〜第四十九章〜残された切なる思い〜







「にぃひゃぁくきゅうじゅぅなぁな〜〜、にいひゃぁくきゅうじゅぅはぁち」






ケラケラと笑いながら、道化師はカウントを続ける。






「にいひゃぁくきゅぅじゅうきゅう」







彼女達に与えた時間は300を数える間。その猶予も――これで終る。






道化師は最後のカウントをとった。









「さぁぁぁぁぁんびゃぁぁぁぁぁぁぁぁくvv」








瞬間、道化師はけたたましい笑い声を上げた。












「あ〜〜はははははははははははっ!!」













御腹を抱え、道化師は笑い続ける。




その様は、正に狂っていると言う言葉以外相応しいものはないだろう。





常人であれば、寒気がするほどの異常な姿。






けれど、唯一その場に居る邵可は全く微動だにしない。
心を封じられ、全ての感情が消えたその瞳に唯道化師の姿を映し出すだけ。








くくくくくくく……………ふふ、さあて、もう時間だね」






十分過ぎるほどの時間を彼女達にはあげた。
だから、きっと力を入れて隠れてくれているだろう。







後は――








さあ――狩をしようか











自分達が――――その命を摘み取るだけ









道化師は邵可の背後に回ると、後から抱きつきその耳元に囁いた。







邵可の手の中に一本の刀が現れ、ゆっくりと鞘から引き抜かれていく。







黒い刀身が、邪悪な光を放った






























○月×日


今日も聖宝についての捜索を行ったが、余り良い成果が出なかった。
だが、向こう側は待っていてはくれない。一刻も早くその所在を明らかにしなければ。
――そういえば、今日は妙な事があった。それは、突然余を含めた皆の気分が
悪くなったのだ。皆と言うのは、邵可、楸瑛、絳攸、静蘭の事だ。
秀麗に出す手紙を書いていた時に、突然脳裏に何やら声みたいなものが
響いてきたかと思うと、吐き気と頭痛を催し、気付けば床に突っ伏していた。
皆で具合が悪くなるとは、余達は本当に仲が良いのだな。






○月△日


今日も聖宝の捜索は進展しなかった。が――、それ以上やばかった事がある。
何がやばかったのか?それは、昨日静蘭が秀麗に手紙を出し忘れたのだ。
今まで毎日出していたから、きっと心配しているだろう。――というか、出した筈だった
らしいのだが、今日見たところ、昨日書いた手紙が破り捨てられてゴミ箱に捨てられて
いたのだ。静蘭本人は捨てた覚えはないと言うが、もしかしたら昨日は疲れていたので
知らず知らずの内に捨ててしまったのかもしれない。何だか、此処最近体が重い気がする。
それに、頭痛も多い。しかも、今日は意識が飛ぶ前だけではなく、その後も脳裏に
声が響いてくる。










それから、一週間ほど似たような文章が続く。体調が悪い、秀麗への手紙が出せない、
意識が飛ぶ事が多い――そして、頭の中に響く声が聞こえ続ける。










そして、一週間後の日記。











○月×日


聖宝の方は相変わらずだ。が、何故だろう?なんだか体調の方が悪くなっている気がする。
頭痛も、日に日に痛みを増している。また、脳裏に響く声らしきものも絶えず聞こえて来る。
幻聴だとは思うが、はっきり言って、辛い。が、秀麗の為にも頑張らなければ。
――って、何だ?秀麗の事を考えると、イライラする。可笑しい。
いつもなら、秀麗の事を考えると嬉しくてたまらないと言うのに。






○月☆日


頭が痛い。重い。気がつけば寝てばかりいる。と同時に、頭の中に何時もの声が聞こえて来る。
特に、夜が辛い。朝は――光がまだある時はなんとかなっている。が、夜になると――
黒いものが余を多い尽くそうとする。が、どうやらそれは楸瑛、絳攸、邵可、静蘭も同じらしい。
あ、また頭の中に声が聞こえてきた。けれど……何を言っているのか良くわからない。
しかし、何だか嫌な予感がする。解らないままで居たい。






○月★日


痛い、痛い、痛い、苦しい。そして――怖い。
頭の中で囁く声が何を自分達に言っているのかが解った。
それは……秀麗を殺せと言う声。殺せ、憎め、苦しめろ。それらの声が延々と
余の頭の中で木霊して行く。どれだけ消そうと願っても、声は止まらない。
ああ、そういえば秀麗への手紙が今日もゴミ箱に入っていた。
静蘭、出さなくていいのか?――頭が痛い。





○月▲日


殺せ、殺せ、秀麗を――って、余は何を書いているのだ!!秀麗を殺すだと?!
何故余がそんな事を――余は秀麗を心の底から憎んでいる。殺したいぐらいに。
って、待て。何を書いているんだ、余は!!可笑しいぞ。余はそんな事思っては居ない。
余は秀麗の事を愛しているのだ。そんな事、絶対に――。








そこからは、暫く二つの思いに葛藤する文章が続く。




が、次第に――秀麗を殺す事を自分が望んでいるような文章が多くなってきた。
また、脳裏に響く声と言うものもまた、次第に強さを増している事も書かれている。






そして――







自分と秀麗が劉輝達に会いに行く3日前。








○月■日。


あの女が憎い。秀麗が憎い。目障りなあの女。皆を苦しめるあの女が憎い。
違う、違う、違う、違う、違う!!やめろ!黙れ、余を支配するなっ!余の心を支配――
助けて、声が、余を……余達を……秀麗を殺せ……秀麗を殺せと言う声が……
脳裏に響く……誰か、誰か






