〜第五十一章〜恐怖の来訪は音もなく〜








ハァハァ……







ガリガリガリ








ガツンっ!!










「―――――っ!!」






秀麗は強い痛みに顔をしかめ手を離した。




指から流れた血が弧を描いて宙を舞う。




秀麗の指は、爪が剥れかけているのもあり、血に塗れていた。
気を失うような痛みが常に秀麗を襲う。








――が、逆にこの強い痛みこそが秀麗を常に冷静に保ち続けていた。








何やら、先程よりも地下牢に流れ込んでくる霧の様なものが増え、気がつけば
秀麗の意識を絡めとろうとする。もし、指の痛みがなければ今、秀麗はこうしていないだろう。





秀麗は、血に塗れた手を再び鉄格子と地面の接着部分に宛てた。






「絶対に、父様達に会うんだから……」






偶然見つけた、その壊れかけた部分。
そこを重点的に攻めれば、その部分に立っている鉄格子は外れるだろう。
だから、秀麗は頑張ってそこを彫り続けた。幸いにも、近くに石ころが転がっていた。
先のとがっていたそれを使って、必死に彫り続けた。


そして、今。秀麗の手に負ったダメージと比例し、そこは順調に彫られていく。
もう間も無く、その鉄格子は外れるだろう。そうすれば、その隣の鉄格子。
そこも、グラグラとしており、頑張って堀尽くせば、この地下牢内から秀麗の体を
外に出すぐらいの空間が生まれる。








そして……念願である脱出が出来た時には









「絶対に、父様達と」








もう一度、話し合う。



そして、絶対に皆を……元に戻す









今の、憎悪に満ち溢れた彼ら








自分の知る優しい彼ら






きっと今の皆は可笑しくなっている。









そんな彼らを元に戻す為に








秀麗は只管そこを掘り続けたのだった。





















仙洞宮――その一室たる広いその室の開閉を司る荘厳なる扉。
が、それは今、ようやく留め金一つでひっかかっている不安定なそれと化し、
完全に閉まることも開く事もなく
プラプラと動いていた。



また、それを前にしていた室内に居た者達はボロボロ姿でその場に転がる。




中でも、葉医師、景侍郎、欧陽侍郎、奉明、麟騎は一番ボロボロとなって
その場に座り込んでいた。






扉を半壊にし、その場に居た者達をボロボロにした者







それは――









「くっ……あの馬鹿無駄美貌めっ」







葉医師は心から毒づいた。




そう、この場をこんな風にしていったのは、半々刻前にこの場から出行ってしまった黄 鳳珠。
彼は、脱走してしまった黎深と飛翔を追いかけて外に飛び出してしまったのだった。
葉医師達が止めるのも聞かずに……








寧ろ、止めたら止めたで













『私の邪魔をするなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』













と、吹っ飛ばされてしまったのだった。





鳳珠は気孔の達人。けれど、その技量は年を増すごとに増大していた。


無駄美貌と共になんて厄介なんだと葉医師はぶつぶつと呟く。








しかし、反対にこの人達はというと――







「はぁ……鳳珠様。その気孔の技術は元々聞き及んでいましたが、
まさかこれほどとは……」



欧陽侍郎がボロボロにされたと言うのに、頬をほんのりと赤く染めて呟く。



「そうですね。あれほどならば、是非とも羽林軍にお入りいただきたい。
きっと、
歌って踊れる羽林軍のアイドルになれると思います」








歌って踊れる羽林軍のアイドルってなんやねん!!








