〜第五十八章〜黒と白の驚愕〜






ドゴォォォォォォォォっ!!









凄まじい衝撃音と共に、化け物達が次々と吹っ飛ばされていく。







ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ







痛みに呻く化け物達。中でも、触手を持つ化け物がバタバタと触手を振り回す中、
たった今刀で化け物達をなぎ払った黒 耀世はパチンという音と共に刀を鞘へと納めた。



「これでやっと先に進めるな」



此処に来るまで本当に苦労の連続であった。次々と襲い来る化け物達。
しかし、元は宮城に仕えていた人間達である為殺す事も出来ず、非常に苦労しながら峰打ちに留めてきたのだ。
お陰で、目的地たるこの場所に到着するのがかなり遅れてしまったが――そこはご容赦願いたい。


「さてと………後もう少しだ」


耀世は化け物達の間を縫うように歩きながら、その場所を目指していく。




その場所――





「此処か………」




足を止め、耀世は大きく息を吐いた。後、10m弱の所まで迫った………地下牢の入り口がある建物。




紅 秀麗が居ると予想されている場所。




「邵可殿の為にも必ずや無事に助け出さなければ………」



そうして耀世は辺りの気配を伺いながら再び足を踏み出した。
後、もう少し。地下牢で秀麗を助け出せば取敢えず、自分の任務は終わる。


「後、少しだ」



気付けば、肩に入っていた力が抜けていた。が、耀世は知らない。実は、気の方も思いの他抜けてきている事を。
後もう少し。そんな思いは、何時もは冷静な耀世を少しばかり焦らせ、周囲への注意も散漫を始めていた。



だから――遅れた。







ザッ








建物の上に立つ者が一人。耀世を感情の篭らない瞳で見つめていた彼は、その時を待つ。







ザッザッザッ







どんどん近づいてくる耀世。







もう少し、もう少し






そうして、建物から1mほどの場所に耀世が辿り着いたその時――




この場の守りを任された彼は刀を抜き放ち、耀世めがけて力いっぱいその刀を振り下ろしたのであった。





「なっ?!」





気配に気付き顔を上げた耀世の瞳に、銀色に光るそれが映る。











ザシュッッッッッッッッッッッッ











「くっ…………」



完全にかわしきれず、切られた腕からは紅い血が流れ落ちていく。
その出血量にすぐさま止血を始めた耀世だったが、続けざまに次々と繰り出されていく剣戟に彼は無事だった
利き手で握る刀で応戦をしていく。そして何度目かの打ち合いの末、相手の隙をつき懇親の力を籠めて
その腹部を蹴り上げた。



「かっ……は………」



相手の体が吹っ飛んでいく。







ドォォォォォォォォォォォォォンっ!!






「……ふっ……油断してしまった……俺もまだまだなようだ」


懐から取り出した布で出血する部位の上を縛り、血を止める。
どうやら傷は思ったよりも浅いようだ。この分ならばほどなく血は止まるだろう。
但し――激しい運動をしないという前提があるが。



「……それはどうやら無理のようだな」



耀世は自嘲する様に呟き、後ろを振り返った。




そして、目を見開く。余りの驚きに声が震えた。




「お前は………」



先ほど自分が蹴り飛ばした相手。
あれほどの衝撃にも関わらず、音も無く悠然と立ち上がり感情のない眼差しを向けてくるその相手は――





「……藍……楸瑛………っ?!」





自分の副官たる相手――藍 楸瑛であった。
















だが、驚く事態は別の場所でも起きていた。














「いやじゃ離せ離せっ!!」



華樹姫は必死に抵抗をした。だが、伸びてくる幾つもの手が彼女を捕える。


「離せ、離せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」


「黙れ!!これ以上騒ぎ立てると力ずくで黙らせるぞっ!!」


そう叫ぶのは、彼女を押さえつける者の一人――『彩の教団』の人間。
華樹の隙をついて室内に入り込んだ彼は、苛立たしげに華樹を怒鳴りつけながら他の部下達に指示を与える。


「おいっ!!外の様子はどうだ?」


「来た時同様大丈夫です!!」


「なら、すぐにでも此処から離脱するぞっ!!一刻も早くこの姫を我らが主に届けるのだっ」


『彩の教団』を纏め上げる主によって華樹奪還命令を受けた彼らは既に一度失敗をしている。
故に、もう失敗は許されない。何が何でも華樹姫をあの方の元へと連れて行くのだ!!


