ろうとする。



――が、





ヒヒィィィィィンっ!!





母馬が進行方向を塞ぐ。




「どわぁっ!!って、何?どうしたの?!」




蒼麗が叫ぶと、母馬はぺたりと座り込んだ。そして、蒼麗を見ると、顎を動かして何かを訴える。





「……………もしかして」





蒼麗は、そこでようやく母馬、そして子馬が何を言いたいのかを理解した。















………………て……って………らん……






……………さま……らです……







秀麗は花畑の中に居た。正確には、立っていた。
先程までは、暗い牢の中に居たはずなのに……




けれど、今、そこは何処までも続く色とりどりの花々が咲き誇る花畑であり、
空は美しいほどに青く澄み渡っていた。時折優しい風が頬を撫でていく。
また、空にある太陽は温かい陽光を降り注ぎ、遠くに見える緑生い茂る森の木々は
風に揺れて心地よい漣を奏でていた。


遠くに、小鳥達の歌声が聞こえて来る。
また、野兎やリスが、花々の中から時たま顔を出し、ぴょこんと引っ込めて行く。



多くの人達が心癒される楽園のような光景が、そして誰もが夢見る様な光景が、
そこには広がっていた。




でも、何故だろう?――ここは、何処か懐かしかった。




すると、声が聞こえて来る。楽しそうな声。
秀麗はゆっくりと後ろを振り返った。





そして――自分から少し離れた所で、広がる美しい光景に更なる色を添える者達を見つけた。






そう……大好きな、とても大好きで兄の様に慕う青年を追いかける
幼い少女――幼い時の自分の姿を――――







走る度に髪を揺らし、息を乱れさせながらも必死に青年を追いかけるあれは――
紛れも無く自分。





そして、追いかけられる美しい青年こそ………静蘭だ。






その後方には――





自分の父と亡き母が追いかけっこをする二人を見守る様に優しく微笑んでいた。






秀麗は気がついた。何処と無く懐かしく見覚えのある景色と、今目の前で
繰り広げられている光景。







これは……………昔の実際にあった光景だ。





楽しくて、幸せで、心の宝箱にそっと仕舞い込んだ大切な大切な思い出の欠片。





病気を患って苦しかったけれど、父も母も静蘭も傍に居て、療養の為に
遊びに来た思い出の花畑……








「……どうして……」








秀麗はぽつりと呟いた。








―戻る――長編小説メニューへ――続く―