そう突っ込みたい葉医師だったが、一気に気が合って意気投合し始める
欧陽侍郎と麟騎の間に割って入る気力は今の彼にはなかった。
しかも、それを更に加速させるように、景侍郎と奉明がほのぼのとした空気で
温かく見守っている。





「なんか……馬鹿らしくなってきたな」




目の前の光景を見ていると、今の状況を忘れそうになる。



まあ――ずっと気を張り詰めているわけにもいかない。
こういった空気や一時も必要だとは思う。




その時、ポンっと後から肩を叩かれる。





「ん?風祢。どうした?」





振り返れば、そこには蒼麗から託された美しき風精霊の姿が。



だが、直に葉医師は眉をひそめる。




その、焦りを含んだ顔色に、よからぬ事が起きているのを悟った。




「一体、何が起きた」




空間が歪んでいる今、はっきり言って自分では遠くの出来事に対する細かい事が解らない。
が、風祢はそんな自分よりも自然に近い存在である為、まだ察知可能だと言う。
だから、この塔の半径100メートル以内の出来事を探っていてもらったのだが……。




『今すぐ、此処の者達を他の場所に移動させられないか?!』




「はぁ?!お前、聞いてないのか?今この場内では、此処しか長時間留まれる
安全な場所はない」




しかし、風祢は場所移動を求める。




『早く、早くこのままでは――』





風祢は叫んだ。















『このままでは全員殺される――』













その言葉に、ボロボロとなって床に沈んでいた武官達と、意気揚々と談話していた
欧陽侍郎達の視線が此方に集まる。




「殺され……なんじ」








瞬間、
ゾワリ――と凄まじい悪寒がその場に居た者達を襲った。





















ドドドドドドドドドドドドドドドド







「れぇぇぇぇいぃぃぃぃぃぃしぃぃぃぃぃぃんんんんんっ!!」








鳳珠は裾を巻く利上げ、砂煙を立てながら猛スピードで外を駆け抜けていく。
途中、化け物達が襲い掛かるが、鳳珠を包むように発せられる怒りの気が彼らを
跳ね飛ばしていった。



哀れ化け物達は、美しい弧を描いて地面に激突していくのだった。






また――









「おりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」









壁が迫れば、気合で破戒し、瓦礫が崩れ落ちてくれば何時の間にか
獲得した衝撃波でもって弾き飛ばしていく。






今の鳳珠は無敵だった。







黎深と飛翔に対する怒りが彼に無敵の力を与えてくれる。





しかも









ギャォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ





ギィィィィィィィィィィィィィィィィィ









再び襲い掛かってくる化け物達。
鳳珠は、フッと嘲笑すると、顔につけていた予備の仮面を外した。




現れるは、月の光さえ翳ませ、美しい花々さえ恥らわせ、動植物ですら魅了するほどの
絶世なる美貌。突然ながら、化け物達は別の意味で鼻から大量の血を流して
その場に倒れ付していった。



また、それでもなんとか立ち上がろうとした化け物達はというと






カッ!!










ズキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥンっ!!














鳳珠の瞳から黄色い光線が発せられる。






チュドーーーーーンという音共に、対象となった化け物達が丸コゲになった。
が、あの痙攣の仕方からすれば、きっと生命の危機にまでは達してはいない。






「ふふふふふ、この私から逃げられるとは思うなよっ!!」






絶対に、絶対にぶん殴って連れ戻してやるっ!!






そうして、黄尚書は走りながらも闇を切り裂くような笑い声を上げたのだった。


















「さぁてと、準備も8割方整ったし、そろそろ行くかな」





楽しそうに笑いながらそう呟くと、暗き闇に浮かぶ羅雁はスッと手を上げた。



まるで、それが合図だとでも言うかのように、地獄の底から這いずる様な
幾つもの咆哮が、下方から響いてきた。




羅雁は視線を下に向けてそれらを見下ろすと、にっこりと笑った。





「くくく、さあ行くぞ。お前達にも最高の楽しみを味合わせてやる」






泣き叫び逃げ惑う者達の絶望と恐怖を食らわせてやる






羅雁は自分が召還したそれらが嬉しそうに咆哮を上げる姿に満足すると、
裾を翻してそのまま闇の中に消えた。






そうして、羅雁が召還したそれらは一斉に前に進み始める。








ズチャリ、ズチャリと――――――












最後の安住の地たる仙洞宮に向って











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