「いやじゃ!!わらわは何処にもいかぬっ!!もうあそこには戻らぬっ!!」


そうして華樹は己の口を塞ごうと伸びてきた手をガブリと噛んだ。男の一人が悲鳴を上げる。


「こ、このっ!!」


手を噛まれた男が華樹を突き飛ばす。


「お、おいっ!!」


「こういう女は一度痛い目を見せておかなきゃ解らないんだよっ!!」


男が怒りのまま手を振り上げる。
華樹は次に来る衝撃に硬く目をつぶった。






ドゴォォォォォっ!!





バキっ!!ドゴっ!!ゲシッ!!




続く打撃音と男達の悲鳴。驚き、華樹が目を見開いた時には、自分を捕えようとしていた男達は
皆地面に倒れ付していた。


代わりに、そこに立つのは一人の見知らぬ男性。



「そ、そなたは……」


「あぶねぇ所だったな?大丈夫か?怪我は無いか?」


此方に伸ばされてくる手に、華樹は小さく悲鳴を上げて後ろに後ずさった。


「そ、そなたは一体何者じゃっ?!」


すると、男性はキョトンとする。が、すぐにポンっと手を打った。


「ああ、初対面だったな。俺は白 雷炎。羽林軍の大将軍だ。で、お前さんは華樹姫だろ?」



「え、あ、そ、そうじゃ……」



「やっぱりそうか!!いや、この部屋に居てくれて良かったぜ。でなきゃあちこち探す羽目になっていたからな」



劉輝から与えられた室に、華樹は居た。お陰で、化け物達が徘徊する中を探すという事態に陥らずにすんだ。
ホッと胸をなでおろす雷炎。それとは裏腹に、華樹は恐る恐る口を開いた。


「そ、それでそなたは一体わらわに何のようじゃ?」


「あ?用も何も――お前さんを保護に来たんだよ。今、この城の中で安全なのは仙洞宮ぐらいだからな。
無事な者達は皆そっちに避難している」


「安全?雷炎とやら、今この城で何が起きてるのじゃ?」



必死に質問してくる華樹。
それに雷炎は本当の事を言おうかどうか迷ったが、その真剣な眼差しに彼は自分が知る限りの事を話して行った。





「そ、そんな………」


話を聞いた華樹は崩れ落ちるようにしてその場に座り込んだ。


「お、おい……」


「わらわのせいじゃ……わらわの……わらわが此処に来てしまったばっかりに……」


華樹は頭を抱えて泣き叫ぶ。それを、雷炎はなれない様子で慰めた。


「お前のせいじゃねぇよ!!お前も被害者なんだっ」


「わらわが、わらわ達が……」


「お、おい………」


余りにも悲痛な様子に、流石の雷炎もそれ以上言葉を紡ぐ事は出来なかった。
だが、このまま此処に留まるわけにも行かない。


「な、なあ……と、話は変わるけど……俺が来た時に襲われていたが、お前を襲っていた奴等は何者なんだ?」


すると、華樹はしゃくりあげながらも雷炎の質問に答え始めた。


「『彩の教団』の者達じゃ……おぬしが来る少し前に突然この室に侵入してわらわを捕えようとしたのじゃ」



全ては、あの方に捧げる為に。



「そうか……何時かは来ると思ってたけどな……」



劉輝から『聖宝』についての説明を受けた際、華樹姫の事も説明されていた。
だから、『彩の教団』には十分注意を払っていたのだが……。



「ま、無事でなによりだ」


「無事ではないわ……わらわのせいで……」


再び、華樹の瞳から涙が零れ落ちた。


「………とにかく、今は安全な場所に行くのが最優先だ。泣くのは後にしてくれ」


「ひっく……」


「言っとくが、お前のせいじゃねぇよ。それだけはもう一度言っておく」



そうして、雷炎は華樹の体を抱きかかえた。



「さて、とっとと仙洞宮に行く――」






ドスっ!!






「っ?!」



背後に突如感じた違和感。
それが一体何なのかを判断する時間はなかった。
が、殆ど反射的に、武人として培ってきた反射神経が強引に迫り来たそれから体を逸らさせた次の瞬間――




先ほどまで雷炎達が居た場所に、短刀が突き刺さっていた。



「ちっ!!さっきの奴か?!」


先ほど殴り倒した奴等が目を覚ましたのか?!



