〜第四十四章〜忘れたい過去〜






「じゃあ、此処から別行動な」




雷炎の言葉に、耀世は頷いた。




「ああ」




此処を、左に向えば後宮。右に向えば地下牢。
そして再び自分達が再会するのは、葉医師達が待つ仙洞宮。


普段ならば、自分達であれば半刻もかからずに行える作業。



しかし――今は……この別れが







今生の別れとなるかもしれない





化け物達の猛攻は激しさを増していた。
そして、化け物達の数も少しずつ増えてきているようだ。






だから……もしかしたら……………






二人は暫し互いを見詰めた。






そして、改めて生きて帰る為の決意を心に誓う。







絶対に死ぬものか






自分達は生きて仙洞宮に戻ってくるのだ






「じゃあ、行くな」



「雷炎!!」




耀世の呼び止めに、雷炎は振り向いた。




「あのな……ずっと考えていたんだが………もし、もしお前が生きて帰ってきても
大怪我を負っていたら……」



「んだ?」




「俺が嫁に貰ってやる」








時が止まった。







「………………………な、な、な、な、な、なななななななななななに
とちくるったこと
言ってやがるんだっ!!」





雷炎が耀世の胸倉を掴んだ。が、耀世は大真面目に言った。




「俺は真面目だ。それに、そもそも幼い頃はお前は俺の」





ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!言うんじゃねぇっ!!」





しかし、耀世は死刑宣告の如く言い切った。









「俺の許婚だったじゃないか!!」















ズッドォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!














今から死地に赴こうとしているのに――雷炎は危うくショック死しかかった。




「今から二十数年前。俺は初恋を覚えた。名は白 雷香。大きな瞳と可愛らしい唇、
白い肌に、華奢な体。そして、何よりもにっこりと笑ったその顔に俺は一目で落ちた。
そしてその少女が俺の将来の花嫁となる許婚として紹介された時、俺は心の底から
神に感謝したんだ」





延々と耀世の初恋披露が行われていく中、雷炎は
ピクピクと痙攣を始める。





「一緒に遊んだ日々はとても甘く、雷香が帰る時には本当に寂しかった。けれど、夫婦になれば
その別れもなくなり、ずっと一緒にいられる。そう思っていたのに……お前と来たらっ!!」






『その、すまない……雷香は実は雷炎っていって私の所の末息子なんだ……』






「という自分の父の告白如きで婚約を取り消すなんて!!そして私の心に癒えぬ傷を
残すなんてっ!!お前は人でなしだっ!!」









「俺のせいじゃねぇだろうがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!!」










ってか、自分だって幼い頃は自分が本当の女の子だと思っていた。







というか、そもそも全ては両親が、母が原因なのだ。





白家では長きに渡って女の子が生まれなかった。いや、生まれてもほんの少数。
だから、白家出身の爺さんも父も母も皆、他は男兄弟ばかり。
後に、奉明が生まれるまではずっと男の子ばかりだった。そして、それは雷炎の家でも
同じだった。雷炎の前に7人の子供が生まれているが、全て男。一人ぐらいは
女の子と望んでいた両親、特に母は落胆し、終には何が何でも女の子を
生んでやるんだとあらゆる子供の産み分け方を試した。





が、8人目の子供――つまり雷炎も男の子として生まれた。





後に聞いて蒼くなったが、母は自分が男の子だと解った際、突如錯乱して
下を切って
上を付ければ女じゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!
とか叫んで刀を
持ってきたらしい。祖父や他の親戚の男どもが慌てて止めにかかったが、次々と投げ飛ばし、
殴り飛ばしていったらしい。また、父の親友で黒家の息子も居たが、それもいとも簡単に
叩きのめしたという。


まあ、その後色々あって恐怖の実行は取りやめたらしいが、それでも母は諦めなかった。
何故なら、赤子だった自分は最初誰もが騙されるほど目が大きくとても可愛らしい女の子に
よく似た赤子だったらしいから。


