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〜第五十三章〜口は災いの元〜
深く淀んだ空気が篭る闇の中、幾つもの衝撃音が響き渡る。
「ほっ、は、よっと!」
蒼麗は黎深をつれ、見事なまでの身体能力でナイトメアの攻撃を避け切る。
ヒヒィィィィィィィィンっ!
ナイトメアが苛立ちの咆哮をあげる。
そして――
『その男を渡せ』
人の夢に侵入し、その夢の持ち主の魂を得る事で、ナイトメアは力をつけていく。
よって、自分が力を得る為にはこの夢の持ち主である黎深の魂が必要であった。
しかし、それを蒼麗が邪魔をする。自分と同じく、人の夢に入り込む――己の野望を邪魔する忌々しき侵入者。
『渡せ……その男を……渡せ』
ナイトメアが苛立たしげに足踏みをする。と同時に、その体から吹き出る赤黒いもやが周囲の闇と同調し、そこに居る者――黎深に絡みつこうとする。
「あっかんべ〜〜」
なんともあっけらかんとした声が響いた。そうして、蒼麗は大きく手を斜めに凪ぐ。
すると、あっという間に黎深に絡み付こうとしていたもやは消えていった。
「誰が黎深様をあなたみたいなのに渡しますか。絶対に絶対に駄目です。だから、早く帰ってください。本気で怒りますよ?」
そうしてにっこりと笑うものの、蒼麗は焦っていた。
負けそうだからか?
そんな事は決してない。
今までも、ナイトメアと何度か戦ったことがあるが、それらは全て潰して来た。
はっきり言って、自分はナイトメア討伐のプロ(←不本意だけど)大したレベルでもない目の前の馬如き、5分で倒す。
では、一体何を焦っているのか
それは
(あ〜〜、もう!早くあの馬を倒して黎深様を安全な場所に連れてかなきゃ、覚醒して劉輝様達を可笑しくした
人の事を考えられないじゃないっ!)
たまたま辿り着いた劉輝の執務室にて見つけた劉輝の日記。そこに書かれていた悲しい事実。
そして、誰かが劉輝達を可笑しくしたと知る事が出来た。
それから日記を読み直し、得たヒントはその声が女のものであると言うこと。
と言うことは、その相手が女性であると言う事だ。
が――分ったのはそこまで。その後起きた爆音によって、自分は意識を失った。
そうして気づけば、誰かの夢に接続し、暗い闇が支配する夢の中をさ迷っていた。
勿論、此処でも考えようと思えば出来るが――その間、現実世界では自分は睡眠中であり、時間は着実に経過している。
つまり、時間の無駄。とっとと起きて現実世界で何かをやりながら考えたほうがいい。
というか、自分にはそもそも聖宝を使用している者の所に行って使用を止めさせ、更には絳攸達を探しに行くという目的があるのだ。
だから……早く、黎深を安全な場所に連れて行って、覚醒しなければ。
黎深の方は、ナイトメアを倒して安全な場所に居させれば、自然と覚醒するだろう。
黎深の肉体は、現実世界では葉医師達の居る仙洞宮にあるのだ。だから、大丈夫。
蒼麗はうんうんと頷きつつ、ナイトメアに一撃を食らわせる。
しかし――そんな蒼麗の考えには大きな間違いがあった。
何故なら……黎深の肉体は既に仙洞宮から出てしまっているのだから………。
「やあっ!」
『グッハァ!!』
ナイトメアの体が吹っ飛ぶ。
(くっ……なんだこの小娘はっ)
普通の人間が、自分にこれほどまでのダメージを与えられるなど考えられない。
『き、貴様……何者だ!!』
ナイトメアは叫んだ。しかし、蒼麗はその言葉を無視する。
「さっさと倒されるか、それとも黎深様の夢から出て行くかして下さいっ!」
蒼麗は手をグーの形にし、ナイトメアに突進していく。
『く、くそっ』
殺られる――ナイトメアは、悔しげな咆哮をあげた。
そして――
ドオォォォォォォォォォォォォンっ!
ナイトメアの体が黎深の夢から叩き出されて行ったのだった。
こうして危機は去った。
しかし――蒼麗の表情は冴えない。
(どうしよう……穴が閉じない)
ナイトメアが侵入してきた穴が未だ全開している。
普通ならば、こうした穴は他から力を加えていない限りほどなく閉じるのだが、今現実世界で蔓延る邪気が
それを阻んでいるのだろう。
このままにしておけば、再びナイトメアが入り込んでくる。
「となると、さっさと黎深様を覚醒させる必要がありますね」
蒼麗は、傍で座り込む黎深に視線を移した。
すると――彼は寝ていた。というか、気絶していた。
「………………」
当たり前と言えば当たり前だった。
ナイトメアの攻撃をよけまくる蒼麗の小脇に抱えられていたのだ。
その衝撃はジェットコースターで10回転するよりも激しいものだっただろう。
「え〜〜と……黎深様、起きて下さい〜〜」
蒼麗は、つんつんと黎深の頬を突いた。はっきり言って、他の官吏達が見たら卒倒ものの光景である。
しかし、蒼麗は真剣だった。早く起こさないと、またナイトメアが侵入してくるのだからっ!!
そうして何度目かのつんつん攻撃をした頃――
クワッ!!
黎深が目をカッと見開き飛び起きた。
が、それだけではなかった。瞬時に此処が気絶する前と同じ夢の中だと悟った彼は――。
彼は………余計な事まで叫んだのである。
「こ、此処は――って、この真暗闇!!まださっきの夢の中なのか此処はっ!くそっ!一刻も早く兄上と絳攸の所に
行かなければならないのに寝ている場合か私はっ!せっかく、鳳珠達の目を盗んで仙洞宮から逃亡したと――」
瞬間、黎深は背筋に凄まじい悪寒を感じ取った。
恐い、はっきり言って恐すぎる。
しかし、それでも後ろを振り向きたくなるのが人間の心情。
黎深は人間の本能に従って、ギギギと油を差し忘れたロボットのように、後ろを振り返った。
そこに居たのは、笑っているけれど、笑っていない蒼麗。
「もう一度、仰って頂けませんか?今度は最初から」
後に黎深は語る。このとき、土下座してでも良いから蒼麗の機嫌を直したかった事を。
「れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃしぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいんんんんんんんんんんんっ!」
鳳珠は未だに黎深達を追い掛け走り続けてきた。その後には、いくつもの化け者達の倒れふす姿が。
「待っていろ、今この俺がヤキを入れに行くからなっ!」
そこに、何時もの黄尚書の姿は何処にもなかった。
因みに、鳳珠と黎深達の距離まで後500m。けっこうやばかったりする。
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