〜第四十五章〜暗闇を照らすは一筋の光〜






幸せだったあの頃





不幸な今





愛してくれている父達





自分を憎む父達











相反する心、思い、記憶









一体私はどちらを選ぶの?

















「私は……私は……」





秀麗は目の前で繰り広げられる光景を見詰めながら、必死に悩み続けた。







父や母、静蘭達と一緒に笑っている自分





劉輝達と出会って更に大好きな人達が増えて喜ぶ自分




そしてまだ記憶に浅い――彼らの心無い言葉と憎悪の表情





悲しみ傷つく自分











どちらが一体本当なのか








自分はどちらを信じるべきなのか












「私は……」






『お姉ちゃん、何してるの?』






「っ?!」




聞こえてきた声に、秀麗は顔を上げた。



そこに居たのは、幼い自分。




気付けば、周りの光景は変わっていた。
何も無い、真っ白な世界――









そして、居るのは自分と……目の前に居る幼い自分だけ










『具合悪いの?大丈夫?』




幼い自分が自分を心配する。
そんな光景に、秀麗は涙をぬぐって笑った。



「ううん、大丈夫よ。ちょっと……辛かっただけ」




『辛い?』




「――うん。辛いの」




秀麗は何故幼い自分と会話しているのか…………そして会話できているのかを
疑問に思わなかった。もう、色々沢山ありすぎて……心と精神が疲れていた。
唯、あるがままに今の現状を受け入れる。




すると――幼い自分はぽんぽんと自分の頭を叩いた。
地面に座っていた為、幼い自分でも届く高さにある自分の頭を――彼女は何度も優しく叩いた。






『大丈夫だよ。つらくても、きっとたのしいことがあるから』




「――え?」




『どんなにつらくても、それをのりきればたのしいことがたくさんあるもの。わたしもねつとかだして
すっごくつらいけれど、でも、げんきになったらとうさまやかあさま、せいらんがいっしょに
いつもあそんでくれる』



「それは……」





『だから……おねえちゃんもつらいのをのりきればきっとたのしいことがあるよ』





「あ……」




『ねぇ、おねえちゃんはなにがつらいの?』




「え?」




『わたしがそうだんにのってあげる。うまくいえないけどきいてあげることはできる』




「私の……辛い事……」




それを思い出し、秀麗の瞳に再び涙が盛り上がる。それは、次々と頬を流れ落ちていった。





「……なら、聞いてくれる?私の辛い事」






幼い自分に話してどうなるというのか?




けれど、秀麗は話したかった。もう、一人で悩むのは苦しすぎた。





だから、秀麗は話した。
時折感情的になりながら、自分の苦しみ全てを――





それを幼い自分は、静かに聞き続けたのだった。






















「にぃひゃぁ〜〜く、にぃひゃあ〜〜くいちぃ〜〜」






























「皆に憎まれる……そんな今の現実と……幸せだった頃の思い出。
それが余りにも違いすぎて……」



「………………」



「けれど……それでも……思うの。昔の父達が本当で、今の父達は可笑しくなってるだけ
なんじゃないかって……でも……そう思う度に父達の憎悪に染まった顔と言葉が……
だから……苦しくて……苦しくて辛いの……どちらを信じればいいのか……
解からない自分が物凄くもどかしいの」




説明中……何度も泣いた。何度も、苦しさに怒った。



そして……その都度説明が止まった。



けれど、それでもなんとか頑張った。そうして、一通りの説明を終えた。
すると気が緩み、更に涙が溢れ――秀麗は両手で流れ落ちる涙を拭っていく。


幼い自分は何も言わなかった。また、秀麗も何も求めなかった。
今の自分でさえ解からないのに、幼い自分に解かる訳がないのだと。





けれど






それでも誰かに思いのままに心内を吐き出せた秀麗は、少しだけ気持ちが軽くなった。


蒼麗にさえ言わずにずっと心に溜めていて、もう限界だった。









――スッ……






秀麗の頬に、小さな手がかかる。




『しゅうれいはほんとうにみんながだいすきなんだね。わたしがとうさまとかあさま、
せいらんをすきなように』




その言葉に、秀麗はうんと小さく頷いた。


もし最初から憎んでいるのであれば、こんなにも苦しまなかった。
すぐに「ああ、そうなのね」と思い切れた。いや、最初から傷つきもしなかった。
でも、大好きだから。凄く大切だから……だからこそ、その突然の憎悪を目の当たりにして
秀麗は苦しんだ。殴られても、何度も父達が可笑しくなっているからだと思った。
でも、それと同時に、もしこれが父達の本当の想いだったらと……物凄く悩んだ。
そうして……何時しか憎まれているのならば、自分も憎んでしまえばどれほど
心救われるかと……そう思いかけて。その思いに、心が引き裂かれそうなほど嫌悪して。




『しゅうれいはがんばりやさんだね。わたしも、もしとうさまやかあさまたちから
きらわれたらきっとないちゃうね……」




「……そうね」





きっと泣くだろう。心が壊れてしまうほどに。






『――でも、それでもみんなのことがすきなのはかわらない』







―――――――――っ?!







