〜第六章〜申告〜






朝議さえ始まらぬ早朝。
その室の主たる劉輝と、秀麗達が殴り込んで来た為に半ば強引に召集された楸瑛と絳攸は、華樹から齎された話を
聞き終えるや否や、難しい顔をした。






誰も―――――口を開かない。






沈黙と重苦しい空気が室を支配する。




それだけで今の話がどれだけ重大なのかが計り知れるだろう。
これが、笑い飛ばせる話であればどれだけ良かったか。





――ようやく楸瑛が口を開いた。





「邑一族か……異邦人から力を与えられし幻の異能一族……まさか現在そんな事になっているとは」


「?藍将軍も知っているんですか?邑一族の事」


「勿論だよ、秀麗殿。と言っても、今では詳しく知っているのは王家と彩七家の直系、そして瓢家位だけどね。
大抵は幼い頃に寝物語として聞かされる。――あ、後は王宮勤めの官吏も例外として知っているんじゃないかな」


「ふぅ〜〜ん……そうなんですか。私は知りませんでした」



秀麗の言葉に、蒼麗と華樹以外の全員が動きを止める。
確かに……秀麗は紅家の長姫であり、本来ならばそれらについて詳しく知る部類の人間に入る。
――が、父が本家から出てしまった事により、今やそこらの庶民と大差無い生活をしている身分。
知らなくても不思議はないかもしれない。



「まあ、私の場合は特殊な例でしょうから仕方が無いんでしょうが」



自分でもはっきりと認めている秀麗に、蒼麗と華樹以外の全員が心の中で涙を堪える。
秀麗の言葉は皮肉でもなく、唯事実を語っているだけだが、特に邵可の中に響く物がある。



「でも……あれ?藍将軍の言い方だと、その王家と彩七家、瓢家、そして官吏の人達以外の人達は
詳しく知らないって事ですか?」



「うん、他の傍流はおろか一般の民達に到っては詳しく――って言うか、全く知らないだろうね。まあ、今でも繁栄して
名が知れているのならば別だろうけど、実際には衰退し、現在では得にこれと言った功績を残す事無く、ましてや
目立つ事も無く静かに暮らしている。加えて、昔の邑一族の事について書かれている本が、今では彩七家の本家か、
または王宮の府庫か仙洞省位にしか置かれていない事も、それに拍車を掛けているんだろう。しかも仙洞省の場合は、
置かれている場所が場所だけに普通の官吏では近づく事すら出来ない為、まず読む者は居ない。というか、読めない。
――また、唯一自由に見る事が出来る府庫の方でも、元々が特別区域の隅っこに忘れられた様に置かれているから、
王宮の者達でも殆どが目に触れる事はないんだ。逆に、読む方が珍しい位だろう。だから、その本を見る機会に常に
恵まれている官吏達でも知っている者は果たしてどれだけ居るか……」



――そういえば、自分も初めてその本を見たのは、王宮の府庫で、本当に偶然にその本を見つけての
事だったと秀麗は思い出した。それも、紅貴妃であった頃に。




でも……あれ?それだと……







「ねぇ、じゃあ静蘭は如何やって邑一族について知ったの?」












――――――――――――――――――っっっっっ??!!!











全員が固まった。





「お、お嬢様?」






「だって、静蘭だって詳しかったじゃない、父様並に。けど、私が紅貴妃だった時に静蘭は符庫には居なかったから
本を見てないと思うし……それに、静蘭は彩七家の家の出じゃないんでしょ?って事は何処でって……」




質問しつつ、また自らも答えを導き出すべく考え込み始めた秀麗に、静蘭は大量の冷や汗をかく。
これはかなり拙い状況だ。このままでは奥底に隠された核心に辿り着かれ、自分が第二公子であるとばれてしまう。
秀麗は余りにも聡明すぎる。遅かれ早かれきっとなる。やばい。やばすぎる!!静蘭は話題の転換を図ろうとした。
だが、それより早く、一緒に来ていた蒼麗が口を開いた。