雷炎は華樹をしっかりと抱きかかえながら、もう片方の手で握り締めた槍を構えながら後ろを振り返る。




そして――驚愕した。



「………お前……は」



其処にいたのは『彩の教団』の者達ではなかった。


その、感情を宿さない瞳で此方に刀を向けているその相手は




「陛下……」





紫 劉輝


この国の王たる存在であり、雷炎の主君たる青年であった。


















「ふふふ………くすくす……」



暗闇の中、若い女の笑い声が響く。



その声の持ち主たる彼女――艶妃は己が使用する『聖宝』である鏡、鏡華変化を覗き込みながら笑い続けた。



「うふふ、所々で楽しい事が置き始めたようねvv」



羅雁の言いつけどおり、夫々に配置した楸瑛と劉輝は予想通り耀世と雷炎とぶつかってくれた。
後は、彼らを嬲り殺すだけである。



「華樹姫は羅雁の言いつけどおり傷一つなく奪い取るとして、他は殺しても構わないわ」


そうして、艶妃は鏡華変化に念を籠める。そこに映し出される劉輝と楸瑛に相手を殺すようにと。
そして狂ったように笑い出す。



「ふふ、あははははは!!楽しい、楽しいわっ!!」



最高の喜劇だっ!!艶妃は心の中でそう叫んだ。
そして――彼女はゆっくりと隣を振り返り、其処に居る人物に語りかけた。
先程とは違い
、心からの穏やかで優しい笑みを浮かべながら。



「ねぇ、貴方も楽しいでしょう?――静蘭?」



己が隣に居る、身動き一つせずに立ち尽くす静蘭に、艶妃は微笑みかける。
まるで愛しい相手も微笑み返してくれるとばかりに。しかし、静蘭は微笑み返す事はなかった。
それどころか、もし何時もの彼を知るものが今の彼を見たならば、きっと皆が口を揃えて言うだろう。


―この男は誰だ?―



―――――と


何時もは穏やかながらもその影に強い意志の光りを宿す瞳には唯何の光りも宿っていない。
また、顔にも表情一つなくまるで精巧に作られた人形のようであった。
が、艶妃はそんな愛しい相手に寄り添うと、嬉しそうにその胸に顔を寄せる。



「静蘭、静蘭、静蘭………貴方を愛してるわ……」



艶妃は愛しい恋人を見つめるように静蘭を見つめ、彼の頬をなで上げていく。
この人は私のものだ。私の、私のものなのだ!!



「ずっと、ずっと一緒よ………」



「どうやら機嫌は直ったようだな?」




暗闇に響く声。顔を上げると、少し離れた場所に羅雁が立っていた。






「ふふvv貴方のお陰だわ。静蘭を私の元に連れてきてくれたんですもの」






中々事態が思うようにいかない事に憤りを感じていた艶妃の前に、羅雁は静蘭を連れてきた。
お陰で、艶妃の機嫌は直り、それまで以上に鏡華変化での術を安定させる事が出来たのである。
本当に、彼には感謝してもしきれない。



「お礼を言わせて貰うわvv」


「気にするな。お前は大切な仲間だからな?」


「そう言ってくれるとありがたいわvvで、今回は何のよう?」


「ん?ああ――少し休憩だ。仙洞宮の方も包囲網は敷いたから、あとは合図だけだ」


「沢山人が死ぬわね?」


艶妃がくすくすと笑った。
そこには、自分と同じく宮城に勤めている者達が居るのだが、艶妃にとって大切なのは静蘭だけであり、
他の者達など如何なってももはやどうでも良かった。


「いや、すぐには殺さない。苦しめて、苦しめて負の感情をたっぷりと搾り取らせてもらう」


羅雁は不敵な笑みを浮かべた。





と、その時だった。




羅雁の瞳に、鏡華変化の中の光景が映りこむ。



「……へぇ?紅家当主もようやく兄との再会を果たしたのか?」



「ええ。とても楽しい事になるわvv」


「ふむ……なら、こいつも使おうか?」


羅雁がパチンっと指を鳴らすと同時に、暗闇からそれは現れた。


「まあ、その方は」



艶妃の瞳に楽しそうな光りが宿る。




「最高のショーが見れるな?」




羅雁の言葉に、艶妃もにこやかに頷いたのだった。






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