秀麗は幼い自分を見た。




『わたし、からだがよわくていつもめいわくとうさまたちにめいわくかけてる。
だから、もしかしたらこんなこいらないとかおもってるかもしれない』




「そんなっ!!」




『でも、それでもとうさまたちはやさしくて、わたしのことをたいせつにしてくれてる。
わたし、すごくしあわせ。もし、わたしがしんじゃってもさみしくないくらい』



「秀麗……」



『そのぐらいのしあわせをくれた。たくさんあいしてくれた。でも、わたしはしあわせを
くれたから、あいしてくれたからとうさまたちをすきなんじゃないの。わたしじしんが
すきだとおもったからすきなの。もしとうさまたちがわたしをきらいになっても……
きっとわたしはとうさまたちをだいすきなのはかわらない。ねぇ、おねえちゃん』



「え、あ、何?」



『おねえちゃんはどう?みんなのことすき?』




「え、えっと、それは……好きだけど……でも、皆は……私の事が……」






『だから……きらいになるの?』





幼い自分はまるで秀麗の心を見透かしたかのように言った。
憎まれているのであれば、憎みかえせば。嫌いになられたのであれば、自分も嫌いになれば。
そうすれば、せめて心は軽くなって……そんな思いを。秀麗は答えられなかった。



「……そ、それは」



『みんながじぶんのことをきらいだっていうふうになったから、じゃあじぶんもなるの?』




幼い秀麗は自分を見上げて言った。





『おねえちゃんのおもいはそのぐらいなの?だれかにいわれたからきらいになるの?
じゃあ、おねえちゃんはだれかにいわれないとすきにならないの?』



「っ?!」



『みんながきらいっていってかなしかったのすごくわかるよ。わたしもいわれたらかなしい。
でも、それできらいになっちゃうのはもっとかなしい』



「……………………」



『それに、もしみんながおねえちゃんのいうとおりにおかしくなっているだけだったら?
みんながもとにもどったときにおねえちゃんがきらいになってるのをしったら?
みんなすっごくかなしむ』



「それは……」




確かに、もし本当に皆が可笑しくなっているだけだったとしたら……。
でも……




『おねえちゃん。こたえて。おねえちゃんはどうしてくるしいの?』




「それは……皆に憎いって言われて……殴られて……それに、どんなに信じても――
その度に皆が心の底から……本当に私を憎んで嫌っていると……思って…………」





そこで、秀麗は言葉を区切った。



違う、本当はそれだけではない。本当に苦しいのは……






「憎悪されていても……私も憎もうとしても……全てに身を任せようとしても……」






そうだ。私が苦しいのは――






「心の底にあるから……皆の事が大好きだっていう思いが……」




そう……それだ。
どうしても……どんなに憎まれているのを見せ付けられても……自分は結局
彼らを好きなのだ。嫌いになれるわけがないぐらいに。
と言うか、そうでなければそもそもこんなにも悩まなかった。
大好きだからこそ憎まれている事に悩んだ。
そして……憎悪の言葉を受けても、それでも好きだという自分の思いとの狭間で揺れ動いた。



『そっか。わたしも、おなじ。みんなにきらわれても、みんなのことがすき。
それはぜったいにかわらない』




幼い自分が笑った。




「……そうだね」



『ねぇ、おねえちゃん』



「ん?」





『じぶんのおもうとおりにこうどうしようよ』





「え?」



『おねえちゃんはみんなのことがすきなんでしょう?でも、みんなはもしかしたら
おかしくなっているとかじゃなくてほんとうにきらってるかもしれない。だからつらいんだよね?』



「う、うん」




『なら、もういちどすきになってもらえるようにがんばろう』




「え?」




『そうしたら、ぜんぶもとどおり。あ、もしみんながおかしくなっているだけなら、
みんなをもとにもどせばもとどおり』




「もとどおりって……」




秀麗は戸惑った。た、確かに元通りにはなるだろうが…………いや、本当になるのだろうか?




『どうしたの?』



「え、え〜と……その、うん。そうだね。でも……」



『おねえちゃん?』



「で、でも……確かに、皆が可笑しくなっているだけなら何とかなるかもしれない。
けれど、皆がもし私を本当に嫌いなら……例え、好きになってもまたしこりが残る」




昔と同じような関係を結べないだろうと秀麗は思った。
どうしても嫌われていた時の事が頭によぎるはずだ。




『じゃあ、それをわすれるぐらいにすきになってもらおう』



「はい?」



『それにね……わたしね、おもうの。きっと、みんなはおねえちゃんのこときらいじゃないよ』



「え?」



『だっておねえちゃんいってたじゃない。みんなとくらしていたしあわせなころのこと』




幼い自分は笑う。




『ほんとうにきらいなら、にくんでいるなら、ここまでずっとすきでいるふうにできないよ』




その言葉に、秀麗は昔を思い出していく。そのどの思い出をとっても、憎まれていると
思えるその欠片さえ見つけられない。




『それにね、おねえちゃんはひどいこといわれてもすきなんでしょ?』



「あ、うん」



『だからね、がんばって。だれになにをいわれても……そのおもいのままにこうどうしよう。
どちらかをえらぶんじゃなくて、いまのじぶんのおもいをさいゆうせんにするの。
だから、ほかのひとがきらいだからって、じぶんまできらいにおもうとかはしないで。
おねえちゃんがみんなをすきなら、ずっとすきでいいんだから。だっておもいはじゆうでしょう?』




