〜第五十四章〜トリップしたら、花畑?!〜






「つまり……何ですか?あなたは邵可様と絳攸様が心配でたまらなかったばかりに、仙洞宮にて目覚めた後、
誰にも言わずに勝手に化け物が徘徊する外に、怪我も治っていないフラフラの体で飛び出したと――」


「ああ、そんな感じだ」


黎深は至極偉そうに頷いた。



「………こんの――
バカボケ尚書がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!



蒼麗の堪忍袋がブチバチボキと音を立てて切れた。
と同時に、黎深に襲い掛かり――



うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああっ!!




顔面にとび蹴りかまして体勢を崩させた後、即座に四の字固めを食らわした。
イダダダダダダダダと騒ぐ黎深に、蒼麗は一切の容赦をしなかった。
どうせ、此処でこんな感じで痛めつけても現実世界の肉体にはなんら影響はない。




「30歳を超えたいい大人が好き勝手な事をしてるんじゃないっつうの!!」



ギリギリと技を決めながら、蒼麗は黎深を怒鳴りつける。どっちが年上だか分らない光景だった。



「くっ!!兄上にだってこんな事をされた事が無いのにっ!!
イデデデデデデデデデデっ



ってか、普通はしないだろう。



「そんな事は良いです!!それよりも、良いですか?!黎深様は凄く怪我していて、体力もかなり消耗しているんです。
本当に、下手に動けば死んでも可笑しくないんです!!ですから、覚醒したらすぐ仙洞宮に」


「嫌だっ!!」


蒼麗の言葉をさえぎる形で黎深が拒否した。



「黎深様っ!!」


「絶対に嫌だ!!誰が帰るものか!!」


嫌だ嫌だとまるで駄々っ子のように黎深は拒否する。蒼麗の額に新たな青筋が浮かび上がる。


「邵可様と絳攸様の事は大丈夫です。あの二人がそう簡単に傷つく筈はありません!!それに、私が探してますから、
だからおとなしく仙洞宮に戻ってください。本当に死んでしまいますよっ!!」


「構わんっ!!」


「なっ?!」


「兄上や絳攸が化け物の徘徊する宮城の何処かにいるのに、この私がのうのうと安全な場所にいるなど出来んっ!!」


「黎深様!!」


「絶対に、この私があの二人を探し出す。今更戻るつもりは毛頭無いわ!!」


黎深はふんっと顔を横に背けた。


「戻るつもりはない。今更、今更戻らされるぐらいなら…………化け物に殺された方がましだっ!!」




ブチンッ!!




蒼麗の堪忍袋がズタボロのぼろ雑巾状態となる。




「なに……ふざけた事を抜かしてるんですか
このボケボケ尚書がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!



怒りのアッパーが炸裂する。黎深の体が闇の中、空高く吹っ飛んだ。





ほどなくして、地面に落下してきた黎深は鞠の様に数度跳ね、ゴロゴロと転がっていく。
その後に、大量の赤いものが続いていくのは決して見間違いではないだろう。
しかし、蒼麗はそれら一切を無視した(←ヒドッ!!)




「いいですか?!そんな事、そんな事言って、もし本当にそんな事になったら邵可様達がどれほど悲しむと思ってるんですかっ!!」




蒼麗は命の重さについて熱く語った。それはもう、大統領演説よりも熱く。



しかし――大量出血して瀕死の黎深にはそれどころではない。彼は今、綺麗なお花畑を彷徨っていたから。











『あはははははは、うふふふふふふふふ』




見渡す限り、咲き溢れる美しい花々。
頭の中身が素敵なまでに吹っ飛んでいた黎深は、そのお花畑の中でくるくると回っていた。
彼は今、かなりイッちゃっていた。




そしてそのまま、お花畑を抜けた先にある大きな川に出る。
向こう岸に靄がかかっているが、その美しさに黎深は思わず足を一歩踏み出した。



と、その時だった。





『………兄上?!』





靄の隙間から見えるのは、愛する兄の姿!!




愛し求めて止まない兄が、対岸で自分を招いている!!(←対岸は勿論あの世)



黎深は迷わず川に足を踏み入れる。



渡ったら確実に死ぬ三途の川も、愛する兄の姿に何の意味もなさなかった。
というか、兄の為ならば命だって捨てられる!!
瞬時に覚醒した(←絶対にしてない)黎深は、兄を求めてジャバジャバと川を泳ぎだした。





が、泳ぎだして間も無く






ズゴゴゴゴゴゴゴゴゴ




ゴンっ!!




横から来た舟ならぬ最新式の船に衝突されたのだった。





黎深の体が空高く華麗に吹っ飛んでいき――見事な着水をする。




「ん?何か跳ね飛ばしたか?」



オールで漕ぐのではなく、最新式のエンジン付き船舶を華麗なドライビングテクニックで運転していたその人物は、
何かを撥ねた衝撃に、船を急停止させる。その反動で、乗っていた死者達がドミノ倒しになっていくが、気にしない。


「ってか、この三途の川に魚はともかく、鳥とかいたっけ?」


その人物は華麗なるドライビングテクニックでもって、何かを弾き飛ばした時点まで戻る。
すると――そこには、プカプカと赤いものを大量に流しながら男が一人浮かんでいた。



「……ご臨終か」


「死んどらんわっ!!」



勝手に決めつけて祈ろうとするその人物に、黎深は叫んだ。
まだ、死んでない!!