「秀麗さん、別に不思議でもないと思いますよ」




「え?」



突然何を言い出すと言わんばかりに他の者達が蒼麗を見やる。



「だって、秀麗さんが紅貴妃として入内する前に府庫に行かれて、それらに関する本を読まれたらしいですから」


「……そう、なの?」



「ええ。何でも静蘭さんは本を読み捲っては桃源郷の彼方に飛んで行ってしまっている邵可さんの昼食を届けに
毎日の様に府庫に行っては、そこで邵可さんと共に食事し、終わるや否や本を読み漁っていると私はお聞きしました」



「そ、そうなの?!……だから、静蘭は私の知らない色々な事を知ってるのね」



キラキラと尊敬の眼差しを向けてくる秀麗に、静蘭は焦りながらも何とか返す。



「って事は、その時に本を読んだと」


「だと思いますよ?静蘭さん、そうですよね?」


「え、あ、そうです。その時に本で知り、少しばかり興味を持って関連のある書物を読み漁ったりなど……」


「そっかぁ……それなら納得ね。はぁ〜〜……やっぱり王宮に勤められると吸収できる知識の量にも
王宮の府庫の内容は素晴らしかったし」



紅貴妃として王宮に滞在していた時の事を思い出し秀麗はしみじみとした。
何故父が給金を貰い忘れるのか、その理由がはっきりと解った程に府庫の書物の量、種類、内容は
素晴らしく自分も心から魅了されたほどだ。



「やっぱり官吏って良いなぁ」


「お、お嬢様(汗)」



何かこのままでは余計な事を秀麗が話しかねない様な気が……とってもする。
よって、劉輝は話題の転換を即座に図る。



「と、とにかく、華樹姫。邑一族の事、そしてこの王都に眠るとされる聖宝については我等が責任を持って処理するゆえ、
そなたは暫く安全な場所に身を隠しておけ。そなたは大切な邑一族の姫。何かあっては申し訳が立たぬからな」



「陛下……」



「邑一族、そしてその領民も傷一つ付けずに助け出す。そして、聖宝も渡さぬ。
この国を再び混乱に等、陥れる事は絶対にさせない」



劉輝は国王に相応しい威厳のある態度で言った。



「――さて、では直ぐにでも行動に移そう。楸瑛、そなたは邑一族が今どの様な状況になっているのか、部下を放って
詳しい状況を探らせてくれ。絳攸は未だ所在の解らぬ聖宝が隠されている場所を絞り込む為にも、この王都の地図の用意を。
後、符庫と仙洞省に行って、そこで邑一族に関する書物を全て持って来てくれ。特に仙洞省の書物に至っては、符庫の
ものよりも詳しい情報を得られるかも知れぬ。何せ、置かれている場所が特殊なだけに王族はおろか、そこに勤めている
省の者でも滅多に目を通さないからな。もし、拒まれたら緊急事態だと言って奪い取って来い。後の事は余が何とかする。
といっても、あの幻の邑一族についてならば、仙洞省も首を縦に振らざる得ないだろう」



例外として、仙洞省に務める者達だけは、異能の能力者達の存在をその省に入ったと同時に符庫を占拠して徹夜で
勉強させられる為、他の彩七家や王族同様に邑一族に関して知識も深い。その為、その重要性を充分に理解し、
嫌とは決して言えぬだろう。




「「御意」」





「それで、華樹姫は何処に隠すの?」



秀麗の言葉に、劉輝は考え込む。



「ふむ。それが問題なのだが……とりあえずは王宮にしようと思っている」


「私の家は?」





「駄目だっっっっっ!!」







叫ぶ様な劉輝の声に、秀麗はたじろいだ。今まで、これ程真剣な眼差しを向けて来た事が果たしてあっただろうか、
という位に劉輝は真剣な眼差しで自分を見る。



「絶対に、駄目だ。危険過ぎる」


「……ど、如何してよ」



秀麗は気を抜けば直にでも気圧されかねない所を必死に留まり、劉輝に真正面から立ち向かう。



「如何しても何も……先程、いや、そなたには昨日も華樹姫は自分で説明した筈だ。幽閉されていた所から逃げ出し、
此処まで来たと。それも、自分達の苦境とこの国の危機を訴える為に」


