〜第四十八章〜麗人、怒髪天を発す〜








「あんの……」







カッ!!と、被った仮面の裏でその目が光る。








「馬鹿黎深がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ
ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」






空気を切り裂く激しい怒声と共に、鳳珠の体から強大な気が発し、周囲の人間を
吹っ飛ばしていく。ある者は壁に叩きつけられ、ある者は床に押し付けられていく。
流石は気孔の達人――黄 鳳珠。




一方、なんとかその気に耐え抜いた麟騎と彼が守った奉明、葉医師、風祢、景侍郎、
欧陽侍郎は鳳珠の怒りに
ガタガタと震えた。







ズゴゴゴゴゴと髪の毛を逆立てて目を吊り上げる鳳珠。もし、仮面をしていなければ
どうなっていただろうか?きっと、この場は鳳珠の美貌と怒気攻撃によって屍累々。






って、あ。






仮面に大きな罅が入りまくっている。






「こ、黄尚書がご乱心になられたわっ」




奉明が麟騎の腕の中で恐怖に打ち震える。




「い、いえ、乱心というよりは怒りに大爆発したと言うか……」




傷を縫合され、つい先程意識を取り戻した景侍郎は恐る恐るそう述べる。
また、同じく意識を取り戻してほどない欧陽侍郎も尊敬する黄尚書の
きれっぷりに唖然としていた。






「ふっ……この私の隙をついて脱走とは良い度胸だ」





ほんのちょっとだけ目を離したその隙に、黎深はスタコラと何処かに消えていた。
慌てて仙洞宮内部を探したが、黎深の姿は何処にもなかった。


その後、仙洞宮の中を見回る武官の一人が、仙洞宮の入口付近に黎深の扇が
落ちているのを発見し、まず間違いなく黎深が外に出た事を知った。
たぶん……邵可と絳攸の元に向ったのだろう。


あのブラコン、そして陰ながら養い子を可愛がる鬼畜男がこのままやられっぱなしで
いるわけがない。それに、二人の安否が解らない今、居ても立ってもいられなかったのだろう。
その気持ちは痛いほど解る。




――が





だからと言って脱走しても良いかと言えば、話は別だ。





「くくく、この私から逃げられるとは思うなよ」





くくくくくく、
あはははははははは!!と声高に大きく体をそらせて笑い出す鳳珠。






当然ながら、葉医師達が一斉に後ずさったのは言うまでもなかった。






「こ、黄尚書――ど、どうか落ち着いて下――って、あれ?」



「ん?どうされました、欧陽侍郎」



「え、あ、あの……うちの酒飲み尚書は知りませんか?」



「はい?」



欧陽侍郎の言葉を受け、景侍郎はキョロキョロとあたりを探す。




が、彼の姿は何処にもなかった。




「……居ない」



その時、欧陽侍郎はハッと何かを思い当たる。




まさか――




「あんの馬鹿っ!まさか、紅尚書の後を追いかけたんじゃっ!!」




「な、なんじゃと?!い、一体何時の間――って、ヤバッ!」



葉医師はしまったと思ったが、既に遅かった。
逆立った髪を角に変化させた鳳珠。ビキビキとその仮面に走る亀裂が大きくなり




ついに




「って、気付いたら止めんかあのぼんくらがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」







バキィィィィィィィィィィィィン






鳳珠の超絶美貌を覆っていた仮面が音を立てて壊れる。






そうして――








バタバタバタバタバタバタドタバタバタバタドタバタ







始めの方で、鳳珠の気によって吹き飛ばされたものの、何とか復活した武官達は
再び地面に倒れふす事となった。とは言え、鳳珠の超絶美貌をモロに見てしまった彼らが
次に目覚めた時、その精神状態が良好かどうかは解らない。
たぶん、その後の人生は鳳珠の超絶美貌によって棒に振る確率120%かもしれない。



そんな、無駄なまでに美しく、他人を不幸にしてしまう確率が多い鳳珠の美貌が野ざらし
となってしまったが――当然ながら、大丈夫な者達も居た。



長年の付き合いである景侍郎。鳳珠に憧れている欧陽侍郎。
恋人であるダーリンしか興味がない風精霊の風祢。図太い精神を持つ葉医師。





そして






麟騎と奉明。





これには、景侍郎達も心底驚いた。





「え、大丈夫なんですか?」





ズゴゴゴゴと爆発している鳳珠をどの様に止めようか迷いながらも景侍郎は質問する。




「はい、全然」



麟騎は言い切った。



「私も大丈夫です」



奉明も笑顔で言い切る。



「そりゃあ、確かに物凄い美形です。きっと、あの方が女性ならこの国はとっくの昔に
傾いて滅亡していたでしょう。ですが……私は」



「私は?」




「あの方がどれほど美しかろうが、女性だったら警告の美女になろうが私が愛する女性は
奉明だけです。ですので何の問題もありません」



「私もです、麟騎様」



そしてヒシっと抱き合うバカップル。



恋は盲目。正に、彼らは他の異性も同性も眼中になし。既に二人だけの世界が
繰り広げられていた。



警告の美女ってなんやねん。傾国の美女だろ!!――と、麟騎の間違いを正しつつ、
景侍郎達は心から二人を尊敬した。



その昔、鳳珠の美貌は愛する許婚が居ようが、愛する恋人がいようが、愛する妻がいようが、
そんな男達でさえ彼女達を、心温まる家庭を裏切らせ、虜にしたほどの威力があった。




と言うのに




彼らは鳳珠の美貌を見ても互いの事しか目に入らない。





これを尊敬せずに何を尊敬するっ?!





