〜第四十七章〜悲しき願い〜









目の前に立つのは、自分の返り血を浴びた養い子









その手に、血に濡れた白銀の短刀を携え、無表情のまま切り込んでくる











やめろっ!










お前だけはそんな事をするなっ!!












闇ではなく、溢れる光の世界へ……………
















声の限り自分は叫んだ。















恥?外聞?








そんなもの関係ないっ!












まるで殺戮人形のように自分の影を殺し、自分を殺そうとする養い子を止めるべく、
只管力を尽くす。










しかし、何時しか自分を襲うのは二人となる












増えたその一人は













一人は














「……
あに……うえ……」













黎深はゆっくりと目を開いていく。



























「で、一体何の用なんじゃ」





蒼麗製作連絡器具――『電伝通信』を耳にあて、通話口に向って剣呑な声を相手に浴びせた。






『伝える前に切ったのはお前だろうがっ!!』




「お前がふざけた事を言いやがったからだろうが!!」




恥かしすぎる『電伝通信』の着信音を突破して出たというのに、この相手は――
霄太師は「
マイスイートハニーvv」なんつう第一声を発しやがった。
今すぐ霄太師の元に行って仕留めなかったのが不思議なぐらいである。



「で、何のようじゃ」




蒼麗を追いかけていった霄太師の事だ。きっと合流したとかの連絡だろう。




『いや、な。蒼麗の事だが』




ほら来た。ってか、そんな事で一々かけてくんな。




『あの馬鹿……どうやら失敗したらしい』




「……は?」




『しかも怪我をしているようだ……血の跡がある』



「そんな……」



『わしがすぐに蒼麗の後を追う。が、これからは余り連絡がとれん。空間の歪みが段々と
酷くなってきているからな。後、連絡が取れて……三回が限度だろ』



「そうか……後、三回恥かしい思いをしないように頑張れば良いのか」




その時、霄太師は思ったという。




こいつ、そういえば昔この『電伝通信』で悲しくも秘密を暴露されたっけ。



実はこの『電伝通信』。余りにも着信拒否されると言う事から、通話ボタンを押すまで
着信音が途切れないように改造された挙句、その着信音は時がたつごとに、
持ち主の恥かしい秘密を素敵に暴露してくれる。
御陰で、この道具の持ち主達は常にその着信音に機を配っていなければ
ならなければなかった。





と、同時に、あの時、蒼麗の話を無視しなければ良かったと心から後悔しているのだった。





「まあ、頑張れよ。こっちも――少しばかり忙しくなるかもしれん」



何やら、此方に強まってくる邪気に、黄葉は眉をひそめた。



そうして、幾つか会話を交わして『電伝通信』のスイッチを切った時、
黄葉は外で自分を探す幾つ物声を聞きつけた。




「一体なんだというんじゃ」




葉医師はするりと普通の人間に入れない部屋から出ると、そこからある程度まで距離をとり、
此方に向ってきた者達と上手く鉢合わせした。





「ああ、葉医師殿!此方でしたかっ」





最初に声をかけたのは麟騎だった。




「葉医師様っ!!」





奉明が続いて名を呼ぶ。そして――その驚くべき言葉を放ったのだった。







「黎深様が……紅尚書様が居なくなりましたっ!!」







「な、なんじゃとっ?!」



















ハァハァ………





ハァ……ハァ………






ガシッ!!







荒い呼吸を吐きながら、黎深は崩れ落ちそうになる体を支えた。



縫合され、痛み止めで収まっていた筈の傷が、外の邪気に触れた瞬間、痛みに呻きだす。



その痛みに、気を失いそうになりながらも、黎深は歩き続ける。





既に、ある程度の距離を離れることとなった仙洞宮を背後に、必死に、
それらを求めて黎深は進んだ。








「兄上………絳攸……」







黎深は最愛の二人の名前を呟く。








彼らを……………このままにはしておけない








唯、その思いの為だけに――







黎深は体を引き摺るようにしていっそう暗さを増す化け物が徘徊する
場所へと再び身を投じていくのだった。










「………ったく、あの馬鹿」









黎深が抜け出すのを偶然にも見てしまった自分。最初は止めるつもりだった。





けれど……何時しか、それは出来なくなって……。





だが、だからといって放って置く事も出来ず、物陰からそれを見ていた。
その人物も、黎深を追うようにして体の痛みに耐え彼を追いかけていくのだった。










―戻る――長編小説メニューへ――続く―