「ええ。それは聞いたわ」



「問題はそこだ。衰退したとは言え、仮にも領主である邑一族は当然ながら私兵もある程度は持っている。それを、
少しも動かす暇も与えずに領地の権を掌握してしまったと言う事実は、その侵略者達がいかに高い組織力と実行力、
計画性を持っているのかが容易く想像が出来るだろう。そして、そんな者達が、幾ら聖宝集め忙しいとは言え、華樹姫が
逃げた事に未だに気が付かない訳は無い。いや、既に気が付いて追っ手を掛けている筈だ。そうなると、華樹姫の
居る場所にそいつらが現れる事はまず確実だろう」



「あ、現れるって……」


「勿論、華樹姫を奪取する為だ」


「なっ?!――ちょ、ちょっと待って!奪取も何ももうそんなの遅いじゃない!だって、もう自分達が攻め込んだ事は
今話されてしまったのよ?今更口止めは」


「違うよ、秀麗殿。主上は、奴らが口止めをする為に華樹姫を奪取すると言っているんじゃないんだ」


「え?それって……」




「実は、聖宝の中には幾つか特殊な封印が掛けられており、それらを手に入れる際には直系の血を引く者が
必要だと言われている。それも、女性に限られる。何故かは余も知らぬが、とにかく女性でなければ駄目らしい。
華樹姫は邑一族の直系の姫にして女性。見事に基準に見合っている。奪取は必死だろう」


「そんな……」


「だから、秀麗の気持ちはありがたいが、華樹姫は王宮に匿う。華樹姫、そなたもよいな?」



華樹は素直に頷いた。そして、申し訳無さそうに秀麗を見る。



「すまぬ、秀麗殿。このような訳であるから、そちの好意には添えぬ。だが、有難う。素性も解らなかった妾を何の嫌悪も
抱かずに助けてくれた。もし、事が無事に済んだ暁には、世話になった礼をさせて頂く。……ありがとう、秀麗殿」



華樹は頭を下げた。



「……気にしないで、華樹姫。私の方こそ、命がけで此処までやって来てくれたと言うのに、大して役に立てなくてごめんなさい……」



「秀麗殿……」



静蘭達からすれば秀麗は十分過ぎるほどに華樹に良くしてやった。
だが、秀麗は何もしてやれなかったと言う。本当に、秀麗は人が良すぎた。
だが、そんな所も静蘭達が気に入る一つとなっている。とは言え、次に発せられた秀麗の言葉には流石に全員が反対した。







「だから――せめて私も、聖宝探しを手伝うわ」









――途端、全員が動きを止めた。











……何?今なんと?秀麗さん、何を言いました?








いち早く、解凍された邵可が珍しく厳しく嗜めた。






「秀麗、それは絶対に駄目だよ」




「どうして?!だって、何処にあるか解らないものを探すのは人手が多い方が断然良いじゃない、父様!それに、
もう此処まで知ってしまって何もなかった事になんて……何もなかった事にして普通の生活に戻るなんて出来ない!
――だから」


「それでも、絶対に駄目だ。お前はそれがどれだけ危険な事なのか解っているのか?下手をすれば聖宝を探す
それらの者達と鉢合わせしかねん。その時、武術を学んだ事もないお前が一体何が出来ると言うんだ。
下手をすれば殺されるかもしれないんだぞ」



絳攸の毅然とした言葉に、秀麗はそれでも立ち向かった。



「そんな事位、解ってます!私が大して役に立たない、寧ろ足を引っ張るだけの存在だって事は……けれど、
それでも黙って見てなんて居られないんです!だって、だってっっ!」



その後は言葉が続かなかった。
込上げて来る感情の激流に、喉がつまり、動悸が激しくなってくる。



「だって……」






だって、自分はもうっ!