「いや、死んだから此処に来たんだろ。まあ、たまに死んでないのに来る奴もいるけど。でも、この川に居るって事は
あの世に足を踏み入れる5秒前。つまり、死んでいく5秒前って事だ」


「んな事どうでもいい!!それよりも、兄上だ!!」


と、黎深は対岸を見る。すると――そこには、先ほどと変わらずに兄が優しい笑みを浮かべて手を招いていた。



「兄上ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


「マテや、コラ」



ゴンっ!!と、船についている錨で頭を殴られた黎深。あやうく死にそうだった(←既に死に掛けてるけど)



「ってか、お前何?三途の川を泳いできて。ってか、三途の川は遊泳も泳いで渡るのも禁止だぞ。何のために
舟渡しがいると思ってるんだ。泳いで渡られたら商売上がったりだろ?」



勝手な理論をつけてくるその人物に、黎深は苛立ちを覚えた。
この、こんな若造に!!


「煩い!!三途の川、三途の川って煩いわっ!!ってか、そもそも此処はどこだ!!」


「三途の川だよ。で、その後ろがお花畑。あの世とこの世の境目だ。因みに、お花畑がある方がこの世で、
向こうにある対岸があの世になる。で、今お前が向っているのは勿論、あの世の方だ。行ったら普通に死ぬぞ」



といっても、此処に来る奴は大抵死んでるし、この男も死んだから此処に来たのだろうから、別に行く事自体は構わないだろうが。



しかし、だからといってすんなり行かせる訳には行かない。



何故なら



「ほら、金寄越せ」



「は?」



黎深は、その人物の言葉に唖然とした。




金?




「さっきも言ったろ?この三途の川を泳いで渡るのは出来ない。渡るには、舟渡しに運んでもらうしかない。
で、それには金がかかる」



その時だった。ん?と、その人物が眉をひそめる。



この男……死んでると思ったが、この気配とその後ろの……まさか……



「金だと?!この私に金をたかるのか?!」



「たかるも何も、決まりだ。で、通常は金50両だが、此処まで泳いで来た事はれっきとした違反であり、
その違反点数も入れて、金300両は必要だな。行きたければ耳そろえて払え」



そうして威厳溢れる態度で言い切るその人物に、黎深は切れた。



「ぼったくりだろ、それっ!!ってか、何の権利があって貴様は!!」


「オレはこの三途の舟渡しの一人だ。権利があって当然だろ。因みに、今俺が乗ってるこの船は、この三途の川を
渡る連絡船だ。今までの舟だと大変だからな。この前の会議で財務省を脅して全品買い換えた。つうか、伝統伝統って
煩いよな。今は最新ハイテクの時代だ。財政も潤ってるんだから、とっとと金出せばいいってのに。まあ、この舟に
買い換えたことで、今では一度に20人以上を乗せる事が出来るようになったんだから、仕事が楽になって万々歳だ。
それに、なんと言ってもスピードが速い。やっぱり、最新式のエンジンが一番だよな」


一人うんうんと頷くその人物に、黎深はふるふると震えた。


「こ、この……」


「ん?払う気になったか?」


「絶対に嫌だっ!!」


「じゃあ、帰れ」


その人物は冷たい声音で言い切ると、指をパチンっと鳴らした。
すると、黎深の頭上1mほどの所にぽっかりと穴が開く。


「へ?これは――」


その瞬間、黎深の体は物凄い勢いでその穴の中に吸い込まれてしまった。
と同時に、穴が消える。


「ってか、死んでもいないのに来るなよな」


こっちの仕事が増える。


「さてと……舟渡しに戻るか」


その人物――漆黒の髪と赤い瞳を持つ10代半ばほどの美しい青年は、一つため息をつくと、再びハンドルを握り
運転を再開させたのだった。














カッ!!


「は?!」



黎深の目が見開かれる。穴に吸い込まれ、何が何だか分らなくなっていたものの、周囲を見回し、
そこが自分の夢の中だと気づき呆然とした。


さっきのは……夢?



「って、聞いてるんですか黎深様っ!!」




今だに切れまくっていた(←黎深が生死の境をさまよっていた事に全く気づいてなかった)蒼麗が詰め寄ってくる。
その姿に、さっきの事は夢だったのか……と思った黎深だが



「命を大切にしないで、多くの民達を守る官吏なんてやってられますかっ!!」



胸倉を掴まれ、ぶんぶんと振り回されている内に、再び消え行く意識の中、心の中で断言した。




さっきのは、全て本当の出来事だと。




ってか、絶対にさっき、自分は死に掛けた。うん、間違いない!!






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