○月♪日


憎い、憎い、止めろ、違う余は、憎い、止めてくれ!!余は、余達はそんな事は思って居ない。
邵可も静蘭も絳攸も楸瑛も誰もそんな事は思って居ない。何を言う、余は秀麗が憎い、
殺したい、あの女を苦しめて殺したい……ダメだ、意識が、誰か、誰か、
秀麗、お願いだ、どうか遠くに、余達から遠くに離れて……黙れ、煩い、囁くな、
頭の中で囁かないでくれ……う、うぁ、あああ止めろぉぉぉぉぉっ!!





○月□日


誰か、誰か、誰か、誰か、誰か、誰か、誰か、助けて、助けて、助けて、助けて、
助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、
助けて、
殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺せ、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、
殺して!!!!!!!!!!!!!












それが……秀麗と自分が劉輝達に会いに行く前日の日記。













乱れた文字。意味不明な単語の羅列。最早、それは文章ではない。






けれど……その文字に触れた時、蒼麗の体に強い電流のようなものが走り、
それと同時に脳が揺さぶられるような悲鳴が頭に響いてきた。















誰   か   、   秀   麗   を   守   っ   て   ―――――――














「っ?!」







バサッ!!






蒼麗の手から、日記が落ちる。続いて、その場にしゃがみ込む。
両手で頭を押さえ、未だグラグラする視界に蒼麗は必死に耐えた。







「―――――っ」







気を抜けば、意識ごと持っていかれる。そんな強い叫びが蒼麗の脳裏を駆け巡る。








解ってる。








解ってる!!









「解ってる。大丈夫。私が……」






いや、私だけではない。他の皆も秀麗さんの事を







だから







蒼麗は必死に脳に響く声に語り掛ける。










大丈夫だから








すると、ゆっくりと脳裏に響く声が弱まり始めてきた。







そうして、何時しかその声は聞こえなくなっていく。












劉輝がこの日記に籠めた『彼が彼であった時』の最後の願い









声が完全に聞こえなくなっても、蒼麗は心の中で応え続けた。








秀麗さんを守るから










― 皆 で ―











貴方達が元に戻るその時にまで























「……ごめんなさい」





暫し、蒼麗は床に落ちた日記を拾い上げて抱きしめていた。
その瞳からは、大粒の涙が溢れては零れ落ちていく。









劉輝達は可笑しくなっている。






それは既に解っていた。






もしかしたら、操られているのかもしれない。






その可能性も考慮はしていた。






そして、彼らが可笑しくなり始めたのは自分達が劉輝達に会いに行ったぐらい。



そう思っていた。






けれど……実際には、もっと前。










日記に書かれていた真実。







劉輝の思い









脳裏に響いてくる声とやらに意識を支配されかけながらも、必死に抵抗し、拒絶していた。







それを……手紙が途切れた3週間以上も前から。








最初は彼らも気づかなかったらしい。でも、気付いてからは、ずっと、ずっと――








唯、愛する少女を守る為に







けれど







この日記の最後を読み、そして現在の劉輝達を見る限り――










彼らは負けてしまったのだ。











戦って、戦って、抗って、拒絶して






この数週間必死に頑張って







なのに、自分は








蒼麗の頬を止め処なく涙が流れ続ける。







「私は……」






蒼麗は腕の中の日記を見詰める。そして、抱きしめた。





「ごめんなさい……気がついて上げられなくて」







日記を読む限り、劉輝達を可笑しくしたのは、その脳裏に響くと言う声に間違いないだろう。






蒼麗は唇をきつくかみ締めた。






その声については今の所全く解らない。
それが術によるものなのか、それともまったく別のものなのか。
いや、そもそも何故そんな声が響きだし、劉輝達の意識と思考を操り始めたのかも。







唯解るのは、その声が秀麗に対して悪意を持っていると言う事。







もしくは、その声の主が








蒼麗の唇から血が流れていく。きつくかみ締めすぎたのだろう。
けれど、蒼麗は全く気にしなかった。






唯、自己嫌悪に陥る。








だって







だって







だって――私は――なのに













何も気付けなかった自分。何一つ彼らにして上げられなかった自分。











もし、気がついてあげられれば









その原因を全て解明できなくても、ほんの少しでも解決の糸口を探り出せていれば











きっと……こんな事にはならなかったはず






いや、此処まで酷くはならなかったはず








「本当に……私って……役立たずね」







そして――真の落ち零れである





あの人達が言うのも最もである











「でも……」




蒼麗は顔を上げてゆっくりと部屋を――劉輝達と秀麗居たこの部屋を見回した。







最終的に、地下牢に入れられてしまった秀麗。







けれど







「劉輝様達は最後まで秀麗さんを守ろうとしたんだね」






兵士に命じて、秀麗を王宮の外に出そうとした劉輝達。







最終的にはそれは叶わなかったけれど、その命までは奪われなかった。







殺したくて仕方がないと思わせられていた筈なのに







彼らは最後まで抵抗しようとした








それは、秀麗が今も生きているという事実がそれを証明している









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