自分の思いをぶちまけたい。
だが、下手をすれば涙が流れ落ちそうな今の状況では、それ以上言葉を紡ぎ出す事は不可能だった。
そして、それをいい事に、周りの者達は口々に考え直す様に説得した。
秀麗の気持ちは解る。とても嬉しい。けれど、危ないから止めてくれ、と。









それは余りにも真剣で、余りにも必死で、余りにも悲痛で……………










――結局、秀麗も最後には頷くしかなくなった。










「秀麗……いい子だね」



そう、父が優しく言って頭を撫でるのを、秀麗は静かに受け入れた。



その様子から、そして秀麗の元々の聡明さから、当然ながら誰もが諦めたのだと思った。
唯一人――秀麗の瞳に一瞬浮かんだその光をはっきりと見てしまった蒼麗を除いて……。








「じゃあ、私は先に帰るわね」



それぞれに王宮仕えである父と静蘭は当然ながら今日も仕事があり、もう間も無く朝議の時間とあって、
そのまま出仕するべく此処に留まる。よって、秀麗と蒼麗だけが此処から立ち去る事になった。



「気をつけて帰るんだよ」


「解ってるわ、父様」


「大丈夫です、邵可さん。秀麗さんを襲うような人が居たら、とりあえず男の人の急所を蹴り倒して逃げますからvv」



瞬間、その場に居た男性陣達全身の背筋が凍りついた。蒼麗はとても笑顔だ。
それはもう素晴らしいほどに。しかし……何故だろう?この、身も毛もよだつ恐怖は。



「あ、うん。もしもの時はお願いするね……あ、でも蒼麗ちゃんもいざと言う時はそんな事せずに秀麗と一緒に
逃げるんだよ。危険だからね」



「はいvv」



蒼麗は笑顔で頷いた。そして、先に退出の挨拶をして部屋を出て行く秀麗の後を追ったのだった。










「……少し強く言い過ぎてしまったかもしれぬな」



秀麗と蒼麗が居なくなった室で、ポツリと劉輝が呟いた。



「仕方がありませんよ、主上。今回の件については余りにも危険なものです。
まず、基本的情報である相手の詳しい素性は解らず、唯一解るのはその者達の目的が国を滅ぼし掌握するという事です。
そんな危険な思想を持った者達が相手となると、下手をすれば、本当に秀麗殿は殺されてしまうかもしれません」



楸瑛はそう言って、劉輝を慰めた。
他の者達も言葉にはしなかったものの、皆同じ気持ちであった。




「それにしても……聖宝か……」





遥か昔、異世界から来た異邦人が、邪悪な魑魅魍魎達を退けるべく
邑一族に与えし聖なる宝――聖宝。


その事について知る者達は今はもう少ない。
王家、彩七家の直系、そして神祇の血族にして異能の一族たる縹家、そして例外として府庫にある邑一族に関する
書物を読んだ者のみ。それも、本当に極少数の者達だけである。









今、王都に眠る聖宝の奪い合いが始まる。









「この国は8年前に滅茶苦茶になりかけた……だが、二度はさせぬ」


王位争いを起こした公子達によって滅茶苦茶にされてしまった王都。
しかし、聖宝が奪われればその被害は国全土に渡るだろう。多くの者が死に絶え、国は荒廃し、
絶望と言う名のそれが支配する―――――












―――悪夢の再来―――













そんな事――――――決して、させない






もう二度と国を傾けさせない







「約束は必ず守る」



劉輝は誰にも聞こえぬ小さな呟きを先ほど出て行った少女へと向けた。









『もう……二度とあんな思いはしたくない。せめて、みんなが自分の人生を自分で選べるだけの権利を……』










それが少女の望みであり、自分の願いである










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