もしそうでなければ……………とても男らしい赤ん坊だったら母も諦めただろう。
けれど、皮膚の匂いも甘くて可愛く、髪の毛もふわふわ。



だから、母は自分の脳裏に囁かれる甘い囁きに見事に応じた。








そう……8人目の息子になる筈の雷炎を――
雷香という女の子として育てることに。








父は筋肉ムキムキ、兄達も将来その傾向強し、母の兄弟だって鍛えられた肉体。








だから、無駄だって!!と周りが叫ぶが、そんなもんなんのその。
いざとなれば、
華奢な肉体に改造すれば良いと声高に叫んで
強制的に実行した。








そして、雷炎は女の子として育てられることとなった。






父達は無力な自分達を大いに嘆いたらしい。




しかし、母に勝てる者なんて一族の中には存在しない。
何があったのかは知らないが、母は白家の女帝と呼ばれていた。




そして自分は厳しくも優しく、蝶よ花よと女の子として育てられたのだ。




が、そこまでならばまだ良かった。なのに、母は何をトチ狂ったのかは知らないが、
雷炎が5歳になった頃――







『こんなに可愛いんですものvvそろそろ許婚が必要よねvv』







と、女性の許婚ならばまだしも、男の許婚を用意してしまったのだ。
当然ながら、聞いた父や周囲はぶっ倒れた。兄達が必死に
「それだけはっ!!」
すがりついたが、母の一睨みによって敢無く撃沈した。







しかし、周囲にとって本当に口から心臓飛び出します的事実はその後だった。






よりにもよって、雷炎の許婚となったのが、黒家の家の者だったのだ。





元々、白家と黒家は同じく武官を多く輩出する家として互いに競い合い、ライバル視していた。
まあ、中にはそういう家の事を含めても雷炎の父の様に仲の良い者達も居たが、
こんなアホな事に黒家を巻き込むとなれば二つの家は全面戦争っ!!と白家の者達は慄いた。




が、天は雷炎の母に味方した。黒家の女帝とも言われた女性が
オッケー問題ナッシング、
自分の息子を差し出すわvv
と言ったのだ。しかも、その母は雷炎の父の友人の妻にして
事もあろうか黒 耀世の母でもあった。
そう、その女性は自分の息子――耀世を旦那に内緒で雷炎の許婚にしてしまったのだ。
勿論、旦那が倒れたのは言うまでもない。






そうして、後に大将軍として互いに競い合う仲となる黒 耀世と白 雷炎が
当時5歳にして婚約してしまったのである。






母同士の暴走も此処まで来るとあっぱれだった。






しかも、同性だからと周りが嗜めても





「「例え男同士でも本当に愛し合えばどんな困難だって立ち向かえるし、
子供だって産めるわ!!」」






と、後半部分絶対無理だろ発言をして譲らない。



最早、誰も止められるものは居なかった。
しかも、耀世は可愛らしく綺麗に着飾った雷炎こと雷香に一目ぼれしてしまったのだから、
もうどうしようもなかった。








そして二人は愛し合い結婚する――






止めたいが、
止められない運命に従って結婚する!!――と誰もが思った








しかし





雷炎は知ってしまった。自分が女の子ではない事を。
それは、耀世と共に初めて水遊びをした時だった。彼の股間を見て雷炎は心底驚いた。
彼にあるものが自分にもある。例え、どんなに白い肌と華奢な体をしていても、
自分にはしっかりと同じものがぶらさがっていたのだ。





そして、その事について父に問質した所――








父は、白状した。





雷炎と耀世に対して。








雷炎は激しいショックを受けた。そんなものどうでもいい。
自分は雷香を花嫁にすると叫ぶ耀世を黙らせ、雷炎は婚約破棄を告げた。





それから周りが何と言おうと完全無視し、暫く引篭もり、そして10歳になった頃だった。






雷炎は未だに自分に纏わり付く耀世を置いてさっさと王都へと向ってしまった。
そして、そこに住まう親戚の家に住み、数年後。
さっさと武官の試験を受けてしまったのである。




そう、自分の心の傷を癒す為に雷炎は武官へと進んだ。二度と女の子として見られないように、
男らしくなる為にっ!!そして本来男として生きる筈だった自分の道を取り戻す為にっ!!









なのに、なのにっ!!








「何でお前までついてきたんだよっ!!」






雷炎が武官になったのと同時に、雷炎を追いかけてきた耀世も武官に合格した。
そして、迫ってきた。今からでも遅くない、自分と結婚しようと。



耀世の事は嫌いではない。母達の策略に陥った自分と同じ被害者だ。
といっても、母達の気持ちも解るので責める事も出来ない。
だから、全てを忘れる為に遠い地に渡ったというのに……彼は追いかけてきた挙句、
自分に茶番劇を続けろと言うのだ。







断っても、断っても、
断っても、断っても!!