秀麗の目が見開かれていく。




『あきらめないで。がんばって。おねえちゃんがすきならばだれになにをいわれてもずっと
すきでいてあげて』




「秀麗――っ?!」



たった今まで目の前に居た幼い自分が、先程よりも遠くに居る。そして、その距離は
みるみる内に遠くなっていく。



「ま、まって!!」




『あきらめないで。そうすればきっとねがいはかなう』




「行かないで!!」




『じぶんのおもうままにこうどうして。だれかのことばによるものじゃなくて、じぶんのいしで。
じぶんがどうしたいか』






貴方の未来を決めるのは、貴方の考えと行動しかないのだから






そうして、幼い自分の姿が完全に見えなくなる。



秀麗は叫んだ。たった一人白い空間に取り残されて、心の限り――






「―――――――――――――っ!!」















「はっ?!」



目を見開き、勢いよく顔を上げてみれば――そこは、見覚えのある場所。
暗い闇に閉ざされた、自分が閉じ込められて居た筈の地下牢だった。



「え……うそ……さっきまで……」



さっきまで、自分は――



って事は、さっきのは全て夢?






―大切なのは、自分がどうしたいか―







「っ?!」




かすかに聞えてきた声。





(違う……ううん、さっきのは夢だけど……でも、唯の夢じゃない)





秀麗は思い出していく。幼い自分との会話を。




そして改めて考える。自分がどうしたいのかを。






「私は」





もしかしたら、本当に憎まれているのかもしれない。



でも、それでも皆が好きだ。






そして、今も――本当は凄く思っている。



あの、父達が言った言葉が父達の本当の想いではなく――



絶対に、あの父達は何処か可笑しくなっているのではないかと





唯、もし本当に可笑しくなっていたとしたら、何故そうなったのかは私には解らない。
その、原因も、理由も、何もかも。






でも……自分の中にある沢山の思い出と、自分が父達を大好きだと思う気持ちは……






たぶん絶対に変らないと思う。





そして……もし、父達が可笑しくなっているのであれば元に戻したい――そう思う。






それに――





(私の首を絞めた時、首から手を離した時のあの劉輝達の様子は……)




不思議な冷静さに導かれるように、秀麗脳裏に鮮明に記憶が呼び起こされていく。
まるで、何かに抵抗しようとしている姿を。



(そうよ。やっぱり……劉輝達は可笑しくなってるに違いない)



秀麗は思った。



(そして……劉輝達と共に居た父様達も)



あれだけの事をされた。あれだけの事を言われた。



でも……それでも、どうしてもあれが本当の父達だとは思えない。










自分の思うとおりに行動して






もう一度だけ頑張ってみようか?





誰に何を言われても自分の思いを諦めないで






そう、私が皆を好きなのはきっと変らない





それに






たとえおかしくなっていたとしても、本当に嫌われているとしても






もし失敗しても、これ以上憎まれる事は無い






もうすでに、心底憎んでいるという言葉と態度を見せ付けられたのだから






だから





ならば






わたしは








「もう一度……」





もう一度、みんなの下に





そして








この状況に決着をつける。




もし、皆が可笑しくなっていたとしても。




本当に憎んでいたとしても。




もう一度好きになってもらいたいという思いを叶える為には




一度決着をつけなければ。





秀麗はゆっくりと立ち上がると、鉄格子に向かって歩き始める。


そして、グッと太いそれを掴んだ。





「その為には……此処から脱出しなければね」





秀麗は、心にさし始めた一筋の光を胸に、決意を固めたのだった。























カラ………ン……





カ…………ラン……










「……………う……」





カラカラと小石が落ちる音に、ゆっくりと闇の中から意識が浮上していく。
それに伴い、思い瞼を開いてみれば――目の前に広がるのはあちこち欠けた壁画の様なもの。
いや――あれは、天井だ。



「……あ……」



そこで初めて、自分が床に倒れている事を知った。


蒼麗は、ゆっくりと置きあが――




「痛っ!!」



起き上がろうとして体を動かすと、節々が痛みに悲鳴を上げる。
思わず動くのをやめ、痛みをやり過ごす。




「つぅ……」



そうしてようやく痛みが引いてくると、蒼麗は今度は慎重に体を動かして上体を起こした。
そして、周りをそろりと見回した次の瞬間――蒼麗は驚きの余り目を見開いたのだった。







「こ、此処は……」








―戻る――長編小説メニューへ――続く―