「ふっ……私、奇跡と言うものが本当にこの世にあるのだと今初めて確信しました」



「そうですね。私も同感ですよ、景侍郎」



そう言って堅く手を握り合う景侍郎と欧陽侍郎。



長年、鳳珠と共に居る、または知る彼らだからこそ、麟騎と奉明の絆がどれほど強いか、
そして二人がどれほど貴重な存在なのかを痛いほど知る事が出来たのだった。





『って、お前達。完全に忘れているが、あの無駄美貌の男は如何するつもりだ?』





「「あ」」




見れば、鳳珠の髪と気は金色に輝いていた。



とうとう別の世界の技を獲得してしまったらしい。



「鳳珠、落ち着いて下さいっ!」



「黄尚書、それ以上はダメですっ!」



「って、吹っ飛ばされるんじゃないか?……此処」



葉医師は、近いうちに仙洞宮が完全に破壊されつくすかもしれないと
滂沱の冷や汗を流すのだった。






















秀麗の悲しみが伝わってくる。





大きな本流となって蒼麗を飲み込もうとする。






暫く、蒼麗は泣いていた。






――だが、何時までも泣いて入られない。







「秀麗さんを助けなきゃ」




そう言うと、蒼麗は壊れた簪を懐から取り出した巾着袋へと仕舞い込んだのだった。
そして、大切そうにそれを抱きしめる。




「ありがとう……あなたが教えてくれなければ私はずっと気付けなかった」




唯、それでも感じ取った記憶には幾つか不審点が存在していた。




それは、劉輝が秀麗を外に連れ出せと兵士達に命じたこと。
しかし、麟騎が言うには、秀麗は地下牢にいるらしい。




一体何故?



また、蒼麗が感じ取った記憶には幾つか穴ぼこだらけとなっており、中には
何が何だか解らないものもあった。御陰で、その部分は蒼麗が地道に仮説を立てるしかない。
しかし……




「解らない……」




特に、秀麗が何故地下牢に入れられたのかがどうしても解らなかった。
きっと、何かその後に起きたのだろう。それに、劉輝達が秀麗の首を絞めた時に起きた異変。





まるで、何かから逃れようと悲鳴を上げて……



あれは、秀麗を心から憎んでいると言うよりは……







「やっぱり……何かに操られている」






でも、そうなるとやはりその何かが問題となる。





一体、何が劉輝達を操っているのか?





しかも、数日前から劉輝達は可笑しくなっていた。そんな前から。







一体何が、何の目的で?






蒼麗は考えていく。







もしかしたら、久音睡嵐ではないのかっ?!






だが、そこまで考えて蒼麗は首を振った。





あの聖宝にはそこまで巧みに人を操る力はない。





とは言え、あれほど精神力の強い彼らを操れるものはといえば……この世界では、
強めの術か、聖宝しかない。だが、蒼麗にはそのどちらにもそれらしいものが
思いつかなかった。




「いや、待って…………確か、そんな聖宝が……」




蒼麗は考えていく。何処かにそんな聖宝があった様な……





「う〜〜ん、う〜〜ん……う〜〜んって、うきゃぁぁっ!」





目を瞑り、腕を組んで考えていた蒼麗は、壊れた執務机にぶつかりそのまま前にすっ転ぶ。





当然だけど、とっても痛かった。





「いたたた……って、これは……」






足元に転がる書物を拾う。





それは薄汚れていたが、蒼麗にはそれの正体を直に悟る事が出来た。






「まさか……『聖宝大百科』!!って、仙洞省の管轄下に置かれているこれが何故……
ああ、そうか……劉輝陛下が持ち出したんだっけ。でも……何故――っ?!」






ふと、書物の不自然な膨らみに気がついた蒼麗は、ほどなく『聖宝大百科』に
挟まっているそれを見つけた。








それは……薄い一冊の書物――いや、違う。






『聖宝大百科』を横に置くと、蒼麗はその書物を開いていった。







中には――綺麗な文字で綴られた文章が書き込まれていた。






蒼麗はそれをパラパラとページを開きながら眺めていく。
暫くの間、丁寧で読みやすい文字が流れていった。
そして、その内容からこれが劉輝の日記である事に気がついた。




「……って、劉輝様。絳攸様にこんな事もされてるのね……」




蒼麗はうんうんと頷きながら、ページを捲り続ける。




が、ある時を境に――文章を綴るその文字が大きく変化する。
あれほど綺麗な字を書いていたのに、それが大きく歪み出したのだ。
また、文章も意味不明な文章が入り混じり始める。





「これは……まさかっ」





蒼麗は、急いで意味不明な文章が入り始めた一番最初のページにまで戻り、
日付を確かめる。








その日付は









ちょうど、秀麗の元に彼らからの連絡が途絶えた日と完全に一致していた。











―戻る――長編小説メニューへ――続く―