「俺はお前を愛している。それは今でも変わらない。例え、筋肉がムキムキになったとしても、
髭を生やしたとしても、俺の愛する雷香は永遠に不滅なんだ!!」



「寧ろ消えろっ!!」




「お前の気持ちも勿論解る。女として生き、女として俺の元に嫁ごうとしていたにも関わらず、
ある日その道が突然断たれてしまったんだから……けれど、俺はどんなお前でも愛してるんだ」




耀世は苦しそうに言った。




「だが、お前が男として生きるのを見ているうちに、男としてお前が女性を愛する
という選択肢を断つ事は出来ないと思ったのも事実だ。お前だって、男だ。だから、男として
好きな女性が出来るかもしれない。そしてもしそうなれば……その時は身を引こうと……」


「耀世……」



「だが、もし今、大怪我を負えば、他の奴の所に嫁にいけなくる。だから、もしそうなれば
俺にとっては大チャンス。だから、その時は俺が貰おう」






「ちょっとまたんかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」







さっきといっている事がかなり違うぞ!!と叫ぶが、耀世は気にせずスタコラと自分の道を進む。





「それじゃあ、お前が大怪我を追って嫁にいけなくなることを祈って……じゃなくて無事を
祈っている。じゃあな」






「待てや手前ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」







しかし、雷炎の叫びも空しく耀世は
スタスタと走って行ってしまったのだった。














「はぁ……はぁ……」



足から流れ出す血にも気に留めず、菊花は必死に歩いていた。
その背に――珠翠を背負って。彼女は未だに意識を取り戻さなかった。



はっきり言って、脱力した体を支えるのは辛い。本当に重くて大変だった。



しかし、菊花は珠翠を捨てていくつもりは全く無かった。



他の女官達があの道化師がカウントを始めた瞬間スタコラと自分達だけで逃げた後も、
菊花は一人珠翠を背中に背負って逃げ続けた。



そのスピードは本当に遅かった。でも、捨てていけない。この、大切な恩人を
捨てていくなんて絶対に出来ないのだ!!




だから、菊花は歩き続ける。珠翠を背負い、自分の足に走る傷からどんなに血を流しても……。




歩くたびに、血が流れていく。強い痛みが走る。けれど、それは寧ろ幸運だ。





その御陰で、自分は意識を失わない。自我を保ち続けられる。




周りに立ち込め始めた濃厚な霧。
何もしていなければ、たちまち絡みとって自我を奪うようなそれだが、
背中に背負う大切な存在の重みと、足に走る激痛が自分を奮い立たせてくれる。



「……絶対……絶対に……」






助かるんだ







生き延びるんだ









菊花はそれだけを願い、珠翠を背負って歩き続けるのだった。














「母馬さんっ!!こっちに向ってください!!」



次々と襲い来る化け物達の猛攻撃を紙一重でかわしつつ、蒼麗は母馬達と共に
宮城を駆け抜ける。母馬はかなりの速さで走り、子馬も必死に追いかけてきてくれていた。
だが、化け物と化した者達の身体能力も格段に上がっており、しつこく追いかけてくる。
このままでは、埒が明かない。しかも、化け物達を振り切るべく目的の場所への道からは
大きく外れてきていた。早くしなければ、時間を大幅に無駄にしてしまう。




「くっ!!どうするか……」




蒼麗は悩んだ。相手を殺さずに足止めする方法――




そして、蒼麗はある方法を試してみる事にした。




「……上手く出来ればいいんだけど」






つ〜〜か、巻き込まれたら確実に死ぬが。






蒼麗は一枚の紙を取り出し、同じく取り出した墨付きの筆で何やら文様を幾つか描いていく。





「一かバチか……ええいっ!!」




蒼麗はその紙を化け物達に向って投げ付ける。



紙が化け物達に触れる――





「しまった、距離が近すぎ――っ」











ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァン!!










凄まじい音と突風、そして閃光が辺りを多い尽くす。








「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」









蒼麗の体が、母馬、子馬達と共に辺りを包み込む爆風に飛ばされていく。






一方化け物達は、突如襲い掛かった目を焼きかねないほどの強烈な閃光と爆音に
感覚を狂わされ、暫しその場で苦しむ事となったのだった。







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